177マス目 見えてくる青薔薇の影
姿が見えるのはネスト一人。
という事は、衛兵のおっさんは上手くやってくれたようだ。
フルム兄弟さえ見つけてくれれば、騒ぎにしたくないネストはその二人を即座に見捨てるだろう。
そうなれば、ネストは単独でここへと来る。
何とか予想通りに事が運んだみたいだ。
あとは俺の仕事だな。
「うふふっ、お邪魔しまぁ~…」
「よう、ネスト」
名を呼ばれた瞬間、ネストに浮かんでいた笑みが消えた。
この隙だ。
攻撃をされる前に、奴の興味を引け。
「悪いけど、この家に結晶は無かったぜ。
まあそんな事より…」
俺は親指で玄関の方を指さした。
「ちょっと面貸せ」
ユキちゃんの家から少し距離を取り、薄暗い路地で俺は壁に寄りかかる。
腕組をするネストを前に、俺は無言でタバコを取り出して火を点けた。
「あなたは新しいメンバー?
……違うわよねぇ。
そんな話が私に入らないはずないもの」
抑えきれなくなったのか、ネストの方から質問を投げかけて来た。
「という事は、情報屋かしらぁ~?
上手く取り入ろうとでも…」
「み空色の髪」
俺がたった一言そう言うと、ネストは息をのみながら半歩下がった。
取り出そうとしていた曲剣が滑り落ち、地面に落ちて音を鳴らす。
俺は平静を装うが、ネストがこれほどの反応をするとは、内心かなり驚いている。
「あの方の特徴を、情報屋程度が仕入れてると思うか?」
「……わかった。
よ~くわかったわぁ。
もう私に攻撃の意思はない、これでいいかしらぁ?」
「ああ」
俺はゆっくりと煙を吐き出して頷いた。
「それと、悪いが俺の素性は明かせない。
こっちも色々危ない橋渡ってるんでな」
まあ、前置きはこれくらいでいいだろう。
ネストから情報聞きだせ大作戦、その1。
まずはヴァーデ公爵の名で探りを入れつつ、メンバーの情報を少しでも集めてやる。
「さて本題だ。
お前、ヴァーデとかいう公爵を知ってるか?」
「ええ、もちろん。
源竜会は裏で結構名が通ってるもの」
するとネストはフードを外し、再び腕を組み直す。
「でもあそこは、あの飲んだくれの持ち場じゃないのぉ?
何で私に声がかかるのかしらぁ?」
飲んだくれ?
そうか、あの場所にもブルーローズの一員がいたのか。
よし、少しだが情報は引き出せそうだ。
それにしてもネストの奴、何故か少し安堵してるようにも見える。
……そういえば、ネストは竜の魔道結晶が見つからなくて焦っているんだったな。
もしかして、俺がボスからの使いと勘違いして焦っていたのか?
思い出してみれば、この数日後に罰を受けたって自分で言ってたっけ。
じゃあもうこの段階で、こいつはギリギリの状況だったのか。
なら回りくどく言い訳するよりも、時間を気にした説明が有効だろう。
「お前の方が早く済ませられるだろう?
世間に顔が割れてるお前なら、暴れたところでさほど問題はない。
わかってるだろ、今は時間が惜しいんだ」
「そぉねぇ~。
で? 具体的には何をしてほしいのぉ?」
俺はタバコを吸うふりをして、軽く言葉を頭の中で整理する。
そして無表情のまま煙を吐き出し、そのまま言葉を紡いだ。
「ヴァーデを攫って情報を聞きだせ。
奴が魔道結晶の在り処を握ってるらしい。
まあ、無理やり引き出した情報だから、信憑性は五分五分だがな。
出来るだけ騒ぎは起こさないように……、と言っても無駄か」
ネストの不気味な笑みは、いつ見ても気味が悪い。
だがこれで、亜人隊を倒した後にブルーローズが動く直接の理由が消えた。
「うふふっ、大丈夫よ~。
私は優しいから、……うふふふふっ」
そう言いながら身をひるがえしたネスト。
早速行ってくれるようだが、折角だ。
他に聞きだせないか試してみよう。
「少し待て。
他の人員にも伝えることがあるのだが、
あいにくフィズの居場所しか俺は知らない。
お前は誰がどこにいるか知らないか?」
……少し苦しいか?
だが、ネストは立ち止まり顎に指先を当てている。
そして、思い出したように口を開いた。
「そう言えば、先日商店街の方でリングを見たわね~。
あとは……、そぉねぇ~」
ネストはニヤリと口元を緩めた。
「確か、あれがまだベヨネッタの屋敷に居るはず。
うふふっ、死んでなければね」
……屋敷?
まさか、……あそこに居たのか!?
「どうしたのぉ? 目が泳いでるわよぉ~」
ネストは軽く唇を舐めると、ぐっと体制を低くする。
「うふふっ、まあいいわぁ」
次の瞬間、一気に地面を蹴り飛ばして、ネストは空高く舞い上がる。
「待ってなさいヴァーデ。
絶対私が手に入れる、誰にも渡さない。
うふふっ、ふふふふっ、あははははははははははははははははははははは!!」
ぞっとするような高笑いを上げながら、ネストの姿は風のように消えて行った。
だが、俺はそんなものを見送る余裕などない。
エリザベートの屋敷にもブルーローズがいた。
信じたくはないが、……辻褄は合う。
「最初から、ずっとあいつらの監視下だったのか?」
考えてみると、エリザベートの屋敷は狙われやすいのも当然なのだ。
国の大きな権力者であるルガニスさんは、国家機密をいくつも抱えてるはずだ。
もし部屋に潜りこめたのなら、書類を盗み見るのもたやすい。
それ以外にも、あの屋敷に潜りこめば悪用できる情報など無数に手に入るだろう。
「でも、出来るのかよ?
そんな奴がいるとすれば、……つまり。
ルガニスさんも、エリザベートも、リックも、テンダーも、
全員の目を欺き続けてるのか!?」
にわかには信じがたい。
だが、相手はブルーローズだ。
国一つを一瞬で氷漬けにする奴が率いる化物集団だ。
何もかもが規格外。
それを覚悟しなければ。
「……とにかく、屋敷の方は後回しだ。
ルガニスさんが気づけないのに、俺が見つけられるわけがない」
そうなると、残る選択肢は二つ。
けれども、商店街のリングと呼ばれた人物に関しては、情報が少なすぎる。
というわけで、目的地決定だ。
「地下の街にいる飲んだくれ。
そんだけ情報があれば上出来だ」
俺はいつの間にかフィルターまで焼けていたタバコを口から放すと、
適当にポッケに突っ込んで裏路地から出て行った。




