6 パノプティコン
その日から、わたしと職員は作業にとりかかった。
教育は力である。
わたしはスールー河のほとりで、かつて同じような作業に従事した経験がある。
砦につくられた小さな国において、精神と思想の管理をおこなった。わたしは砦の司令官の下で、精神補佐官となった。
それは大変な仕事だったが、砦の秩序を保持することができた。
精神補佐官の役職を退いてからは、まともな職につけない日々が続いた。
非公然の仕事であるため、当然、失業保険をもらうこともできなかった。
月に数回、印刷工場に派遣されて働くだけだった。わたしは30分間、インクがノズルから噴き出す様子を観察し、その後30分間休んだ。この反復を朝から翌朝まで繰り返した。
精神補佐官として砦に仕えた経験を、どこかで生かせないか、それが経歴管理上の大きな問題だった。
わたしは携帯電話をかけようとしたが、電波が入らなかった。
案内役の職員に質問した。
「ここは電波が届かないようだ」
「はい。携帯電話は使えません。地下に1台、固定電話があります」
「コンピュータはあるだろうか」
「数台、倉庫に積みあがっていますが、動きません」
「非常に残念だ」
巨大な銀の闘技場は、いつ、何のためにつくられたのだろうか。
「この施設は、ジュンガル部政府が建設した監獄です。約30年前に、刑務所の不足を解消するためにつくられたもので、約10万人を収容することができます。当初は、監獄として使っていましたが、ジュンガル部政府の首相がすべての犯罪者を解放したため、廃墟になりました。農王は、この施設を買い取りました」
職員は説明した。
だから、わたしたちは円形闘技場の中心部に建てられた、奇妙な形の尖塔にいるのだということが理解できた。
尖塔の高さは約30メートルで、らせん階段をつたって、頂上の監視小屋に登る。
監視小屋はかなり広く、銃眼や砲台、武器庫や仮眠室、便所もついていた。
蜂の巣のような独房、監房には、塵が積もっていた。
「ところでおまえの名前は何だ」
「わたしはアジムッラー・ハーンです」
「では今日からアジムッラー副官だ。いま、総合教育庁にはこの廃墟と、わたしと、副官とピエロ人形しかいない」
「そのとおりです」
「わたしたちがまずやることは、人を集めること、装備をそろえること、そして、チームをつくることだ」
「はい」
アジムッラー副官に対し、特技は何かと質問した。
「ありません」
「いままで、何か働いた経験はないのか」
「泥棒をしたために、刑務所に入っていました」
「なるほど」
「わたしは農王系のなかの賤しい生まれです。わたしと同じ甕から水を呑んだ者は、同じ賤しい存在となります。わたしに触れた者はわたしと同じ賤しい存在となります。わたしと同じように、食用サボテン……サンペドロの料理を食べるものは、賤しい存在となります」
「わたしは、人の生まれにはこだわらない。まずおまえにやってほしいのは、装備をそろえることだ」
「はい」
「総合教育庁の中核となる、指揮所が必要だ」
「はい」
人の生まれにはこだわらないが、わたし自身は「生まれ」の産物だった。
わたしは生きながらにして神の軍団を担っていた。神の言葉を使い、神の国で訓練を受け、そうして専門家になった。
わたしたちは無人の施設を探索した。
副官アジムッラーは背中にピエロ人形を背負っている。
ピエロはただの人形に過ぎないが、それでも重要なチームの一員だからだ。
地上の円形監獄は18階建てで、円の内側、中庭部分は吹き抜けになっていた。
わたしたちのいた中心部の尖塔から、すべての監房を視認することができた。
パノプティコン型の巨大な監獄には、もう1つの隠された構造があった。
地下に向かう階段を下りると、アリの巣のような、複雑な地下回廊があった。
凶悪犯罪者や政治犯を収容するためにつくられたのだろうか、地下部の回廊は、一定の間隔ごとに鉄扉で仕切られており、また独房は3重の金庫扉で封印されていた。
もっとも奥に、礼拝堂か、講堂を想定した設計の大広間があることを発見した。
わたしは言った。
「ここがわたしたちの指揮所だ。わたしたちの任務はここで指揮するべきだ」
「わかりました」
指揮所の手前にある、複数人用の房をわたしの執務室とした。その横にある小型の房を、副官アジムッラーの部屋にあてた。
ピエロ人形は、電子部品をはぎとった状態で、指揮所の端にたてかけた。人形は、総合教育庁の象徴として、わたしたちの闘いを見守ることになるだろう。