妖精はお肉が好き
馬車から飛び出した玉璃は周囲の建物の屋根くらいの高さまで上がり、街の風景や行き交う人々の様子を眺めながら観光気分で空を飛び回っていた。
「へ~、日本とは全然違うなー。何だか夢の中なのに観光旅行してる気分」と夢であるとまったく疑わず、むしろ夢の中でお金も使わず旅行してる気分を味わえてお得かもとか考えてた。
家はそれなり以上にかなり裕福な家なので、海外旅行でもしようと思えばいくらでもできるのだが、考え方はなんだか庶民的なのであった。
ふと空を飛んでいるとなんだかいい匂いが漂ってくるのに気がついた。
その匂いに釣られるようにふらふらとその匂いの元へと飛んでいくと、そこには何かの肉を串に刺して焼いている屋台があった。
今日は何も食べていない事に気がついた玉璃は、急激に空腹感が襲ってくるのを感じ、お腹もそれに答えるように可愛らしい音で応えた。お腹ぺこぺこな妖精は、自分のお腹が空腹感を訴える音に恥ずかしさを感じ顔を赤くさせる。
「夢の中なのにお腹が空くって事は朝が近いのかな?」と夢の中で空腹を感じる理由を解釈した。
そっと屋台の脇まで飛んでいくと、屋台の机につかまりそっと顔を出す。
そこでは屋台の店主と買い物客が会話をかわし、商品をやりとりしていた。
何かのタレにつけた肉を鉄の棒の上に置き、炭火でじっくり焼いた肉は肉汁を滴らせ、そのタレの匂いとの合わせ技でとても香ばしい香りを漂わせる。香ばしい香りは空腹のお腹に的確なパンチを浴びせ、それに対して玉璃のお腹は、空腹感にガードを固めながら音を鳴らして耐えていた。
焼かれた肉に目を釘付けにしたまま、玉璃は涎たらしながらお腹を盛大に鳴らす。
そんな玉璃を見つめる視線を感じて目を肉からずらすと、そこには肉を持ったまま玉璃を見つめる10歳くらいの女の子の顔があった。少女とはいっても玉璃からすれば十分巨人であり、玉璃は自然と見上げるかたちになるのである。玉璃はその状況に逃げるべきかどうすべきか混乱し、固まったままだった。
「・・・妖精さん?」
少女は母親によく読んでもらう絵本に出てくる挿絵からその存在を知っており、すぐに自分の持ってる肉を見つめる存在が妖精であると気がついた。
「ニーナ、どうしたの?」
少女の母親は娘が肉も食べずにじっと持ってるのを見て、どうしたかしたのかと娘のを見る。すると娘のニーナがぐりんと顔を母親に向きかえる。
「お母さん!妖精さんにお肉あげてもいい!?」
母親は唐突に娘の口から、『妖精』なんていう娘によく話してやる絵本の中の存在が飛び出してきてかなり驚いた。
「え、ええ、いいわよ。妖精さんとわけて食べなさい」
このくらいの年齢の時分には空想と現実を区別できないとよく聞くし、もしかしたら熱があるのかもしれないと、この後診てもらうべきか悩みながら娘に答える。
母親から了承をもらったニーナは自分の持ってる肉と玉璃を見比べる。
「おじちゃん!このお肉もっと細かくして!」
「お?嬢ちゃんにはちょっと大きすぎたかな?どれ貸してみな」
そういってニーナの肉串を受け取った店主はその肉を小さく切り分け、端材の木の板を皿に見立てそれに盛って少女へ渡してやる。
「ほれ、皿はサービスだ、それ持って食べな」
「おじちゃん!ありがとう!」
「いいってことよ、熱いから気ぃつけろ」
店主は少女が切り分けた肉を口で吹いて冷ます様子を微笑ましげに眺める。
「はい!妖精さんどうぞ!」
「ん?(妖精さん?)」
そういって少女が木の板の皿を屋台のテーブル端まで持っていくのを見る。
するとそこにはテーブルの端に手をかけ、肉と少女を交互に見やる小さな人形みたいな存在がいた。
目の前にいるニーナという少女よりはるかに小さな少女は、肉の香りの誘惑に負けたかのようにテーブルの上に飛ぶように登り、もう一度肉と少女を交互に見ると大きく口を開けて肉にかぶりついた。
ニーナは美味しそうに食べる妖精をニコニコして満足そうに見ながら、自分も皿にのった肉を刺して食べ始める。
母親と店主はその光景に絶句して固まったように動きを止め、妖精の少女とニーナは肉を口に入れながら、終始にこやかに視線を交わしていた。
「ごちそうさま。おいしかった?妖精さん。はい、これで拭いて」
肉を食べ終えるとニーナはハンカチを妖精に渡し、妖精の少女は気まずそうに顔をふせながら自分の手を見、それからあきらめたようにハンカチで手と口を拭いた。
妖精は少女の顔を見て深くお辞儀をしてから「お肉ありがとう!すごくおいしかった!」と花が咲くような笑顔でお礼を言った。
ニーナも「うん!私も妖精さんと一緒に食べれてうれしかった!」と笑顔で返した。
玉璃はニーナの顔のあたりまで飛んでいくと、ほほを撫でてからもう一度「お肉ありがとう」と言い、空へと飛び上がって行った。
ニーナは「お母さん!妖精さんってほんとにいたんだね!お肉一緒に食べれちゃった!」と母親の服の裾をつかみながらはしゃいでいた。しかし母親も屋台の店主も玉璃が飛んでいった方向を口を開けたまま呆然と見上げるだけで反応が帰ってこないことに気がつき、ニーナは頬をふくらませて不満をあらわにした。
その後もしばらく沈黙が続き、屋台の近くには香ばしい香りではなく、肉が焦げたような匂いが漂っていた。