表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

7 物見の島で・ドイツ人の人間狩り

 

 アジムッラー副官に、まずは電話を契約してくるように指示した。

「置くやつはいい。まずは携帯端末だ。この島には、衛星が浮かんでいる」

 話ができないことには始まらない。

 わたしは屋上から空を観測した。夕焼けのなかで、無数の衛星が運動しているのを確認した。

 

 副官に、空を指さして説明した。

「あれは、サイボラ社の通信衛星だ。あっちは、ソグド国の偵察衛星だ。月の近くで静止しているのが……」

 

 駅前の電気屋で携帯電話を買ってくればいいのではと思うかもしれないが、この島、正式には「物見の島」には、電話を使うための施設が存在しなかった。

 銀色の庁舎には、内線設備が残っていたが、電話交換機は何者かに盗まれていた。

 島にも電信ケーブルや基地局はなく、ましてや、インターネット環境などなかった。

 ジュンガル部政府は、ほんとうにこんな島で刑務所を運営する気があったのだろうか? 後々調べたところでは、この監獄を建ててから、少しずつ設備を整えていくつもりだったらしいが、国王の気まぐれで新しいパレード用騎兵軍団を創設することになり、予算がすべて奪われたらしい。

 

 わたしの指示を受けたアジムッラー副官は、小型機の定期便に乗って本土に向かった。かれが必要な通信機器などの調達を終えて戻ってくるまでに、1週間かかった。

 

 その間、わたしは島の地形を調査した。

 いろいろと不思議なことがあるたびに、ノートに記録した。

 「物見の島」は面積およそ20平方キロメートルの小さな島で、東西に険しい岩山が横切っているため、北と南の2地域に分けられる。

 わたしたちのいる総合教育庁庁舎は、南の平原地帯にあった。

 山脈の北側は深い森に覆われた丘陵で、簡単に入れる場所ではなかった。

 島の南端には海岸と天然の港があり、すぐそばに滑走路がある。わたしたちが小型機で降りたのも、この滑走路だった。

 

 島は主だった大陸から離れているため、歴史上様々な民族や国に支配されてきた。

 ジュンガル水兵、日本軍、中華民国軍、様々な国の商船、海賊たちが島にやってきた。しかし、大洋のなかで孤立し、資源も乏しいため、かれらが島に定着することはなかった。


 わたしが海岸を歩いていると、一隻のボートがやってきた。

 モーターの音が近づくにつれて、船上に立つ3人の男の姿がはっきりと輪郭を現した。

 ハンチングをかぶったヨーロッパ系の男たちが、猟銃を構えて接岸した。

 わたしはすぐに岩陰に飛び込めるよう準備し、肩にかけていた小銃を手に取った(この武器は島に着陸したときに官房職員から供用されたものだ)。

 ヨーロッパ人の1人が手を振り、ボートから湿った砂浜に飛び降りた。後ろの2人は、奇怪なものをずるずるとひきずって上陸した。

 ヨーロッパ人に引きずられているのは、血まみれの黄色人種である。

 まだ息があるらしく、波打ち際を引きずられながらアシカのように動いた。表皮から血が染み出し、砂浜に赤くしみこんでいった。


 ヨーロッパ人はドイツ語でわたしに声をかけたが、わたしは話せなかったので、英語で会話することになった。

 かれらは、水か、何か喉のかわきをいやすものがほしいと言った。

 ドイツ人が握手を求めてきたのでわたしは応じた。背嚢のなかに水筒があったので、男に与えた。

 かれらはありがとうといい、数口ずつ回し飲みした。

 わたしはそのアジア人は何かと質問した。

 ドイツ人は回答した。

 これはボクサーだ。

 ボクサーとは何だろうかと少し考えたあと、それは100年以上前の、義和団のことだと気がついた。

 

 わたしたちは大使館で働いている。最近の遊びとしては、ボクサーを射撃することが流行だ。毎日、大使館のバルコニーから叛徒たちを射撃し、どれだけのスコアを獲得できるかを競うというゲームを行っている。

 少ない弾数で、多くの死を、というスローガンが徹底されている。

 ボクサーたちは拳法で銃弾を弾き返せると信じており、こちらが銃口を向けても頓着しない。結果として、かれらは弱い動物である。

 老人よりも女性を、女性よりも子供を狙うことが高得点につながる。

 もっとも優れた組み合わせは、妊婦の腹を打ち抜き内部の子供ごと仕留めることである。

 

 ドイツ人の1人が、うずくまる黄色人種の腹を、ブーツのつま先で蹴り上げた。

 黄色人種が赤い泡をふいた。

 今日は、捕まえた土人を海に突き落として、ボートの上から撃っていたところである。これもその1人で、泳いで逃げようとしたので捕まえた。

 わたしは、よくわかりました、と回答した。ところで、かれらは何を言っているのだろうか。

 名前を聞かれたので、わたしは農王系総合教育庁長官のナーナーであると答えた。

 かれらはお会いできて光栄ですと言い、再びボートに乗り込んだ。

 穏やかな波の上をボートは進み、やがて水平線の裏側に消えた。

 

 かれらのいた座標には、黄色人種の黒い血だけが残っていた。義和団に包囲されている大使館職員かどうかの判定はわたしにはできない。ただ、かれらは日本製の小型船外機を使っているようだった。

 

 わたしは発生事象をノートに記録し、その日の調査を続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ