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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第二章 盤上の裏側
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29マス目 偽善者は笑う



 ようやく広場へと到着した俺とフラウト。

 思っていた以上に遠い道のりを歩いたもんだから、洋服がすっかり乾いてる。


「さてと、ここに居てくれりゃあいいが」


 まずは俺とシランが初めて話したベンチの辺りを確認する。

 しかしそこに人影は見られない。

 別の場所も見て回ろうと移動している最中、フラウトが激しく俺の袖を引っ張った。


「おじさん、シランがいたよ!」


 フラウトの指差す方に視線を運ぶと、池のほとりで水面を眺めるシランの姿があった。

 

「……何やってんだ。 お前が声かけてやれよ」


「ええ!? 何で僕が?」


「何でって、お前の方が付き合い長いだろ?

見知った顔の方が、人は落ち着けるもんだ」


 俺はうだうだと言い訳を交えつつ、俺も引っ張っていこうとするフラウトの背中をバシバシ叩く。


「何を恥ずかしがってんだ。

さ、行ってこい!」


「うわっ! わ、分ったよ。

行けばいいんだろ? 行けば!」


「素直でよろしい」


 フラウトは不満そうな口調で、でもどことなく嬉しそうな表情を浮かべ走っていった。


「いやー、甘酸っぱいですなぁ」


 湖のほとりで仲良さそうに話す二人を、俺は不審に思われそうな目でニヤニヤと眺めているのだった。








「……そうなんだ、お父さんが」


「うん。 だから僕たちが守ってあげるよ!」


「……ありがとう」


 シランは目を涙ぐませて笑っている。

 慌てているフラウトが、なんとも微笑ましい。

 本当はこのまま二人っきりにしてやりたいが、そうも言っていられない。

 俺は二人に近づき声をかけた。


「よう、二人は随分仲がいいな」


「あ、トマトのおじさん。

今フラウトに聞いたんだけどね、何だか怖い事になってるみたいで……」


 シランは不安な表情を向けてくる。

 とりあえず安心させてあげよう。


「大丈夫だ。

今は危ないってよりは、危なくなるかもしれないから、隠れておく。

それだけだからさ」


 例の油田のせいだろう、街中にはいつも以上に衛兵がうろついている。

 こんな厳戒態勢の状態で、お偉い貴族様が焦って手を出してくるとは考えにくい。

 だが、それでのんびり悠長に構えてるほど、俺は能天気じゃないんでな。


「二人とも、場所を移すぞ」


「うん」


「わかった!」


 俺たちは三人で近くの運行所の馬車に乗る。

 ヒゲ爺から貰った紹介状を取り出すと、当然びしょびしょになっていた。


「あー……これ使えます?」


「お客さん、こういう書類は大事にしないと。

悪いけど文字もかすれちゃってるし、無効になるかな」


「ですよねー」


 俺はがっくり肩を落としながら、使えなくなった大幅割引券を惜しむように見つめた。

 その時、俺は紹介状に描かれた一つの文様が目に入った。


「僕の基地に向かおう。

あそこなら誰も知らない、絶対安全だよ」


「そうだな、じゃあお願いします。

えっと住所は……」


 俺は御者に場所を伝えようとした時だ。

 しかし俺の言った住所は、フラウトの基地ではなくあのボロ宿だ。


「あれ? おじさん?」


 俺は業者の方をチラリと見た後、フラウトに向かって口元に人差し指をあてがった。


「お客さん、どうかしましたか?」


「いえ、大丈夫です。

出発してください」


 そう言った後、俺はフラウトの耳元で小声で話す。


「……これ見てみろ、ここの絵」


 俺は濡れてボロボロの紹介状の端に描かれた文様をフラウトに見せた。

 それは外で出歩いている衛兵達のシンボルマークと酷似している。


「なにこれ、……この馬車衛兵の?」


「いや、多分この商会、クロエフ商会だっけか。

そこと衛兵の大元の組織が同じなのかも」


 フラウトは、はっとした表情でこちらを見つめる。


「万が一、俺らに監視の目なんかないと思いたいが、万が一を考えたい。

衛兵相手にシランの場所を隠すのなら、

かく乱の意味も込めて、一旦シランの住んでる宿に行くぞ」


 俺もこの世界では地の利が無い。

 頼りないとはいえ、フラウトの隠れ家は意外性に富んでいる。

 もしそこでしばらく隠れ切れば、面倒なゴタゴタから帰って来たエリザベートにでも協力を扇げばいい。

 俺は鞄から銃を取り出し、懐へ忍ばせる。

 もう撃てないかもしれないが、この際気休めだ。

 警戒に警戒を重ねる俺たちが乗る馬車は、宿へ向かう。








 大通りは人でごった返していた。

 人が多すぎて、歩道に入り切っていない。

 そしてずらっと並んだ馬車が、ピクリとも進まず立ち往生している。

 この混みようでは、動くまでに随分と時間がかかりそうだ。


「……何でこんなに混んでるんだ?」


「今日は油田の事で、王様が隣の国と話し合いをしに行くんだって。

僕も聞いただけだけど、国外会合とかって……」


「おいおい、総理大臣の外国訪問かよ」


 理由は理解できたが、この道は大きいとはいえ城からは随分離れている。

 たとえ王様が凱旋パレードで盛り上がっていたとして、こんな北の道路が混雑するとは考えにくい。

 

「なぁフラウト、もしかしてだけど。

その国外会合? ……の相手国ってどの方角にあるかわかるか?」


 その問いかけに、フラウトじゃなくシランが答える。


「北だよ、……行ったことあるから知ってる」


「そうか、そりゃ混むわなぁ」


 だってこの場所は街のほぼ北に位置する通り。

 位置を見るに、俺らの進行方向には、国の真北にある門と城を直線でつなぐ大通りが存在してたはず。

 もしかすると本当に、王様や騎士団が大勢に囲まれながら華やかなパレードに勤しんでるのかもな。


「どうするの? トマトのおじさん……」


「もう歩いていく?」

  

「いや、それはやめておこう」


 馬車の外には通行人も普段の倍以上はいる。

 これじゃあ歩いたって満足に身動きが取れないだろう。

 それに小さな子供が二人もいる状況で、人混みを何時間も歩く体力なんか、俺には残っちゃいない。

 あの青い男からの逃亡劇が今だに堪えている。


「こりゃまだまだかかりそうですな、お客さんすみませんね」


 御者が申し訳なさそうな顔でそう言った。

 しかし異世界に来てまで渋滞に巻き込まれるとは。

 でも今更うだうだ言っても仕方がない。


「時間がかかっても構いません。

お願いします」


「わかりました。 

すみませんね、出来るだけ急ぎますから」


「ありがとうございます」


 結局、宿への到着は、予想よりも2時間遅れてしまうことになった。








 俺は大幅に割高になってしまった馬車の料金を払うと、扉を開けて外に出る。


「よぉし、やっと着いたな」


「で、ここに来てどうするの?」


「その前に言っておく、鼻をつまんでおけ」


 シランは既に鼻をつまんで、なんとも言えない顔で構えている。

 フラウトもそれにならって鼻をつまむ。


「よし、開けるぞ!」


 扉を開いた直後に、ぷーんと漂う生ごみの匂い。

 いい加減この店主は、きちんと風呂に入ってほしい。


「ああ、あんたらか。

ッチ、客かと思ったのに……」


 一応、俺らも部屋を借りている客なんだがな。

 そんな態度だから、客が来ないんだろう。

 俺は口に出せるわけがない言葉を飲み込みつつ、足早に去ろうとした俺らの背に声がかかる。


「ああそうだ、白い髪のガキ。

あんた、ちょっと部屋で待っててくれ」


「え、あ……うん」


 シランは鼻をつまみながら、声色の変化した返事を返す。

 方やフラウトはもう目を回しそうだ。

 俺たちは足早に、生ごみ臭い一階から退散する。


「こっちだ」


「……あれ? 私の部屋に行くんじゃないの?」


「いいから」


 俺は自分の部屋の扉を開ける。

 一応掃除はしてあるが、

 ここで寝ろと言われたら、即答で拒否するくらいの汚れ具合だ。


「……すごいところに住んでるね、おじさん」


「……言うな」


 そう言いながら、俺は扉に南京錠をかける。


「ねぇおじさん、私部屋で待ってるように言われ……」


「それは却下だ」


「え?」


 シランとフラウトは、お互いに同じ返事を返してくる。


「なぁシラン、あの店主がシランに話を持ち掛けて来た事は過去にあるか?」


 ほぼ即答に近い速さで、シランは首を横に振る。


「じゃあやっぱり変だ。

このタイミングで待ってろだと?

俺にはこれが、雑な足止めにしか思えない」


 俺は天井の角を指さす。

 天井の板がずれ、空いた穴から吹く風が蜘蛛の巣を揺らす。


「掃除したときに確認したんだけど、あそこから屋根に登れる。

あの店主の目を欺くにはこれが一番確実だ」

 

「まさか、あそこを通れってこと?」


「本当に、トマトのおじさん?」


「当然、やれることは全部やらなきゃ」


 俺はテーブルの上にボロボロの本棚を傾け、坂道のようにして無理やりよじ登る。


「真ん中は底が抜けるから踏むなよ。

横の枠組み部分に足を乗せて登るんだ」


「おじさん、そこまでしなくても」


「そこまでする必要があるっての。

相手の底が知れないんだ。

……それに、手の回し方がどうもきな臭い」


 俺はこの街の怖さと、魔法の凄さが身に染みている。

 この世界に警戒し過ぎということはない。


「とにかくここを通って、あとはフラウトの隠れ家でエリザベートの帰りを待てばいい」


 天井裏に足をかけ、もう一度中を通れることを確認する。

 俺はすぐそこまで登って来たシランに手を伸ばす。


「あ、ありが……」


 すると突然、隣のシランの部屋から乱暴に扉を開く音。

 誰かが駆け出し、大きな足音がこの部屋へ近づいてくる!

 明らかに異常な様子。

 迷ってる時間はない!


「二人とも手を伸ばせ!!」


 考えが甘かった!

 足止めじゃなかったんだ!

 そもそも敵が、シランの部屋に居やがった!!

 しっかりと南京錠をかけてはいるが、ボロいドアだ、秒も持たない。


「シラン! 俺の手を掴め!! 早く!!」


 俺はシランの手を掴み、勢いよく引き上げる。

 その瞬間、南京錠ごと扉は激しく粉砕された。


「フラウト!!」


「僕はいい! おじさんはシランを!!」


 扉を蹴破ったのは、さっき公爵家の前で会った青服の男。

 青服の男は急ぎもせず、妙に重量感のある足取りでフラウトに近づく。


「フラウトに近づくんじゃねぇ!!」


 俺はとっさに、懐に忍ばせておいたリボルバーを撃ち放つ!

 その瞬間、乾いた発砲音と共に男の頭が後ろに逸れた。


「うぐっ!」


 弾丸は見事に頭部へと直撃した。

 濡れた弾丸を危惧していたが、発射出来たことにホッと息をつく。

 だがその期待は、目の前で絶望へと塗り替えられた。


「投石器の類か?」


 この男、わずかに怯んだだけで全く効いていない。

 蠅でも払いのけるように、頭に食い込んだ弾丸を払い落とす。


「化物がっ、止まれよちくしょう!!」


 俺は勢いよく飛び降り、男の前に立ち塞がった。


「フラウト、逃げろ! 早く!!」


 俺が取り出したのは、唯一水の被害から逃れた武器、ヘアスプレーとライター。

 ライターの火に、ヘアスプレーを吹き付ける。

 すると、火炎放射のように炎が広がった。


「ふん、思ったよりやるではないか」


 余裕なのか知らないが、青服の男は動こうともしない。

 一歩も動かず、防御もせず、炎を食らい続けて身動き一つしない。


「眉一つ動かさずに言われても、嫌味にしか受け取れねぇよ!!」


 この炎を生み出しているのは、ガスも火元も俺の世界の物質。

 ヒゲ爺の話通りなら、この火炎放射も拳銃同様に魔法障壁ってのを通過するはず。

 そのはずなのに……、何故かこの男には一切通用しない。


「何で!? 何で効かねぇんだよ!」


 俺は歯を食いしばる。

 この炎が途切れた時、それが死に直結すると確信を持てる。


「おじさん!!!」


「トマトのおじさん!!!」


「俺はいい! 行け!!」


「そんな、おじさんは!?」


「……後で行く、先に行ってろ」


 もちろん嘘だ。

 ここで助からないことは、俺が一番分かっている。

 最後の最後でこんな……、こんな俺を、どうか許してくれよ。


「早く行けぇ!!!!」


 俺が声を張り上げると、

 二人は涙をボロボロ流しながら、天井裏の奥へ進んでいった。

 そして十数秒後、スプレーが底を尽きる。

 部屋中に炎が広がり、家具や床が黒く色を変えていく。

 しかし、青服の男は攻撃をしてこない。


「……お前に一つ聞きたい」


 炎に包まれながら、男が口を開く。


「なんだ?」


 俺としては、時間を稼げるのはありがたい。

 でもこの男、子供の足ではそう遠くへ逃げられないと知っての余裕だろう。

 むしろ、大人の俺を引き離せたのが、男の大きな戦果となっている。

 ……自分の無力さに、嫌気がさす。


「お前は、正義の味方でも気取ってるのか?」


 突拍子もない質問に、俺は思わず笑みを作る。

 そうかもしれない。

 でもわからない。

 死ぬ覚悟を終えていた俺の口からこぼれた言葉は、心の奥の真実だったのだろう。


「ただの偽善者だよ。

俺は自分が後悔したくない。

それだけの自己満足だから」


 俺は笑った。

 最後の抵抗と言わんばかりに、笑った。

 舞い上がる血飛沫が、炎に包まれる。

 それでも俺は、笑みを崩さなかった。


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