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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第六章 霧と幻の輪舞曲
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1 巨頭会議

クルス・クライストの四女神とカナル帝国記

第六章 霧と幻の輪舞曲


1 巨頭会議


 巨人国の王の居城は、ビフレストへの道標たる古城より南方に位置した。ハーケン・スレイプニル城という規格外に巨大な城は、建材に白虎縞石という頑健で知られた魔法石が用いられていた。高く積まれた城壁の内に王国で唯一の都市が存在するため徹底した侵入対策が講じられており、高度より地上へと撃ち下ろす銀製の弩や魔法結晶で造られた砲台までもが完備されていた。


 巨人族は人間に数倍する肉体の大きさ・強靭さと魔法耐性の高さを持つことで知られており、そこへ古代にドワーフの名工たちの手で建造されたハーケン・スレイプニル城が合わさると、実に堅固な防備が実現した。


 遊びの少ない平屋は夕日に赤く染まり、狩猟で得た獣肉や収穫された作物を選り分ける広場からは徐々に人影が失われていった。夜を控えて人々の営みはなりを潜め、それは大きな身体をもつ巨大と言えど例外ではなかった。


 城壁の内部、市街の中心に三層からなる高層の宮殿が雄々しく建っていた。白虎縞石のアーチが掛けられた入り口は重厚な鋼鉄の扉と屈強そうな戦士たちによって守られ、余人が足を踏み入れる隙は見当たらなかった。


 宮殿の最上層である第一層の円卓会議室において、巨人国の王は招いた客と会見の最中にあった。背まで垂らされた長い白髪にしかめ面、全身を隠す使い込まれた外套という変わらぬ姿がユミルの象徴であり、<フォルトリウ>の会合にあって彼は巨人としての体躯を人間並みの大きさに変態させていた。


 それについてアンフィスバエナは質問をぶつけたことがあり、回答は「高い位置から見下ろしていると、会話が聞き取り辛い」という単純なものであった。


 円卓にはユミルの他に、アンフィスバエナ、混沌の君、エスト、リーバーマンという常連が揃っていた。それに加えて混沌の君の背後には従者が一人、そしてイオニウムより参じた獣人の代表者も席を同じくしていた。


「……というわけで、アルヴヘイムにはカナル帝国・アルケミア伯爵国・ドワーフの王国より兵が派遣され、厳重に護られています。当面は心配も無用でしょう」


 アンフィスバエナは満足げに頷きながら報告した。妖精王の殺されたことは<フォルトリウ>にとり痛手に違いなく、残された一族への支援は優先されるべき議案であった。


「アルケミアは兎も角、カナルの女帝やドワーフ王は我等の味方と言えるのか?」


「リーバーマンさん。別に味方である必要はないのですよ。アルヴヘイムが滅びさえしなければ、誰に妖精たちを守護して貰って構わない。聖タイタニアの戦闘力は正直惜しいと思いますが、その程度の打撃です」


 動じぬアンフィスバエナに対して、今度はエストが口を出した。彼女もアルヴヘイム同様ウェリントンに故郷を襲撃された身であり、今や難民も同然に流浪の生活を送っていた。


「あの男は貴様と混沌の君とで始末をつけたと聞いていたが?たかが半魔の分際で、こうも我々を出し抜いてくれようとはな」


「その点は言い訳のしようもありません。殺しても死なない……賢者の石を有効に活用した手品でしょうが、中々に厄介ですね」


「おまけにアルケミア軍の動きをすら制御出来ていないときた。貴様はそれで、ベルゲルミル連合王国を代表していると言えるのか?」


「そうですね。連合王国そのものが体制崩壊を起こしつつありますので。種族の総意を背負う皆さんと比べて、私の格が一段も二段も劣ることは否めません」


「……この体たらく。貴様が役に立たぬ男であったなら、この場で喉笛を掻き切ってやるところだ」


 エストは凍てつくような声音と迫力のある表情でアンフィスバエナを攻めた。しかし彼女がそのままを口にした通り、この場にいるほとんどの者がアンフィスバエナの持つ知識や調整能力、魔法力といった技能を得難いものと認識しており、弾劾は必要以上の熱を帯びなかった。


 御世辞にも品のあるとは言えない革製の鎧を着込んだ男が発言を求めた。禿げ頭に髭面という見た目たちの悪い傭兵か盗賊稼業かと見紛う大男だが、遠くイオニウムより足を運んだフェルゼンという獣人の幹部であった。


「手前共の要求としては、蝿のように小五月蝿いミスティンの騎士団を早急に追い払っていただきたい。これは王の御意志にござる」


 これには諸氏が沈黙をもって応じた。当初こそイオニウム防衛を目的にオズメイ北王国や黒の森を動かした面々であったが、今やかの地は悪鬼の蠢く魑魅魍魎の世界といった様相を呈していた。


 アンフィスバエナやエストの偵察によれば、イオニウムにはサイ・アデル騎士団や<リーグ>の傭兵隊のみならず、悪魔・魔獣・竜といった多様な戦力が集っていた。それらと獣人の戦士団を率いるは<福音>のラーマであり、急激に厚みを増したこの陣容を前に、反攻を推進していたミスティン騎士団も急激に旗色が悪化した。


 イオニウムの状況を不審に思ったこの機にフェルゼンは派遣されてきたわけで、<フォルトリウ>の幹部たちは皆彼の発言に注目していた。重くなる一方の空気を嫌ったリーバーマンが口火を切った。


「貴国の無秩序な陣容は如何なる理由に因るのだ?悪魔はまだしも、どのような手立てを用いて竜なぞ招聘した?」


 悪魔という下りがリーバーマンの口から飛び出した際、エストは混沌の君の仮面を横目に見た。


「獣神ギルモアーの加護にござる。ギルモアーの神霊を宿した聖女が手前共に力を貸して下さっているのです」


「それはラーマ・フライマのことですね?彼女はカナル帝国との戦の渦中に、我等連合王国の首都シリウスから出奔しました。グラウス王とディアネ神殿は彼女の身柄に多額の賞金を懸けて行方を追っています」


「アンフィスバエナ殿。そのことが我らイオニウムと何の関係が?」


「無関係ですよ。フェルゼン卿」


 アンフィスバエナの返事を聞き、フェルゼンは鼻息も荒く先を続けた。


「聖女が憎き<北将>の頭を押さえ込んでいる今こそ、<フォルトリウ>の総力を挙げてミスティン騎士団の背後を突くべし!それで戦は終わり申す。獣人の権益も保護されるというものでござる」


「その通りだ」


 ユミルのフェルゼンへの同意は、円卓を囲む一同に少なからぬ衝撃を与えた。巨人族がサンク・キャストルを襲撃した件は既に知れており、その意図の不明瞭さもあってユミルへの疑惑は急上昇していた。


 アンフィスバエナは、フェルゼンとユミルの押し切る形でミスティン攻撃が決まったとして、それ自体に異論はなかった。問題は霧の魔神に憑かれたラーマであり、かの存在が種族補完と真逆の意志を有することは確実であろうと踏んでいた。


(ユミル王にも不穏な気配が感じられる以上、フェルゼンの期待する通りに事を運ぶは、みすみす魔神が罠に嵌まりに行くようなもの。そして白虎の暗躍も捨て置けない。もはや建前を除けて行動することも視野に入れねばなりませんね)


 ユミルの参戦論に対し、エストが具体策を問うた。


「ユミル王よ。この東の地から兵を出すと?先にサンク・キャストルへ仕掛けたように」


 厳つい戦士の顔に変貌は無く、ユミルは「必要であれば、当然出す」と応じた。そう返されればエストに反論はなく、リーバーマンも腕を組んで口を閉ざした。


「方々に御理解いただけたようで何よりでござる。これで獣人族の絶滅が回避され、我が王もお喜びになりましょうや。では、早速ミスティン出兵の段取りを致しましょう」


 フェルゼンは顔に似合わぬ爽やかな笑顔で愛敬を振り撒いた。エストとリーバーマンのエルフ勢は揃ってアンフィスバエナの動向を注視していた。


 従来のエストは議論において、高い確率でアンフィスバエナに噛み付いていたものだが、ダークエルフの長たる彼女は種族の維持とアケナスの破滅回避を真に望んでいた。手法の善悪はさておき、<フォルトリウ>の使命に相当の共感を抱いており、目的を同じくするただ一点においてアンフィスバエナにも信用を寄せていた。


 ホストに当たるユミルは特に仕切る素振りを見せないので、アンフィスバエナがフェルゼンの後に続けた。


「それでは、ミスティンの手を引かせる手法を論じるとしましょうか。ただし、かの地へと干渉可能な物理戦力は乏しいと言わざるを得ません。オズメイの政情不安とベルゲルミル連合王国の瓦解は、北方に大規模部隊を展開する土台を失わせましたから」


「ならば<リーグ>を使うという手はどうでごさる?<フォルトリウ>加盟諸国から集めた潤沢な資金で傭兵を集め、ミスティンを攻めさせるのです。けだし名案でしょう?」


「先年<リーグ>の参謀へと使者を出しましたが、生憎柳に風とばかりに話をはぐらかされました。ミスティンの<北将>には<リーグ>出身の<疫病神>が食い込んでいる現況もあります。何より……」


 アンフィスバエナは閉じられた両眼をユミルへと向けた。その意図を察したエストとリーバーマンの視線が追随した。


「ユミル王御抱えの戦士たちがサンク・キャストルを破壊し尽くしたと伺っています。本部機能を失った<リーグ>に大事を諮る能力が残っていましょうか?」


 ユミルは黙りを決め込んでいるようで、事が<フォルトリウ>の決議と無関係な内政に属する為に、エストも直接的に問い質すことは躊躇われた。


 フェルゼンは「それはそれは……」と漏らして口の端を歪ませた。


 リーバーマンはかつて舌戦を繰り広げたこともある聖タイタニアのことを思い返していた。


(巨人国とイオニウムの態度に猜疑があるとは言え、議事がこうも無秩序を見るとは……。居丈高な性分でこそあったが、聖タイタニアの他者に有無を言わせぬ風格と、圧倒的な知識に基づく助言は貴重であったのだな)


 椅子の引かれる音が室内に響いた。ユミルも例外なく、唐突に立ち上がったその出席者に視線は集まった。


「混沌の君……そう、此度の会議を招集したのは貴様であったな。よもやイオニウムやアルヴヘイムへの支援など議論したかったわけではあるまい?」


 動きを見せた混沌の君へと、エストは喧嘩腰に迫って見せた。仮面を被った混沌の君は当然に、その背後に控える従者もまた表情に変化は窺えなかった。


「魔神ベルゲルミルが半覚醒状態で顕現した事実は、近いアケナスの崩壊を招くに等しい。カナル帝国に続いて、万魔殿に封じられし大魔の解放される目算も高まった。猶予はない。この面子でクラナドに上ることを提案する」


 混沌の君の幾重にも重なった声音に抑揚はなかった。だが、言葉の内容の重さと不可解さに一同は息を飲んだ。


「混沌の君よ。卿の情報源が如何なるものかは知りませんが、やはりこちらのラーマ・フライマが霧の魔神ということで間違いないのですね?」


「ああ」


「では魔神の目的は、死と夜を司るシュラクの四柱を甦らず点にありますか?」


「四柱は手段に過ぎないと見ている。魔神ベルゲルミルは歴代、カナンらの創りし世界を引っ掻き回し続けてきた桁外れの存在だ。ラーマ・フライマの素体を糧に力を伸ばせば、単独でも十二分に脅威となろう」


 アンフィスバエナに続けて何事か問いを発しようとしたエストを、混沌の君の従者が手振りで制した。存在感の薄い、誰の記憶にも残らぬ年齢不肖の男であったが、ここにきてはじめて圧力を撒き散らせた。


「議論の暇はないぜ。ミスティンなど放っておいて、各首領にはこのままクラナドまで同行して貰う。すわ新しき神の誕生というわけだ」


 従者ことイーノ・ドルチェは無造作に伸ばした金髪を素手でかき上げ、にんまりと笑みを浮かべた。覗く犬歯や目付きの悪さは一見粗野な印象を与えるものの、隙の無い所作から育ちの良さが滲み出ていた。


 ユミルがただの一言を発した。


「……お前は何者だ?」


「この者はイーノ・ドルチェ。<幻魔騎士>の通り名は聞いたことがあろう?今は私の協力者だ」


 混沌の君がユミルだけにではなく、皆に聞こえるよう紹介した。その名を耳にしたアンフィスバエナの眉が微かに動いた。


(勇者の盟友。セントハイムの悪童か。……ウィルヘルミナ陛下こそ否定なされたが、これで混沌の君の正体はサラスヴァティ・レインに決まりというもの)


「クラナドに上り、天使たちを従えてアケナスの神となる。計画に必要な天使の血を継ぐ者共は各地から集めてある。あとは七つの鍵を伴うだけという寸法さ」


 イーノが補足説明を始めた。古城からビフレストを通じてクラナド入りし、かの地で<フォルトリウ>の幹部たちが新たな大陸の管理者に就任するという話であった。


 新しき神となれば資格の上では四柱と同等であり、霧の魔神をも数で圧倒できようとの見立ては混沌の君の口から述べられた。


 エストやリーバーマンは呆気にとられていたが、アンフィスバエナ・ユミル・フェルゼンの見た目に影響を受けた気配はなかった。しばらく間を置いてから、混沌の君は円卓を見回して宣言した。


「魔神ベルゲルミルは直ちに排除する。白虎のウェリントンも四柱も、アケナスに仇なす者は全て敵だ。<フォルトリウ>と魔境の総力を挙げて闘うとここに告げよう」


 イーノは薄ら笑いを浮かべたままで一同の表情を眺めた。詐術に長ける彼は己が直感に従って二人の名を呼ばい、表立って敵意を剥き出しにした。


「巨人の王。それと獣人野郎。お前たちは不服があるようだな。言ってみろ」


「異なことを。魔境の一頭目に<フォルトリウ>の戦略を決める権限があるのでござるか?少なくとも、イオニウムは魔神の存在など公的に認める立場にありません」


「ならさっさと消えちまいな。俺の勘が、お前はビフレストの鍵足る資質を持たないと訴えてきやがる。どうせクラナドには入れない」


「……貴方こそ、何の権利があってこの場に身を列ねているのです?たかがいち勢力の補佐役でごさろうに」


 フェルゼンは武断派のイオニウムに相応しく、ぎらついた視線をイーノへとぶつけた。<獣化>こそしていないが、座る彼の上半身から闘気が立ち上る様は容易に窺えた。


 エストとリーバーマンは瞬時に頭を切り替え、誰の言を指針とするかを思考した。直ぐにそれは口を開かぬアンフィスバエナへと定められた。その当人はと言うと、じっと巨人王の応答を待っていた。


「……ヘイムダル王の心臓は取り返す。そして、これ以降我等の土地を汚さんとする者は何人たりとも許さん」


 ユミルは言い放ち、イーノと混沌の君へ睨みをきかせた。混沌の君は巨人王の言葉の意味を正確に理解した。


「四柱と共に万魔殿に隠されし不死の王の心臓。あれを奪還する為に魔神と通じたか。サンク・キャストルを伐ち人間勢力の弱体化を図ったは、魔神ベルゲルミルの指図だな」


「女神は遥々精神体を飛ばしてきた。そして我等の悲願を助けると約した。妖精王の死は己が咎の報い。我等が大祖ヘイムダルの無念を晴らすまで、いま少しだ」


「幾百の年月を経て意思をもなくしたビフレストの番人。あれに細工したは時空の神ディスペンストと聞いている。聖タイタニアと妖精族は神々の手駒に過ぎん。踊らされたな」


 ユミルが椅子を蹴倒して立ち上がった。混沌の君へと向けられた視線には強烈な負の感情が込められており、リーバーマンやフェルゼンは思わず身構えた。


「根拠のない誹謗は看過せぬぞ。魔境より来るお前の素性についても、女神から聞いている」


「我は混沌の君。アケナスの安寧を愚直に願う者。そしてこの身はただの魔性。魔神に何を吹き込まれたかは知らないが、冷静になることだ」


「四柱とやらの血を分けているお前の言は、我に響かぬ」


 ユミルの発言にエストが眉根を寄せた。イーノの目付きは剣呑となり、巨人の王に向けて一歩を踏み出した。アンフィスバエナは話の次第を確認することよりも、二者の調停に重きを置いた。


「御二方。この席での面罵は避けていただきたい。列席の誰もが出身母体では有数の権力を有するわけですから、下手に白熱されては大事を招きかねません」


 気色ばんだイーノやユミルはそれに従わず、場の空気は大荒れの兆候を隠さなかった。その時、扉の外が慌ただしさを増した。


 ユミルは自身の怒気を一先ず脇に置くと、外の衛士に状況を質した。程無くして巨人が一人入室し、ユミルの許諾を得た上で卓の一同に情報を共有した。


「……アルヴヘイムの使者を名乗る者たちが本宮への侵入を試みまして。守備の者と問答になっているようです」



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