38マス目 小さな敵
俺は馬車に揺られながら、頭に引っかかる言葉を思い出していた。
それは、前の世界で登校中の子供たちが言っていた言葉。
(あのおばけが学校に来れないように、追っ払ってるんだ)
おばけ、……か。
○○菌みたいな、悪口で呼ぶようなイジメだとしたら、縛って棒で叩くなんて、異常としか思えない。
ただのイジメにしては、子供たちが怯えていたようにも感じる。
言っていたのは小さな子供なのだから、皮肉とかの捻った意味ではなく、直接的な表現なのかもしれない。
「……どういう意味で言ってたんだ?」
「どうされましたか?」
手綱を握るセルバさんが一瞬振り返る。
俺がぼそっと口を突いた独り言が、彼の耳にも入ってしまったらしい。
せっかくだから、聞かれたついでに何か知ってることは無いか確認してみるか。
「あの、この街って有名な怪談とかってありますか?」
「怪談ですか? 申し訳ございません。
わたくしそういったものは、よく存じ上げないものですから」
もしかしたら、エルム街の悪夢のフレディみたいなやつでもいるのかと考えたが、さすがにそれは無さそうだ。
だとしたら、結局おばけとは何なのだろう?
「怪談ではないですけれど、
最近貴族や騎士などの殺人が、何件か起こっているようですよ」
「……殺人事件ですか」
もしかしたら、シランの父親が何か関与してるのかもしれない。
シランを助けるためのヒントがあるかも。
「その話、少し詳しく教えてもらっていいですか?」
「わたくしも新聞で読んだ程度ですけれども、それでよろしければ」
「ええ、構いません、お願いします」
「かしこまりました。 確か……」
セルバさんは、静かに語りだした。
この事件は凶悪な連続殺人事件で、既に5人が殺害されている。
そして被害者の全員が、貴族などの上流階級の人間だ。
最初の事件は半年前。
そこから一人ずつ殺害され、つい最近子供が一人殺害された。
手口は全て同じ、急所を食いちぎられたような深い傷があったという。
「わたくしが知っているのは、このくらいでございます。
あまりお役に立てなくて、申し訳ございません」
「いえ! 十分です。 ありがとうございます!」
噛み殺された跡か……。
フラウトの死体にはそんな跡はなかったはずだ。
それと、最近殺害された子供というのも気になるな。
……後で詳しく調べてみるか。
「色々とありがとうございます、助かりました」
「いいえ、この程度のことでしたら、いつでもおっしゃってください」
会話が終わった後、俺は何となく腕時計に視線を移す。
時刻は13時を少し回ったほど。
……そういえば、シランと最初にあったのはこれくらいの時間だっけ。
実際会ったのは明日だから一日ずれてるけど、念のためにも顔を出してみるか。
「セルバさん、ちょっと寄り道したいんですけど、いいですか?」
「ええ、どこに向かえばよろしいでしょうか?」
「中央に噴水がある公園ってわかりますか?
このあたりにあると思うんですけど」
「はい、ございますよ。 すぐに向かわせていただきます」
セルバさんは手綱を操って、進路を左へ取る。
思ったよりも近くを走っていたようで、五分ほど馬車に揺られたら着いてしまった。
「ありがとうございます、すぐ戻るんで」
「いえ、お待ちください」
セルバさんは馬車に盗難防止用の器具を取りつけながら、俺を引き留める。
「申し訳ございません。
あなたを一人にするなとの言いつけを受けているものでして。
不躾ながらわたくしも同行させていただきます」
そういえばセルバさんは監視役という事を、すっかり忘れてた。
潔白を証明するためにも、セルバさんを置いて一人で行くわけにはいかないな。
「わかりました、それじゃ、お願いします」
俺たち二人は公園に足を踏み入れる。
軽く辺りを見回すと、子供の姿ばかりが目に付く。
そんな中、一人ベンチでボーッとしているシランを見つけた。
近づいてみると、頬をすりむいているのか血が出ている。
「やあ、初めまして」
「……だれ?」
誰と聞かれても、俺には返せる答えがない。
「いや、怪我してるならこれをあげようと思って」
そう言って、鞄から取り出した絆創膏を物珍しそうに見つめるシラン。
「……シール?」
「薬草シールってとこかな。
傷が早く治るんだよ」
俺はシランの頬に優しく絆創膏を貼った。
「これでもう大丈夫だ」
しかし、何故かシランの表情が曇ってゆく。
そのとき、背後から勇ましい声が響く。
「お前! そいつの仲間でしょ!!」
そこにいたのは子供だった。
シランと同い年くらいの女の子だ。
少女の顔は、明らかにこちらに敵意を向けている。
「仲間ってどういうことだ?」
本当はわかっている。
おばけの仲間かどうかってことだろう。
だがちょうどいい。
これでおばけの意味が、はっきりするかもしれない。
「知らないわけない!
きっと、……きっとお前らも、おばけの仲間なんでしょ!?」
少女は両手を上にあげる。
そしてこちらを睨みつけながら、大きく唱え始めた。
「わが名に答えよ、だいちをてらす炎天につどえ、ベルノフェルド・インフェルノ!」
少女の手のひらが赤く光り、頭上に火の粉が集まって火の玉となる。
玉の大きさはサッカーボールくらいだが、当たれば痛いでは済まなそうだ。
「……攻撃魔法を使うという意味が、お分かりになっていますか?」
傍観者に徹すると思っていたセルバさんが、意外にも口を開いた。
その表情は、殺気立っているように見えた。
まさかこの人、子供にも容赦しないタイプか!?
「セルバさん、待ってください!」
俺は今にも攻撃しそうなセルバを制止する。
この子供には聞きたいことがある。
それに話をするなら穏便にやりたい。
相手は子供、目を見て真っすぐ話せばわかってくれるはず。
「大丈夫だ。 俺たちは敵じゃないし、おばけでもない」
「嘘だよ。 だっておばけだもん! 嘘つくんでしょ!?」
少女は今にも攻撃して来るかのように、殺気立った目でこちらを睨み付ける。
だが彼女は怒っているわけではない。
ただ怯えているだけなんだ。
俺は膝をつき、少女に目線を合わせる。
「……大丈夫だ」
強くは言わない。
ただ、目を逸らさず真っすぐに語り掛ける。
「う…嘘だもん。 絶対嘘だもん!!!」
少女は両手を振り下ろすために、わずかに仰け反る。
だが、その瞬間を俺は見逃さない。
即座に絆創膏の空き箱を上へ投げた。
「え?」
突然の行動に戸惑った少女は、思わず空き箱へ向かって火の玉を投げた。
その間に、俺は少女の背後に回り腕を羽交い絞めにする。
だが放たれた火の玉は箱を焼き尽くしても勢いが止まらない。
そのまま公園の木に直撃し、大きく火の手が上がった。
「い…いやだ、放して!」
俺は暴れる少女の体を強く押さえつける
少し可哀想だが、あんな魔法で暴れられたらこの子自身も危険だ。
ここは焦らず、まずは落ち着かせることが先決。
「大丈夫、ここに怖い人はいない」
俺は優しく笑いかけ、優しくゆっくりと言い続けた。
そして何度も言い聞かせるうちに、だんだんと力が抜けていくか細い腕を放す。。
少女はその瞳からポタポタと涙をこぼす。
「……怒らないの?」
「怒らない、だから大丈夫だ」
「……本当に? ……嘘じゃない?」
「おじさんが嘘つきなら、もう怒ってるよ」
少女は小さな体を震わせながら、消えそうな声で「ごめんなさい」と呟いた。
俺が笑顔で頭をなでると、抑えきれなくなったのかより一層大きな声で泣いていた。




