表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

6 パノプティコン

 

 その日から、わたしと職員は作業にとりかかった。

 教育は力である。

 

 わたしはスールー河のほとりで、かつて同じような作業に従事した経験がある。

 砦につくられた小さな国において、精神と思想の管理をおこなった。わたしは砦の司令官の下で、精神補佐官となった。

 それは大変な仕事だったが、砦の秩序を保持することができた。

 精神補佐官の役職を退いてからは、まともな職につけない日々が続いた。

 非公然の仕事であるため、当然、失業保険をもらうこともできなかった。

 月に数回、印刷工場に派遣されて働くだけだった。わたしは30分間、インクがノズルから噴き出す様子を観察し、その後30分間休んだ。この反復を朝から翌朝まで繰り返した。

 

 精神補佐官として砦に仕えた経験を、どこかで生かせないか、それが経歴管理上の大きな問題だった。

 

 わたしは携帯電話をかけようとしたが、電波が入らなかった。

 案内役の職員に質問した。

「ここは電波が届かないようだ」

「はい。携帯電話は使えません。地下に1台、固定電話があります」

「コンピュータはあるだろうか」

「数台、倉庫に積みあがっていますが、動きません」

「非常に残念だ」

 巨大な銀の闘技場は、いつ、何のためにつくられたのだろうか。

 

「この施設は、ジュンガル部政府が建設した監獄です。約30年前に、刑務所の不足を解消するためにつくられたもので、約10万人を収容することができます。当初は、監獄として使っていましたが、ジュンガル部政府の首相がすべての犯罪者を解放したため、廃墟になりました。農王は、この施設を買い取りました」

 職員は説明した。

 だから、わたしたちは円形闘技場の中心部に建てられた、奇妙な形の尖塔にいるのだということが理解できた。

 尖塔の高さは約30メートルで、らせん階段をつたって、頂上の監視小屋に登る。

 監視小屋はかなり広く、銃眼や砲台、武器庫や仮眠室、便所もついていた。

 

 蜂の巣のような独房、監房には、塵が積もっていた。

「ところでおまえの名前は何だ」

「わたしはアジムッラー・ハーンです」

「では今日からアジムッラー副官だ。いま、総合教育庁にはこの廃墟と、わたしと、副官とピエロ人形しかいない」

「そのとおりです」

「わたしたちがまずやることは、人を集めること、装備をそろえること、そして、チームをつくることだ」

「はい」

 アジムッラー副官に対し、特技は何かと質問した。

「ありません」

「いままで、何か働いた経験はないのか」

「泥棒をしたために、刑務所に入っていました」

「なるほど」

「わたしは農王系のなかの賤しい生まれです。わたしと同じ甕から水を呑んだ者は、同じ賤しい存在となります。わたしに触れた者はわたしと同じ賤しい存在となります。わたしと同じように、食用サボテン……サンペドロの料理を食べるものは、賤しい存在となります」

「わたしは、人の生まれにはこだわらない。まずおまえにやってほしいのは、装備をそろえることだ」

「はい」

「総合教育庁の中核となる、指揮所が必要だ」

「はい」

 

 人の生まれにはこだわらないが、わたし自身は「生まれ」の産物だった。

 わたしは生きながらにして神の軍団を担っていた。神の言葉を使い、神の国で訓練を受け、そうして専門家になった。

 

 わたしたちは無人の施設を探索した。

 副官アジムッラーは背中にピエロ人形を背負っている。

 ピエロはただの人形に過ぎないが、それでも重要なチームの一員だからだ。

 地上の円形監獄は18階建てで、円の内側、中庭部分は吹き抜けになっていた。

 わたしたちのいた中心部の尖塔から、すべての監房を視認することができた。

 パノプティコン型の巨大な監獄には、もう1つの隠された構造があった。

 地下に向かう階段を下りると、アリの巣のような、複雑な地下回廊があった。

 凶悪犯罪者や政治犯を収容するためにつくられたのだろうか、地下部の回廊は、一定の間隔ごとに鉄扉で仕切られており、また独房は3重の金庫扉で封印されていた。

 もっとも奥に、礼拝堂か、講堂を想定した設計の大広間があることを発見した。

 わたしは言った。

「ここがわたしたちの指揮所だ。わたしたちの任務はここで指揮するべきだ」

「わかりました」

 

 指揮所の手前にある、複数人用の房をわたしの執務室とした。その横にある小型の房を、副官アジムッラーの部屋にあてた。

 ピエロ人形は、電子部品をはぎとった状態で、指揮所の端にたてかけた。人形は、総合教育庁の象徴として、わたしたちの闘いを見守ることになるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ