383マス目 無敵の男
八時間の写経モドキな自習時間が終わり、いつものように信者の男性が現れる。
「ではお帰りください、本日はありがとうございました」
最後にもかかわらず、何も変わらない対応。
退屈でつまらない場所だと、心底思った。
「あー、そういえばさ」
だから少しだけ、ちょっかいをかけたくなってしまう。
必死に情報を与えぬよう隠す、そのヤブを引っ搔き回して。
「最後に一つだけ質問させてくれ」
信者は俺の声など無視して去っていく。
その背中に僅かばかり届きそうな声で、俺は呟いた。
「あんたらが崇めてる神様って、何て名前なんだ?」
その瞬間、信者の足がピタリと止まる。
「あー、そういえばあたしも知らないかも。
あの本に載ってたっけ?」
「俺も全部読んだわけじゃないけど、神様とか創世神としか書いてなかったな。
俺ら俗物に生きる一般人はいざ知らず、神に仕える神聖な信者たちが、まさか知らないなんてことは無いだろ?
だから教えてほしいだけなんだが、どうした、答えられないのか?」
捲し立てる俺に、信者の男は何かを言おうと目を向けてくる。
直後、爆発のような轟音と地響き、そして部屋の天井が激しく崩れ落ちた。
「プレイア様である!」
雪のように白く翼の生えた蛇が、天井の穴からずるりと体を伸ばす。
目を見張る巨大な白蛇の頭に鎮座する、白眼の男が一人。
「やぁ、教祖様」
「万物の神であり、森羅万象を司る偉大なるお方!!
聞いたからには眼に! 耳に! 魂にその名を焼き付けておきなさい!
さぁ理解したのならば去りなさい、人の子よっ、脆弱なる人間よ!!」
力強く叩きつけるような言葉の圧力。
俺とククルはそのまま追い出されれるように教会を後にする。
「うー、お兄さんが変なこと言うから、無駄に刺激しちゃったんじゃない?」
「いいや、大収穫だ」
俺はポケットから白い羽を取り出した。
「あっ、さっきの蛇に生えてた……」
「ああ、何枚か落ちてたから、ついでに拾っておいた」
指先でつまむ羽はキラキラと光の粒子となり、空中の魔力に還元されていく。
「魔物を使ってて、その一部がこうやって時間経過で消える。
つまりあの神父の使う魔法は、王国騎士隊のリックと同じ、精霊の召還だ」
虚空へ消える粒子を握りこむように拳を作る。
前に詠唱するところ自体は見たことはあったが、これでほぼ確定した。
また一歩前進、ただの写経期間だったが成果としては上々。
「それでお兄さん、明日はどこへ行くの?」
「ああ、実は明日から行く場所が最難関というか、
ある意味一番安全で、一番危険な場所だよ」
俺はゴールドスモーカーから受け取っていた一枚の書類を、ククルに手渡した。
「えっと……うげぇ!?」
ククルが驚くのも無理はない。
俺が明日行く場所、それは……。
「晩餐会、……ドルトゥレートに会うことになる」
「ちょっ、あの人は基本こういうのは一切関与しないんだよ!
なんで急にこんな……」
「どうする? お前は来なくてもいいぞ」
ククルはしばらく考え込んだ後、深く頭を下げながら謝罪する。
「ごめんお兄さん、あの人はほんとに無理!
あの人だけは、本能的にすごく怖くて。
あっ、でも送り迎えだけはするから!」
「十分だよ、ありがとな」
しょんぼりと耳が垂れたククルの頭をポンポンと撫でてやる。
そうして平気な顔をしてみるが、やはり心のどこかで奴を恐れているのだろう。
俺の背中は、汗でじっとりと湿っているのだった。
その日の夜、俺は書店で買った数冊の本を読み漁っていた。
内容は全てドルトゥレートについて書かれたもの。
威風堂々たる風貌と、住民から搾取しない政策をとる貴族だからと、人気は高いらしい。
「弱点……せめてどっかに付け入る隙はねぇか?」
能力の解説も載ってるし、本人もインタビューに答えていて確実性は高い。
記者が実際にドルトゥレートが野党を倒す場面を目撃した記事もある。
「お兄さん、まだ見てんの?」
風呂から上がったククルが髪を拭きながら覗き込む。
「明日直接会うんだ、何か試せることは無いかと思ってさ」
「多分ないよ」
ククルは考えるまでもなく答える。
「あのおじさんが使う魔法、あたしも知ってるけど……。
無敵って言葉があんなに似合う魔法は、他にないと思う」
無敵という言葉に、俺は前に刀を砕かれたことを思い出す。
フリギアさえ断ち切った、最強の刀剣を。
「食べるって行為を直接攻撃に変えて、材質に関係なく取り込む力。
そもそも攻撃のしようがないんだよ、なにしても相手の力になる。
防御力が高すぎるから、スピードもパワーもテクニックも崩されちゃう」
「不意打ちは?」
「もちろんいろんな人が試してるよ、あの人敵多いもん。
でも背後とか足元からも関係ないんだって。
食べたいと思ってるときは、いつも勝手に攻撃を食べちゃうんだってさ」
「良く知ってんな、そんな事」
「アルニアが昔聞いたみたいだよ、あと本にも載ってるみたい。
お兄さんの持ってるやつとは違うけど」
全方位自動発動の防御無視技。
そのうえ攻撃を喰らうたびに回復する。
「なら寝こみとか襲えば倒せるんじゃないか?
睡眠中に食事はしないだろ」
「あのおじさん、寝てるときはご飯の夢しか見ないんだってさ。
この話はあたしが直接聞いたやつね」
「そんな事ってある?」
「子供のころからそうみたいだよ。
美味しい物の夢以外見たことないって」
究極の食事執着人間が、無敵の食事能力を手に入れた。
相性の良さと才能が混ざってしまったモンスター。
「そりゃ正攻法では勝てないな」
「てかさ、お兄さんってなんであの人たちの弱点とか情報を探してるの?
別にお兄さんは戦う意味ないんだよね?」
「……念のためだよ。
大臣を殺した俺はよく思われてないだろうし。
いざって時に自衛出来るようにはしたい、そんだけ」
「ふーん」とどこか納得してないような返事を返し、ククルは自分の部屋へ戻っていった。
「悪いな、ククル。
まだ話せない、この考えはまだ俺だけが持ってるべきなんだ」
俺は手にしていた本を閉じると、整理もせず棚に放り込む。
部屋を照らしていたランプを消すと、細い三日月がいつもより少ない光を窓から差し込ませる。
「相手は人間、それも使える魔法は一つ」
今までどんな相手にも、倒す手段はあった。
必ずある、絶対に奴を倒すための突破口が。




