第9羽 最後の晩餐
――俺の名前は田中
俺はこの一連の事件を通して、別世界に影響を与えている人物がもう一人いる可能性を考えた。それはあちらの世界にいた女将だ。あの人はこちらの世界でも存在した。しかし店は見つからず、諦めていた。俺はボスの残していた帳簿をあの現場から持ち出していた。死ぬ間際まで持っていたのだから重要に違いない。
中にはとある女性の名前が時々出てくる。恐らくこの女性が例の女将だと思う。
――数日後
俺は女将の居場所を突き止めた。本当に偶然だが、居酒屋で飲んでいる時にその女性は客としていたのだ。慌てて会計し、その女性の後を追った。彼女の家は・・・予想外なことに政府研究所らしき敷地の横にあるマンションだったのだ。俺は彼女の部屋の前でチャイムを鳴らした。
普通に考えたら不審者だが、彼女が当たりなら中に入れてくれるだろう。そう確信をもってチャイムを鳴らした。
すると扉が開いた。チェーン越しに、彼女がしゃべった。
「どなたですか?」
何となく甘い香りがし、彼女の胸元に目線がいってしまったが、気合でなんとか。
「俺のことを覚えていませんか?鳥三昧の?」
そういうと彼女はしばらく考えた後にドアのチェーンを開けて部屋に入れてくれた。
年は30前後だろうか、仕事着の女将と違ってセクシーなお姉さんだ。
二人が床に座って落ち着いた時、彼女はしゃべりだした。
「あの二人、亡くなったのよね?」
あの二人とは風見恭子とボスのことだろうか。
「そうするとあちらの世界の二人も何らかの影響があったはず。」
何だろう魂的な繋がりでもあるのかな?
「例えば同じように亡くなったとか・・・?」
俺は聞いてみる。
「そうねぇ。そういうこともあるわね。・・・貴方はあちらの世界に帰りたいのよね?」
「勿論そうです。帰れるんですか?」
朗報だ。いきなり帰れるかもしれない。
「条件にもよるけど帰れるわ。貴方があちらの世界で受け取った特製唐揚げ、覚えているわね?」
勿論覚えている。あれのせいで今ここにいるからな。
「貴方があちらの世界に帰るには、その特製唐揚げか、それと同等のものを食べる必要があるの。」
ほう、唐揚げを食べればいいのか。手段としては簡単だが、状況としては難しいものがあるな。
「普通の唐揚げじゃダメなんですか?」
彼女は頷いて、
「そう、普通の唐揚げじゃダメなの。特製っていうのは、あなたが心から特別と思える唐揚げじゃなきゃダメなのよ。」
なんのことかさっぱりわからないが、ことは単純では無いらしい。
要は鳥ノ屋の唐揚げのように特別な唐揚げってことか。こちらの世界にあったっけな・・・。
あなたは一体何者ですか?
「私はあちらの世界とこの世界の調整役みたいなもの。あちらの世界であなたが見た私も、今ここにいる私も同じなの。」
なるほど、特別な存在、つまり天使か悪魔みたいな存在か。既にこんなことがあった後じゃ理解は出来なくても納得はできる。
――数時間後
俺はふらふらと歩きながら考え事をしていた。
なんというか・・・、今ここにいるのは、例の特製唐揚げが食べられなかったことが原因なのか。そして、この世界の唐揚げは禁止されている。
その中で特別な・・・。
暫く瞑想するかのように考えていたら、ふとメメのシルエットが思い浮かんだ。
・・・しかし、あいつは鶏ではない。どちらかというと鳩だ。
ましてあれほど人に懐いている、いい奴だ。諦めよう、すべてを。
俺は、近くにあったベンチに腰掛けた。
「こうなったら、エア唐揚げだな。」
俺は、特製唐揚げを食べかけていた時の続きを妄想した。すると自然に、あの時の美味しそうな匂いがどこからともなく・・・。手には唐揚げが・・・。
勿論、妄想であるが本当に手に持っているようにも見える。
「頂きます…。」
・・・これは、旨い。俺の脳は幸せになっている。
実際には、指を噛んでいるだけだったが、勢い余って強く噛んでしまった。
「痛いっ!」
俺は痛みと共に妄想の世界から帰ってきた。しかし、どうにも唐揚げの匂いは無くなっていない。
「あれ、おかしいな・・・。」
匂いの痕跡を辿って周りを見てみると、特製唐揚げの袋が俺の横に置いてあった。先ほど揚げられたかのように暖かい。
「いつの間にこんなところに・・・」
疑問に思いつつも袋の中をそっと覗いた。すると、中には黄金色に輝く唐揚げが入っていた。
「おぉ、何だか知らないがラッキー♪」
俺は迷うことなく一つ、また一つと唐揚げを平らげた。何故なら、この世界では禁止されている。そして、唐揚げが目の前にあるのに食べられなかった、という過ちを繰り返したくはなかったからだ。どうせ捕まるなら食べて捕まろう。悔いはない。