11 塔の建設 カメラ・ゲヘナ
アジムッラー副官と通信技師に、庁舎の整備を指示した。お互いに言葉は通じなかったようだが、すぐに意思を伝えられるようになり、作業が進んだ。
すぐに清掃業者を呼んで、敷地内にたまっていた産業廃棄物や、塵、割れた窓ガラスの破片などを撤去させた。また、草を刈り、芝生を植えることで、見通しがよくなった。
背の高い草があれば、それだけで敵の隠れ場所を提供することになる。
わたしたちは、総合教育庁庁舎を「パノプティコン」と呼ぶようになった。
庁舎の窓ガラスはすべて張りなおし、周囲に二重の鉄条網を取り付けた。施設の四方に監視塔を建て、常に立哨を配置できるようにした。
通信技師は、以前から関わりのある映像系会社に、監視システムを発注した。
「スールー河の砦で使っていたものよりも、数倍、性能が良くなったものだ」
かれはそのように説明した。
施設の外柵沿い、また庁舎内の各所に、監視カメラを設置した。カメラは各機ごとに細かい操作が可能である。パノプティコン内に取り付けられたカメラは全部で50台あり、映像は、施設の地下指揮所に隣接する、庁舎監視警備センターに集約された。
監視警備センターから、各カメラのコントロールや、警備インターカムでの連絡調整、防護扉やセンサー装置等の捜査が可能となった。
これまでは、不審なドイツ人や、漂流舟を別にすれば、誰1人訪れることのなかった荒れた島に、にわかにタンカーや工事トラックが行きかうようになった。
山脈の横につくられた小さな入り江を港に転用したが、すぐに船や車両の交通を統制しきれなくなったため、部署と職員を増やした。
島の港湾施設や、道路の管理は、厳密にいえばわたしたちの仕事ではない。
しかし、農王官房は、島の管理にはほとんど介入しなかった。これは、逆に言えばよいチャンスでもあった。
わたしたちの望むように、島を改造することができるからである。
総合教育庁は、島を「教化のとりで」として再生しなければならない。
港湾管理所を設置し、そこに60人の職員を採用した。職員は、わたしのネットワークを利用して集めた。
スールー河の砦から、命令に忠実なラダック人たちを引き抜いた。
わたしの仕事上の調整先だった特務機関長の名前を出すことで、若者たちがすぐに島にやってきた。
かれらのうち、民兵部隊で指揮官をやっていた男を、管理所長に任命し、港の管理、整備、船舶の検査、出入港の管理を担当させた。
毎日、舟がコンテナをおろした。中にはパノプティコン建設のための資材や、食糧、備品が入っていた。
道路管理のために、わたしは通信技師に必要な準備をまかせた。
通信技師の専門は、ネットワーク構築やコムセック(通信保全)、暗号の管理と運用等である。また、かれは網の戦争に関する知識も持っている。
日系であるかれは、大陸のセキュリティ会社にもぐりこみ、人民解放軍の網戦課程で学んだ。その後、身分がばれて、入国禁止になったという。
通信技師は、工事業者を雇い、「物見の島」の道路整備を行った。
通りのいたるところに、監視カメラと、センサー装置がとりつけられた。島に運ばれてきたすべての車両は、定められた許可証を持っていなければならなかった。
許可証にはタグが埋め込んであり、不審な車両をすぐに見つけることができる。
総合教育庁の並びに、4階建てのバラックが建った。その背後では、新しい建物の建設が進んでいた。
わたしは通信技師に聞いた。
「ここには何ができるんだ?」
「島の警察署だ」
通信技師が連れてきた無骨な極東アジア人、ラダック人たちが、黒い制服を身に着け、拳銃を小銃を持ち、島のあちこちに姿を見せるようになった。
かれらは島の南側を主にパトロールした。黒い警察車両が常に道路を巡回し、紫と緑の光を回転させていた。