20マス目 醜い精霊
エリザベートは普段朝食を少なめに取るらしく、必然と俺の食事もそれにあわせた物になった。
だが食わせてもらえるのだから文句が出るはずもない。
少なめとはいえ、うっとりするような食卓なのは間違いないのだから。
俺はありがたくいただくと、出発の準備を始める。
とは言っても俺の荷物なんか鞄しかない。
そうなると、やる事は使わせてもらった部屋の掃除くらいだ。
家具の埃もきれいに拭き取り床もピカピカ。
満足のいく出来に息巻いていると、不意にドアからノック音が鳴る。
「失礼します」
テンダーの声だ。
俺が「どうぞ」と言うと、軽く会釈をしながら入ってきた。
「お見送りの準備が整いました。 そちらは大丈夫ですか?」
「大丈夫と言うか……、俺は見送られるほどの立場じゃないだろう?」
「いえいえ、エリザベート様が招いた客人ですので。
私共はきちんとお見送りさせていただきますよ」
それにしては、この屋敷で随分馬鹿にされた気がする。
だがそれも良い思い出だったかもしれない。
俺は忘れ物がないか最終確認を済ませて部屋を出る。
そこにはテンダーに並ぶように、老執事のセルバさんも立っていた。
「それでは参りましょう」
俺の前を先導して、セルバさんとテンダーが並んで歩く。
こうして見比べると、余計にセルバさんの渋さがにじみ出て、テンダーの方が立場が上だという事を忘れそうになる。
玄関に着くと、すでにエリザベートが来ていた。
「来ましたわね」
「ああ、世話になったな」
「構いませんわ。 随分と笑わせていただきましたもの」
「へいへい、そりゃ良かった」
俺は既に開かれているドアから外へ歩き出す。
「またいらしても、よろしくてよ」
「気が向いたらな」
俺は振り向かずに軽く手を上げて答えた。
玄関の前にある、大きな噴水を見つめながら歩いていると、物凄い速度で青年が走ってくる。
しかし噴水に目が向いていた俺は、大きく反応が遅れてしまった。
「うわっと!」
「のわぁぁ!」
俺は避けることができずに、青年と正面衝突する。
キリよくスパッと別れを告げたと思ったのに、最後の最後でこうもカッコがつかないとは。
俺は不機嫌そうな顔で青年を睨む。
「あ……、ああ!! すみませんすみません!」
「え? ああいや、いいけどさ」
いきなり弱腰で謝られたものだから、怒るタイミングを逃した。
俺に必死で頭を下げる青年は、頭にすっぽりと覆う緑色のフードで顔のほとんどを隠している。
全体的に緑を基調とした地味な服装で、第一印象は小心者と言った感じだった。
この世界にも気弱な人間がいたのか。
「ほほ…本当にすみませんでした。 じゃあ自分行きますんで!」
行くってどこに?
青年はエリザベートの屋敷に向かって走っている。
……と言うかエリザベートに向かって走ってる?
何故かエリザベートはクスクスと笑っている。
すると突然、青年が叫んだ。
「エリザベートちゃーーーん!! 好きだーーーーー!!!」
目の前で繰り広げられる、大胆な公開告白。
こんなラブロマンスが見れるとは。
俺は少し頬を赤らめながらもガン見してしまう。
「嫌ですわ」
完全な即答。
一秒の間も無かった。
そしてエリザベートの表情は満面の笑み。
完全に鬼である。
「こ、今回は何がダメだったの?」
「ぶつかってたのが、ダサかったですわ」
聞いてるこっちが青年に同情してしまう。
しかし今回という言葉が引っかかる。
「あの男が昨日話した、幼馴染のリックですよ」
「うっわ! お前いつの間に……」
気が付いたらテンダーが真横にいた。
そういう現れ方は心臓に悪いからやめてほしいんだが。
「なあ、あの告白って前にもあったの?」
「前にもどころか三歳の時から毎日です」
すっげぇ。
何が凄いって、あの青年の根気良さもすごいけど、何より全く揺れないエリザベートが凄い。
「さてと、これから少し危なくなるので、一旦屋敷に戻った方が良いですよ」
「へ? どういうことだ?」
「リックはこの付近の監視をしているんです。
いつもは通信水晶で告白するリックが、わざわざ足を運ぶということは、
異常があった可能性大です」
毎日電話して告白って……。
そこまで行くとストーカーだと思うが。
とりあえず、俺はテンダーの言う通りに屋敷の中に避難する。
扉の陰から顔を出して様子を見るが、まだ何も起こらない。
「ちょっと失礼しますね」
「なんでお前も避難してるんだよ?」
「いいんですいいんです。
大丈夫ですから」
「テンダーの言うとおりですわ。
折角ですのでわたくしも観戦いたしますわよ」
気が付いたら、エリザベートやセルバさんまでドアの後ろに隠れている。
見守っている人間の戦力がどんどん上がっていく。
「おいエリザベート、お前は主力だろうが。
何で隠れるんだよ!?」
「いいから黙りなさいな。 ほら来ましたわよ」
そう言いながら、エリザベートは空を指さす。
「空って……えぇ!?」
俺の目に留まったのは、空を飛ぶ翼の生えた人間だ。
ざっと見て10人くらいはいる。
「あれって、亜人とかいうやつか?」
「いいえ違いますわ。
肉体変化に魔道具、あれは魔物を操っていますわ。
どれも三流の魔法ですわね」
「奴らは、フロム兄弟の仲間ですな」
「あれ?
じゃあ、もう情報が漏れたんですかね?」
4人でワイワイ話している内に、侵入者が降りてくる。
ガタイが良い奴や、2メートルはある大男。
全身を武装した男や、自分より大きな剣を背中に背負ってるマッチョ。
個性豊かな侵入者に、見た目ではリックに万が一の勝ち目もない。
「本当に助けに行かないのかよ!?」
「黙っていなさい。 見ていればわかりますわ」
「そうは言っても……」
もちろん俺が行ったところで、クソの役にも立たない。
俺は不安な表情で見ていることしか出来なかった。
「おいガキ! ルガニスの娘をだせ!」
「え…エリザベートちゃんは、今いませんよ」
「嘘つけや!!!」
「ぶっ殺すぞ!!!」
「死にてぇのか!!!」
リックの肩が震えている。
その後ろ姿は、怯えた小動物だ。
だが次の瞬間、リックに暴言以外の言葉がかかった。
「リック! そいつらをやっつけてしまいなさい!」
エリザベートが急に声を張り上げ、リックを応援した。
その時、……リックの表情が変わる。
「エリザベートちゃん……、ありがとよ」
リックはするりと帽子を取った。
俺はその帽子の中身に驚愕する。
リックの頭はどう見ても地毛ではない金髪。
帽子で隠れていた耳には、ドクロのイヤリングが金属音を鳴らす。
だが侵入者たちは、リックの姿などお構いなしにこちらへと狙いを付けた。
「おい! あの女だ! 掻っ攫うぞ!!」
「誰を掻っ攫うって?」
リックの声色が明らかに低くなっている。
さっきまでの小動物のような面影は、どこにもない。
むしろ竜のような圧倒的な佇まいが感じられた。
「エリザベート……、見ててくれよな」
「当たり前でしてよ」
リックの周りに風が吹く。
侵入者たちは口を開くのをやめ、武器を構えた。
【色に願いを】
【音に愛を】
【香りで癒し】
【嗜好を尊ぶ】
【全てを許した痛みに嗤え】
【罪なき邪神に死を与えよ】
リックの足元に紫色の魔法陣が現れる。
【苦痛の天使「ネクロライズ」】
魔法陣から現れたそれは、生物とはかけ離れていた。
ツギハギだらけの体に、血まみれの裂けた黒い翼。
焼け焦げた右腕に、無数の杭が刺さった左腕。
目玉が耳から垂れ下がり、口から無数の触手が蠢いている。
そんな上半身だけの化け物が、拷問器具の鉄の処女から飛び出している。
「……うっげぇ、気持ち悪っ」
「怯えるのは失礼ですわ。
あれは神聖な精霊族の一種」
「精霊って……あんなのが?」
ちょうど昨日読んだ本に載っていたのを読みはした。
でも俺のイメージした精霊ってのは、光の玉が飛んでたり小さな羽でふよふよ飛んだり、そういうものを想像していたのに!
それがなんだあの姿、ゾンビゲームのクリーチャーじゃねぇか!
「あんな怪物呼び出して、何する気だよ!」
「精霊召喚ですもの、手駒として操る以外ありまして?」
エリザベートは当然のような口ぶりでそう言った。
あれはどう見ても人間が関わっちゃいけない生命体に見えるが。
「……じゃあ何か?
あんな化物を操れるから、エリザベートより強いなんて言わないよな」
「あんな化物……ではなく、達と付けたほうが正しくてよ。
リックは10近い精霊と契約を交わす高等魔術師」
エリザベートは扇子をはためかせ、胸を張りながら答えた。
「わたくしより上の、”レベル6”ですわよ」
王国騎士団第一部隊隊長、リック・トルトニスキー。
この国で2番目に強い男の姿が、そこにはあった。




