290マス目 表か裏か
「はっはっ、兄ちゃんよぉ。
あんた若ぇのにいろいろと情報持ってんなぁ。
それだけのもん、集めるのにゃあ汗を流すだけでは足りねぇ。
そこんとこ、俺もよく知ってる」
ダルデ・トーマスストーン公爵は、この状況でも豪快に笑っている。
俺を褒めに来ているのか?
自分の情報を開示される可能性を考えての行動だったら理解できなくも無い。
だが、そんな感じには見えないな。
「腕っぷしより情報がモノを言う。
戦いなんてそんなもんだ。
兄ちゃんになら、背負わせても大丈夫かもしれねぇな」
「……えっと、もしかして徴収の件、
了承って事で?」
「おうともよ!
はっはっは! いやぁ、こりゃ大仕事になるなぁ」
これは予想外だ。
こんなに読めない奴はネストくらいのものと思っていたが、
このおっさんも相当だ。
確かに農業地区については、俺も小さな所でしか突っつけずどう言いくるめようか迷ってはいた。
けれども、向こうから軍門に下ってくれるなんて、
喜ばしいどころか決断の豪快さに感心さえしてしまう。
「なるほどな。
そういう見極めの速さで、あんたはその席に座ってるのか」
「ん?
どうだかなぁ」
俺が一切把握できないレベルで汚い手を使っていない。
それなのに、五つしかない地区の統括を任された大物だ。
天才的な器量を持っているのかもな。
「さて、じゃあ最後はあなた一人。
首を縦に振ってくれるとうれしいんだが」
俺の正面にて腕を組む最後の砦。
フォーランド・リュスタンダック公爵。
ギルド地区という、ある意味では騎士団に次ぐ戦力が集まる場所。
他国との交流やトラブル、人間の生き死にに直結する選択も多々あるであろう。
そんな場所を統括している男だ。
生半可な口車では揺さぶる事はかなわないだろう。
「正直言って、あんたが動いてくれるのが一番うれしい。
ギルドを使って冒険者を動かすことも容易だろ?」
「冒険者は駒ではない。
その事をゆめゆめ忘れないよう」
「わかってる。
人間を数字で数える気はねぇさ」
やはり友好的ではなさそうだ。
こちらの出方をうかがう嫌な目。
ヘタにボロでも出そうもんなら、この状況はすぐに覆される。
「まぁ、こちらとしては君の戦略性に少しばかり期待を膨らませたのは事実。
そのお三方を言いくるめるとは、中々の手腕。
敬服の意が無いと言えば嘘になるであろう」
そう言うとリュスタンダック公爵は、おもむろに懐から一枚の銀貨を取り出した。
「こちらは冒険者が時折見つけてくる、大昔の硬貨。
錆びぬ加工はされているものの、いたって普通の硬貨である、これを……」
公爵は右手で硬貨を真上へと弾く。
それを手の甲でキャッチすると、ニヤリと笑った。
「一つ、賭けを申し込みたい。
私とあなたが議論を続ければ、きっと日が暮れるでしょう。
何分こちらも仕事が溜まっている身。
これで即座に話しがまとまるのならば、それに越したことはないのですよ」
そう言って開いた手には、女の顔の描かれた硬貨。
リュスタンダック公爵は再び硬貨を弾き、俺の手元へと飛ばす。
「なるほど。
片面に男の顔。
反対には女。
ま、別に普通の硬貨だな。
価値は知らないが」
コイントス。
とてもありふれた賭けのゲームだ。
一人がコインを弾いて手の甲でキャッチする。
キャッチしたコインが裏か表かを当てる。
ただそれだけの、奥深ささえも無いゲーム。
こんな場面で運ゲーなんて、逆に面白い。
「わかった、乗ろう。
公爵が勝てば、この場の指揮権。
そしてリュスタンダック公爵の財政免除に加え、戦争時の優先的地区の保護を約束しよう」
この発言には流石に場がざわついた。
リック達部隊長は何か言いたげにこちらを見るが、
ルガニスさんは俺が何か考えているのを見越して、どっしりと構えている。
「ほぉ、破格の条件と言えますな。
ならばこちらも、全冒険者へクエストを発行。
その賃金を任されよう」
俺の出した条件からすれば随分と安く見える。
とは言え、十分すぎる案件だ。
「よし、じゃあ早速投げてもらえます?」
そう言って俺は、硬貨を弾いて返す。
「わかりました。
ではそちらから賭けていただけますかな」
「表で」
俺は迷いもせずに答えた。
こんなもの考える必要はない。
二択を与えられたように見えるが、そう見えるだけ。
こういう勝負の本質は、全く別の視点にある。
「では私が裏で。
さぁ、早速行きますよ。
先ほど見ていただいた通り、女の顔が表。
反対の男の顔が書かれたのが裏です、いいですね?」
公爵は確認を取った後、二三度手で硬貨を揉んだ。
そしてウォーミングアップをするように、二回ほど軽く弾き、
再び周囲に確認を取った。
「それでは、いかせていただきます」
公爵は一拍の間を置いて、ピンッと硬貨を弾く。
空中で何度も回転を繰り返し、綺麗な軌道を描き落下する。
その瞬間、俺は勢い良く立ち上がった。
「全員伏せろぉぉーーーっっ!!!」
俺の叫びを聞いた瞬間、部隊長のレオとポールライトが武器を構える。
公爵達も驚いた様子で身を低くするが、ルガニスさんとリックは微動だにしない。
そう、この二人は良く知ってる。
俺が敵の気配や殺気を感じる事なんて出来ない事を。
「あっ」
カランと音を立てて転がる硬貨。
リュスタンダック公爵がキャッチし損ねたのだ。
硬貨は音を立てつつ、カンナの足元へと転がっていった。
「なんなんし!?
一体どうしたでありんすか!」
「いや、すみません。
お茶目なジョークです」
「なっ、わっちらを馬鹿にしてるでありんすか!?」
憤慨するカンナさん。
当然皆が俺を見て、怒った顔をする。
けれども、俺にそんな目を向ける人たちの中で、リュスタンダック公爵だけが、
落下した硬貨に視線を奪われていた。
今立ち上がるべきか、その行動は不審ではないか。
そんな事を考えているのが、浮かんできている冷や汗が物語っていた。
「カンナさん。
そいつを取ってもらえますか?」
俺は皆の疑問を無視して、硬貨を拾ってもらう。
そいつを手に取って、まじまじと眺めた。
表と裏、どちらも男の顔が描かれた硬貨を。
「どっちも裏。
完全勝利確定の必殺技ですね」
「……まさか、読まれていましたか」
典型的なイカサマ。
通常の硬貨とは別に、特殊加工したもう一枚を用意しておく。
それを上手くすり替えて投げれば、勝率100%の完成と言うわけだ。
こう言ったゲームでは真っ先に警戒すべきことだろう。
「提案の仕方も良かったし、タイミングも悪くなかったです。
でも、ああいった場面で行うならば、もう少し平常心を持った方がいいですよ。
硬貨はきちんと返してもらう。
そうしなければ、相手に何枚も硬貨を持っているとバレてしまいますから」
俺は余裕ぶって、先ほど見せてもらっていた硬貨を投げ返す。
まさかという顔でリュスタンダック公爵がキャッチすると、
全てを理解したように笑った。
「なに?
兄ちゃんはさっき硬貨を返してなかったかい?」
すると、リュスタンダック公爵は呆れた顔で袖の裏から硬貨を落とす。
「袖に仕込んだ硬貨をすり替える。
簡単な手品さ。
しかし、こうも逆手に取られるとはね」
カンナは不思議そうな顔で、袖から落ちた硬貨を拾い上げた。
その顔が苦笑いに変わる。
「これ……100円玉でありんす」
そう、あの時投げ返したのは、俺の財布にあった100円硬貨。
すり替えに対抗して、俺も返す硬貨をすり替えておいた。
最初に表と裏がある事を確認させるのは、大事な刷り込みだ。
だが、硬貨のすり替えに頭が行き過ぎるとこうなる。
「は、……ははっ、負けたよ。
イカサマ技術まで随分と学んでいらっしゃる。
その年齢でよくそこまで……」
俺は腕を組み、どっしりと椅子へ座り込む。
「さて、ゲームを仕切り直してもいいですが。
……どうしますか?」
「お断りですね。
あなたと戦うのは、私でさえも怖くなる」
こうして俺は、四人の地区代表者をまとめ上げる事に成功した。
その後の会議は実にスムーズに進んでいった。
最終的には、ギルド地区から多数の人材を派遣。
廃散地区から、薬品や各種道具の提供。
農業地区から、人材に配給する食料と飲料水の準備。
学業地区から、国民の避難場所の確保。
それぞれの公爵に最低限で最も重要な役割を任せ、本日の会議は幕を下ろしたのだった。




