王子の出現
4
私は桜智花。(さくらともか)
今は昼休みでなんとなく練習に行こうと音楽室に向かう途中どこからか聞こえてくる音に足を止めてしまった。
そのあまりにも綺麗な音色に一瞬時が止まったとさえ思ったがその音が止んだことによりすぐにそんな気持ちは消えてしまった。
今の音の正体が誰なのかはもう分かっている。
私も同じくパートの那智雄馬通称ゆーくん。
ゆーくんは今年の4月からテナーサックスを始めたのにもうあんな綺麗な音色を奏でている。
ゆーくんは否定してるけど彼の音楽の才能は突出しすぎている。
それを初めて思ったのは小学5年生の時。
その時期は確か新入部員強化期間で同じアルトサックスをしていたゆーくんに夢の島という曲でメインパートをを吹かせることになった。
夢の島は後半サックス独壇場のソロがあって経験者であってもミスせずに吹けたらすごいってレベルのソロなのにそれをゆーくんは楽譜通り正確に演奏して見せた。勿論ゆーくんは祭りの如く持ち上げられ6年の頃にはメインパートも奪われてしまった。
正直とても嫉妬したしくやしかった。
3年から始めてる私より上手いのは明らかで周りがそのことで気を使ってくるのも凄く腹が立った。
なのに彼は自分がメインパートをやるのを申し訳ないと思ってるのか『メインは智花の方が合ってる』『メインは俺には荷が思い。』と言ってくるから気持ちの矛先はどこにいけばいいかわからず一人部屋でメソメソ泣いていた。
でも彼に対しての思いはそれだけではなかった。
私が友達と喧嘩した時いつも彼は相談に乗ってくれた。
私が練習中貧血で倒れた時彼はおんぶして保健室まで運んでくれた。
彼の笑顔を見てるだけど何事もどうにかなりそうだと思った。
彼は私を照らしてくれる光だった。
けど私は知っている。
彼の友人関係がうまくいってないことを。
だけどその頃の私は自分の事で精一杯で彼の事を気遣える余裕なんてなかった。
だから今度は私が彼を助けたい。
私を救ってくれたように私も彼を救いたい。
だって私はゆーくんの事が好きだから‥。
‥‥。
(一人で練習してもつまんないな。)
昼休みになって速攻で練習に来たのはいいけどどうにも気持ちが乗らない。誰か一緒に練習してくれる人がいればいいのだが昼休みを使ってまで練習したがる奴なんて殆どいないから結果俺だけになる。
偶に智花や清瀧も来るのだが今日は来ていない。
(切り上げようかな‥)
そう思い片付けようと音楽室を出ようとしたがそれは突如目の前に現れた生物によって遮られる。
智花「どーこいくの?もうやめちゃうの?」
「来るの遅かったな。一緒に練習する?」
智花「勿論!その為に来たんだから。それともゆーくんは私と練習するの嫌い?」
自分の胸の辺りを掴みながら可愛い仕草その1上目遣いを発動してこっちを見てくる。
(こ、これは見てられない。)
「嫌いな訳ないだろ。むしろ大好きだよ。」
智花「だ、大好き⁈あ、ありがとう‥。」
「いいから楽器準備してこいよ。」
なにやら今日はいつもよりご機嫌なご様子で智花は楽器を準備しに部室へと向かった。
?「なにいちゃついてんのー?見てるこっちまで恥ずかくなっちゃう‥。」
「せ、先輩なんでここに⁈」
またしても突如現れたのは2年1組の細田由利恵先輩。一様女子。ボーイッシュなその見た目を人は『滄浪中の王子』などと読んでいるがこれが全然王子っぽくない。練習中よく暴れるし人をおもちゃにして遊ぶし昨日読んだエロ漫画の感想とか話してくる。なぜ王子なのかさっぱりわからん。
この人一様俺と同じテナーサックスを吹いている。
由利恵「二人っきりの時間邪魔して悪かったわね。どうしてもあんたに貸したい本があってさ。」
「なんですか?またエッチな漫画ですか?」
由利恵「どうしてわかったの?あんたもしやエスパー?」
「あーもうそういうノリもエッチな漫画も結構です。動物園にお帰りください。」
由利恵「まあまあ聞いて聞いて。今回のはすごいんだって。男のアレがアレのアレにあーなってね。」
「あーもう帰ってくださいよ。これから智花と練習するんですから。」
由利恵「ちぇ。わかりましたよ。くれぐれも間違いは起こしたら駄目だよ。」
「そんな事起こりませんから。先輩じゃあるまいし。」
由利恵「あはは。そうか。じゃあ放課後ね〜。」
突如現れた台風は南の方へ移動した。
なんだったんだ今のは‥
智花「どうしたの?なんか先輩の声が聞こえなかった?」
「いやなんでもないよ。ちょっとおかしな人に絡まれただけだから。」
智花「あー由利恵先輩が来てたんだね。」
「そこで由利恵先輩の名前をだすなんて智花も結構やるね。」
智花「いやさっきの声由利恵先輩に似てたしあはは。」
防音対策がしっかり施されてるここから部室まで声が届くなんてさすがは王子。品の無さは成り上りの三流貴族に負けず劣らず。
この後二人で昼休みをしっかり練習で費やした。
‥‥‥。
放課後。
いつものように音楽室へ入ろうとドアを開けると目の前から物凄い力で腕を引っ張られた。そしてそいつは俺の首に手を回し容赦なく首を絞めてくる。
あまりにも突然すぎて反応が遅れた俺はなんの対処も出来ず薄れていく記憶の中一つだけ思い残した事がある事に気付いた。
(今日はゲーム最新作を買う予定だった‥)
俺はこのまま新作のゲームを買えずに逝ってしまうのだろうか‥
「なわけあるかぁ!」
由利恵「うぉ!」
追い詰められた生物の脅威を感じ取ったであろうそいつは俺から離れ瞬時に戦闘モードへと移行する。
俺はというとそれに対抗できる訳もなく湧き出る汗と乱れる呼吸を抑えるのに必死だった。
由利恵「ふ、少しはやるようね。一瞬でもわたしを驚かせたことを褒めてあげるわ。」
「い、いきなりなんなんですかゴホッ。」
由利恵「なんなんだと言われてもこの通りだ。君を殺そうとした。」
「あんた頭おかしいだろ!」
由利恵「まあまあ落ち着いて。私のおっぱいの感触を楽しめたでしょ。私Cカップあるのよ。」
「あんな状態で楽しめるか!この変人!」
由利恵「そっかーそれは残念。次はもっと凄い事してあげるね。」
「あんたは一体何考えて生きてんだよ‥」
清瀧「しね!一人だけいい思いしやがって。」
「お前まで何言い出すんだよ‥。」
もういやだ。帰りたい‥。
その後の練習のモチベーションは下がりっぱなしでこっぴどく智花先輩にしごかれてしまった。
それもこれも全部あの変人王子のせいだ。
次なんかしてきたら反撃してやると心に誓った。