359マス目 捜索への誘い
本日、俺はお客人。
客間で最高級のコーヒーを入れてもらい、優雅に読書。
……ま、俺の心境には優雅さの欠片も無いわけだが。
「テンダーさん。
あー、もう面倒だから呼び捨てでいいよな?」
「何ですか?
ほぼ初対面で何でそこまで馴れ馴れしくなれますかね」
警戒心マックスだが、今はこれでいい。
なんせ少し休みたいと言っただけで手に入った、テンダーへ一対一の説得タイム。
ここでの目標の一つ、テンダーを仲間に引き込む。
この期を逃していつ実行すんだ。
「お前はさ、例えばこの国が魔物の軍勢に襲われたとする。
そうしたら、どの位置に着くんだ?
執事として民間の避難所へ身をひそめるのか?」
「は!? こう見えて私は強いんですよ!
騎士団と共に戦う覚悟くらいありますとも」
テンダーは自慢げに力こぶを見せた。
俺はそれを見もせず鼻で笑う。
「いいねぇ、青春してるねぇ。
あれだろ? お姫様を守りたいって奴だろ」
「……何を知ったように」
テンダーは少しむくれた顔で返してくる。
「パロット王国最強の男の身の回りってのは、金になる情報の宝庫だ。
命を懸けてでも嗅ぎ付けてくるハイエナなんてごまんといる。
当然、お前らの事も調べ上げてるぜ。
テンダー、リック、エリザベート、幼馴染三人組もな」
「情報屋……、でしたっけ?」
今まで垢抜けたような顔でいたくせに、テンダーは急に真剣な目を向ける。
「ルガニスさんから聞いたか?」
「エリザベートに何かする気なら……」
見張り役に噛みつかれちゃ、堪ったもんじゃない。
俺はその場で両手を上げる。
「ストップだ、俺に敵対の意思はない。
ただ説明されなくても、俺はお前らの事をいろいろ知ってるってだけだ。
その方が話が早いだろ?」
「意味が分かりません。
さっきからの挑発は、何か企んでいるんですか」
俺はニヤリと笑い返す。
そんな様子を見て、とうとうテンダーは拳を握り構えた。
頭に向けられる強者の正拳なんて、俺にとっちゃ銃と変わらない。
「怖いねぇ。
あ、手加減なんて考えるだけ無駄だぜ。
俺の頭蓋はプリンより脆い」
冗談っぽい言い回しじゃ拳を下ろしてくれそうもない。
まぁ今のは冗談でもなく明確な事実だけど。
「なぁ、お前はエリザベートが大事か?」
「ええ、自分の命より」
即答。
カッコいいねぇ。
そんなイケメンに、俺は根拠のない嘘を言う。
「俺はカナリア国の暗部に深く関わってる。
そんな俺でも断片的にしか入ってこない、もみ消しまみれの汚れた情報ってのがある」
テンダーを引き入れるのに最適なのは、エリザベート関連。
だが彼女本人に接触できない以上、別口で攻めるほかない。
例えば、……彼女の母親とか。
「俺と一緒に調べてみないか?
エリザベートの母、フローラ・ベヨネッタの足取り」
「まさか、フローラさんは生きてっ…」
「死体が上がってない、それだけだ。
生きてる可能性は相当に低いだろうよ」
一瞬輝いた瞳が、しゅんと影を落とす。
それと共に、俺に向けられていた拳も下がっていた。
「でも、それだけ影響力と武力のある人間を消すなんて、
並大抵の組織では到底不可能」
ルガニスさんより強い人間、そして大きな組織。
俺はカナリア国と実際戦って、直接この目で見てきたからわかる。
ズバ抜けた二匹の怪物を。
「ゴールドスモーカー、ドルトゥレート。
このどっちかが関わってるのは想像に難くない。
……どうする、この話乗るか?」
「うっ、いやその……、少し時間をいただいても……」
「ダメだすぐ決めろ。
じゃなきゃこの話は無しだ」
悩ませてやりたいが、こっちも時間がない。
俺は心を鬼にして即決を扇ぐ。
「さぁ、協力するか? しないのか?」
テンダーは苦い顔のまま腕を組む。
床に座り込み、すぐまた立つ。
くるくると部屋の中を歩き回り、壁に手を付き唸る。
髪をかき乱しやけくそに俺のコーヒーを一気に飲み干すと、その口から答えが返って来た。
「やります!
ええ、協力でも何でもしてやりましょう!
この機会を逃したら、もう一生真相はわからない。
エリザベートの心の穴を埋められるんなら、何だってやってやりますよ!」
「よーし、決まりだ」
俺たちは固く手を結ぶ。
これで目標の一つ、達成だ。
「さてテンダー、早速だが一つ仕事だ。
エリザベートに話を聞きたい。
どうだ、会わせてもらう事は出来ないか?」
「え?
それは……」
ルガニスさんはきっと、大事な娘を俺とは引き合わせないようにしてる。
テンダーにも口添えはしてるはずだ。
「よく考えてくれ。
出発前のフローラさんと会話をしてるし、普段の様子を一番近くで見てたお嬢さんだ。
情報のとっかかりとして、会う事はどうしても必須なんだよ」
それっぽい事を適当に並べとく。
本当はエリザベートの会話で、俺が信頼に足る人物という印象を植え付けたいのが第一。
それが出来れば、ルガニスさんの警戒も緩くなるだろう。
「……あなたの言い分はもっともです。
わかりました、何とかしてみます」
そう言い残すと、テンダーは足早に部屋を飛び出していった。
俺は残された部屋で雑にコーヒーを入れ直す。
「不本意だけど、待つか」
過ぎてゆく貴重な時間。
だが必要な事だ。
俺はぬるいコーヒーを味わいながら、静かに時を浪費した。




