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路地裏のお姫様  作者: 黒百合
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窮妖精鼠を噛む

「妖精だからって何よ!窮鼠猫を噛んでやるから!」


 この理不尽な状況に、何でこんな世界に私が、そう思うと何だかお腹の底の方から熱い物がふつふつと湧き出てくるのを感じる。今までこんなに怒ったことは無いというほどに自分が怒っているのを感じ、また自分がやられるだけでやり返さないと思っている相手に対して怒る。目の前にいるのは自分をこんなどん底の状況に追い込んだ原因だ。


『やってやる!私だってやられっぱなしなんかじゃない!私がただ待ってるだけと思ってるなら目に物見せてあげる!』そう心に言葉を浮かべ、手に泥の中に落ちていた木の棒を持ち構える。前にいるのはあの恐ろしい異形、今度こそ助けは来ないかもしれない、なら一矢報いてやる。半ば自棄になりながらも棒を持つ手に力を込める。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 力を声にのせ、思いを相手に叩きつける。木の棒を振り上げ泥をずぶずぶと踏みながら、前の存在にめがけて棒を振り回す。格闘技も武術も習ったことはないお粗末な振りだが、気迫のこもったそれに相手は怖気づいたのかじりっと後ろに下がった・・・下がった?


「キィ、キキ!」

「え?下がった?え、なんで?」


 追い込まれたネズミのような決死の覚悟で挑んだはずなのに、肝心の相手がこちらの気迫に怯んだかのように鳴き声を上げ後ろに下がったのを見て、呆気に取られて足を止める。暗がりの中漏れる光を頼りに相手の様子を見ると何だか様子がおかしい事に気づく。あの怪物は見られただけで悪寒が走るほどの邪悪さを感じられたのに、前にいる相手からはそういった感じがまったくしない。メモ濁った橙色の目ではなく、茶色っぽい普通の目だった。その姿をようく見るとだんだんと輪郭がはっきりとしてくる。


 その姿は顔まで毛で覆われているのはあの怪物と同じであったが、大きさは一回り小さく鼻をひくひくさせていた。・・・どうみても普通のネズミであった、相手のネズミはこちらを見ていたがすぐに向きを変え去っていってしまった。


「た、ただのネズミ?怪物じゃなかったのかぁ・・・」


 さっきまで死ぬ思いで声を張り上げ気持ちを高ぶらせていたのに、呆気なく終わってしまった戦いに、一気に体の力が抜けてしまったようであった。棒を支えに体を立たせ、壁にもたれかかりため息を吐く。


「どちらにしても助かったのは確かっぽいかな」


 とにかく助かったのは確実なようで、ほっと一息ついた。


「でもまたあの怪物が出てくる可能性もあるし、とにかくここを離れないとか・・・」


 そう呟いて、今度こそ本物の怪物が出てきませんようにと祈りながら再びドブの道を進んで行き、少し先に蓋が欠けて出られそうになっているところを発見した。そのままでは上がれそうになかったため、近くに落ちていたゴミを泥の上に起き、その上に乗ってから持ってきた木の棒を泥に差し込みゴミと挟んで固定する。ゴミをもう1つ足場にして木の棒の上に足を乗せると、側溝から顔を覗かせる。


 周囲の道は自分が隠れていた道と同じような場所で、そこにもガラクタやゴミがそこら中に散乱していた。

 あの3人組の姿は見えず、足音も全くしないのを確認してから、飛び上がるように溝のふちに肘をいれ体を持ち上げていく。元の道に戻るだけでも結構な重労働だったが、何とか上がることができた。上がって少しだけ息を整えるとすぐに辺りを確認し、隠れやすそうなガラクタ山を見つけるとその隙間にさっと隠れるように身を隠した。


 再び周囲がガラクタに囲まれ、簡単には見つからない場所に隠れたことで安心したのか疲労感がどっと襲ってきた。1日の間にネズミのような怪物と自分を捕まえにきた人間からの逃走という、1日前には信じられないような生活を送っている自分を自嘲するかのように鼻で笑う。上を見上げれば視界の中に狭い空が目に入る、その空はすっかり日が落ちかけ濃い赤色をしていた。


 夢と思いたい、だがこの一日の間にあった死ぬかと思うかのような体験を思い出すと


「夢じゃないんだろうなー・・・夢であってほしかったな・・・」


 そうであって欲しかったと願うかのように言葉に出すが、それに誰も答えてくれるはずもなく沈黙だけが返ってきた。そうして膝を抱えて体を丸めてじっと固まる。

 日の光がどんどん小さくなると周囲に明かりと呼べるものはほとんどなくなり、自分の手の先さえ見えないほどの真っ暗闇が辺りを覆い尽くす。辺りには路地裏に吹き込む風と滴るような水音だけが耳に入るのみである。自分がなぜ妖精の姿でこの世界に現れたのか、なぜこんな状況になってしまったのか、それに答えてくれるのものは誰もいなかった。


 心細さと不安感に苛まれそうになり、体をさらに丸めるとぼろぼろの木の箱の中で横になると、全てを忘れたいかのように目を瞑る。体は疲労し疲れきっているはずなのだが、なかなか寝つくこともできず動かないまま悶々と襲い掛かってくる嫌な考えを振り払いながら眠る努力を続けた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~


 いつ眠りについたのかも覚えていないが、頭がゆっくりと覚醒するのを感じて目を開ける。ガラクタの山の中から周辺は見えないが明るさから、日が昇ってだいぶ経つのではないかと思った。何しろただでさえ薄暗い路地の中のさらにガラクタの山の中に隠れているのだ、太陽の光がまともに差してくるのは天高く昇ってくるのを待つ必要がある。時間の感覚なんてものは当てにならない、光が薄く周囲の気温が低ければ朝、頭の真上に太陽が昇ってくれば昼、空が赤くなれば夕方、そんな適当なものだ。


 玉璃は薄く目を開けてぼんやりとそんな空を見上げるが、また目を瞑り元の状態に戻る。二度寝がしたい訳ではなく、起きてもどこにも行き場がなくまたやりたいことがあるわけでもないからだ。

 人間のいる場所に運よく戻ることができたとしてどうするのか、あの少女にまた会えれば助けてもらえるのか?でも他の人間に出会ってしまったらどうなるかわからないじゃないか。


 襲ってきた3人組は他のやつらに先を越されなくて済んだと言っていた、だとするなら私を捕まえようとしているのは少なくともあいつら以外にも存在しているということだ。そんな運否天賦に身を任せるわけにもいかないし、かといって今他にやれること、頼れる人がいるわけでもない。故に何をするでもなく、ただじっとしているのみである。

 ここなら少なくとも怪物にも人間にも簡単に見つからず、音が鳴ればすぐに対応できるのだ。


 頭は起きているが目を瞑りじっと動かずに時間が過ぎるのを待つ、日が天高く昇り、また落ちて行くのを眺める。怠惰ともいえる無気力の中にあって、唯一生きることを諦めていないものがあった。


『グ~~、キュ~~』


 生き物の気配もほとんどしないその空間にあって、玉璃のお腹の音は『腹がへったぞ!』と強く自己主張していた。


「そういえば1日何も食べてないのか・・・」


 お腹に食べ物を入れたのは昨日少女から分けてもらったお肉くらいで、それから丸一日以上何も食べていなかった。

 のそりと頭を持ち上げて座ると辺りを見回すが、そこはガラクタやゴミの山の中である、食えそうな食べ物などあるわけがなかった。あったとしてもいつそこに捨てられたかもわからない残飯や食べかすくらいだろうか?さすがにゴミの山から残飯を探す気にはなれそうにもなかった。


「何か食べれるもの落ちてないかな」


 ガラクタ山から顔をだし周囲の警戒をするが、辺りには依然として生き物の気配も人間の足音もしなかった。危険がないことを確認した玉璃はガラクタ山から這い出し、さっそく食料の探索にかかった。とりあえず近くにある別のゴミ山や道端に生えてる雑草を調べるが、ゴミ山からは異臭がするし、雑草が食べれそうかかじってみるが、齧った瞬間目から涙が出そうなほどの苦味と青臭さ・渋みが口いっぱいに広がった。


「うぇっ!ぺっぺっ!うぅぅぅぅぅぅ、まずい・・・」


 玉璃を一発でノックダウンさせた雑草から背を向け、吐き気を抑えながらしゃがみこむ。目に入る範囲で唯一の食べれそうな有機物だっただけに、結構ショックを受けてしまった。行動不能の状態からしばらくしてやっと復帰した玉璃は、何とか食べれるものを確保しようと探索を再開する。しかし妖精の体では動ける行動範囲は限られており、その行動範囲の中にあるものといったらゴミかガラクタか雑草くらいなものである。

 日が暮れるまで辺りを探し回った玉璃だったが、結局まともに食べれそうなものは見つからなかった。


 食べるものがないとわかると、お腹は駄々をこね始めるかのように音を鳴らし始める。そんなお腹をなだめるようにさすりながらガラクタに腰を下ろす。

 裕福な家庭に育ち、不自由ない生活を送ってきた玉璃にとって1日以上食事を取らないなど初めての経験であった。空腹感は玉璃から元気を奪い、体力も奪っていくようだった。

 この世界に来る前、家族と一緒にとった食事の事を思い出しながら空腹を紛らわす。唾を飲み込むが、喉にひっつくようにしてうまく飲み込めない。


「そういえば喉も渇いたな・・・」


 玉璃も脱水症状の事くらいは常識の範囲として知っており、水を飲まないと危ないことも知っていた。かといって側溝の泥水や水溜りの水を飲みたいとは思えなかった。

 水は確保しないといけないと思い、再度ガラクタの中を探索する。すると割れた陶器の器の中に雨水か何かが溜まったと思われる水溜りがあった。しかし器の中に溜まっているとはいえ、水の上には埃やごみが浮いており、普段であれば決して飲みたいとは思わなかっただろうことはたしかだ。しかし喉の渇きを自覚した今となっては、そんな汚い水でも飲みたくなるような衝動が体を動かした。

 顔を水の中に突っ込むと、飲み干してしまいそうな勢いで水を飲み込んだ。結構長い間水の中に顔をつっこみ、息が苦しくなってくるくらい飲んでからやっと顔を水面から持ち上げた。


「ぷはぁ!生き返る~~!」


 水をしこたま飲んだことで喉の渇きはすっかりなくなり、お腹はちゃぽんちゃぽん鳴っているが、空腹感をだいぶ紛らわすことができたようだった。人心地ついたところでまたガラクタの上に横になり、早めに休むことにした。水は手に入ったが、それでも食料が無いことには変わりがなかったため、体力を温存することにしたのだ。


 翌日、今度は早朝に目が覚める。お腹はもう水ではごまかされないぞとばかりに空腹を主張していた。水をがぶがぶと飲むが、さすがに昨日ほどは空腹を紛らわすことができなかった。


「食べ物を探しに行こう」


 食料もないことに危機感を強く感じ、このままここに引きこもっていたのではそのうち干上がってしまうと隠れ家を離れ、探索に出発することを決心した。




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