167マス目 帰還への旅路
「帰りの馬車が無い!?」
約束の集合場所まで戻ってきた俺たちを待っていたのは、
馬車を切り離した状態で馬にまたがる案内人の姿だった。
「悪いな。
この山を二つ越えた先に、少し大きめの村があるのを知っているか?」
「ウィスプラの山村ですかね。
……でもそれがどうかしましたか?」
テンダーがスッと答える。
よくこんな辺鄙な場所の村名を知ってるもんだ。
「そう、あそこの村が数日前、大型の魔物に襲われたんだ。
どんな魔物だかわかるよな」
「黒龍か」
妙に外出が多いと思ったら、村を襲ってたのか。
「俺がここへ来る途中、そこの村人に声をかけられてな。
緊急事態だから、馬車を売ってくれとせがまれた」
「……売ったのか!?」
「ああ、高値だったからな」
そりゃまあ、避難用とか怪我人の運搬に馬車は必要だろう。
だが、俺たちに相談も無しで即売るってのは、案内人としてどうなんだ!?
せめて俺たちに馬車を渡して、そっから村の方へ村人と一緒に行けばいいだろうに。
……とは言っても、俺たちが村人の命を優先するかどうか、この人に分かるわけがない。
むしろ普通ならノーという案件だ。
人命を優先したのなら、間違った行動ではないのだろうけど。
うーん、なんか納得いかない。
「ともかく馬車はない。
悪いが徒歩で帰ってもらう。
もちろん帰って来れれば報酬を払おう。
今回の詫びもかねて色を付けておくから、何とか帰還してくれ」
それだけ言うと、俺たちの方を振り向きもせずに、
案内人は森の方へと走って行ってしまった。
「うーん、文句くらい言いたくなるけど、
しょうがないかなぁ」
「ま、私たちがすぐ黒龍を倒していれば、
村も襲われずに済んだって考えると、あんまり怒りづらいですね」
みんなそれぞれため息をつく。
俺も正直言うと、てっきり英雄のような扱いをされることを妄想していたのだが、
あそこまで冷たい態度を取られると、ため息しか出てこない。
「なぁククル。
白狼を呼んで、パロット王国まで運んでもらうってのは出来るか?」
駄目元で言ってみたが、やはりククルは首を横に振る。
「あの子たちは私のペットとかじゃないから。
ただ協力してくれてるだけ。
もちろん縄張りとかもあるし、お腹が空いたり疲れたら帰っちゃう。
多分山一つ越えないうちに降ろされちゃうだけだよ」
「そっか、……だよなぁ」
俺は考えを巡らせて、結局自分の足に視線を落とす。
「とりあえず、白狼に行ってくれるとこまで乗せてってもらって、
そっからは、……歩くかぁ」
4人一斉にため息をつく。
でも落ち込んでたって帰れやしない。
それに、もたもたしててブルーローズ襲撃の日が来たら、
それこそ最悪の結果となる。
「んじゃククル。
白狼呼んでくれ」
「うん、でもほんとに短い距離だと思うから、
期待しちゃだめだよ」
「おー」
道のりは長い。
でもやる気なんか出るわけがない。
なんせ、こんなアホみたいな荷物を抱えて、帰れっこないのだ。
少なくとも半分は諦めるしかない。
憂鬱すぎる帰路を、俺たちはため息をつきながら進み始めた。
あれから数日。
俺たちは何度もキャンプをしながら進んでいる。
ちなみに黒龍の尻尾はすぐに捨てた。
そんなある時。
俺がふとこぼした言葉が、テンダーの度肝を抜いた。
「ブルーローズが襲撃してくる!!?」
焚火の炎が、テンダーの大声で揺れる。
赤い炎で照らされたテンダーの顔は、真っ青に染まっている。
「ちょっと、シランちゃんが起きちゃうよ~」
ククルの膝の上ですやすや眠るシラン。
大丈夫、こいつは大声くらいでは起きない。
それよりも、テンダーのこの反応に俺も驚いた。
「……知らなかったのか?」
「初耳ですよ!!」
なるほど。
エリザベートはテンダーにすら話してなかったのか。
まあよく考えると、こいつは騎士ですらないし、
ただの執事長だしな。
そういう情報が全部耳に入るわけでもないか。
「い、一体いつですか!?
いつ奴らが襲撃してくるかわかってるんですか!?」
「ああ、俺たちが出発した日から数えて、
残り6日だ。
日が昇れば残りは5日。
あんまり時間が無い」
「そんな……」
テンダーはこの世の終わりみたいな表情でへたり込む。
「ブルーローズなんて化物集団、
どんなに早くても半年の準備期間が無いと戦えませんよ」
テンダーの言う事は、比喩表現ではないだろう。
なんせネスト級のレベル6が三人に、それをまとめるボス。
となると、余裕で国家級の戦力だ。
たった数日で国同士の戦争の準備をしなければならないとすれば、
何と馬鹿げた話だろうか。
「ククルさんは知ってたんですか?」
「うん、あたしもレベル5だしね。
何度かお城へ呼ばれて会議にも出たよ」
そうだったのか。
という事は、エリザベートの屋敷に居た時か?
「いろいろ話し合ってたけどね。
結局ろくな案が無かった。
そもそも敵がどこから来るのかも、どうやってくるのかもぜーんぜんわかんないし。
対策の立てようがないもん」
ククルの言う通り。
俺たちは圧倒的に情報が足りていない。
敵の事をほとんど知らず、
わかっているのは、こちらより向こうの方が戦力的に上回っている事実。
けど、……こんなのよくある事だ。
「もう、……もう私たちは、逃げるしか……」
「なあテンダー。
俺たちはさ、黒龍に勝てる確率ってどれくらいだったんだろうな」
「え?」
伏せた顔を上げ、テンダーは視線をこちらへと向ける。
「歴戦の冒険者たちが匙を投げた怪物。
俺たちはそれに勝ったんだ。
運が良かったとか、条件が良かったとか、そんな事はどうでもいい。
ただ圧倒的に不利だった俺たちは勝利し、
全てを破壊する悪魔のような怪物は、俺たちの栄養になった。
なら次は、……何に勝つ?」
弱気になっていたククルを、
そしてテンダーを、俺は元気づけるために綺麗事を並べる。
もちろんブルーローズに勝てる確率なんて霞ほどもありゃしない。
だが、ククルとテンダーははっきり言って強い。
この二人がやる気を失えば、霞程の勝率も無に帰すだろう。
「……お兄さんに言われちゃ世話ないよね。
シランちゃんに負けてたのに」
「ちょっ!?
せっかく決めたのに台無しにしやがって!」
とはいうものの、ククルの表情には元の明るさが戻った。
テンダーもやる気が出て来たようだ。
「……だったら、こんなとこでグズグズしてられません。
早く帰りましょうか!」
打倒ブルーローズを強く決意し、
俺たちは明日に備えて眠りについた。
ブルーローズ活動開始まで
残り日数 5日




