387マス目 石の種類
「君は、ドルトゥレートに何を言った?」
「さぁな」
ククルと目一杯遊んで英気を養った俺は、ゴールドスモーカーとにらみ合っていた。
「奴が獲物を探すような眼になっていた。
あれは厄介だ、なだめるのに相応の食糧物資がいる」
「それはご苦労なこって」
俺はどこか他人事で煙草に火をつける。
「もう奴のもとへは行かなくていい。
どうやら相性が良くなかったらしい」
「そうかい、それで?
俺はこの後どうすれば満足だ?
今すぐ治安維持部隊に入れるって言うなら、金の用意も始めるが」
「……そうだな」
ゴールドスモーカーは部屋に靴音を響かせていた足を止め、ゆっくりと俺の正面に座り込むと、ぎらつく左目で俺をじっと見据える。
「今更だが、君の目的はなんだ?
どうも今更になって気になってしまう」
その質問を振られ、俺はようやく来たかという思いで指を組む。
用意していた回答はいくつかある、もちろん全部俺の本心じゃない。
こういう輩が喜びそうなこと、面接でいうところの志望動機みたいなもんだ。
「権力が欲しい、莫大で絶大な支配力と言い換えてもいい」
「……それで君は何を成す?」
俺はわざとらしくタメを作り、数舜言葉を濁す。
そして組んでいた手を静かに口元へと持って行った。
「殺したい奴らがいる、俺の力じゃ到底かなわない化け物連中を」
「そうか、……なるほど」
ゴールドスモーカーはどこか納得した様子で含み笑いを見せ、数度手をたたく。
「君は手の内と言っていたが、……そうか、処分の困る手懐けきれぬ番犬というわけか。
なるほど、君と私の利害は、思った以上に近い場所にありそうだ」
よし、いい勘違いをしてくれた。
これでゴールドスモーカーは、俺の狙いがブルーローズの殺害だと思い込んだはずだ。
「誤解が解けたようで何より。
そこでもう一度問うんだが、俺は何をすればいい?」
ゴールドスモーカーは机から葉巻を取り出し、簡潔に説明していく。
羅列されるのは、書類仕事に部屋の掃除、武器の手入れに洗濯。
まぁ、簡単な雑用を任されたわけだ。
「期間は三日、他の者たちと同じだ。
三日間の働きで君をどう運用するか決める。
伸し上がるのはその後の頑張り次第といったところだな」
「それで構わない、認めてくれて助かるよ」
これでひとまずは大きな関門をクリア。
あとは目の前にいるゴールドスモーカーからどれだけ情報を絞れるかにかかっている。
最初に任されたのは書類の整理。
こういう仕事はエリザベートの屋敷で散々手伝っていた経験がある。
そのかいもあって、向こうの想定以上の速度で終わらせてやった。
「なら次は私の部屋を掃除してもらう」
書類整理の次に任されたのは、まさかのゴールドスモーカーの部屋の掃除。
想定外の事態に、俺は動揺を隠しきれない。
「突然すぎないか?
それともこの組織のセキュリティーはそんなにもザルなのかよ?」
「いいや、信頼しているのだよ」
わかりやすい嘘をついてくれる。
でもこれがまたとないチャンスなのも事実。
「それでは私はとある貴族のもとで会議がある。
三時間で帰ってくる、それまでに埃一つ残さず綺麗にしておいてくれ」
それだけを伝え、俺一人をこの部屋へと残していった。
「……まったく、この俺に心理戦でも仕掛けてくる気か?」
上等だ、乗ってやろうじゃねぇの、その戯れに。
俺は支給された白の手袋を素早くはめると、指定個所の掃除に取り掛かった。
「よろしかったのですか?
あの男を一人部屋に残してしまっても」
「ああ、構わん。
最も触られたくない物はあの部屋に置いていないからな」
ゴールドスモーカーは続けて外で待機する監視員に連絡を取る。
「目立った動きはあったか?」
『いえ、ただ掃除に取り掛かる様子はなく、観察しているだけです』
「よし、そのまま監視を続けろ。
しかし監視系統の魔法陣を展開したらすぐに連絡しろ」
『了解です』
葉巻の先をカットし、別室で盛大に煙を吹かす。
その顔は余裕の笑みに満ちていた。
「ふん、あの部屋にある材料では、私の魔法のカラクリを解くことはできん。
好きに調べ、そして私に正体を見せるがいい」
「ま、雑に監視されてんだろうな」
俺はちらりと窓に視線を放る。
そん先には誰もいないのか、見えないように細工しているのか俺にはわからない。
だがこのタイミングで部屋の掃除だなんて、こんなわかりやすい釣り餌はそう見かけない。
「逆に言えばお互いそのつもりなんだ。
掃除なんてほとんどしなくていいよな」
見えやすい釣り餌と言っても、向こうも俺が気付く事前提で進めていることだろう。
ただここで分かりやすく探せるタイミングを与えるかわりに、もう二度とチャンスを与えないという意思表示にとれる。
どちらにしろ、エサが欲しい魚は食いつくしかない。
問題はどうエサだけを掠め取るかだ。
「ゴールドスモーカーは見えやすい証拠は残してないだろう」
部屋に置いてあるのは、騎士の彫刻や、木に実る果実を石に置き換えた芸術的な置物。
宝石をあしらったシャンデリアに、棚へ飾られた貴金属。
部屋の隅も調べてみたが、ゴミ一つ残ってない。
前に破壊されたテーブルの破片でもあれば、少しはヒントになるかと思ったんだが。
「多分この部屋のほとんどはブラフ。
どうせ引き出しの中身も……」
あえて誘いに乗ってやろうと、俺は一つ一つ引き出しを開けていく。
いくつか気になる資料は見つけたが、隕石や石像を動かすギミック、石を産み落とす生物の資料など。
見るからなミスリードに読み込む気にもなれず、元あった場所へ戻す。
「石……、あいつはミスリードもそうだけど、妙に石にこだわる」
ゴールドスモーカーはあまり自分では戦闘を行わないらしく、ドルトゥレートと違って情報がない。
しかし、俺には唯一無二の情報が頭の中にある。
「ブルーローズとカナリアをぶつけたとき、あの戦場には何があった?」
ただ触れるものを石化させる。
それだけじゃ説明できないものも多々あった。
触れたものを崩し、石化させ、水晶で貫く。
そこから導き出されるのは……。
「宝石……?」
石という物質にとらわれ過ぎたが、石にも種類はある。
世界一硬い宝石がダイヤモンドだとすれば、逆に触れるだけで崩れる宝石もあるかもしれない。
「触れたものを宝石にする魔法。
……いや、それだけじゃないな」
もう一つ、あの男には隠し玉があったはずだ。
『封印石は、生命を閉じ込める私のとっておきでね。
四獣と呼ばれるこ奴らを、並の魔物と思わないほうがいい』
ブルーローズと組んで追い詰めたとき、マリアさんと戦うゴールドスモーカーが口にした言葉。
「封印石ってのが言葉通りだとするんなら……」
あの時見た、パワーストーンにも似た石。
それがこの部屋の一角には存在する。
「気になってはいたんだよな、木の実のオブジェ」
俺は軽く部屋全体を見まわした後、部屋の一角にひっそり置かれた芸術作品へと目を向けた。
「この石、色や大きさはあの時に持っていたものとほぼ同じだ。
俺の考えが合ってれば……、リスキーだけど試してみるか」
俺は少し緊張した面持ちで鞄に手を入れた。




