33マス目 たった一人の安心感
エリザベートが来る時間は、大体11時から五分過ぎたあたりだと記憶している。
それまで待ちぼうけするのも勿体ないと思って、俺は他の雑貨屋もまわっていた。
魔法の道具なのだ、俺に都合のいいアイテムでもないものかと何軒もハシゴした。
現在の時刻、11時04分。
俺は汗だくになりながら、絶賛マラソン中だ。
「はぁ、はぁ、せっかく時間に余裕あったのに!
俺の馬鹿野郎おおおおおぉぉぉぉ!!!!」
もしも間に合わずエリザベートがどこかへ行ってしまったら、その時点で詰みとなる。
焦りがピークに達したそのとき、大通りの路肩に駐車した大量の馬車が見えた。
「ま、間に合った!」
先の方から聞こえてくる、エリザベートの高笑いの声。
もう、彼女は俺のことを覚えていない。
しかし、もうそれを悲しんでいる時間もない。
「わたくしに良いと判断させたその腕、誇っても……」
「エリザベート!」
思わず叫んでしまった自分の口を慌てて塞ぐ。
つい呼び捨てで呼んでしまったが、初対面でこれは印象が悪い。
初っ端から躓いた俺を、エリザベートは強く睨み付ける。
「なんですの?
今わたくしは、この方と話していますことよ」
エリザベートが指差すのは、靴屋のご主人だ。
いきなり話しかけたせいで、会話に割り込んでしまった。
ただでさえ、このスーツ姿で彼女からはあらぬ疑惑をもたれている。
早いところ挽回しないと。
「これを……、見てください」
肩で息をしながら、エリザベートにタブレットの画面を見せる。
「なんですのこれは? ムービーを再生?」
間違えた。
再生ボタンをタップするのを忘れていた。
俺は慌てて画面を操作する。
「すみません、こっちです!」
画面に商店街の街並みが映し出される。
「これは……、商店街ですわね」
「もう少しで出てきますよ」
このすぐ後に、ぶつかる場面が映し出される。
しっかりと確認できるネストの顔に、動揺を隠せないエリザベート。
「これは、一体何ですの!?」
この質問も、それにどう答えたかも覚えている。
未来が変わったら面倒だ。
出来るだけ前回と同じように話しておこう。
「この鏡は過去を映す魔道具です。
この映像は約10分前に、商店街で起きた小競り合いを映しました。
あなたにはこれがどれだけの緊急事態か、よくお分かりだと思いまして」
だいたい同じように言えたはずだ。
これでエリザベートの反応が同じなら上手くいくはず。
「……彼らの場所はわかってますの?」
この会話の流れ、これなら大丈夫そうだ。
「手を貸してくれるならば、お教えしましょう」
エリザベートは眉間にしわを寄せて、深く考え込む。
だが、俺にはもう了承を貰えることはわかっている。
「………わかりましたわ。 その話信じて差し上げます」
「ありがとうございます、馬車をお借りすることは?」
「もちろんいいですわ、テンダー!」
「はい! エリザベート様!」
テンダーが笑顔で馬車を動かしてきた。
俺はその顔を見たとたん、炎に包まれた街で発狂したあの顔顔を思い出してしまった。
瞬時に駆け巡る痛み、恐怖、絶望感。
走って来たものとは別の汗が額を流れ落ち、身体の動きが止まる。
「何してますの!?
さっさと乗りなさいな!」
「あ…おう、……って痛!!」
ケツが弾けるような痛みが走る。
俺はエリザベートに蹴り飛ばされて、馬車に押しやられた。
「さて、あなたには聞きたいことが色々ありますの。
これが終わったら、お時間よろしくて?」
「ああ、情報が報酬ということで手を打とう」
「オーホッホッホッ! いい目をしますわね!
テンダー! 全速力ですわ! 行きなさい!!」
「了解しましたあああぁぁぁぁーーー!!!」
馬車が一気に加速したことを裏付ける感覚を覚えながら、俺は分かりきったことをエリザベートに聞いてみた。
「なあ、エリザベート。
………お前に私兵はいないのか?」
「そんなものわたくし一人で十分ですわ! オーホッホッホッ!」
その言葉にこの上ない安心感を感じながら、俺は気を引き締める。
これから始まる、命がけの戦いを思いながら。




