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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第二章 盤上の裏側
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35マス目 火中の激戦


 勢いよく飛び込むまでは、前回の通り上手くいった。

 しかし俺の策はここまで。

 この先は運の要素と、エリザベートがどこまでやれるかにかかっている。


「今のうちに、早く逃げろ!」


 俺は今だに室内で停滞する家族たちへ向け、声を張り上げた。

 ユキちゃん達は状況が呑み込めていないまま、飛び出すように裏口から逃げ出す。


「姉御ぉー、逃げたけどいいのぉー?」


「構わないわよぉ。

最高の獲物が来たのだから楽しまないと、うふふっ」


 ネストはすらりと伸びた禍々しい曲剣を手に、楽しそうな声色で笑う。


「ブルーローズ大幹部の一人、ネスト・ダーリッヒですわね?」


「あらぁ、完全にバレちゃってるわねぇ」


 ネストはローブのフードを外す。

 最初は目を引くほど美しく見えたが、今ではその顔に恐怖と怒りしか感じない。


「街に入って一時間足らずで見つかるなんて、ビックリしちゃったぁ」


「あなたは、そこの雑魚をお願いしますわ」


「任せとけ」


 俺はアホ面晒す図体のデカい男に目線を移す。

 こいつは破壊力は桁外れなものの、何かアクションするときに一拍の間を置く。

 その隙を上手く付けば、倒すどころかエリザベートに助力できるかも。


「なんだよぅ、お前が相手か~?」


 向こうは俺を見下す様子で、めんどくさそうに得物を振りかぶる。

 そのがら空きになった眼前に、俺は鞄から出した油瓶を放った。


「なにぃそれ? 毒ぅ?

ざんねーん。 おれに毒はきかないよぉー」


 巨漢は考えも無しに、瓶を鉈で叩き割る。


「そりゃよかったな」


 そう言って、俺は火のついたジッポライターを投げつけた。

 あっという間だ。

 油まみれの服が大きく燃え広がり、炎が男の全身を包み込む。

 男はそのまま鉈を落として暴れ狂い、獣のような叫びを上げる。


「がぁぁぁああああ!!! あづいぃいいいい!!!!!」


「ほらデカブツ、あっちに水があるぞ」


 俺が指示した方向に、馬車の衝突で粉砕した水道。

 だがその正面にはネストが陣取っている。


「んがああぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁぁぁ!!!! んがぃぃぃいいい!!!」


 この男にはもう正面に誰がいるかなど見えてはいない。

 全身を炎の塊と化して、ネストへ意図せず突っ込んでいく。 


「邪魔よぉ」


 瞬間、男の首が吹っ飛び床に転がった。

 それでも突進の勢いは消えず、ネストは炎に足を突っ込む形で息絶えた巨漢の腹を蹴る。


「熱っ!」


 ネストが珍しく間延びしない声を発したかと思えば、俺よりもでかい肉の塊は窓の外へと吹っ飛んでいった。

 さて、十分な隙は作ったぜ、エリザベート!


「想像以上の働きですわ!」


 燃え盛る火炎の陽炎に紛れ、ネストのすぐ横に位置付けるエリザベート。

 低い位置から突き上げるように傘の先端を打ち込んだ。


「まだ、……甘いわぁ~」


 エリザベートの突きを皮一枚で躱すと、ネストはエリザベートの首へ手を伸ばす。


「あぅ……ふぅっ!!」


 首にかかる手をギリギリで受け止め、向きを逸らす。

 そのまま横っ飛びで窮地から抜け出すと、素早く振り上げる。

 体重を乗せて打ち込む縦の一閃。


「おっと、乱暴ねぇ」


 崩れた体制から難なく攻撃を受け止めると、ネストは鼠色のローブを翻し距離を取る。

 俺はその隙に、表面が熱くなったジッポライターを、ハンカチで包んで拾い上げた。

 そして鞄からヘアスプレーを取り出し、ネストに向けて構える。


「援護、お願いしますわ」


「あまり期待はしないでくれよ」


 さっきの炎が床から壁に広がる。

 熱気とネストの威圧感で、嫌な汗が滲んでくる。

 慎重に行きたいが、あまり時間をかけていると燃える前に煙でやられてしまう。


「ふぅ、熱いわねぇ」


 そう言ってネストは、鼠色のローブを脱ぎだす。

 ……と思った瞬間、ネストは素早くローブを投げた。


「目隠しですわ!」


 距離を取った時点でそう来ることは見越している。

 俺は牽制の意味も込め、前方に一瞬火炎放射を撃った。


「うっ……く…」


 炎に怯み、ネストの動きが一瞬止まる。

 明らかにこっちへ振りかぶって来ていた。


「脇がお留守ですわよ」


 エリザベートの薙ぎ払いを、ネストは身体を逸らして避ける。

 その隙に俺は、ポケットのスマホを投げた。


「うふふっ、小細工の時間稼ぎかしらぁ?」


 ネストは明らかに俺を警戒している。

 それだけ火炎放射が効いているという事だ。


「うるせぇ、その綺麗な顔焼いてやるよ!」


「そういう事、女性に言うのはどうかと思うわぁ」


 ネストは火炎放射をバク転で躱した。

 しかしその先にはエリザベートが待ち構える。


「頼む!!」


「任されましてよ!」


 エリザベートは素早く傘を突きだすが、まるで風に揺られる絹のように、滑らかな動きで突きをいなされる。

 回避と同時に、そのまま切り上げるネストの斬撃。

 エリザベートは素早く側転し、紙一重で回避。

 避けた先を予測したネストは、足元の瓦礫を蹴り飛ばした。

 顔を狙う硬い鉄片、すぐさま傘を開いてこれを防ぐ。

 視界を狭める傘をすぐさま閉じると、開いた距離を埋めるようにエリザベートは左右に動き、かく乱しながらネストに接近した。


「あはは、私とスピード勝負かしらぁ?」


 いくつもの残像が見える高速の動き、ネストは残像の一つに飛び込んだ。

 ネストが振り下ろした剣先には、傘を横にして曲剣を受け止めるエリザベート。

 高速の攻防から一転、お互い強引な力押し。

 徐々に鍔迫り合いの形まで持っていく。

 拮抗状態の中、ネストが口を開いた。


「いい攻撃ねぇ、でももう少し動きやすい格好の方が良いわよぉ」


「オーッホッホッホッ! 余計なお世話ですことよ」


 余裕を見せるエリザベートだが、身につけている貴金属が、周りの炎で熱を持つ。

 エリザベートの全身に汗が噴き出し、はたから見ても脱水症状になりかけているのが分かる。


「離れろ!!」


 俺の合図を聞き、エリザベートは後ろへ飛び退く。

 その瞬間の絶妙なタイミングで、俺は手元の道具を投げた。

 それは、先ほど道具屋で買った爆破水晶とライターオイルを、スマホの充電ケーブルで結んだもの。


「遅いわぁ」


 ネストは余裕のある動きで回避しようとする。


「かかったな?」


 そこだ、その位置。

 抜群のタイミングだ、ありがとよ。

 ネストの背後で、さっき落として置いたスマホのタイマーがゼロになる。



 「「「ラジオ体操第一!!!」」」



 空気の読まない陽気なBGM。

 明らかに隙のある大きな動きで、ネストは振り返った。

 だがもちろん、この音声も囮。

 爆破水晶はネストの体にぶつかると、手榴弾のように破裂しオイルをぶちまける。

 部屋の火が延焼し、ネストの体を包み込んだ。


「しまっっ!! ぐぅぅうう!!」


 彼女を包むのは、魔道障壁が通用しない、ただの炎。

 やはりネストでも、魔法でない炎はどうしようもないようだ。

 肌がどんどん、赤黒く焼けてきている。

 

「ああああっ、ぐううっがぁ!!」


 ネストは水道の場所まで走ろうと剣を振るう。

 だが激痛に苛まれた剣筋はあまりにお粗末。

 何度斬りかからうとも、道を塞ぐエリザベートに掠りもしない。

 

「……止めを刺して差し上げますわ」 


 それはエリザベートなりの優しさなのだろう。

 両手で大きく振りかぶった傘を、勢いよくネストの頭に叩き付けた。

 だがネストは、焼け焦げた頭をへこませながら傘に無理やりしがみつく!


「ぐっ! 放しなさいな!」


「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


 声は出ないはずだが、それは声とも呼べない、おぞましい音。

 もはや化物の咆哮だ。

 ネストは傘を強く引き、エリザベートのバランスを崩す。

 その瞬間、エリザベートの手首が捕まれた。

 いつものエリザベートなら、振りほどけたかもしれない。

 しかし熱さと煙にやられ、もう体力の限界だったようだ。

 エリザベートの体はぬいぐるみのように振り回され、数回床にたたきつけられた後に、放り投げられる。

 吹っ飛んだ勢いのまま、エリザベートの体は窓を激しく突き破り、外に飛び出した。


「ああああああああぁぁぁぁぁあっぁあぁあぁあぁぁぁあ!!!!!」


 ネストの雄叫びが、燃えさかる部屋に響き渡る。

 焼け付く空間は、気管を熱し、呼吸もままならない。

 煙を吸わないよう体勢を低くしたまま、袖口に手を当てていた俺は、燃えさかるネストと目が合ってしまった。


「……まずい、まずいまずいまずい!!」


 ネストは間髪入れずに、焼けた体で突進してきた。

 全身を振り乱すように向かってくる姿は、道ずれにしようと襲いかかる亡霊のようだ。

 捨て身の攻撃より怖い物はない。

 しかも、今使えそうな道具はすべて使ってしまった。

 どうする? どうする? どうする!!? 


「ごがあがあああああぁぁっぁぁっぁっぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!!!!」


 常人ならとっくに死んでいる火傷。

 今のネストは、まともな攻撃では怯みもしない。

 何とかなりそうな手段は……。

 やっぱりこれしかない!


「ちっくしょ!! 一か八かだ!!」


 彼は突進するネストの額へ手を向けて、全力で言い放つ!


「ダイス!!!」


 燃えさかる額がぶつかる衝撃。

 しかし、後ろへ吹き飛んだのはネストだった。

 燃える部屋の床で、声もなく息絶えるネスト。

 その額には、四角形の風穴があった。

 横に転がったサイコロは、5の目を出している。


「……やったのか?」


 足の力が抜ける。

 緊張もあるが、煙を吸い過ぎたのかもしれない。

 俺は足元の鞄を拾い上げると、急いで割れた窓から外に出る。


「大丈夫ですの!?」


 足取りがおぼつかないまま、エリザベートが駆け寄ってくる。


「ああ、生きてるよ、死ぬかと思ったけどな」


 俺達はお互いの姿を見て笑った。

 服は所々焦げて、髪の毛もチリチリ。

 身体のあちこちに火傷を負い、満身創痍のボロッボロ。

 

「お前こそ大丈夫か?

さっき死にそうな顔してたぞ」


「問題ありませんわ」


 エリザベートは近くに見える井戸を指さした。


「あそこでバッチリ水分を補給しましたの。

完全回復ってところですわね!」


 脱水ってそんな早く回復するっけ?

 そんなことを考えつつ立ち上がった時、ふと気が付いた。


「あれ? テンダーは?」


「馬車を取りに行ったと思いますわ。

わたくしが勝つことを、微塵も疑ってませんのね。

まあ、その通りですけれど! オーホッホッホッ!」


 そういえば、前の世界でもテンダーはそんなことをしてたな。

 エリザベートは高笑いしながら傘を真上に投げる。

 キャッチした瞬間に、壊れていた傘が綺麗に修復された。


「それは魔法か?」


「ええ、でもどんな魔法なのかは、言えませんわよ」


 決め顔をしているエリザベートの後ろから、馬車の音が聞こえてくる。

 俺らは馬車に飛び乗ると、駈けつけてくる衛兵たちの音を聞きながら、戦場を後にするのだった。


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