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ふりだし廻りの転生者  作者: チリ—ンウッド
第四章 街色の花びら
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171マス目 敗北した肉


 ライターに照らされた食堂の中は、惨劇の舞台と言っても差し支えはないだろう。

 10、20、……いやもっとだ。

 それだけの大人数が、ここで血の海を作り出している。

 ある者はシャンデリアからぶら下がり、またある者は燭台に頭を貫かれている。

 広い食堂全体に、そんな惨たらしい死体が散乱している。

 その中で一つ、ある物が俺の目にとまった。


「……あれって、ルガニスさんの?」


 食堂の中央付近で、テーブルに突き刺さった鋼の大剣。

 それは確かに、あのルガニス・ベヨネッタの得物だ。


「なんでこんな場所にぶっ刺さってんだ」


 ルガニスさんがあの魔物に負けた? いやまさか。

 念のため近くを見回すが、ルガニスさんの死体は見当たらない。


「……とりあえず、もう行くか。

あの怪物が帰ってきたら、俺なんか一瞬で殺される」


 モタモタしてる時間はない。

 エリザベートやククルもいないことだし、こんな場所に長居は無用。

 俺は怪物が去っていった方向に注意しながら、そっと廊下へと出た。


「ここにいないとなると、部屋か?

エリザベートの部屋が近かったな」


 俺は引き金に指をかけ直し、深く息をついてから足を踏み出した。








「あった」


 当主の娘の部屋だというのに、なんの装飾もない普通の扉。

 ドアノブには、【仕事中ですわ】と書かれた手書きの看板がぶら下がっている。

 

「前は、こうしてここに立ってるだけで、声をかけてくれたよな」


 けれども、今は誰の声も聞こえない。

 シンと静まり返った空間が、とても寂しくて、……怖い。


「入るぞ」


 俺はドアノブに手をかけて、一気に開いた。

 そこに誰かがいると信じて。

 ……でも。


「……誰もいない、か」


 当然だ。

 もしいれば、俺が声をかけた時に何かしら反応があるはずだ。

 それより、なんの警戒もせず扉を開けたのはまずかった。

 今ので多少は音が鳴ったはずだ。

 早く離れたほうがいい。

 俺は振り返らずに、そのまま廊下へと……。


「え?」


 ……下がれない。

 背中に何かにつっかえるような感覚。

 俺の後ろに、何かいる!?


「ぐっ、こっの!!」


 俺は飛び出すように前方へ転がり、急いで後ろに銃口を向ける。


「な……」


 確かに、そこにはいた。

 だが、敵ではない。


「ルガニスさん!!」


 白目を剥き、力なく崩れ落ちるルガニス・ベヨネッタの姿。

 糸の切れた操り人形のように倒れこむルガニスさんの背中には、

鎧ごとえぐられた惨たらしい爪痕。

 その跡は一つ一つが文字となり、メッセージが残されていた。


『この男の部屋で待つ』


 俺へのメッセージか?

 多分そうだろう。

 俺が背中をぶつけた時、ルガニスさんはまだ立っていた。

 だが、体は芯まで冷たくなっていて、暖かさの欠片もない。


「……息、してない。

ちくしょう、もう死んでる」


 顔が真っ白なのを考えると、さっきまで生きてたとは考えにくい。


「誰かが、抑えてやがったんだ」


 まるで人の死体を、メモ書きのように使って。

 完全に道具扱い。

 ふざけてやがる。

 

「……行ってやるよ」


 俺は、こんなことをする奴らを許せない。


「待ってやがれ。

今行ってやる」


 ルガニスさんをここまでできる怪物に、俺が勝てるはずもない。

 だが、それでも!


「俺はもう、奴らに鉛玉をぶち込んでやらねぇと気がすまねぇ」


 既に恐怖は、怒りが塗りつぶしていた。








 三階、ルガニス・ベヨネッタの居室はもう目の前だ。

 ここに来るまで三匹の魔物をやり過ごした。

 どれも形状は変わっていて、犬のような見た目のケンタウロスに、

アメーバのようなジェル状の生命体。

 あとは体の前半分が開いた気色の悪い人型生物など、

どれも暗くてよく見えなかったが、絶対に会いたくない生物ばかり。

 なんとか見つからずに来れたが、ここでまた変なのに出会わないとも限らない。

 どっちにしろ、俺には入る以外の選択肢など残ってないのだ。


「……チョコ、お前はそっちで待ってろ」


 俺はポケットからチョコを引っ張り出し、横の書類倉庫と書かれた部屋に放す。

 まるで置いてかないでと言うように、ミャーミャーと鳴くチョコ。

 でもここから先、俺が生き残れる確率は低すぎる。

 

「お前は生きてくれよ。

……じゃあな」


 チョコの寂しそうな眼。

 俺はその眼にそっと微笑みかけると、静かにドアを閉めた。


「さて、こっからが正念場だ」


 俺はライターの火を消し、両手で銃を構え直す。

 そして、ルガニスさんの部屋のドアノブを回すと、

一気に蹴り飛ばして押し開いた。


「ククル! エリザベー……ト……」


 部屋の窓に映る満月が、部屋の中を白く照らす。

 その窓の前に立つ人影。

 とても大きなシルエットは、床に悪魔の影を落とす。

 二本の角に獣のような牙。

 全身を覆う鱗は、先日戦った黒龍を思い出させる。

 完全なる化け物が、そこに立っている。

 だが、そんな事はどうだっていい。

 ……あいつ、食ってやがる。


「エリザベートォォ!!!」


 エリザベートのか細い腕に、容赦なく牙を突き立てる化け物。

 俺は一切躊躇せず、化け物の頭めがけて引き金を引いた。

 しかし、全てを破壊するはずの弾丸は、あまりにもあっけなく弾かれた。


「なんっ……、ぐっ、いいから離れろよ!!

エリザベートから今すぐ離れやがれっつってんだよ化けモンがぁ!!」


 素早く鞄から取り出すヘアスプレー。

 ポケットに入れていたライターの火を点け、エリザベートに当たらない角度で噴射する。


「グガァ」


 そう一声、化け物が鳴いた。

 その瞬間、俺の目の前にいたはずの巨体が姿を消す。

 標的を見失った火炎は、虚しく建物の壁を焼く。


「ど、どこ行きやがった!?」


「弱イナァ」


 後ろ!?

 俺はすぐさま後ろを振り向く。

 そこには、手を伸ばせば届くほどの距離に立つ巨大な影。

 

「弱イカラ、喰ワレル」


 化け物の笑う口元から、血が零れる。

 そして、血まみれの口を大きく開き、そのまま上を向いてゆく。

 化け物の指先で摘ままれ、壊れた人形のように動かなくなったエリザベートは、

ゆっくりとその大きな口の中へ吸い込まれてゆく。


「やめてくれ」


 俺が零す言葉など、この空間では誰も聞いてくれない。

 ただそこにあるのは、勝利した捕食者と、敗北した肉だ。


「……マズイナァ」 


 俺の大切な仲間を咀嚼しながら酷評する怪物。

 肉が潰れる音と、骨が砕かれる音。

 それだけならもう我慢できるほど、この世界では耐性がついた。

 でも、この音を鳴らしてるのがエリザベートだと思うと、

今にも気が狂いそうになる。

 

「……何笑ってんだよ」


 もう恐怖心は狂ってしまったのかもしれない。

 何だか冷静に物事が見れる。

 怖いとか、悔しいとか、そんな事よりも、

エリザベートを喰ってんのにニヤニヤしたその表情が気に食わない。

 そして、こいつがゲスのクソ野郎で、わざと俺を殺さずにいるのはわかる。

 ……もし本当に、こいつが最低のゴミクズなら、

きっと俺の想像通りの行動をとってくる。

 俺はその瞬間を待った。


「ホラ、オマエノ女ァ……」


 にちゃにちゃと気持ちの悪い音を鳴らして、

化け物の口が俺に向かって開かれてゆく。


「コンナンナッチマッタナ」


 そう言って、化け物は咀嚼したエリザベートを見せて来た。

 バラバラだが、ほのかに形がわかる程度の崩れ具合。

 そして、脳みそが飛び散った真っ白な顔と、目が合った。

 でも俺は、目を逸らさない。

 ただそこに向かって、銃口を向けた。


「じゃあな、エリザベート」


 一瞬の閃光と、鼻孔をくすぐる火薬の臭い。

 化物の口の中で打ち放たれた鉛の塊は、決定的な一撃と共に化物の体をのけぞらせる。


「……救えなくてごめんな、エリザベート。

かたきは討ってやったから」


 もう涙も出ない。

 全身に力が入らない。

 タバコでも吸おうと顔を上げた。

 …………化け物は笑っていた。


「オマエ、面白イナァ」


 その言葉が耳に届いた瞬間、俺の目の前は暗闇に包まれた。


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