35マス目 火中の激戦
勢いよく飛び込むまでは、前回の通り上手くいった。
しかし俺の策はここまで。
この先は運の要素と、エリザベートがどこまでやれるかにかかっている。
「今のうちに、早く逃げろ!」
俺は今だに室内で停滞する家族たちへ向け、声を張り上げた。
ユキちゃん達は状況が呑み込めていないまま、飛び出すように裏口から逃げ出す。
「姉御ぉー、逃げたけどいいのぉー?」
「構わないわよぉ。
最高の獲物が来たのだから楽しまないと、うふふっ」
ネストはすらりと伸びた禍々しい曲剣を手に、楽しそうな声色で笑う。
「ブルーローズ大幹部の一人、ネスト・ダーリッヒですわね?」
「あらぁ、完全にバレちゃってるわねぇ」
ネストはローブのフードを外す。
最初は目を引くほど美しく見えたが、今ではその顔に恐怖と怒りしか感じない。
「街に入って一時間足らずで見つかるなんて、ビックリしちゃったぁ」
「あなたは、そこの雑魚をお願いしますわ」
「任せとけ」
俺はアホ面晒す図体のデカい男に目線を移す。
こいつは破壊力は桁外れなものの、何かアクションするときに一拍の間を置く。
その隙を上手く付けば、倒すどころかエリザベートに助力できるかも。
「なんだよぅ、お前が相手か~?」
向こうは俺を見下す様子で、めんどくさそうに得物を振りかぶる。
そのがら空きになった眼前に、俺は鞄から出した油瓶を放った。
「なにぃそれ? 毒ぅ?
ざんねーん。 おれに毒はきかないよぉー」
巨漢は考えも無しに、瓶を鉈で叩き割る。
「そりゃよかったな」
そう言って、俺は火のついたジッポライターを投げつけた。
あっという間だ。
油まみれの服が大きく燃え広がり、炎が男の全身を包み込む。
男はそのまま鉈を落として暴れ狂い、獣のような叫びを上げる。
「がぁぁぁああああ!!! あづいぃいいいい!!!!!」
「ほらデカブツ、あっちに水があるぞ」
俺が指示した方向に、馬車の衝突で粉砕した水道。
だがその正面にはネストが陣取っている。
「んがああぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁぁぁ!!!! んがぃぃぃいいい!!!」
この男にはもう正面に誰がいるかなど見えてはいない。
全身を炎の塊と化して、ネストへ意図せず突っ込んでいく。
「邪魔よぉ」
瞬間、男の首が吹っ飛び床に転がった。
それでも突進の勢いは消えず、ネストは炎に足を突っ込む形で息絶えた巨漢の腹を蹴る。
「熱っ!」
ネストが珍しく間延びしない声を発したかと思えば、俺よりもでかい肉の塊は窓の外へと吹っ飛んでいった。
さて、十分な隙は作ったぜ、エリザベート!
「想像以上の働きですわ!」
燃え盛る火炎の陽炎に紛れ、ネストのすぐ横に位置付けるエリザベート。
低い位置から突き上げるように傘の先端を打ち込んだ。
「まだ、……甘いわぁ~」
エリザベートの突きを皮一枚で躱すと、ネストはエリザベートの首へ手を伸ばす。
「あぅ……ふぅっ!!」
首にかかる手をギリギリで受け止め、向きを逸らす。
そのまま横っ飛びで窮地から抜け出すと、素早く振り上げる。
体重を乗せて打ち込む縦の一閃。
「おっと、乱暴ねぇ」
崩れた体制から難なく攻撃を受け止めると、ネストは鼠色のローブを翻し距離を取る。
俺はその隙に、表面が熱くなったジッポライターを、ハンカチで包んで拾い上げた。
そして鞄からヘアスプレーを取り出し、ネストに向けて構える。
「援護、お願いしますわ」
「あまり期待はしないでくれよ」
さっきの炎が床から壁に広がる。
熱気とネストの威圧感で、嫌な汗が滲んでくる。
慎重に行きたいが、あまり時間をかけていると燃える前に煙でやられてしまう。
「ふぅ、熱いわねぇ」
そう言ってネストは、鼠色のローブを脱ぎだす。
……と思った瞬間、ネストは素早くローブを投げた。
「目隠しですわ!」
距離を取った時点でそう来ることは見越している。
俺は牽制の意味も込め、前方に一瞬火炎放射を撃った。
「うっ……く…」
炎に怯み、ネストの動きが一瞬止まる。
明らかにこっちへ振りかぶって来ていた。
「脇がお留守ですわよ」
エリザベートの薙ぎ払いを、ネストは身体を逸らして避ける。
その隙に俺は、ポケットのスマホを投げた。
「うふふっ、小細工の時間稼ぎかしらぁ?」
ネストは明らかに俺を警戒している。
それだけ火炎放射が効いているという事だ。
「うるせぇ、その綺麗な顔焼いてやるよ!」
「そういう事、女性に言うのはどうかと思うわぁ」
ネストは火炎放射をバク転で躱した。
しかしその先にはエリザベートが待ち構える。
「頼む!!」
「任されましてよ!」
エリザベートは素早く傘を突きだすが、まるで風に揺られる絹のように、滑らかな動きで突きをいなされる。
回避と同時に、そのまま切り上げるネストの斬撃。
エリザベートは素早く側転し、紙一重で回避。
避けた先を予測したネストは、足元の瓦礫を蹴り飛ばした。
顔を狙う硬い鉄片、すぐさま傘を開いてこれを防ぐ。
視界を狭める傘をすぐさま閉じると、開いた距離を埋めるようにエリザベートは左右に動き、かく乱しながらネストに接近した。
「あはは、私とスピード勝負かしらぁ?」
いくつもの残像が見える高速の動き、ネストは残像の一つに飛び込んだ。
ネストが振り下ろした剣先には、傘を横にして曲剣を受け止めるエリザベート。
高速の攻防から一転、お互い強引な力押し。
徐々に鍔迫り合いの形まで持っていく。
拮抗状態の中、ネストが口を開いた。
「いい攻撃ねぇ、でももう少し動きやすい格好の方が良いわよぉ」
「オーッホッホッホッ! 余計なお世話ですことよ」
余裕を見せるエリザベートだが、身につけている貴金属が、周りの炎で熱を持つ。
エリザベートの全身に汗が噴き出し、はたから見ても脱水症状になりかけているのが分かる。
「離れろ!!」
俺の合図を聞き、エリザベートは後ろへ飛び退く。
その瞬間の絶妙なタイミングで、俺は手元の道具を投げた。
それは、先ほど道具屋で買った爆破水晶とライターオイルを、スマホの充電ケーブルで結んだもの。
「遅いわぁ」
ネストは余裕のある動きで回避しようとする。
「かかったな?」
そこだ、その位置。
抜群のタイミングだ、ありがとよ。
ネストの背後で、さっき落として置いたスマホのタイマーがゼロになる。
「「「ラジオ体操第一!!!」」」
空気の読まない陽気なBGM。
明らかに隙のある大きな動きで、ネストは振り返った。
だがもちろん、この音声も囮。
爆破水晶はネストの体にぶつかると、手榴弾のように破裂しオイルをぶちまける。
部屋の火が延焼し、ネストの体を包み込んだ。
「しまっっ!! ぐぅぅうう!!」
彼女を包むのは、魔道障壁が通用しない、ただの炎。
やはりネストでも、魔法でない炎はどうしようもないようだ。
肌がどんどん、赤黒く焼けてきている。
「ああああっ、ぐううっがぁ!!」
ネストは水道の場所まで走ろうと剣を振るう。
だが激痛に苛まれた剣筋はあまりにお粗末。
何度斬りかからうとも、道を塞ぐエリザベートに掠りもしない。
「……止めを刺して差し上げますわ」
それはエリザベートなりの優しさなのだろう。
両手で大きく振りかぶった傘を、勢いよくネストの頭に叩き付けた。
だがネストは、焼け焦げた頭をへこませながら傘に無理やりしがみつく!
「ぐっ! 放しなさいな!」
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
声は出ないはずだが、それは声とも呼べない、おぞましい音。
もはや化物の咆哮だ。
ネストは傘を強く引き、エリザベートのバランスを崩す。
その瞬間、エリザベートの手首が捕まれた。
いつものエリザベートなら、振りほどけたかもしれない。
しかし熱さと煙にやられ、もう体力の限界だったようだ。
エリザベートの体はぬいぐるみのように振り回され、数回床にたたきつけられた後に、放り投げられる。
吹っ飛んだ勢いのまま、エリザベートの体は窓を激しく突き破り、外に飛び出した。
「ああああああああぁぁぁぁぁあっぁあぁあぁあぁぁぁあ!!!!!」
ネストの雄叫びが、燃えさかる部屋に響き渡る。
焼け付く空間は、気管を熱し、呼吸もままならない。
煙を吸わないよう体勢を低くしたまま、袖口に手を当てていた俺は、燃えさかるネストと目が合ってしまった。
「……まずい、まずいまずいまずい!!」
ネストは間髪入れずに、焼けた体で突進してきた。
全身を振り乱すように向かってくる姿は、道ずれにしようと襲いかかる亡霊のようだ。
捨て身の攻撃より怖い物はない。
しかも、今使えそうな道具はすべて使ってしまった。
どうする? どうする? どうする!!?
「ごがあがあああああぁぁっぁぁっぁっぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!!!!」
常人ならとっくに死んでいる火傷。
今のネストは、まともな攻撃では怯みもしない。
何とかなりそうな手段は……。
やっぱりこれしかない!
「ちっくしょ!! 一か八かだ!!」
彼は突進するネストの額へ手を向けて、全力で言い放つ!
「ダイス!!!」
燃えさかる額がぶつかる衝撃。
しかし、後ろへ吹き飛んだのはネストだった。
燃える部屋の床で、声もなく息絶えるネスト。
その額には、四角形の風穴があった。
横に転がったサイコロは、5の目を出している。
「……やったのか?」
足の力が抜ける。
緊張もあるが、煙を吸い過ぎたのかもしれない。
俺は足元の鞄を拾い上げると、急いで割れた窓から外に出る。
「大丈夫ですの!?」
足取りがおぼつかないまま、エリザベートが駆け寄ってくる。
「ああ、生きてるよ、死ぬかと思ったけどな」
俺達はお互いの姿を見て笑った。
服は所々焦げて、髪の毛もチリチリ。
身体のあちこちに火傷を負い、満身創痍のボロッボロ。
「お前こそ大丈夫か?
さっき死にそうな顔してたぞ」
「問題ありませんわ」
エリザベートは近くに見える井戸を指さした。
「あそこでバッチリ水分を補給しましたの。
完全回復ってところですわね!」
脱水ってそんな早く回復するっけ?
そんなことを考えつつ立ち上がった時、ふと気が付いた。
「あれ? テンダーは?」
「馬車を取りに行ったと思いますわ。
わたくしが勝つことを、微塵も疑ってませんのね。
まあ、その通りですけれど! オーホッホッホッ!」
そういえば、前の世界でもテンダーはそんなことをしてたな。
エリザベートは高笑いしながら傘を真上に投げる。
キャッチした瞬間に、壊れていた傘が綺麗に修復された。
「それは魔法か?」
「ええ、でもどんな魔法なのかは、言えませんわよ」
決め顔をしているエリザベートの後ろから、馬車の音が聞こえてくる。
俺らは馬車に飛び乗ると、駈けつけてくる衛兵たちの音を聞きながら、戦場を後にするのだった。




