猫を追いかけて
いよいよ導入編が終わり、本編が始まります。
「は~~~、お肉おいしかった~。このサイズだと人でも巨人みたいに感じちゃうけど、あの子相手みたいに普通に接したらいいよね!別に悪いことしてるわけじゃないし」
お腹に手を当て満足そうにさすりながら、独り言をつぶやく。
「でも夢の中でお腹一杯になっちゃったけど、朝起きたらご飯食べれるかなぁ?重いものたべちゃったし」
夢の中ならそもそも起きたら食べたことも忘れてるし、実際お腹に入ったわけではないはずだがという事にも気づかず、ふらふらとお腹を押さえながら重そうな感じで飛んでいた。ふとそこへ赤ちゃんの泣き声らしき声が聞こえてくる。
視線の先を見ると、そこには母親らしき女性に抱かれた赤ん坊が泣き喚いてるのを母親が必死になだめているのが目に入った。
お母さんって大変なんだなーと他人事な感想を考えながら、母親が何とかあやそうと四苦八苦してるのを顔に手を添えて考えながら見る。
「さっき私もあの子にお肉もらったし、私も何かしてあげたいな。恩を受けたら、その恩を別の人にもわけてやりなさい?汝、隣人を幸せにしなさいだっけ?・・・まぁなんでもいっか」
名言や何かの宗教で言ってたような言葉をあやふやにつぶやきながら、自分にできることならと母親と赤ちゃんのところまで飛んでいく。
「はいはい坊や~どうしたの~、お願いだから泣き止んで~。うーんお腹が空いたのかしら、それともおしめかしら?って・・・え?」
赤ん坊を抱いた母親はいきなり目の前に若草色の変わった服を着て、背中から羽を生やした小さな少女が飛んできた事に驚き腰を抜かしそうになるが、腕の中にいる子供の事を思い出し何とか踏みとどまった。
子どもの頃に母親から聞かされた御伽噺に出てきた妖精のような少女は、腕の中にいる自分の息子の顔の前で止まると、とたんに息子の泣き声が止んだ。
赤ん坊は妖精の少女が顔の前までくると、その姿に目を奪われたようにじっと見つめていた。
妖精の少女はその様子ににこやかに笑顔を作ると、息子の前で宙返りしたり、変わった踊りを踊ったりあやすような仕草をし始めた。
母親の手に抱かれた赤ん坊はその様子をじっと見つめていたが、妖精の少女の変わった動きに次第に笑顔になり笑い出した。
「あ~う~、あっぷう!」赤ちゃんがきゃっきゃっと笑顔に腕を叩く様子を見て、妖精の少女は笑顔で手を振りながら飛び去っていった。それを見つめていた母親と、赤ん坊の泣き声に母親の様子を見ていた周囲の人達も、一様に妖精の少女が飛び去った方向を呆然といった様子で見つめていた。
その後、街の中で『妖精を見た』という噂が口伝に、『妖精』という言葉とともに街中に噂が広がる。大体の人達はただの見間違えだとか、子供だましの風聞だとしか受け取らなかったが、子供たちの間では妖精を一目見ようと妖精探しが流行るのであった。
一方そんな事は無関係だとばかりに、満足げな表情を浮かべながら機嫌よさそうに飛ぶ玉璃であった。
「う~ん、良いことしたかも。赤ちゃんも笑顔だったし。お母さんも私が赤ちゃんの頃同じような苦労してたのかな?今度聞いてみようか」
そんな独り言をつぶやいて飛んでいると、前方にすごく見覚えのある尻尾と耳を持った生き物が目に入った。
「あれは、猫?夢の街だけど普通に現実にいる生き物もいるのか~」
玉璃が見つけたのは家の近くや通学路でもよく見かける、猫という生き物であった。
前方を歩く猫は白と茶色など斑模様の毛皮の入った三毛猫に近い猫だが、長毛種の血も少しだけ入ってるのか、体や尻尾の毛がふんわりしてさわり心地の良さそうな毛を持っていた。その猫は首輪もつけておらず野良猫だと思われるが、その歩き方にはどこか気品があり、良いとこで飼われている猫のようにも見えた。
「雑種なのかな?首輪もつけてないし野良っぽいけど」
玉璃はとりあえずその猫のあとを追ってみることにした、普段ならあっというまに離されてしまう猫だが、妖精の体となった今ならそれに離されずに付いていくことができた。
猫は大通りを歩いていたが不意に道の角を曲がり、脇道へと入って行った。猫は大通り横の道をさらに進んでいき、当たり前のように細道や幾本もの路地を通り、日の光も地面まで届かないような裏路地を軽やかな足取りで進んでいく。
「猫ちゃんどこまで行くんだろ?・・・・・これはもしかして噂に聞く猫の集会場とやらに出会えるチャンスなのでは!?」
動物は好きだけど、家は母親がアレルギーのため動物が飼えないため、野良猫や野鳥以外は本や動画などでしか見られず滅多に触れないのだ。野良猫などは触ろうとしても逃げてしまうし、動物に触れるのは近所の家が飼ってる犬を散歩の時に触らせてもらうときくらいだ。
「しかしここは私の夢の中、ならもしかしたら動物を存分にもふれる事ができるのでは!・・・体型に関してはきっとそこまで気にしてなかったんだろう、うん・・・」
動物に触れる、おまけに今は妖精の体だ、これは夢にまでみたモフモフの毛皮へのダイブができるのではと、昔見た映画のワンシーンに思いを馳せる。
そんな妄想に浸っている間に、ハッと気が付けば猫の姿を見失っている事に気が付いた。
「あ!しまった!見失っちゃった!どこに行っちゃったんだろう?」
そうして周囲を見回すが猫の姿を見つけることはできそうになかった。
「見当たらないなぁ。というか暗いし狭いし汚いし、どこかに隠れちゃったのかな」
猫を追って入ってきた路地は薄暗く、周囲の建物が密集しているため道は人一人通るのがやっとというところで、建物は外装がくずれたりしてとてもボロかった。
ところどころにガラクタが落ちていたり、側溝があったりしてとても汚いが、隠れる場所は結構ありそうに感じた。
「まさしく裏路地って感じだなー、とにかく離されないように追ってきたから今どこにいるのかもわからないし、妖精の体で空が飛べなかったらこれ元の道に戻れるかわかんないかも」
そういってガラクタや崩れた建材の後ろ、人も通れないような隙間などを覗いて回る。しかしどこにもさっきの猫の姿はなく、生き物の気配すら感じられなかった。
「もうどっか行っちゃったのかな?せっかく猫の集会場が見られると思ったのに残念。仕方ない戻ろう、ここ汚いし、なんだか変な匂いがして臭いし長居したくないし」
そういって猫の捜索を諦めて戻ろうと考え始めた玉璃を、背後から睨みつける光った目がそこにはあった。