9マス目 魔法の鏡
魔法の鏡。
白雪姫などで有名な、代表的な魔法道具だ。
この世界には魔法があるのだから、魔法の鏡があってもおかしくはない。
俺の予想通り、商店街の魔道雑貨店では様々な鏡が取り揃えられていた。
それらを時たま手に取り、観察するようにじっくりと目を通していく。
しばらく商品を眺めると、ある商品に目星をつけた。
「すみません。
この鏡って、どういった魔道具なんですか?」
「ああこいつは、文庫鏡だな。
見たことないのかい?」
店主は不思議そうな目で見てくる。
知ってて当然、なんて目を向けてくることから、メジャーな商品なのだろう。
「ええ、この国には来たばかりでして」
まあ、嘘は言ってない。
幸いにも恰好が珍しいおかげで、すぐに納得してもらえた。
「あんた辺境育ちかい?
まあ、難しい道具じゃない。
鏡の中に本を入れると、見たいページを選んで映してくれるんだよ。
100冊くらいは入るかな?」
つまり、電子書籍のような物か。
魔法になっても、科学になっても、人の求めるものは変わらないのだろう。
「買うかい? 3980円だけど」
「すみません、今日は下見だけなんです。
……あ! じゃあこれ貰えますか?」
「ああ、いいけど……。
鏡も買わずにこれを買うのかい?
まっ、金さえ払えば文句は言わないけど。
890円だよ」
店員は慣れた手つきで商品を包む。
綺麗に包装されたそれを受け取り、俺は店を出た。
「あとは、奴らを見つけるだけだ。
このあたりからしらみつぶしだな」
俺は歩きながら包装を剥がし、ネストの現れそうな場所を探し始めた。
「ふぅ、やっと見つけた」
探し始めて30分後。
商店街の道のりを、ローブを揺らして歩くネストを視界に捉えた。
お供に付けた二人組、特に太っちょなんかは見上げるような巨体。
あれならば人通りの多いこの道でも見失いにくい。
俺はそのまま人の流れに乗りつつ、怪しまれないように移動する。
このまま行くと、奴らの真横をすれ違う。
その一瞬が勝負だ。
「ええっと……、あった」
俺は鞄からタブレット端末を取り出すと、何食わぬ顔で堂々と操作する。
しかし、こちらを振り向く人はいない。
ついでにさっきの店で購入したカバーを装着する。
文庫鏡は見た目がタブレット端末によく似ている。
これにカバーを付けてカモフラージュをすれば、移動中に魔導書でも読んで勉強中の人に見えるはず。
実際、歩きスマホのように歩きながら鏡を見ている人も、時折歩いてくる。
だがこれは鏡ではなく高性能な機械。
「上手くいってくれよ」
俺はムービー撮影を起動し、撮影を始める。
「……焦るな、自然に」
周りに聞こえないように、できるだけ小さな声で、自分に言い聞かせる。
自然に、さりげなく、だが正確に。
ネストとの距離が、どんどん縮まっていく。
……20m、……10m、……5m、…………来た!
その瞬間、俺とネストの肩がぶつかった。
直後に背中の力を抜き、上手く体をよろめかせる。
「おっと、すみません」
「てめぇ! 姉さんに何してんだ! おい!?」
細身の男の怒号が俺に降りかかる。
圧倒的強者からの威圧感全開の恫喝。
死への恐怖が背筋を駆け抜けた。
「いいのよぉ。 あまり騒いだら、皆さんに迷惑でしょ?」
「へ、へい。 姉さんがそう言うなら……」
俺の額から汗が滴る。
手が震え、落としそうになったタブレットを掴み直す。
「あっ、あの、えっと……」
呂律が上手く回らない。
けれども、ネストが静止に動くのは俺の予想通り。
こいつらは、今から強盗殺人をする。
だったらこんなところで目立つわけにはいかないはずだ。
死にはしないと確信していたが、やはり怖いものは怖い。
「ほ、本当に、申し訳ありませんでした」
俺は深く頭を下げ、媚びるように姿勢を低くする。
……その時、タブレット端末をうまく鞄で隠しながら、ネストの顔を隠しているフードの隙間を狙った。
影になる位置をのぞかせるように、絶妙な位置で、カメラの射線を通す。
その小さなカメラは、映像としてムービーを記録する。
「もう気にしてないわぁ。 さぁ、行ってちょうだい」
「は、はい! 失礼します」
許しを受けた俺は飛び上がるように立ち上がると、足早にその場を離れた。
手も足も震えて、顎から汗が滴り落ちている。
はたから見れば、腰抜け野郎がビビって逃げた。
そんな光景にしか見えないだろう。
しかし実際は違う。
「……ちゃんと撮れてるか?」
建物の陰で、今撮影したムービーを確認する。
会話もノイズは少なくよく聞き取れる。
場所も悪くない、逆光も気にならずそこそこ高画質で撮れていた。
そして、問題の映像。
約三秒、短くもあり、成果としては長すぎるほど。
俺の持つ端末の画面には、はっきりとネストの顔が記録されていた。
「やったぞ……、ナイフなんか目じゃねぇ。
こいつが俺の武器だ!!」
俺は靴屋への道を、全力疾走で駆け抜ける。
「やばい、かなりギリギリだ……」
腕時計の針は11時04分を指している。
たしか、あの子の家にネストたちが着くのが17分だから、あと12分程度しかない。
そして、馬車の移動に10分近くかかることを考えると、エリザベートの説得に使える時間はたったの2分。
ネストを探すのに手間取ったのが、ここにきて痛手となる。
「良かった、まだいた!」
大通りに圧倒的な存在感を放つ金色の馬車。
間違いなくエリザベートだ。
馬車に近づくと、あの特徴的な笑い声が聞こえてくる。
積み込みをしている執事たちを見るに、まだ買い物中らしい。
俺がホッとして息を整えていると、店から誰よりも目立つ金色のドレスをちらつかせ、扇子をはためかせながら優雅な足取りで出てくる女性。
「いやぁー、助かるよエリザベートちゃん」
「礼には及びませんわ。 わたくしは良い品と思ったから買っているまで。
わたくしに良いと判断させたその腕、誇ってもよろしくてよ」
さっき聞いたのと同じような会話をしている。
しかし、同じ未来をたどっても意味がない。
普通に頼み込むと死ぬならば、少し頼み方を変えてみる。
「エリザベートさん、少しお時間よろしいですか?」
このとき俺は、エリザベートが少し顔をしかめたのに気が付いた。
理由はわかっている、この服だ。
この世界では、スーツは北国の暗殺者部隊の服装というのを彼女本人から聞いた。
このスーツに身を包んでいれば警戒されるのは分かっている。
だがそれでいい。
しっかり警戒しているからこそ、嘘を見抜き話の粗を探そうと考え、しっかり話を聞いてくれる。
「あら? わたくしに何か御用?」
「実は、こちらを見ていただきたいのです」
鞄からゴソゴソとタブレットを取り出す。
エリザベートは不思議そうな目でこちらを見ている。
「魔法の鏡ですわね。 そんなもので何をなさるの?」
「……鏡ですか。
そう見えるかもしれませんが、これをご覧ください」
録画した映像の再生ボタンを押して、画面をエリザベートへ向けた。
そこには街を行き来する人々が主観視点で映し出されている。
「何ですのこれは? 商店街?」
「もう少しで出てきますよ」
数秒後、映像にネスト達が映りこみ近づいてくる。
そこでエリザベートが呟く。
「この二人はフルム兄弟ですわね」
「フルム兄弟?」
「この特徴的な二人の男性ですわ。
その筋では結構恐れられている掃除屋ですのよ」
掃除なんて生易しい言い方をしているが、つまりは殺し屋、殺人鬼だろう。
「でも、これだけですの?
フルム兄弟なら、衛兵にでも通報なされば……」
エリザベートの表情が明らかに変わる。
『おっと、すみません』
『てめぇ! 姉さんに何してんだ! おい!?』
『いいのよぉ、あまり騒いだら、皆さんに迷惑でしょ?』
『へ、へい。 姉さんがそう言うなら……』
エリザベートの表情が一変し、肩が微かに震え出す。
すでにこっちの意図は伝わっただろうが、映像はまだ続く。
『ほ、本当に、申し訳ありませんでした』
追い打ちとばかりに、命がけで撮影したネストの顔が画面にいっぱいに映し出される。
俺はにこやかに笑うネストの悪人顔を見せつけるように、そこで映像を止めた。
「これは、いったい何ですの!?」
その眼には殺気が宿っている。
今にも人を刺し殺しそうな、脅しに近い表情。
それを俺じゃなくネストに向けてほしいもんだ。
「この鏡は過去を映します。
これは約10分前に商店街で起きた小競り合い。
しかし、あなたにはこれがどれだけの緊急事態か、わかってくれると思いまして」
「……この女の場所はわかってますの?」
「手を貸してくれるならば、お教えしましょう」
エリザベートは扇子を口元に当てて、深く考え込む。
凶悪犯が歩いてるんだから、早く対処してくれと詰め寄りたい気持ちもある。
だが彼女にしてみれば、俺は敵なのだ。
客観的に見れば、俺がどこかから指令を受けて罠を張る蜘蛛に見えても仕方がない。
「どうしますか?」
彼女には断るという選択肢もある。
だが、街の人からの信頼も大きそうな貴族の女の子。
街の非常事態を、怪しいというだけで全否定するのは難しい事だろう。
きっと俺の想像もつかないほど、彼女は大きな選択を迫られている。
しかしこっちも時間が無い。
はやる気持ちと熟考が、お互いの額を濡らす。
「…………わかりました。 その話信じますわ」
「よく考えてくれました、ありがとうございます」
「もう時間が無いのでしょう? テンダー! 馬車を!」
先ほど見た若い執事が、地味な馬車を出す。
俺とエリザベートは馬車に乗りこむと、全速力で少女の家に出発した。
「さてと、大急ぎで行けば間に合いますかしら?」
「ええ、ギリギリですけれど」
「そうですの……、ではその件が終わったら、
あなたからいろいろ聞きたいことがありますわ」
「情報が報酬ということで?」
「オーホッホッホッ! 物分かりが良くて助かりますわ!」
この高笑いを聞いた瞬間、俺はあることに気が付く。
何故か後続が付いて来ないのだ。
相手の強さを知ったうえで、単独爆走する馬車。
「あの、エリザベートさん。 ……私兵とかは?」
「そんなもの、わたくし一人で十分ですわ! オーホッホッホッ!」
もうダメかも知れない。
俺はもう一度そう思った。




