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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第六章 霧と幻の輪舞曲
97/132

  巨頭会議-3

***



 足場に苦しんだものの、クルスの一行は山道を順調と言って良い速度で南下していた。途中雨に降られて半日の足止めを食った以外は予定通りの行程であった。


 高地故に呼吸に難儀した者も三日と経てば不思議と体が慣らされた。サルマン・ジーノが連れてきた腕自慢の傭兵たちはよく訓練されていて、行軍の先導をそつなくこなすだけでなく野生動物や不意の魔獣に対しても冷静に応じて見せた。


 想定外の事態が起こったのは、四日目のことであった。突然道が途切れ、見渡す限りを巨大な岩石の群と岩壁とに占領されてしまっていた。


「……落盤があったようだな。これでは先に進めん」


 サルマンはうず高く積もった岩を見上げて眉をひそめた。流石のゼロも、これだけ質量のある物体を魔法でどうこうするには体力面で心配を覚えた。


 辺りを散策した一行が見付けたのは、岩壁に空いた大きな横穴であった。ゼロが風の精霊と交信したところによれば、穴の先はほぼ南を向いて風が通っているとのことで、坑道か何かの類いであると推測された。


 山道が断たれた後に掘削された横穴であればこれこそが近道と考えられたが、レベッカは得体の知れない経路を採用することに警鐘を鳴らした。結局他に道がないという消去法的な理由で岩窟への進入が試みられた。


 どうやら人工的に掘り進められた洞窟のようで、四方を岩に占められた空間は成人三人が並べる程度の幅と、長身のクルスが見上げてすぐの位置に天井が来る高さを備えていた。空気が流れていることから、閉塞感と暗闇以外に一同に不満はなかった。後者に関してはゼロが速やかに魔法で光球を精製したことで解決を見た。


 歩行を進めることしばらくして、ゼロが異物の存在を感知した。


「進路前方に動体の反応が三つあります。魔法生物特有の動きと推察されます」


 ゼロの発した警告を受け、クルスは小声で臨戦態勢を告げた。落盤や酸素欠乏を考慮して攻撃魔法の使用は厳禁。そして戦闘時の間合いは一人分しか確保できない為、前後の距離を空けた上で縦列に並んだ。


 クルスが先頭に立ち、それを補佐するゼロが直後に続いた。クルスの交替要員として一番手に当たるレベッカがその後ろとなり、さらにサルマンやレイが連なった。


 ゼロが予見した通りに、闇から現れたのは四足歩行の魔法生物で、見た目は犬猫のように小動物然としていた。愛玩動物と異なる点は、鉱物のように滑らかで艶のある体表と、頭部に覗く魔法結晶と思しき単眼であった。


 三匹の姿を確認したクルスは、物理攻撃の不通を予感して剣に魔法の力を付与した。そうして、敵の敏捷性を看破して背後の仲間たちに備えを促した。


 果たしてクルスが一匹と激突した隙に二匹がその横をすり抜けていき、ゼロとレベッカが即座の開戦に見舞われた。小獣型の魔法生物は体当たりや鋭利な足先での刺突を主な攻撃手法とし、時として単眼から目眩ましの閃光を発した。


 クルスら三者は何れも戦闘経験に恵まれた勇士であり、それぞれが魔法剣でもって比較的容易に敵を制圧した。頭部の魔法結晶を破壊されたことで活動を停止した魔法生物らを見下ろし、クルスはそれらが在りし日の通路護衛であったのではないかと結論付けた。


 都合四度の魔法生物襲撃に耐え、一行は岩窟を抜けることに成功した。見慣れた山道に復帰するや、サルマンは地図を取り出して沈みかけた日と崖下の景色を眺めた。さらに高山植物の品種や足下の地盤を丹念に調べ、現在地が目標進路からそれほど外れていないことを確認した。


 傾斜が緩やかで幾分開けた地点を探し当てると、クルスはそこを夜営の場と定めた。各員が散らばって準備に励み、日暮れを迎える頃には防寒・風雨への対策が無事に完了した。


 水の精霊と火の魔法によって淹れられた紅茶が全員の手に行き渡ると、寒空の下でも一息をつくことが叶った。戦傷の痕で埋まった顔面を綻ばせたサルマンは、地面に胡座をかいて杯を両手で包み込んだ姿勢で寛いでいた。焚き火を挟んで向かい合うクルスの隣にゼロがぴたりと控えている様を、実にいじらしいものだと思った。


「サルマン。あんたは何でここまでよくしてくれる?」


 クルスは思っていた疑問を口にした。近くにはゼロやオルトリープしかおらず、同じ<リーグ>で熟練を誇る傭兵と腹を割って話したい気分が芽生えていた。


「俺は生粋の傭兵だ。金を貰った分はきっちり働きで返すさ」


「確かにそれなりの報酬は支払ったが。黒の森征伐の時もそうだったが、今回の相手も格段に危ない。自殺願望でもあるのかと疑いたくなる」


「クライストよ。俺みたいなロートルの助力は不要かい?」


「いいや。頼りにしている。西でアイザックやマルチナと知り合い、北でゼロに引き合ったように、東でサルマン・ジーノの知己となれて光栄に思う」


「ならいいじゃないか。俺はいま充実感を得ているのさ。長くこの稼業を続けてきたが、あんたらみたいにこのアケナスをどうこうしてやろうなんて気概を持った依頼主とは、とんと巡り会えなかった。敵は巨人国。敵は秘密結社の首領たち。……面白いぜ。俺如きが剣を振るうことでも何か世の為になりそうな気がして、年甲斐もなくわくわくしているんだ」


 サルマンはにやりと笑みを浮かべると、澄まし顔のゼロに目線を送った。


「ゼロの嬢ちゃんもそうだろ?クライストには傭兵さえも興味を覚えずにはいられない引力がある。スコアと金に追い立てられて生きてきた俺達が、無性に熱くさせられる希望みたいなものがな」


「ええ。私に居場所を与えてくれたのは<リーグ>。仲間を与えてくれたのはクルス。だから私は、クルスのあらゆる命令に従います」


 真面目腐った話の展開に照れを隠せず、クルスは軽い調子でゼロとサルマンに返事した。


「買い被り過ぎだ。悪魔が嫌いだから伐つ。恩人の思いを汚す輩が憎いから打倒する。……おれは私利私欲の為に走っているだけで、偉いのはネメシス様やアムだ」


「御二人とも、クルスのことを比類なきレベルで慕っていらっしゃいます。だから、正しいのは貴方です」


「傑作だ。クライスト、一国の王に好かれる傭兵なんざ、アケナスでも不世出だろうて」


「あのな……。ゼロ、おれがアムから邪険にされているのは知ってるだろう?」


 我ながら情けない答弁だと自省の念がクルスの胸中を支配した。かつて一年近くアムネリアと二人旅をした際に、僅かばかりも仲が進展しなかった実績が思い起こされ、己を憐れむことひとしおであった。


 ゼロは微笑を湛えただけでそれには答えなかった。ややして見張り役の交替の時間が訪れ、サルマンとゼロは腰を上げてそれぞれの持ち場へと移って行った。



***



 古城は山間に鎮座しているが故に、出入りを監視する位置取りに事欠くことはなかった。峻険たる山地の中腹で駐留を決めたクルスは、ゼロやシエラと協力して姿隠しの結界を構築した。そうして眼下に程近い古城の入り口を休まず視界に収めていた。


 監視対象となるはビフレストへ接触しようという<フォルトリウ>の面々であり、彼らがクラナド入りを志すというのであれば、クルスには問い質すべき事柄があった。すなわち、統治システムを更新するというのであれば、運用するに不足する天使種族をどうするのかという点。加えて、豊饒と大地の女神ディアネがアケナス管理者としての力を失った場合、四柱の封印がどうなるものかという点。


 何れも<フォルトリウ>が古城へと進出してくる前提の話であり、その懸念が当面ないと判断されればクルスとしても巨人国にかかりきりになるいわれはなかった。エレノア・ヴァンシュテルンが施した扉の封印は効力を維持しており、少なくとも現時点で古城に足を踏み入れた者はないと分かった。


 しかし、クルスには予感があった。


(クラナドを目指すと言ったからには、混沌の君は来る。盟約の首魁どもならビフレストの鍵たるに充分な筈だし、<白虎>に止まらず魔神までもが暗躍を始めたいま、打てる手立ては少なかろう)


 キャンプを張って四日目の早朝、見張りの当番であるシエラが古城へと向かう団体を発見した。クルスを含めた全員が集まり、眼下の狂騒を注視した。


 レイが一同の胸中に渦巻く疑義を代弁した。


「<フォルトリウ>と……巨人兵の争いですか?でも、追跡している側にはどう見ても巨人じゃない種族の武装騎兵がいます。あれは、獣人かと」


 巨人と獣人の隊列に追われる勢力は僅か九人で、クルスも知るアンフィスバエナやエストの顔が覗いた。大半の者は外套のフードを深く被っている為人相の判別こそ出来なかったが、その白馬の集団が<フォルトリウ>の一党であることは間違いないと認識された。


(混沌の君は、あのフードの中にいるのか?)


 アンフィスバエナらを追いつつ攻撃を仕掛ける側に知った顔はなく、巨人と獣人の総数は四十を下回らぬように見えた。巨人の戦士たちは長い足を大きく踏み出して豪快に走り、馬に跨がる獣人部隊の後詰めを担っていた。


 両勢力は古城の近くに迫っており、崖上から観察する誰の目にも間も無く戦闘が本格化するものと映った。


 腰元に差された己の剣を確かめ、レベッカはクルスの意向を訊ねた。


「どうする?一気に介入するか、戦闘の終結を待って漁夫の利を得るか」


「後者だ。ハーケン・スレイプニルを追われたとは言え、おれたちには巨人族と争う理由がない」


 空かさずレイが割り込んだ。


「ですが、ダークエルフの族長は巨人族が魔神の軍門に下ったと言い残しました。イオニウムに魔神を受け入れた獣人の兵士が、ここで巨人と動きを共にしている事実は見過ごせないのではありませんか?」


「敵の敵が味方であるとは限らない。<フォルトリウ>は間違いなくミスティンに害を為したんだ。理想の実現以外に妥協のない連中とは、おいそれと組めん」


「……対魔神、対四柱で勢力の結集を見なければ、勝利は危ういと思うのですが」


「勿論だ。目の前にクラナドという物騒な道具が無ければ交渉の余地はあった。だが、今はギリギリのところで<フォルトリウ>を止められるだけの力の均衡を得る好機。奴らの目的が暗き終末を予期させる代物なら、ここでおれたちが潰さなければならない」


 クルスの意見にゼロやオルトリープが頷きを見せたので、レイはそこで引き下がった。やり取りを黙って見ていたサルマンが間を置いてから具申した。


「何れにせよ、ここから下りておかないと肝腎の時に間に合わないと思うぞ。クルス、資財の放棄を指示してくれ」


「了解だ。この場を引き払って下山しよう。城に向かうぞ」


 一行は速やかに荷をまとめ、目星を付けていた経路に沿って下山した。<フォルトリウ>や巨人兵とは古城を挟んで反対側につけ、警戒を強めつつ距離を詰めた。


 魔法による偵察は自分達の存在を無闇に伝達しかねないことから控えられ、それによりクルスらは戦闘の状況を知る由がなかった。


 古城の門前に整列をして待機していると、程無くして白の騎影が地平より浮かび上がった。<フォルトリウ>の一味であった。


(アンフィスバエナにエスト。それと五人。四倍する敵を制圧して、犠牲がたったの二人か)


 クルスは向き合う相手が間違いなくアケナスでも上位の戦士たちであると再認し、気を引き締め直した。それが伝わったのか、両隣のゼロとレイも整った顔に一層の険しさを表した。


 <フォルトリウ>の一団はクルスらへと近付くや、申し合わせたように一斉に白馬から下りた。やはりアンフィスバエナが代表して、涼しい顔付きで一声を放った。


「ハーケン・スレイプニルでは満足に御相手も出来ず失礼しました。さて、時間もないことですし前置きは無しにしましょうか。クルス・クライスト、あなた方は何の目的でここへ?」


「お前たちがクラナドに上って何を為すつもりか、見極めに来た。神になるのは勝手だが、ディアネの封印を弱めさせるわけにはいかない」


「ほぅ?そんなことまで知っていると」


 アンフィスバエナは常時と変わらず瞳を閉じたままで、隣に立つエストへと少しだけ顔を傾けた。しかし皮肉の一つも口にせず、フードを被った一人を指名した。


「混沌の君。私では回答に困ります。彼はあなたの縁者でしょう?直接説明してみてはどうです?」


「縁だと?」


 クルスが聞き返すのと同じくして、外套のフードを落とした混沌の君が仮面越しに口を開いた。


「新たな神が四柱と魔神を律すれば良いだけのこと。候補者もまだ想定の範囲内だ。ルガードの一味であれ<フォルトリウ>の筆頭構成員であれ、何なら汝らでも構わない。アケナスを導く理想と、それに恥じない実力を伴ってさえいれば」


「主神たちは魔神がもたらした混沌を終息させずにアケナスを去ったという。お前たちが同じ轍を踏まない保証はあるのか?ディアネ神をただ無力化して、それで終わりだなどという結末は認められんぞ」


「放っておいてもディアネは力を失う。そして魔境やイオニウム、アルヴヘイムといった劣後の種族が絶滅してからでは遅い。破滅の一歩手前である今が最後の機会なのだ。旧き神々が定めた共生の戒めを解き、神々の力を得て魔神と対決する他にアケナスの未来はない」


 混沌の君の宣言は事情を知る者にとり理に叶っているように思われ、場に居合わせた皆が彼の者の放つ無形の圧力を前に萎縮せざるを得なかった。武に長けたレベッカであれ類に漏れず、アンフィスバエナの連れである釣鐘型の仮面を着けたこの奇人に微かな恐怖をすら抱いていた。


 乾いた風が吹き抜けて、一同を均等に叩いた。砂埃が舞い上がるも、誰一人として動かずにクルスと混沌の君との対峙を見守っていた。


「……そうか。天使の不足はどうする?そこまで知っているのなら、当然クラナドの不備も捨て置いたりはしまい」


「システムの保守要員として、天使の血脈に連なる者たちを五十程連れてきている。気付かなかったか?」


 混沌の君が合図を出すや、フードの一人が展開されている魔法を説いた。すると、<フォルトリウ>一味の背後に数十という規模の騎馬隊が浮き上がるようにして出現した。


 完全武装の騎士数人と、徒手空拳と思しき老若男女から構成された一団は酷く珍妙で、サルマンは口笛を吹いて驚きを紛らせた。クルスやゼロは、これ程の人数を隠し通された事実にただ愕然としていた。


 混沌の君はクルスに向けていた注意を背後へと移した。それにつられてエストやアンフィスバエナもあらぬ方角を向いた。


「追っ手だ。竜の気配もある。どうやら巨人の王は、本気でこちらと袂を分かつつもりのようだな」


 混沌の君はそう告げると、選択を迫るようにして再びクルスと向き合った。クルスは仮面越しに視線で自らを射る相手の迫力に、ややもすると気圧されそうであった。


(こいつには確たる信念がある。だから軽い挑発や事象の上っ面だけを捉えた揚げ足とりは通用しない。<フォルトリウ>のやり方は気に食わないが、短慮に闘って良い相手じゃない……)



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