37マス目 平和な温かさ
俺は食事のあと、風呂に入っていた。
「ネストと戦った時、周りは火の海だったからなぁ。
汗でベットベトだ……」
前回では飲みすぎて泥酔してしまったが、今回は違う。
めまいも感じず、頭がすっきりした状態で、のんびりと広い湯船を満喫していた。
しかしそんな俺の耳に入る聞き覚えのある声。
「……来たか」
そう。
前に経験した、たちの悪いテンダーのいたずら。
もし違ったら大変なので、一応耳を澄ませて確認する。
「はーあ、ちょっと酔っちゃいましたわぁ」
よーし、間違いない。
この言葉は前に聞いたのと同じだ。
あの時はひどい目に合わされたからな。
さて、どうしてやろうか?
そんな風にあーだこーだと思考を巡らせていると、警戒にガラス戸が開く。
「あら? 誰もいないのかしら?」
湯気でこちらが見えないようだ。
それなら先制攻撃といこう。
「おう、奇遇だなエリザベート」
あえて声をかけてみる。
この反応は流石に予想外だったのか、エリザベート(テンダー)は、目を丸くしてうろたえている。
「どうしたんだ?
こんな場所に来たってことは、そう言う意味なんだろ?」
「いや、……えーっと、その……、あの……」
これは言い出すタイミングを失っているな。
ちょっと楽しくなってきた。
「おいおい、顔が青いぞ?
早く湯船に入って温まったらどうだ?」
「えっえっ、な……、いやなんで!?」
もはやお嬢様言葉も忘れている。
そんなエリザベート(テンダー)に、前も隠さず歩み寄ってみる。
「なんでとは、なんだ?
さぁ、来いよ」
「ちょまっまっま! タンマ! タンマ!!」
そろそろエリザベート(テンダー)の反応がガチになってきたな。
というか、段々こっちも恥ずかしくなってきた。
この辺でネタばらしといくか。
「……嘘だ嘘、冗談だ。
さっさと魔法を解けよ、テンダー」
「え!?」
テンダーは、口をあんぐりさせてこちらを見る。
数秒の間が空いたのち、口を開いた。
「なんでわかったんですか!?」
その言葉と同時にテンダーは元の姿に戻った。
相変わらずすごい魔法だと、俺は内心感服する。
まあ、使い方が最低でばかばかしいのが玉に瑕だが。
「何となくだよ、お前の魔法の事はエリザベートから聞いてたし」
まあ、嘘だが。
「いやでも、もし本当にエリザベート様だったらどうするんですか!?」
「その時は、間違えて入ってきたエリザベートを、
からかってやったっていう言い訳で、いくらでも乗り切れる」
「私以上にあくどいですね。 ……あなたは」
その後、俺とテンダーは湯船につかりながらのんびりと話をした。
まあ、こっちからすれば既に知っていることばかりだったが。
そうこうしているうちに、脱衣所から声が聞こえてくる。
「……なんか聞こえません?」
「ああ、エリザベートっぽい声が聞こえるなぁ」
「いや、私じゃないですからね!?」
テンダーは首をブンブンと横に振り、その大げさな動きで湯船を波立たせている。
すると、テンダーが開けっ放しにしていたガラス戸の向こうから、舌っ足らずな情けない声が聞こえてきた。
「ひっくっ、う~…ブラが外れないですわ~」
そう言いながら、下着姿のエリザベートが戸の前でふらついている。
こうして見ると気品の欠片もない。
ネストと戦っていた時の頼もしさは、一体どこへ行ってしまったのだろうか?
そんなことを考えていると、耐え切れなくなったテンダーが、勢いよく立ち上がった。
「な、何やってるんだよエリザベート!!?」
「ふぇ? なんでテンダーがいるんれすのぉ~?」
「いいから服着て! 女湯はあっち!」
「いやれすわ~。 ここが女湯れすわよ~、……あっ外れましたわ~」
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
平和だ。
呑気にそんなことを考えながら、俺は湯船の温かさに身を委ねるのだった。
「恥をかきましたわ!!」
知っている。
年頃の乙女とか、高貴なお嬢様とか、そんな事の前に一人の女としてあれはないだろう。
エリザベートの叫びを聞きながら、俺はのんびりとフォークを口に運ぶ。
ちなみに今俺が食べているのは、エリザベートが出した口止め料のショートケーキ。
「それを食べたのなら、このことは絶対に他言無用ですわよ。
わかりましたわね? 特にテンダー!!」
「何で強調するんですか!? 言いませんよ!」
間違いなく普段の行いだろう。
そもそも前の世界では、言いふらしかけて地下牢にぶちこまれてなかったっけ?
だがそれに関しては、少し気になることがある。
前の世界では、口止めのケーキを食べるときにテンダーはいなかった。
少しばかり、俺の知っている未来と変わってきているのかも……。
こうなったら早めに準備を整えた方が良いかもな。
「なあ、これ食い終ったら馬車を借りてもいいか?
3時間ほどで返すからさ」
「いいですけれど、一応監視を付けさせていただきますわよ」
「監視?」
「そうですわ。
今は少し大事な時期ですのよ。
下手に情報を流されては死活問題ですわ」
そうか、国王の会合があったな。
確かにそんな一大イベントの前に、不審な格好の奴がいたら、監視やらなんやらを付けなくては危なっかしいだろう。
「ああ、わかった」
まだ出会って数時間の関係だ。
警戒されて当たり前。
別に悪いことはしていないんだから堂々としていればいい。
「それで、監視って誰が来るんだ?」
「わたくしでございます」
返事をしたのはセルバさんだ。
後ろにいたのに全く気が付かなかった。
「えっと、じゃあよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ」
セルバさんには、どうしても敬語になってしまう。
やはり風格があるからだろうか。
「でも、どちらに行かれますの?」
「ちょっと、知り合いの作家のところにな」
とにかくヒゲ爺と話しておきたいことがある。
それに、いざって時のために早めに銃を手にしておきたい。
今から行けば家か病院にいるだろう。
「すぐに出発いたしますか?」
「はい、お願いします」
「かしこまりました」
セルバさんは軽く会釈をすると、すぐに部屋を出て行った。
たぶん馬車を準備しに行ったのかな?
「ありがとうなエリザベート、ケーキ超美味かった」
「礼には及びませんわ。 ……絶対喋るんじゃないですわよ」
顔を赤らめてそう言うエリザベートに、俺は「ああ」とだけ返して、部屋を出た。
そのまま荷物を持って玄関ホールへ行くと、すでに馬車が待機してある。
白を基調として、所々を金で彩られた高級そうな馬車だ。
「お待ちしておりました」
馬車の前でセルバさんが軽く会釈したので、俺もつられて頭を下げる。
なんだか接待でも受けている気分になってきた。
「どちらまで向かいますか?」
「えっと、街の北に向かってください。
街はずれに風車がある古い家があるので、そこに」
「かしこまりました」
セルバさんは慣れた手つきで馬車の扉を開けてくれた。
お礼を言いながら乗りこむと、外見と釣り合った綺麗な内装。
全体的に白を基調とした色合いで、車内は広々としている。
カーテンやイスは美しい赤色で、しっとりとした心地いい手触り。
座り心地も高級ソファーのように、腰が沈み込みフィットする、とても安定感のある作りになっている。
上を見ると、宝石をちりばめられたペガサスが描かれていて、まるで星のような美しさが目を楽しませる。
「それでは、出発いたします」
そう言って、セルバさんは手綱を振るう。
小さく馬が鳴き、馬車が動き始める。
俺は流れる景色をボーッと眺めながら、ゆっくりと考えごとに勤しむのだった。




