4 農王と農王系
老軍人はスクリーンにスライド資料を映写した。
「これから導入教育を行う」
玉座の間とはうってかわって、老軍人の態度は傲岸不遜になっていた。
階級の力だろうか。
わたしにはいま、階級がない。どのような過去があろうと、人は、人のいうことなど聞かないものだ。人は階級のいうことだけを聞く。
スクリーンは老人の声に合わせて切り替わった。
「教育項目については表記のとおり」
画面の隅から隅まで、耳なし芳一のようにびっしりと目次が記載されている。わたしの視力では、項目番号は200まである。
これから200項目におよぶスライド説明が行われるのか。
暗い気持ちになった。
「質問があります」
「どうぞ」
「この教育は、何分かかるんですか」
「それはこの資料をおまえが完全に理解するまでだ」
老軍人は挑発的な顔になった。
この老人は、おそらく侍従武官の手下だろう。
農王官房にとって、わたしの存在が邪魔なのだろうか。
「先に進んでください」
わたしのなかで第1の「敵」の姿が形成されつつあった。ヘドロのような混沌とした有機体が、徐々に、電子的な活性化を受けて、「敵」として構築されていった。
それから?
わたしは、いつも「敵」から自分が生まれると考えている。
農王について……。
農王は、その名が示すとおり、農務、農耕に係る業務を担任する貴族の王である。
かつて農民たちは、農王を神に指定し、王の威光と安定感のもと、農機具や耕作機械の生産にはげんだ。
すべては、農耕における下賤の民どもの繁栄のため……そのような原理が、神には付属していたという。
かれらは簡単な歴史を受け取った。
昔、農王のなかには独立した意思を持ち、国を荒廃させるものもいた。
見かねた農機具メーカーや生産者たちは、群衆となって農王の宮殿に押し寄せ、王を拉致した。
かれらは農王から、神としての指定を取り消すか、もしくは改めて神としての態様を確認するか、どちらかの選択肢を与えた。
ついに、暗愚の農王は降参し、頭蓋骨と後頭部の精密手術を受けた。
農王は民の上に立つ静かな神となり、繁栄と平和の中軸となった。
「質問?」
「先ほど謁見した農王はいまいくつでしょうか。農王の諸元は?」
「農王24世は9歳である。農王は4歳のときに神としての正規の指定を受け、自らの意思で脳外科手術を施した。こうして農王はいま、地上の人間としての思考と、意思を放棄している」
わたしは農王の精神について詳しい教育を受けた。
王に自律した人間精神は不要である。なぜなら王は、神と神経連接しており、存在することによって農王系に安定と秩序をもたらすからである。
神は「真空」のなかに隔離されていなければならない。神の白い光のもとで、穢れた人間たちの生存活動については、家臣たちが指揮することになるだろう。
わたしは、そろそろ時が来たのを知った。
「将軍、あなたの教育はもう終わりました」
「何を言っているのかな」
「早くわたしを、わたしの執務室に案内するんだ」
「おまえはまだ導入教育を終えていない。農王の家臣として仕えるための、前提条件だ」
「ここは「無意味の間」というそうだが、本当におまえの教育は無意味だ」
「その態度がいつまでも続くと思うなよ」
「わたしの名はナーナーだ。そして、これがわたしのやり方だ」
顔を震わせている老軍人を残し、わたしは退室した。
まずは総合教育庁の足場を固めなければならない。
「敵」をつくることから、創造的な仕事が始まる。
まともな人間であれば、雇われるや否や職員と敵対するわたしの姿勢を見て、頭がおかしいと感じるはずだ。
まさにわたしの頭がおかしいということが、固有の能力を生み出す源泉だった。
それから?
鍾乳洞を出たところで、2頭立ての馬車が待っていた。
御者の横に、背広を着た男がいた。わたしを拉致した2人とは別人だった。
「総合教育庁庁舎に案内します。どうぞ」
わたしは馬車に乗った。両脇には、エンフィールド銃を持った背広の警備員がついている。
固い地面を揺られながら、なだらかな丘を越えて小さな飛行場にたどりついた。
この島の天気はすばらしく、陽気のためにすぐ体が温まった。