228マス目 午後六時
「というわけで、これがそのビー玉です」
「ほぅ、こんな小さな玉が。
しかし、そんな事をこんな老いぼれに話していいんかのぅ?」
「ま、ルガニスさんにバレたら大目玉ですけどね。
でも俺は、ヒゲ爺がブルーローズに加担してるとは考えらんないんで」
ここはヒゲ爺の自宅。
本当は拳銃を取りに来るつもりだったが、
思わぬ収穫があったため、ある作戦をヒゲ爺に伝えに来たのだ。
「しかし、こんな玉どう使えばいいんじゃろう。
ブルーローズほどの集団が狙うともなれば、相当なものなのじゃろう?」
「ええ、使い方はちゃんと聞いて来ましたよ。
想像以上にシンプルな魔道具です」
俺は帰りの馬車の中で聞いた、ルガニスさんの説明を思い出す。
「竜の魔道結晶。
その本質は、攻撃でも防御でもない。
むしろ敵を利用することにある」
「利用?」
「そう、この魔道具は竜にしか効果が得られず、腹の中で消化されればそれまでの消耗品。
本当はもう少し鮮やかな色だったと言われているが、数回の使用で消化されひどく光沢がくすんでしまっている」
「消化って事は……、食わせるんですか!?
こんなとんでもない代物を!?」
「ああ、こいつはそれが使用用途だ。
これを食べさせた竜族はたった一つだけ命令を聞く。
それがこの宝玉の効果だ」
「洗脳系の魔道具。
確かに珍しいが、使いどころが難しいのぅ」
「桃太郎印のきびだんごみたいですよね」
「なんじゃそれ?」
「なんでもないです」
それはそうと、この魔道具をブルーローズの手の届かないところに隠してほしいと言われている。
しかし、折角の道具をここまで来て温存というのも、逆にもったいない気がするのも事実。
というわけで、一つ作戦を考えて来た。
「ヒゲ爺、あなたに折り入って頼みがあるんです。
実は……」
「それをワシが実行に移せと?
随分老体に鞭を打つのぅ」
「何言ってんですか。
老体って次元じゃないでしょう。
200歳越えなんですから。
それより、今のを実行に移せますか?」
俺は相当に熟考すると踏んでいたが、ヒゲ爺はいとも簡単に答えた。
「出来るに決まっとろう。
じゃが、時間ピッタリとはいかんと思うぞ」
「……本当ですか!?
いやいや、十分です」
ともかく、これで運が良ければさらに戦力が増える。
俺は躊躇もせずに竜の魔道結晶を手渡す。
そして結晶と交換するように、俺は拳銃を受け取った。
「助かりますヒゲ爺。
それじゃ、運が良ければまた後で」
「おお、そうじゃな。
お互いに生きて会えるようにのぉ、ほっほっほ!」
城に戻った俺は、荷物整理のために部屋へ閉じこもる。
「しっかりと整理してなかったから、ぐしゃぐしゃだな」
随分と久しぶりに、俺は鞄の中身をぶちまける。
ベッドの上に散らばった道具たちには、もはや愛着すら湧き始めている。
「このライター、こんなボロボロだったっけ?
口臭スプレーも随分変な事に使ったよな。
もう中身ほとんどないけど。
この小説も相当読み込んだな。
一時は折り目だらけだったのに、今は綺麗なままでやんの。
そういえば筆記用具の中にカッターなんて入ってたっけ。
折角の武器なのに一回も使ってないな。
タブレットは……あと充電が30パーセントか、大事に使わないと。
スマホはもうダメだな。
ククルが急に動かなくなったって、半泣きで駆けこんできたときは随分笑ったなぁ」
そして、もう吸わないと思って鞄の奥にしまっていた、煙草の箱。
一本は潰れて吸えなさそうだが、もう一本は無事なようだ。
「……俺たちの勝利を願って。
…………乾杯」
染みわたる煙は、震えるほど美味かった。
時計塔の針が進む。
現在の時刻は午後五時四十分。
俺は、そんな時計塔の展望台にある手すりに、そっと上着を巻き付けた。
「……さてと、皆準備はいいか?」
俺の背後に並び立つ、第0部隊の精鋭。
並びに、リックとルガニスさん。
そうそうたるメンバーを前に、俺はゆっくりと振り向いた。
「この戦いは絶対に負けられないものだ。
でもな、一つだけ言っておく。
…………絶対に死ぬなよ」
それぞれが強く頷く。
もう時間だ。
「それじゃあ総員、配置に付け!!」
「了解!!」
散開してゆくメンバー達。
ただ一人エリザベートを残して、皆はそれぞれの持ち場へと向かってゆく。
「本当に、わたくしがこの場に立っていいんですの?
……わたくしには、奴に勝てる確信がありませんわ」
「いいんだ。
できる事を精一杯やってほしい。
無理だと思ったら逃げたっていいんだ。
俺たちがフォローする」
「ですけれど……」
気弱になるエリザベート。
だが、言う事は決まっている。
「俺は信じてるぞ。
お前なら勝てるって。
微塵の疑いも無いさ」
エリザベートは言葉に詰まった様に顔を伏せた。
そして、ため息をつくように顔を上げると、
さっきまでの気弱な表情は、どこかへと吹っ飛んでいったようだ。
「敵いませんわね。
わたくしよりずっと弱いあなたが、そんな風に檄を飛ばしてくれるんですもの。
頑張らないわけにいかないじゃありませんの」
「そうか?
俺はお前と戦っても勝つ自信があるけどな」
お互いに顔を見合わせ笑い合う。
一通り笑った後、俺はそのまま出口へと歩き出した。
「あなたが言ったんですのよ。
絶対に死ぬなって。
これが今生の別れとなったら、墓石を蹴り飛ばしてやりますわ」
「そりゃ怖いな。
万が一にも死ねねぇや」
俺の靴音だけが響く中、俺は振り向かずに片手を上げた。
「またな」
決戦の鐘の音。
時計塔が午後六時を指し示し、美しい鐘の音色を街中へと響かせた。




