201マス目 任意同行
パロット城の城門に群がる人、人、人。
記者はもちろん、ネストに殺された人の遺族や友人。
ブルーローズ自体に恨みを持つ人々。
そこに当然野次馬も混ざるのだから、もはやパニック状態と言っても間違ってはいないだろう。
「ありゃ城に入るのは無理か」
表があの様子では、裏口も当然人で溢れてるに違いない。
もしもネストと面会ができるなら、さらに情報をもらえると思ったんだが……。
「仕方ない。
とりあえず今日は帰るか」
これじゃあ、ネストをあんな状態にしたのは俺ですって名乗り出るのも危なそうだし。
そう思って俺が踵を返した瞬間、一陣の風が俺の横を吹き抜ける。
「あの馬車って確か……」
つむじ風の様に走り去る馬車は、そのまま人混みの方へと突っ込んでゆく。
ざわつく人々の前で、馬車は大胆に横滑りしながら急停車した。
すると、中からドアを蹴破るようにして、人影が飛び出す。
その金色の姿に、人々の視線が集まる。
「民衆達よ、静まりなさい!」
そこにあったのは、扇子をかざしながら国民をなだめるエリザベートの姿。
たった一言で人々の視線を奪い去り、耳を傾けさせるのは流石としか言いようがない。
「あの報道は嘘偽りなく真実ですわ。
それでも詳細は後日。
処刑だの制裁だの騒いでも、今はどうにもなりませんわ」
エリザベートはパタンと扇子をとじた。
「わたくしが今から、お父様と国王陛下に直接話を聞いてまいります。
それでどうか、納得してくださいませ」
エリザベートは深く、民衆に頭を下げた。
すると、そのエリザベートの行動に、人々は誰が言うともなく静かに道を開ける。
「ありがとうございますわ!」
多くの人に見守られながら、エリザベートは細く開かれた城門に入って行く。
だが、それを追おうとする者は誰一人としていなかった。
「あいつの人徳のなせる業かな」
見た目は高飛車なお嬢様。
身分も国家で最高峰クラス。
身につけた宝石類からも、傲慢さが見て取れる。
それなのに、本人の力強い意思と行動力に人の心は動かされる。
謙虚さと優しさあふれるその背中には、もはや応援の言葉さえかけられていた。
「……さて、あいつが行動を起こしたのに、
俺がボーッとしてるわけにもいかねぇよな」
今の状況で兵士に声をかけても、エリザベートに任せるというこの雰囲気では、
何を言っても簡単には聞き入れてはもらえない。
そうなると、俺の話を聞いてくれる可能性のある人物を探す必要がある。
しかも城の関係者足りえる人物に。
……まあ、目の前にいるんだけど。
「よぉ、そこの執事さん。
暇そうじゃねぇか」
「……そう見えますかね。
私はエリザベート様をここでお待ちしているだけです」
ツンとした態度。
普段と違って、仕事モードだと結構真面目なのな。
「まぁ、そんな警戒すんなよテンダー」
「……なんで私の名前を?」
流石に無視しきれなくなったのか、テンダーは手綱を離して降りてきた。
「好奇心で絡んできた……ってわけじゃなさそうですね。
なんですか?
エリザベート様を狙ってとかならば……」
「あー、まてまて。
そんな喧嘩腰になるなって」
俺は思いっきり戦闘態勢に入るテンダーをなんとかなだめようとする。
街にチンピラが多いこともわかるが、そんな警戒心バリバリだと少し傷つく。
「俺はネストと少しばかり関わり合いがあってな。
……あ、いや、仲間とかじゃないからな。
うーん、まあとにかく」
俺は軽く咳払いを交え、テンダーに軽く質問してみた。
「ネストを捕まえたって言ってるけど、
あいつは無抵抗だった、違うか?」
「……逮捕の現場にいたんですか?」
「いいや」
俺は軽く首を横に振る。
「あいつを動けなくしたのは、俺だからさ」
そっけなく煙草を取り出す俺に、テンダーは鋭い視線を浴びせてくる。
「悪い冗談は身を滅ぼしますよ。
たとえあんたがどんなにバカ強くとも、
ブルーローズを無力化できる人間なんかこの世にはいないはずです!」
もはや怒鳴り声に近い声量で、俺に突っかかるテンダー。
それを無視するかのように、俺はゆっくりと煙草の先に火を近づける。
「……では、失礼します」
テンダーは再び場車に乗り込むと、イラついた様子で手綱を握る。
「俺はしばらくここにいる。
なんか用があったら、好きに声かけてくれよ」
「……っ! 誰が」
テンダーの口から大きなため息がこぼれ落ち、手綱の風切り音が俺の耳にまで届く。
直後、悲鳴にも聞こえる馬の鳴き声とともに、テンダーはどこかへ駆けていった。
「さてと、……どう転ぶもんかな」
とりあえずカマはかけてみたが、上手くいくかは時の運。
俺の見解じゃ、しばらくすればテンダーが戻ってくることだろう。
でもそうならない可能性もある。
まあ、それならそれで別の策を考えりゃいい。
「あ〜、タバコが美味い」
俺は残りの本数を気にしながら、夕日が沈むまでゆっくりと肺へ煙を注ぎ込んだ。
夜空に浮かぶ大きな月。
満月とまではいかないが、程よく真ん丸。
その綺麗な姿は、餅をつく兎も見えないほどに白く輝いている。
「……あと二本か。
久々にバカ吸いしたなぁ」
流石にもうやめとこうと、鞄にタバコをしまっていると、
ようやく馬車の音が耳に響いてきた。
先程俺の前から去っていった馬車は、複数人の兵を従え俺の前へ姿を現す。
「……さっき言ってたのは、本当だったんですね」
「さぁな、んでその騎士さん達は?」
テンダーの後ろに控える5人ほどの騎士。
しかも全員、腰の剣に手を添えて準備万端のご様子。
「私の、用心のためです」
「歓迎されてねぇなぁ。
まあいいよ、同行する」
「……お願いします」
テンダーは必死に取り繕ってはいるが、俺の動き全てに目を見晴らせて少し挙動不審に見える。
というより、俺を迎えに来た全員が、俺に対して怯えている。
……俺も偉くなったもんだ。
「それじゃ、お邪魔します」
俺はそのまま場車に乗り込むと、ゆっくりと馬車は動き出す。
開かれた城門を越えた先には、さらに数十名の騎士の影。
これら全てが俺に対して警戒してるのだ。
「止まれ!」
突然数人の兵士が馬車を止め、扉を開ける。
俺の視線の先に、この場に不釣合いな格好の男女が三人。
皆怯えた表情で、俺と目を合わせないようにしている。
「この男で合っていますか?」
「は、はいそうです!
私、確かに見ました。
この人が女の人に話しかけたせいで、
怖い人たちが暴れだして……」
泣き出す女性に、兵士は優しく介抱する。
とりあえず、あの人たちは目撃者ということだ。
そりゃあ、あんな往来の激しい商店街で血みどろの争いをしてれば、
多少は見物人くらいいるだろう。
まあ、ここまでは予想通りに事が運んだ。
問題はここから。
このまま牢にぶち込まれれば、かなり厳しくなってくる。
だがもし、ルガニスさんに会えさえすれば……。
「よし、確認は取れた。
もう出してくれ」
「了解しました」
軽く手綱が振るわれ、馬車はパロット城の敷地内を進んでゆく。
少し進んだ先で、馬車は速度を落としていった。
城を大きく見上げられるその位置で、俺は下ろされる。
「抵抗はするなよ」
鞄を持つことは許されず、俺はふたりの兵士に挟まれる形で城中のエントランスへ足を踏み入れた。
連行されている気分だが、手錠などの拘束はない。
もしかしたら、下手に刺激しないようにとの考えか?
魔法も使えない貧弱野郎に、随分とご丁寧なことで。
「こっちだ」
兵士の先導で向かう先は、……上への階段。
「こっちって、……まさか」
「いいからついて来い」
どんどんと階段を登ってゆく。
けれど、誰にもすれ違わない。
靴音や話し声、人の気配というものがまるでない。
靴音響かせるのは、俺とふたりの兵士。
そして、後ろから付いてきているテンダーだけ。
そのまま俺たちの足は、大きな扉の前で静止する。
「いいか、もしも怪しい挙動があれば即座に処刑されると思え」
そう睨みを効かされるのも当然。
この扉の先は、王の間。
「いきなり国王とご対面か。
誰の指示だ?
エリザベート? それともルガニスさんか?」
「国王陛下直々のご命令だ。
でなければ誰の判断でも、ここまではせん」
王様が俺に?
俺はまだ振り出しに戻ってからロクに行動はしてないはず。
だがこんなことは今まで一回もなかった。
違うことといえば、ネストの倒し方くらい。
……だとすれば、ネストが何かを言ったのか?
「まぁ、いいや。
とにかく、大人しくお喋りしてりゃ問題ないんだろ?
さぁ、入れてくれよ」
「……ああ」
兵士は不満そうな顔で、渋々扉に手をかけた。
今開かれようとしてる扉の先に、一体何が待ち受けているのか。
……いや、何があろうと関係ない。
ただ丸め込むだけだ。
俺はわずかに口角を上げて薄く笑うと、開かれた扉に向けて歩を進めた。




