133マス目 その笑みは正義か悪か
俺が馬車に追いついた時には、すでにククルは馬車から出されて、
城内に連行されていた。
「えっと、地下室ってどこ行きゃいいんだ!?」
人に聞こうにも、兵士の多くは馬車の整備や片づけをしている。
そのためか、さっきから走り回っているのに誰とも会わない。
俺は以前、この城の地下に閉じ込められたことがあるが、
その時は行きは目隠し。
出るときは死にかけで気絶していた。
当然、俺が地下への入口を知っているわけがない。
「あーもう! どこだよ地下室は!」
「それなら、あっちよ……です」
突如として下から聞こえた声に、俺は視線を下げた。
そこにいたのは、騎士にはとても見えないメイド服の少女。
少し大きめのカチューシャが良く似合っているが、
そのカチューシャ、どこかで見覚えがあるような……。
「……あ、あんた!
エリザベートのお屋敷に居ただろ。
よく居眠りしていた子」
「む。
ちょっと失礼よ……です。
私とあなたは初対面のはず……ですよ」
そういえば、今回俺は指名手配されたせいで、
ほとんどお屋敷に居られなかったんだっけ。
「とにかく、地下室はあっち。
急いでるんじゃないの……ですか?」
「そうだった!
悪かったな、ありがとう!」
俺はカチューシャメイドへ礼を言いながら、教えてもらった方向へ走る。
しばらく続く廊下を抜け、中庭を横目にまっすぐ進む。
そして突き当たったところで、やっと見つけた。
「地下室って、降りる階段の入口まで鉄格子なのか。
……えっと南京錠は、っと。
よし、かかってない」
鉄が軋む音を耳に入れながら、俺はその先の階段を降りていく。
尋問は始まってしまったのだろうか?
悲鳴や怒号が聞えないことを考えると、まだだとは思うが。
俺が地下の冷たい床に足を付けた時、薄暗い通路の奥の方で声が聞えた。
俺は声の元を目指して小走り気味に駆け寄ると、見覚えのある光景が目に入る。
「この独房って……」
忘れもしない。
紛れもなく、俺が捕まっていた独房だ。
俺はこの場所でボコボコにされた。
そんな場所で、過去の俺と全く同じように磔にされている少女の姿。
綺麗な赤い髪からぴょんと立った耳を、ピコピコと動かしているククルを囲むのは、
こういった事柄に慣れているであろう、二人の大男。
ホルトやグランバムも筋肉質だったが、この二人はそれ以上。
明らかに、力で無理やりねじ伏せようとしているのが見え見えな人選。
しかもその二人の手には、とても俺には持ち上げられなそうなハンマーや、
何かの鱗で作られている凶悪な形状の鞭。
これから行われるのは尋問と聞いていた。
しかし、俺の目に映るこの光景は、どう見たって拷問だ。
「お嬢ちゃん。
いいかい? 最後に聞いてあげようか。
しっかり答えるんだよ」
男の口ぶりから、まだ拷問は始まって無いようだ。
よく見ると、ククルの服は破れてもいない、綺麗なまま。
独房の扉も開きっ放しで、道具も今運び込んだところだろう。
俺はホッと胸をなで降ろしつつ、止めるために声をかけようとした。
「右と左。
どっちの耳から切り落としてほしい?」
へ?
このおっさん達は何を言ってんだ?
「はい!
答えなかったから、早速罰ゲーム。
服が無くなるまで叩いてあげるからね」
そう言いながら鞭を振り上げる男。
……違う。
これは尋問でも、拷問ですらない。
こいつら、女の子をいたぶるのを楽しんでるんだ。
「そーれ。
まずは、一発目ぇええ!!」
男はニヤニヤと口元を歪ませながら、ギザギザの鱗を鳴らす鞭を持ち上げる。
そして力強い声と共に、一切の手加減のない一撃がククルに向かって振り抜かれた。
バンッッ!!!
ゴムボールが破裂したかのような、ピリピリするような音が響く。
だが、ククルの体に一切の傷は無い。
「……一瞬、意識飛んだぞ」
鞭が俺の体に食い込む。
鱗が刺さる。
肉をズタズタにえぐられる。
咄嗟に体が動いちまった。
あまりの激痛に吐き気がする。
「お、……お兄さん?」
「さっ、さっ、作戦隊長!!?」
「何でこんな場所に!?」
「……遊んでやがったな」
俺は痛みで頭がクラクラしていた。
だが、それ以上にイラついていた。
こんな……、こんな痛みを、小さな女の子にぶつけようとしてたんかよ。
ふざけんな。
「罪人だから何でもありか?
虐めても、脱がしても、殺してもいいってか!?
違うだろうが!!」
痛みで飛びそうな意識を、歯を食いしばって繋ぎ止める。
乱れる呼吸で掻き消えそうな声を、渾身の力で絞り出す。
「人は人で見ろ! 罪で人を見るんじゃねぇ!」
怒鳴り散らしたい事はまだまだある。
でも……、限界だ……。
もう、声が出ねぇ……。
俺の体は言う事を聞かず、力なく冷たい床に崩れ落ちる。
「どうする? こりゃ俺たち首飛ぶぞ」
「どうするったって……、いや待てよ」
男の一人が俺の真上でハンマーを振り上げる。
もうやろうとしていることはわかる。
……騎士ってのは、責任逃れのために人を殺すのかよ。
俺は力を振り絞り、震える手をポケットに突っ込んだ。
「おいおい、そりゃマズくないか?」
「大丈夫だって。
連行中にこの小娘が暴れて作戦隊長を殺しましたって言えばよ。
隊長は俺たちを庇ってくれてー……、なんて一芝居打てばいいんだ」
「うーん、まあそれもそうだな。
よっしゃ、思いっきりやっちまえ」
ハンマーを持つ腕に血管が浮き出ている。
もう、振り下ろす気満々だな。
さて、俺の命はここまでか?
それとも……。
「隊長さんよ。
恨むなら後ろのガキを恨むんだな。
うぉらぁ!」
錆びのついた鉄塊が、俺の頭めがけて振り下ろされる。
あれが当たれば、間違いなく即死。
脳みそぶちまけてふりだし行き確定。
……当たれば、な。
「ビーストギア」
軽い金属音が空気を震わせる。
俺の霞む視界に映っていた鉄塊は、
まるでかまぼこのようにやすやすと斬り裂かれている。
「こっ、このガキ!!
魔道具を埋め込んだ拘束具を……!?」
「この人に守られたんだよ、あたし。
だったら応えなきゃじゃん」
俺の前で揺れるオレンジ色の髪。
美しい色合いに、美しいオーラを纏い、
俺を守るように立ち塞がってくれていた。
「やっぱ、……悪い奴じゃなさそうだな……」
ククルはそれを聞いて、ニッと笑う。
次の瞬間、この地下に男二人の鮮血が舞った。




