314マス目 10分戦線
夜が明け、何度目かのフリギアとの顔合わせを済ます。
「手の空いてるメンバーはリストアップできたか?」
「そうだね、君の要求にかないそうな人物はこのくらい。
足りなければもう少し検討してみるけど」
フリギアの手渡してきた紙に目を通す。
意外だったのは、その中にネストがいなかった事だ。
「ネストに関しちゃずっとフリーな気がしたが。
何か用事でもあんのか?」
「あらぁ~、人を暇人みたいに言うのねぇ」
今回は入り口ではなく、既に壁に寄りかかっていたネスト。
入って来た時にはいなかったはずだが、いつの間にそこに居たのやら。
「でも実際暇だろ?」
「いいや、ネストには大事な任務を任せてあってね。
今日から一週間ほどは帰らない」
一週間?
俺は過去の記憶をたどってみるが、どうもこれまでの状況と時間が合わない。
そもそもネストがしばらくいなくなるような出来事なんて今まであったか?
「任務って何しに行くんだ?
ブルーローズの人間がこの街を離れるなんて相当だろ」
「ああ、だが君のおかげで大きく目的が前進したんだ。
当然目的は次の段階へ移行している」
そこまで言われて、俺はようやく思い出す。
フリギアの目的は巨悪エルヴィラを倒すための戦力確保。
そこに、以前マリアさんから聞いた竜の話が合わさってくる。
「……黒龍か?」
「ご名答」
七匹の竜を倒して人龍を呼び出す。
そしてその龍を魔道結晶でしもべに変えて、エルヴィラとの決戦に赴く。
このシナリオをなぞるために、まずは黒龍討伐。
非常に理に適ってるだろう。
「しかし驚いた。
黒龍の情報は商人の噂レベルで、裏を取るのに骨が折れたんだよ。
そんな情報まで入手済みだなんて、やっぱり君は怖いな」
「そりゃどーも」
そりゃ前にククル達と一緒に退治しに行ったからな。
俺らがクエストを受けたのは、黒龍がいくつかの街を滅ぼした後だった。
今こいつらが動けば、大勢の命が助かるかもな。
「ただあの化物は本当に強いぜ。
いくらネストでも、さすがに一人で何とかなるとは思えないけどな」
「誰がネスト一人と言ったんだい?」
フリギアが不敵な笑みを浮かべた。
それと共に俺の頭へ一匹の小鳥が止まる。
「……は? なんでこんな地下に?」
俺の疑問は解消されぬまま、小鳥は鳴きもせずに飛び去った。
その行き先は、天井付近でプラプラ揺れる不自然な杖の先端。
鳥は止まらず球体へとぶつかって、そのまま吸い込まれた。
「ぷははっ、変な顔してるよ」
よく見ると杖の根元、四隅の明かりが届かない中心の少し暗い天井で、逆さに座り込む子供の姿。
「フィズ、……お前も行くのか」
「まぁね、あそうだ。
腕の傷は大丈夫? 沈痛魔法は効いてるだろうけど」
「ああ、どんなに動かしても痛みは感じないし、正直助かってる」
フィズに腕の切断を頼んだ時、患部の痛みを感じさせない魔法をかけてもらっている。
効き目が長いとは聞いていたが、想像以上だった。
「ま、俺が掛けた魔法だしね。
そう簡単に消えはしないけどさ」
「というわけで、黒龍退治にはこの二人。
それとあとから合流する形でリーシェにも同行してもらうつもりだよ。
ドッペルワームは火に強いからね、きっと役に立つと思うんだ」
火に強いってのは言えてる。
ククルも近づくだけで飛び跳ねて、ネストだって大火傷する俺の火炎放射の直撃受けて、何も無かったような顔でケロッとしていたんだ。
多分あれなら黒龍の炎にだって耐えられるだろう。
「ま、主力級が来れないのはわかったよ。
とりあえずは今日亜人隊を止められりゃそれでいい。
じゃあな、時間守るよう言っとけよ」
俺はこいつらから目を背けるようにして、さっさと部屋を出てしまう。
特に声をかけられることも無く、暗い廊下を足が進む。
そのまま地上への道のりを歩いて行き、しばらくして太陽の光が俺を照らした。
「待ってやがれよ、……ククル」
今日も晴天による青空が広がっている。
人々は歓声を上げ、美しい光と花びらが舞う道を馬車が駆ける。
王国騎士団率いる国王陛下護衛部隊のパレードだ。
華やかなあの場所に俺は何度も参加した。
だが今回は違う。
光の裏に潜み暗躍する、真っ暗な深い影。
今の俺は言わば、そういった役割なのだろう。
「そろそろ行くぞ」
俺は右手でそっと合図を送る。
その指示に従い、三人の影が俺の後に続く。
街の外でこうして動く俺たちに気づく者など、誰一人としていなかった。
「……兵が準備を始めたな、時間通り。
あと数分ほどで門が開くぞ」
赤髪の男は双眼鏡から目を放す。
「ありゃ、もうそんな時間?
あたし昼寝でもしてればよかった~」
少女は耳をピコピコ動かし、あぐらをかいたまま体をゆする。
「寝ていて構いませんよ。
むしろあなたは足手まといになりかねません」
背の低い老人は木に寄りかかりながら、シルクハットのずれを直す。
「ちょっとひど~い!
あたしそんなに弱くないでしょ!? ねぇ?」
「…………」
話を振られた包帯の人物は、ポコポコと水音を立てるだけだ。
そんな戯れを聞きながら、赤髪の男は再び双眼鏡を覗き込む。
「無駄話はそこまでにしとこう」
その言葉に全員が立ち上がる。
「さて、仕事といきま……誰だ?」
赤髪の男が背後の人影に目を向ける。
「……よぉ、亜人隊。
俺はあんたらのファンでね。
ほら、同じ格好」
両手を広げ、自慢の黒スーツを見せびらかしている。
だが、亜人隊のリーダーアルニアは警戒の色を強めた。
「ファン? 残念だけどサインは受け付けてない。
どうしてもと言うのなら、握手くらいはいいけど?」
その手を赤い糸で包み、左手を差し出すアルニア。
「ああ、そうかい。
いやぁ~嬉しいねぇ」
一歩づつ歩みを寄せる男に、ククル、ワイゼム、ダイタルは戦闘態勢に入る。
だが、少しばかり手遅れだ。
「ヒヒッ、かぶれちまう握手で申し訳ねぇなぁ」
亜人隊の面々を乗せた太い木の枝が、真下から飛散する銀色の手によって打ち砕かれる。
「ダイタル!」
アルニアが叫ぶが、ダイタルが液状の触手を伸ばそうとした時点で、同じく液状の金属がダイタルを取り囲む。
「ヒヒッ、マジでスライムじゃねぇか!
こりゃいたぶってどんな反応すんのか想像もつかねぇや」
水が逃げられない銀の水風船に捕らわれたダイタルは、地面へと叩き付けられる。
「こんのぉ!!」
叫びをあげて、ククルの足刀が俺の首を狙う。
しかし、その一撃は俺にまで届かない。
「ふぅ、ひやひやしたぜ。
でも、これで捕まえた」
俺の右手がククルの足を強く掴み上げ、パロットの門とは逆方向に放り投げる。
「ククルっ、くそっ!
ワイゼムここを任せ……」
アルニアはワイゼムがいたはずの方向へ振り向いた。
だが、そこに立ちはだかるのは固い鱗の壁。
「残念ダナァ、テメェノ相手ハ俺ダ」
「……竜……人間?」
呟くようなアルニアの声は、アイゼンの蹴りによって遙か上空へと吹き飛ばされる。
「チッ、この状況。
老人には少しばかり堪えますな。
むっ、……着地地点が!」
アルニアとも引き離されたワイゼムは、下を見て驚愕の表情を浮かべた。
そこには土が煙を吹き、転がる石が溶け出す異常な光景。
落下中のワイゼムは下から吹き当てる熱風に歯を軋ませる。
「ぬぅぅぅっ、らぁっ!!」
巨人化した腕を薙ぎ払う風圧で、着地地点を右に逸らす。
しかし中心部から逸れたとはいえ、周囲の温度も並々ならない。
「がぎっ……、足が……」
すぐさま飛び退いたはずの足は、熱で靴裏が融解し使い物にならなくなる。
靴を脱ぎ捨てたワイゼムは、足の痛みに思わず膝をついた。
「我らが力の片鱗を、よく味わったようであるな」
沸騰する土から階段を昇るように歩き上がってくる鎧の兵士。
両拳を握りしめ、その顔は笑っている。
「辺鄙なる老いた巨人よ。
我を前にもう一度膝をついてみろ。
その時が貴様の敗北の時である!」
役者の揃った四つの戦陣。
王国の門が開かれるまで、残り8分。




