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5 飛行機から庁舎へ

 

 小型飛行機で1時間ほど飛んだところに、山がちの島があった。

 総合教育庁の施設、つまりわたしの勤務場所は、その島の中腹に位置していた。

 緑の起伏のなかに、円形の庁舎があった。外壁は銀の装飾で輝いている。職員たちは庁舎を「闘技場」と呼んでいるということだった。

 

 わたしは飛行機の中で、資料に目を通していた。

 総合教育庁は、官房とは並列の関係にある。官房、つまり、侍従武官バハードゥルとわたしは、上官と部下の関係ではない。

 わたしも、バハードゥルも、王の直隷である。順序としては、官房の方が上にあるとはいえ、わたしが官房の配下でないことが、決定的に重要だった。

 かれらの指示に従う根拠はないということだ。

 

 総合教育庁は、元々、内務省のなかにあった部署が独立してつくられた組織である。

 官房は、農王系における崩壊の兆候を察知していた。

 各地の精神気象台は、農王系の国民のなかに、反乱の動きを観測した。

 それはあらゆる場所で自然発生し、日の当たらない、暗い領域で動き始めた。

 人びとのあいだの精神が汚染されれば、やがて農王を中心とした天体秩序を脅かすようになるだろう。

 王の勅命を受けて、官房の作業部会は新しい対策を練った。

 

 脅威に打ち勝つには、まず脅威を知らなければならない。

 では農王系に対する脅威とは何か?

 その問いに答えられるものがいなかった。

 王とその従者たち、そして農王系のすべての人びとが、来るべき黙示におびえていた。

 

 軍隊は見えない敵軍に向けて砲台を設置し、繰り返し呼集をかけた。

 警察は日々殺人や強盗が増えつつあるのを感じた。世の中の心理が乱れて、人びとが血をほしがっているのだろうか。しかしかれらには原因がつかめなかった。

 やがて路上に転がる屍体よりも、自分たちが撃ち殺し、監獄に縛り付けて殴り殺す屍体のほうが増えていることを発見した。

 

 すべてを赦し慈悲を与える農王は、従者たちの動きに何も言わなかった。なぜなら少年王に自律思考はなく、ロボトミー型平静の状態があるだけだからである。

 

 わたしは、地下深く暗い官房で行われたという作業部会の様子を想像していた。

 侍従武官バハードゥル以下、王の従者たちが集まり、あれこれと話している。。

 かれらには「敵」をつくる能力がなかった。

 敵は、わたしたちがはっきりと眼をこらさなければ、姿を現すことなく毒を散布し、土を汚染させる。

 

 農王系の防衛のためには、王の民の精神を教化し、また不安全要素を除去するようなしくみが必要である。

 こうして総合教育庁が設置された。

 

 できたばかりの組織であるため、秘書や副官は存在しなかった。

 代わりに、19世紀のサーカス小屋で使われていたピエロ人形が、庶務席に腰かけていた。

「これはしゃべるのか」

 ピエロ人形は、革張りで、全身が茶色く汚れているが、後頭部には小さな電子部品が取り付けられていた。

 ピエロの庶務が不意に音声再生を始める。

「こちらは長官室です。御用の方はしばらくお待ちください」

 わたしは、案内役の職員に質問した。

「このピエロはさらに業務の調整をやってくれるのだろうか」

「残念ながら、機能はこれで終わりです」

「この台詞を言って終わりということか」

「そのとおりです」

 このピエロと、案内役の職員だけが、わたしに与えられた力だった。難しい言い方をすれば、ワークフォースだ。

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