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9 生命の樹


 雨をしのぐ場所は手に入れた。しかし、わたしたちは生き延びることだけが目的ではない。

 1つの目的をかなえるためには、無数のレンガを組み立てていくことになる。

 死んだ子供たち、存在しなかった子供たちの死肉からつくりあげた、無数のレンガを……。

 

 わたしとアジムッラー副官は、ふたたび昆虫的な島に飛び、官房の担当者たちと調整をおこなうことになった。

 昆虫的な島において、季節は移り変わり、ますます虫の性質を強めつつあった。

 草原には多くのイナゴとバッタが飛び交い、あぜ道は羽虫であふれ、足の踏み場がなくなった。

 まさにそれは耐え難い島の風景だった。

「この虫の多さはどうにかならないのか」

「島の生態系周期は非常に短いため、1週間のうち、水曜日はこのように虫が繁殖します。あしたには、すべて死骸となり、あさってには土に還っていることでしょう」

 副官と会話をしているあいだに、トンボやセミの壁がせまってきてわたしたちは生き埋めになった。

 副官の助言のとおり、全身をローブで覆い、ガスマスクを装着したおかげで、気管支や粘膜を痛めることなくすんだ。

 虫の量が常軌を逸しているということで、わたしと副官は、飛行場から歩いて半日の地下壕に避難した。

 

 わたしたちは地下壕の入り口をふさいだ。はしごを下りたところでライトを点けた。黒い巨大昆虫が壁と天井、床を覆いつくしていた。

「休むどころではなさそうだ」

「官房に向かいましょう」

 

 小走りで2時間ほど走っているとき、後ろからバスがやってきたので乗せてもらった。

 官房と他の機関を往復する定期バスだった。

 中には職員や、国防色の男たち、数人の兵隊のグループが乗っている。

 わたしは副官に質問した。

「この島には虫はいないというのは間違いだったのか」

「これらは正確には虫ではありません。昆虫局が運用している擬装昆虫装置です」

「それは何か」

「昆虫的な島には、官房のほか、いくつかの重要な拠点があります。敵から、わたしたちの動きを秘匿する必要があります。このため、一定の周期で擬装昆虫を発生させ、上空や高高度からの偵察を防ぐとともに、島内に潜む工作員や敵分子の活動を妨害します」

「ではこの虫は全部機械なのか」

「製造ラインからつくられてはいますが、胴体や血液、内臓器官を含めて、すべて有機体を使っています。本物の虫との違いは、眼球に刻印されたシリアルの有無だけです」

 

 バスは間もなく官房の地下ターミナルにたどりついた。

 

 地下官房の会議室に入ったとき、すでに調整会議の出席者たちが集合していた。

 暗い部屋の中央に円卓があり、青白い顔の予算関係者たちが並んだ。

 わたしたちが作業を進めるには、この男たちから予算を引き出すことが必要だった。


 わたしは言った。

「総合教育庁は人員、設備、いずれの面でも不足しています。このままでは、農王の命に背くことになります。いま、まさに予算が必要です」

 関係者たちは失笑した。かれらが口々に、わたしと副官をなじりはじめた。

「とても面白い調整の仕方をなされる」

「急に呼び出されて、何のことかと思いきや……」

「今年度の予算は既に示達されています。まずは、規則をお読みになったほうがよろしいかと」

 わたしは反論した。

「総合教育庁が発足したのはいつですか」

「それは、先日ですよ」

「そのとおり。なぜならわたしが長官に任命されたときから総合教育庁は存在を始めたからです。いま、わたしたちに予算はありません。新設の機関に予算を割り当てておかなかった当時の担当者はいまどこにいるんでしょうか」

 関係者たちはひそひそと話し合った。不意に1人の青白い老人が口を開いた。

「わたしは編成関係部署にいたものです」

「わたしたちには人員と予算が必要です」

「農王が、このような試みをされるというのはとても珍しいこと。また、時代は変わりつつあった。あなたのような業務も、必要になったということでしょう」

「はい」

「しかし、すでに配分は終わっています。あきらめてください」

 わたしは席を立った。

「ここで調整をしても無駄とわかりました」

 関係者たちが声をひそめてささやく中、わたしと副官は会議室を出た。

 アジムッラー副官に、侍従武官バハードゥルの執務室に案内するよう指示した。

 副官は以前は司令部で雑用係だったので、ほぼすべての部屋割りを知っていた。

 

 わたしは単独で侍従武官バハードゥルの執務室に押し入った。

 包帯巻きのバハードゥルは、ディスプレイから目を離すとわたしに言った。

「いきなり入ってきて、どうしたのか」

「金が必要だ。あの予算関係者たちは、話にならない。硬直した役人どもは全員くびにしろ」

「農王官房は規則でできている。規則を尊重しろ」

「そんなものは、あなたの裁量でどうにかなるだろう。農王の意思である総合教育庁をつぶしてもいいのか。それは、農王に対する裏切りではないのか」

 バハードゥルは小さくうなった後に、メモ用紙をわたした。

「このメールアドレスに請求を送れば、予算は落ちてくる。しかし、農王とその農王系、つまり、わたしたち運営者と、臣民たちへの説明はできるようにしておけ」

「わかりました」

 

 国家は大がかりな自動人形オートマタと同じであり、細部がぎこちなく動くことで全体の流れを生む。

 自分たちの作業を進めるには、この鈍重な歯車を金槌でたたかなければならなかった。

 くだらない作業が重要な意味を持っていることがあるので、あなどれない。

 この日の大きな一歩は、資金を手に入れたことだった。

 

 早足で司令部玄関に向かうあいだ、アジムッラー副官に、口頭で予算の用途を伝えた。副官はおどろくべき速度でわたしの文言を書きとった。

「資金は集まった。時がきた。わたしたちの任務が始まる」


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