8 4人の幹部
副官アジムッラーが帰ってくるまでは、しばらく無為に近い時間が続いた。
1日に1回、ちょうど正午になると、飛行機のプロペラ音が聴こえる。それは農王系司令部と、物見の島とをつなぐ、定期便の音である。
農王系官房への連絡手段は現時点では定期便だけだった。わたしは侍従武官バハードゥル宛に手紙を書いて郵送した。
予算の要求について
侍従武官 バハードゥル 殿
物見の島に電気、ガス、水道、通信のための基盤設立を要望します。旧ジュンガル監獄……総合教育庁庁舎には、こうしたインフラが皆無です。
わたしと職員は、たいまつと懐中電灯で灯りを確保し、山の上の湧水を沸騰して調理し、島の一角に穴を掘って便所とし、そのような生活を強いられております。
このままでは総合教育庁に与えられた任務を遂行することができないので、速やかに予算をよこすよう要請します。
これは農王の意思と精神を具現化するために必要不可欠です。
総合教育庁長官 ナーナー
島にはだれも住んでいないと聞いていたが、それは事実でないことがわかった。
ある日、岩山を登り島の北側に行こうとした。山は、高度300メートル付近からはほぼ垂直の崖になっており、装備なしでは太刀打ちできなかった。
再び平原に降りようとしたところで、何者かの視線を感じた。わたしは岩山の麓に目を凝らしながら、物陰に身を潜めた。
麓に散在する沼の1つから、200個以上の頭部を持つ女がぬっと起き上がり、舟のように水面を滑り接岸した。
各頭部は長い毛におおわれ、まぶたは鉄のくさびで縫い付けられていた。
女は水浸しの胴体で陸に上がり、一輪車に乗り曲芸をはじめた。
敵性なしと判断しそのまま庁舎に戻った。
アジムッラー副官が衛星携帯電話を2台手に入れたので、わたしは人集めを開始した。
スールー河のほとりでいっしょに仕事をした仲間たちに声をかけた。
かれらの多くはまともに就職できていないか、不安定な仕事で飢えをしのいでいた。
「実はいい仕事があるんだ」
「本当か。仕事がなくて困ってたんだ」
「ぜひ紹介してくれ」
すぐに必要なメンバーが集まった。
・情報員
・通信技師
・尋問官
・モンク少佐
情報員は、本国に帰って以降、何をしているのか見当がつかなかった。かれはアフリカ系で、複数の言語を話すことができた。
庁舎にやってきた情報員とわたしは握手した。
「ここでのわたしの名前はナーナー、総合教育庁の長官だ」
「またいっしょに働けることは光栄だ。何をすればいいか」
「おまえには情報班をつくってもらう」
「とりあえず、後で詳しく聞かせてもらおう」
通信技師は日系で、そのため意思の疎通も図りやすい。かれは事故で左手の指を数本失っており、本国では補助金で生活していたという。
わたしは技師に、通信設備とその他、必要な装備をそろえるよう指示した。
「それはいいが、金はどうするんだ」
「予算を要求しているので、近いうちに来るはずだ」
尋問官は数日後にやってきた。
すぐに尋問のための準備を行うよう指示した。
この人物は敵から情報を取り出す技術を持っており、スールー河の仕事でも重宝した。
内戦中の国で育ち、自身も敵に捕らえられ両耳をそぎ落とされ、片目をえぐりとられた。
かれには感情というものが見えず、うつろな目は忠実な哺乳類かサメのようだった。
尋問官は地下の数室において掃除を始め、持ってきた工具や刃物、ロープなどの整備を始めた。
モンク少佐は聖・少佐とも呼ばれていた。
かれは2つの海に挟まれた山地で生まれた軍人で、ひげを生やし、常に僧帽をかぶっていた。熱心な信徒であり、そのためにモンクとあだ名をつけられた。
背丈が大きいのですぐに姿を判別できた。
「ここはまるでリゾートのようだ。いったいどんな仕事をするというのか」
わたしは言った。
「スールー砦と同じように、敵に備え、また検索して除去することだ。ただし、敵はより見えにくいだろう」
「それは大変だ」
わたしはアジムッラー副官と4人を集めた。
アジムッラー副官は、4人に挨拶し、握手した。
「かれはアジムッラー、わたしの副官だ。今回、農王系人民の言葉がわかるのはわたしとこの副官だけだ」
情報員が言った。
「なぜおまえも言葉を知っているんだ」
「それは、わたしが天啓を受けたからだ」
「どういう意味なのか」
わたしは4人に説明した。
農王系は天体の法則に従ってわたしの脳に直接、信号を送り、わたしにメッセージを送った。わたしにしか理解できない神の言葉だ。
なぜならわたし、ナーナーこそは、石英の星の下に生まれ、2つの星の交わる座標において神の書を宿した人間だからである。
それで?
わたしには神性の声が聴こえる。
わたしには農王たちの話す言葉が聴こえる。
「まずはわたしたち6人が中核となって、総合教育庁を編成し、戦闘能力を整備しなければならない」
わたしたちは合意した。