1 捕まった男
電車から降りようとしたところで、わたしは、後ろから両手をつかまれた。
振り返ると、2人組の男が、それぞれ、わたしの手首をしっかりとつかんでいた。男はどちらも灰色のスーツを着て、わたしより背が高かった。
2人組は背中にぐいぐいと体を押し付けて、わたしを車両からはじきだした。
かれらに完全に捕まった状態で、ホームを歩かされることになった。
この人たちは、警察だろうか、または私服の、よからぬ者どもではないだろうか、とわたしは考えた。しかし、手を放すように口にするひまもなく、ひじから肩の関節にかけて、完全に固定され、灰色の階段を下りた。
この日は電車に乗ったときからおかしな気圧を感じたものだ。
ニュースにはいつもさだめられた符号があり、それは天気予報の、惑星マークを確認することでも明らかなこと。
メーター、と感じたときはすでに遅かった。
「いま、必要とされている」
「ふさわしい人材が、求められる」
「超人的に非人間的になれ」
そのような、話し声とも、決心ともつかない声が、耳から離れなかった。
駅舎を出るころには、何ということだろう、わたしを捕縛する2人の男たちの容貌は20世紀的なものに変わり果てていた。
つまり、色褪せた国防色のコートに、山高帽子だった。
手首には、黒い皮手袋の感触がある。
その皮が、いったいいかなる哺乳類のものか……。
それからは、輸送的な処理がおこなわれた。
わたしの頭部には頭陀袋がかぶせられた。かれらは、全身をストレッチャーで固定した。
耳が鋭く回転を始める……。
車両に乗ってしばらく進み、屋内に入っていく感じがした。
それで?
次は、エレベーターだ。
わたしと2人組は間違いなく上昇していた。
扉が開くと同時に、冷たい風を皮フに受けた。
前方から、ヘリコプターの音がする。
ストレッチャーごと、吹き飛ばされそうだ。
視界を失ったまま、わたしはヘリコプターの貨物エリアに積載された。
わたしは、常に自分から動くものであるはずなのに……。
「これが、鳴らない鐘だったということか」
わたしは男たちに質問した。
「あなたの言っている、意味がわかりません」
男の言葉はなまっており、別の言語地域で生まれた人物と推測できる。
「質問をはぐらかすな」
後から考えればおかしな話である。ヘリコプターの音はやかましく、自分の声でさえ聴きとることができなかったからである。