塞がれた逃げ道
本編の始まりなので雰囲気は暗めかもしれません
浅い眠りの中で夢を見た。
出てくるのは笑顔で笑っている両親、横で小さく手を振る兄、大きい手でガシガシと力強く撫でてくれる祖父。場面が切り替わると、そこでは暖かい光の中を飛び、笑顔の可愛い少女と一緒にお肉を食べる自分。どれもが心が温かくなる光景で、それを見ている自分もその場所に行きたいと手を伸ばす。しかしどれだけ手を伸ばしても、伸ばした分以上に離れていく。待って!と声を出そうとしても自分の耳には何の音も入ってこない。
どんどん遠ざかっていく景色を追いかけて走るが、景色はあっというまに遠ざかっていき・・・・・そして目が覚める。
瞼を開けるとそこは何か人工物に囲まれた暗く狭い空間の中だった。
目に涙を流し、体を起こすと辺りを見回す。記憶がはっきりとしてくるうちに、そこが自分が隠れたガラクタの山の中だった事を思い出す。
薄暗く日の当たらない路地に、湿気た空気に混じって漂ってくる異臭。直視したくない現実に戻れるなら夢の世界に戻りたいと願ってしまう。しかし頬をつねっても大声で叫んでみても悪夢から目覚める事はなかった。
玉璃は今いる場所が現実だとわかってしまった。そこから目覚める事はないのだと、夢ではないのだと。
手を膝にまわし、体を丸めてじっとする。これからどうしたらいいのか、一体自分はどこにいるのか、ぐるぐると答えの出ない迷路をさまよっていた。
「・・・?」
じっと膝を抱えて丸まっていると、何やら路地の道の先から足音が聞こえてくることに気がついた。その足音はだんだんと自分がいる方向に近づいてくるようで、さらに複数足音がある事に気がつく。
足音は玉璃がいる少し先の通路で止まったようで話し声も聞こえる。玉璃はここに来るまでの出来事を思いだし、もしかしたら急に姿を消した事を気にした人が探しに来てくれたのかもしれないと思った。
玉璃はガラクタの山から顔を出しそっと覗き込むと、そこには3人の男性と思しき姿を見つけることができた。
耳をすましてみると3人の男性は「・・・・・は見つか・・か?」、「・・・・っちに・・・・たとおも・・だが」、「・・・・・ねになる・・・・・たっていうのによ」とよく聞こえないが、何やら話し合ってきょろきょろと何かを探しているようだった。
微かに聞こえてくる内容にもしかしたら自分を探しに来てくれたのではないかと、玉璃は顔を綻ばせる。
「あの!私はここです!ここにいます!」
叫んでみたが少し距離があるからか聞こえなかったようだった。ならば!とガラクタ山から這い出し、3人組みに小走りに駆け寄り飛び跳ねながら大きく手を振る。すると3人組の一人がこちらに気づいたようで、他の二人にも声をかけこちらに近づいてきた。
やった!助かる!と思いうれしさから鼓動が早くなるのを感じた。
3人組はそれぞれ火のついたランプや籠のようなもの、その辺の棒に適当に網をくっつけたような物などを持っていた。
人相も主観が入ってしまうが3人とも笑顔なのだが、悪いことを考えていたり、凶悪そうな人達だった。だめだめ!人は見た目で判断しちゃいけないってお母さんが言ってたし、お爺ちゃんも厳つい外見してるけどすっごく優しいし。
でも、「籠に、網?大人なのに虫取りにでも来たのかな。でもこんな路地裏に来るって事は無視じゃなくて猫探しかな?」
まぁ探しにきたのが自分でないとしても、そのついででもいいから人のいる場所へ連れて行ってもらおうと玉璃は3人が近づいてくるのを待つことにした。3人組は近づいてくると私を見て
「これが妖精か、始めて見たな」
「やっと見つかったか、他のやつに先を越されたかと思ってひやひやしたぜ」
「おい!さっさと捕まえて売っぱらおうぜ。御伽噺にしか出てこない妖精なんてさぞかしいい値段がつくだろうぜ」
「え?」
一瞬何を言ってるのかわからなかった、わかりたくなかった。
「こっちを見て無警戒に近寄ってくるぐらいだから人間なんて見たこと無いんだろうな、これならこんなに道具持ってこなくてもよかったかもな」
「だから言っただろう?俺が見つけたときすぐ追いかければこんなに時間かからなかったんだよ」
「どうでもいいからさっさとしようぜ!こいつを売り払えば俺たちゃ大金持ちだぜ!」
信じたくなかった、理解したくなかった、この3人組は私を『探しに』きたのではなく『捕まえに』来たのだ。
「おら!さっさと俺たちのものになりやがれ!」
焦れた3人組の一人がずかずかと近寄ってくると網を抱え、振りかぶると私を捕まえようと振り下ろしてきた。一瞬早く我に返った私は素早く横に飛びそれをかわすと、一目散にガラクタ山に走り出した。
「おい!何先走ってんだ!油断させてから捕まえる手筈だろうが!」
「けっ、まどろっこしいんだよ!こんなとろい虫さっさと捕まえちまえばいいだろうが!」
「ちっ!仕方ねぇ、3方から囲んで捕まえるぞ」
嘘だ嘘だ嘘だ!なぜ見も知らない人に襲われなければならないのか!なぜ私ばかりこんな理不尽な目に遭わなければならないのか!
混乱と絶望にまたしてもみまわれた事に心の中は怒りと哀しみで満ちていた。自然と涙が出てくる、声にならない声をあげる、心の中でふざけるな!と叫ぶ。
そんな私の気持ちなど知るかとばかりに3人組が追いかけてきた。体の大きさの違いから距離はあっというまに詰められるが、私を潰さないようになのか歩幅を小さくしてやりにくそうにしていた。
体を屈めて何度も網が振り下ろされるが、運動がそこまで得意でもない私が才能を開花させたのか、自分でも信じられないほど機敏に避けることができた。
足元をちょろちょろ動きなかなか捕まえられないことにイラついたのか、3人組の動きは私の素早さと反比例してさらに大雑把になっていった。
私は何とかガラクタ山の中に辿り着き、その隙間に体を滑り込ませる。ガラクタの山をかけわき、奥へと進み隠れる。さっきの会話からして、どうやら3人組の目的は私を捕まえる事で私を傷つける事ではないはずと、ガラクタの山を使って撒こうと考えた。・・・・・だが失敗した。
彼らはそんな事まで頭が回らなかったのか、はたまた死んでてもかまわなかったのか、気がつくと私はガラクタやゴミと一緒に宙を舞っていた。
「あぐっ!」
ガラクタやゴミと一緒に蹴飛ばされた体は壁に激突し、一緒に飛んできたものに埋もれるように落ちていった。
「おい!殺す気か!?生きて捕らえないと高く売っぱらえないだろうが!」
「うるせぇ!生きてようが死んでようがこいつなら物好きが高く買ってくれるだろうぜ!」
体中の骨が折れたかのように鈍い痛みが全身に走り、呼吸すらままならない。周りに怒声のような声が響き反響して聞こえてくるが、激しい耳鳴りの音にそれすらかき消される。体に力を込めようと思っても、どこかに抜けてしまったかのように震えるだけで応えてくれない。
「とにかく探すぞ、運が良ければ死んでねぇかもしれねぇからな。捕まえる時もちゃんと加減しろよ、死んでるより生きてる方が高値がつくんだからな」
少し耳鳴りが収まってきた。とにかく逃げる事を考えるが自分の足と今の状況ではとてもじゃないけど逃げられそうにない。諦めておとなしく捕まってしまおうか、心の中で弱気な自分がそう考えていた。目を閉じ近づいてくる音を聞く、彼らがガラクタの山を掻き分けて私を探してる音が聞こえてくる。
地面に体を横たえながら薄く目を開く、埃が空中に舞い視界が悪いがさっきより少しましになっていっているようだ。
ぼーっと視線の先を見つめていると、そこには側溝があるのが目に入ってきた。それを見つけた瞬間一気に力が戻ってきたようだった。体は依然として思うように動かないが指先で地面を掴み、肘、肩と腕を曲げ、這いずるように少しずつ側溝の方へと向かう。
3人組はまだ私の位置を把握していないようで見つからずに側溝の中へと落ちる事ができた。溝の中は長年清掃していないからか泥とゴミで底は埋まっており、私はその中に倒れこむように落ちていった。全身泥まみれになってしまったが、代わりに泥が緩衝材の役目をしてくれたようで衝撃は比較的軽いものだった。
泥に倒れこんだままだと窒息してしまうので何とか壁に手をつきながら体を起こし立ち上がると、ふらつく体を何とか支えながら側溝の壁にもたれかかる。襲撃犯達の視界から逃れられた事から少し安堵するが、外ではまたいらついてきたのか、がらくたを掻き分ける音から蹴飛ばし壁や地面に転がしていく音に変化し、大きく響いてきた。
まだ逃げ切れたわけではないと思い直し、痛む体を引きずりながら脛くらいまである泥を掻き分けながら側溝を進んでいく。だんだんとガラクタの山を探している音が後ろで小さくなっていくのを聞きながら、泥の道を必死に逃走する。
どれくらい歩いてきたのか、後ろから音もすっかり聞こえなくなり、隠れていたガラクタ山の場所からだいぶ離れたのではないかと思えた。『逃げ切れた』安全な場所にまで逃げてこれた事で安堵感を全身に感じ、同時に痛みと疲労という現実感が戻ってきた。壁にもたれかかり息を整え座り込みたくなる気持ちを抑える。
「助かった」
ため息にまじり言葉が漏れ出てくる、同時に安堵感を感じると共に今の状況に対する不安感も湧き出てくる。自分はどこへ行けばいいのか?昼間までは一緒にご飯を食べたり、子供をあやしたり、普通に接していたはずの人間という存在、元は自分と同じ種族だった者からいきなり襲われ捕まりそうになった。もしこのまま人間のいる場所まで行けば同じように捕まるのではないか?そしたら自分はどうなるんだろうか、見世物になるのか、はたまたどこかの好事家に飼われて一生をペットとして生きるのか、少し考えただけでもぞっとしない人生だった。
ではこのまま逃げ続ければいいのか?それは一体いつまで?どこに逃げればいいのか?思考の渦の中では色々な事が浮かんでは消えていくが、どう考えても自分が八方塞がりの状況にしか見えてこない。
結局出した結論としては、とりあえず安全と思えるところまで逃げようという事になった。問題の先送りにしかなっていないが、今の極限状態では考えがまとまらないという判断に至ったのだ。
人の手が入らないという点で今いる側溝は、横が壁になっており、上は隙間は開いてるが石蓋で塞がれて安全と言えなくも無いのだが、足元は汚泥、外にいる時より強烈になった異臭と衛生環境は最悪だったためずっとここに居たいとも思えなかった。少なくともしばらく考えをまとめるだけの時間いれただけで十分と考えた。
当初の目標が定まり、歩き始めた時に玉璃は思い出したのである。そもそも自分が今の状況に陥ったのは何が原因だったのか?
歩き始めた道の先に光る目を見つけた時に突きつけられる現実に打ちひしがれる。人間の世界へは逃げられない、だけどドブ道に逃げたところで安全な場所は無いのだと思い知らされる。
「・・・・・逃げ場なんてないってこと?・・・ふざけないで・・・じゃあ逃げるのをやめてやろうじゃないの。妖精だからって何よ!窮鼠猫を噛んでやるから!」
泥の上に落ちた木の棒を手に持ち光の目に向かい怒声をあげる。玉璃は過酷なストレスによって人生初めて堪忍袋の緒が頭の中で切れる音を聞いた。