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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第二章 盤上の裏側
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40マス目 逃げられない理由


 少し整備の悪い道を、目を引くほど豪華な馬車が走っている。

 わずかな凹凸に車輪が浮き、車内を揺らす。

 そんな状態で、俺は手帳にペンを走らせていた。


「あの子がシランの姿を見たのは、薄暗い道って言ってたよな……」


 俺はこの事件を整理して考えようと、今ある情報を一旦まとめて、文章に書き起こしていた。

 だが如何せん情報が少ない。

 シランの無実を晴らそうとすれば、余計シランが犯人に思えてくる。


「念のため現場で目撃者を探して……、いやそれならそもそも見間違えって可能性も……」


「見間違いではないと思われます」


 馬車を操縦しているセルバさんが、俺の独り言に答えた。


「二週間ほど前に、血まみれの少女が騎士団に保護されたと、少し前にルガニス様がおっしゃっておりました。

もしかすると、その時の事ではないでしょうか?」


 ルガニスって、確かエリザベートの父親だっけ。

 エリザベートの父親なら貴族の中でも位は高いだろう。

 入って来る情報も純度が高く、裏付けもとれていそうだ。


「その時ルガニス様は、シランという名を言っておられました。

さっきの少女も、シランと呼ばれておりましたね。

もしかしたら、あの少女が犯人かもしれません」


 それは無いと今すぐ反論したいが、今の俺には根拠も証拠もない。

 せめてシランの父親の事を詳しく知ることができれば話は違ってくるんだが。


「……そうだ!

セルバさん、ちょっと聞きたいんですけど」


「何でございましょうか?」


 騎士の家系の執事をしている人なら、衛兵の情報も入っているかもしれない。


「セルバさんは、クローバーって名前の衛兵を知っていますか?」


「知っておりますよ。

第6支部部隊長の、デニックス・クローバー様。

少し有名なお方ですので」


「有名?」


 俺が聞くと、セルバさんは少し言いにくそうに言った。


「悪い噂が多いのです。

一般市民に危害を加えては、上層部が尻拭いをしています」


「なんですかそれ!?

クビにすればいいじゃないですか!」


「そうもいきません。

どういうわけか、貴族からの支持が多いのですよ。

何をしているかは存じ上げませんが、

正直に言うと、クローバー様が犯人でも驚きはしません。

おっと、今の発言はどうかご内密に」


「じゃあ、その人を調べる事って……」


「調べても無駄でございます」


 俺が言い出すのを遮るように、セルバさんは口を開いた。


「犯行時刻と言いますかな、その時間クローバー様は部隊会議の最中。

大勢の証人がおります」


「アリバイ、……ですか」


「ええ」


 そうなると、ヴァーデ公爵が犯人?

 でもシランが殺したように見せかけるなんて、そんな芸当が本当に可能なのか?

 シランが無実だとしたら、何故現場から逃げたのかもわからない。

 そもそもその場にいたのだとしたら、犯人を見ているはずだ。

 見ていなかったとしても、犯人は見られたと思うはず。

 血を浴びるほど近くにいて、何故シランは殺されなかったのか?


「だぁ、考えれば考える程泥沼だ」


 思考して出てくる疑問に全部はてなマークがついたまま、晴れることがない。

 こういった場合、小説内の名探偵ならば何かひらめくのかもしれない。

 だがあいにくと、大学すら出ていない高卒の凡人には謎を解く糸口すら見つからなかった。


「そろそろ到着いたします」


 ふと窓を見ると、見覚えのある景色。

 ヒゲ爺の家はもうすぐだ。








「お着きになりました。 どうぞお降りください」


「ありがとうございます」


 道路がほとんど舗装されてないせいで、少し腰が痛い。

 どんなに高級な椅子でも、衝撃の吸収には限度があるらしい。


「馬車を置いて来ますので、少々お待ちください」


 セルバさんは路肩の邪魔になりにくい場所に馬車を止め、ロックをかける。

 そういえば、この人は外で待っていてくれるのだろうか?

 もしもヒゲ爺と話すときに同行されたら、少し話がややこしくなる。

 そんなことを考えていたが、どうやら問題なさそうだ。


「それでは、わたくしは外で待っておりますので」


 まるで心を読まれたような気分になる。

 顔にでも書いてあったのだろうか?

 でも、怪しんでいる人間が誰かと話をするのに無警戒でいるなんて、何か裏がありそうな気がして不安になってくる。


「大丈夫なんですか、監視は?」


「ええ、室内まで付いて行くのは、お嬢様に止められていますので」


 エリザベートは、思ったより俺のことを信頼してくれているのかもしれない。

 何にせよ助かった。


「それでは、いってらっしゃいませ」


 俺はセルバさんの声を背中に受けながら、ヒゲ爺の家のドアを叩く。


「どちらさんだ?」


 よかった、家にはいるみたいだ。

 出会ったときにヒゲ爺の本名を言う。

 これで転生者だという事を理解してくれる手筈だ


「ピーター・ディクソンさん、こう言えばわかってもらえると思います」


「なに!? 今開ける!」


 ドアの鍵が外れる音がした。

 その瞬間勢いよくドアが開き、危うくぶつかりそうになる。

 ヒゲ爺は俺の身を包むスーツ姿を見て、感激のあまり涙をこぼした。


「そうか……、とうとう来てくれたか。

ああいや、そうじゃないのう。

その名で呼んだということは、一度会っておるんじゃな?」


「はい、知恵を貸してください」


「わかった、入りなさい」








「…………無理じゃな」


 シランの件を事細かに話した後の第一声がこれだ。


「その話だと、誰が聞いてもシランという少女が犯人じゃよ」


 ヒゲ爺でもこの反応だとすると、やはりシランに直接聞くしかないだろう。

 だがきっと逃げ出して、話してくれないのは目に見えている。


「それと、ヴァーデに関わるのはやめとくんじゃな」


「何でですか!?」


 ヒゲ爺はコーヒーを口に含み、ゆっくりと飲み込む。

 

「おぬしの言っていた、青い男。

そいつは、ヴァーデの盾とも呼ばれる戦闘のプロ。

ヴァーデ公爵はあくどい噂が絶えないんじゃが、その男のせいで衛兵も調査に踏み切れないほどじゃよ。

ここは、戦わず逃げるのが得策かの」


 逃げる。

 確かにそれが一番シンプルで確実な生き残る策。

 シランとフラウトを連れて、姿をくらませるだけだ。

 誰だってそう思う、……しかし、俺は見たのだ。

 地獄と化した、この国の未来。


「いいえ戦います、俺にはその道しかないんです!」


 俺はテーブルを力強く叩き、勢いよく立ち上がる。


「後手に回ることは出来ません。

数日後の国外会合までに、シランを守り切り、その後に会合事態を止めます!」


 強い口調で宣言する俺に対して、ヒゲ爺はとても冷静にこちらを見据えている。


「この国が滅ぶ。

そうなんじゃろう?」


 セルバさんに続いてこの人まで俺を見透かす。

 こっちの調子が狂ってる様子を見て、ヒゲ爺は軽く笑い飛ばす。


「ふふ、ワシも似たようなことを経験した。

いいか? あきらめるな。

人でいたいならば、決してあきらめるでない!」


 死を奪われた一人の男の言葉は、説得力という重圧をもって重く響く。

 ヒゲ爺の姿は、見た目と裏腹にとても頼もしく見えた。


「きっと国が亡ぶ原因は、会合で王が死ぬと言ったところじゃろうな。

いや、騎士団長のルガニス辺りも危ういのぅ」


「ええ、少なくとも、エリザベート・ベヨネッタが命を落とすのは、

間違いありません」


「ゴロツキが多い街じゃ。

兵が動かなければ、すぐに内部崩壊を起こすじゃろう」


 そうなると、やはり問題は時間だ。

 シランをヴァーデ公爵から守り、あわよくば殺人犯を探し、国王に会う段取りをつけてから、会合の中止を頼み込む。

 上手くいけば、フラウトが騎士団に掛け合ってくれる可能性もあるが、どうしても時間が足りない。


「国王の会合を止める方法……。

すまんが、この件に関しては力になれそうもない。

申し訳ないのぅ」


「……いえ、相談に乗ってくれただけでも十分です」


 ヒゲ爺は頼りになるが、流石に国を動かす力はない。

 こうなったら、エリザベートにも頼み込んでみるとしよう。

 可能性は限りなく薄いが、運が良ければ一気に王様と話ができる。


「今日は貴重な話をありがとうございました」


 俺はヒゲ爺に頭を下げて席を立つ。


「ああ、そうじゃ! これを渡し忘れておった」


 去ろうとした俺を引き留めるように、ヒゲ爺が大きめの声を上げた。


「あ、そっか拳銃!」


「そうか、もう知っておったか」


 箱から取り出された、銀色の鉄塊。

 この小さな武器で、俺はどこまで戦えるのだろうか?


「わかっているとは思うが、弾は三発しかない。

こいつを撃ったことはあるか?」


「ええ、随分と役立たせていただきました」


「そうか、ならもう一度持って行ってくれ」


 俺は銃を受け取ると、そのまま鞄にしまって家を出た。

 セルバさんを随分と待たせてしまったことに罪悪感を覚え、馬車へ向かう足が自然と駆け足になる。

 結局ヒゲ爺と話して分かったことは、国王の会合を止めなくては、どうにもならないという絶望的な事実。


「何としてでも、王様と話す機会を手に入れないと」


 どうにかエリザベートを説得して、国王と話ができないか。

 シランやその父親の問題など考えることは山積み。

 見上げんばかりの無理難題たちの山に頭を悩ませながら、俺は馬車に揺られるのだった。


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