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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第五章 ベルゲルミル動乱
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6 折れた翼

6 折れた翼


 ラファエルの剣威を前にじりじりと押されるクルスの背を、麗らかでいて張りのある美声が力強く撫でて鼓舞した。


「クルス・クライスト!そのような体たらく、英霊と化したラクシュミ・レインに何と言い訳するのです?悪魔の王を二度も破った底力、ここで私に見せてみなさい!」


(ネメシス様?……こんな前にまで出張ってきたと言うのか!)


 ネメシスの発破で気合いの入ったクルスに対し、ラファエルも広い視界に敵の頭目を捉えたことで戦意を高揚させた。クルスとネメシスを葬れば戦が終わると考えていたラファエルの思惑は確かに実を結びつつあり、自然と振るう剣にも力が込められた。


 厳しい剣の応酬は橋上のそこかしこで起こっており、クルスの身を慮って最前線に飛び込んできたネメシスとて剣林と無縁ではいられなかった。ネメシスは自らも黄金の鞘を払って剣を抜き、その脇はゼロによって固められていた。


「ネメシス陛下、いま少し後ろに……?」


 そうネメシスへと警告を発したゼロは、あらぬ方角に異常事態を察知した。視認できた時には、それらは既に橋を目掛けて直進してくる途上にあった。大きく開かれた顋から密集した鋭利な牙の列を覗かせし竜が二頭、真っ直ぐに戦地へと飛来してきた。


 大人数人分の背丈を誇る怪鳥フレスベルグより二回り以上大きい体に、滑空の為に広げた大翼。全身が鉛色をした硬質の鱗に覆われていて、足先には何れも剣と見紛う長大な爪が怪しく光っていた。角を生やした巨大な蜥蜴のような造形の頭部において、そこだけが深い赤色に染まった瞳は生命の脈動を異様なまでに感じさせ、見るものをすべからく畏縮させた。


 アストレイが目撃した群れの内の二頭であったが、カナル・レイバートンの両勢にとり関知の及ぶ範囲ではなかった。ゼロに遅れること少々、戦闘の最中にある騎士もそうでない後詰めの部隊も、近付く竜に気付いてただ呆然とそれを見守った。


 クルス・クライストは豊富な戦闘経験から、直ぐ様我へと返ってラファエルを剣ごと押しのけた。そして大声で仲間たちに指示を下した。


「ゼロ!レイ!陛下を連れて橋から引き上げろ!ノエル!フィニス!こっちに来てくれ!」


 不思議と恐慌を来す騎士は少なく、橋上の者は大半が手を休めて竜の突撃してくるその時を淡々と待っているようにも見えた。アケナスでは竜との遭遇は死そのものであるという教えが広く行き渡っているため、何の因果か二頭の竜に狙われたこの状況を、大多数が運命だと受け入れたに等しかった。


 そんな様子であったので、ノエルはするりと人の波を掻き分けてクルスの傍に着いた。遅れてフィニスが、そしてイシュタル・アヴェンシスがそれぞれクルスとラファエルの下に駆け寄って来た。


「おい、<翼将>。まさかとは思うが、死なばもろともとかいうお前の差し金ではないだろうな?」


「勝ちつつあった私に自爆攻撃を選択する理由があるのならば、寧ろ教えて欲しいくらいだ」


 飄々とクルスに答え、ラファエルは左手を軽く振った。すると翼を広げて舞い上がったフレスベルグがその場に降り立った。


 ラファエルはイシュタルに目線だけをくれ、クルスに対しては一言だけ、まるで愛想のない素振りで告げた。


「死にたくなければ、貴公もあれの排除に手を貸すのだな」


 直ぐに竜との距離は詰まった。ラファエルはおもむろに神器・アイギスの盾をかざすと、盾から発せられた魔法の障壁が広く前方に展開した。竜たちは真っ向から不可視の障壁にぶつかり、その衝撃波は暴風と化して橋上の騎士たちを殴り付けた。


 竜の飛行を正面から受け止めるという人間離れのした技に目を丸くするクルスであったが、盾を構えるラファエルの鬼気迫る表情を盗み見て考えを改めた。


(あれは……奴も命を賭けている口か!)


 クルスは、中空に止まりなおも突進の圧力を緩めない竜たちへ向けて魔法の光線を投じた。それに続けとばかりにイシュタルがフェイルノートを射、フィニスとノエルはそれぞれ雷撃と風撃を放った。フレスベルグはラファエルの背にしっかと陣取り、主が盾の力を開放する補助役を担っていた。


 竜の一頭が勢いこそ失ったものの、ラファエルの展開する障壁を回り込み落下するようにして橋上に降下した。着地の衝撃は、その場にいたカナルとレイバートンの騎士十数人を弾き飛ばして河川へと墜落せしめた。


 クルスはラファエルやノエルらに目の前の一頭への対処を任せるや、橋上の竜へと駆け出した。


「……クルスさん!」


「マルチナ?黄竜隊を動かしてくれ。落ちてきた蜥蜴を除く!」


「わかりました!」


 暴れる竜には既にアイザックが手勢を連れて挑んでいたが、豪快な噛み付きや俊敏な尾撃に悩まされて容易に近付けないでいた。クルスはそれに合流するなり、即座に魔法の氷柱を射出した。氷柱は竜の頭部に命中する手前で、一瞬で蒸発して四散した。


「魔法抵抗が桁違いだな……。アイザック。マルチナ隊の援護が整い次第突貫するぞ」


 緊張からか止めどなく汗が滴り落ちていたものの、決して表情に絶望を浮かべることはなく、アイザックは黙って頷いた。そして重装備でありながら軽快に立ち回って、竜の尾撃を見事にかわした。強靭な尻尾の叩きつけは石橋の表面を抉るようにして破壊し、橋全体を大きく揺らした。


 橋の耐久面から短期決戦が望ましく、クルスの視線は活発に動く竜の一挙手一投足に注がれた。竜は咆哮を上げて空気を振動させ、騎士たちの動きを封じに掛かった。


 咆哮を上げるその瞬間にだけ現れる隙を見切ったクルスは、攻撃の機をそこに定めた。ネメシスを逃がしたゼロや手当てを終えたレイが合流し、橋上の対竜戦は本格化の一途を辿った。


 マルチナが黄竜隊の精鋭を率いて竜を囲み、マジックマスターや弓兵が遠巻きに射撃戦を仕掛けた。


 クルスは腕に覚えのある者と共に接近戦に臨んだ。遠近同時の攻撃には竜の意識を分散させて攻撃性能を低下させることと、竜の強力な魔法抵抗を破るべく零距離を作り出す工夫があった。


「翼を集中的に狙ってください」


 ゼロの指図で、射撃担当の騎士は皆竜の翼部を攻撃した。空中戦となればまともに戦えないことは明白で、竜を飛ばさないことは正に必須と言えた。


 尾撃で薙ぎ払うようにしてクルスらを遠ざけると、竜は大きく息を吸い込んだ。


「ブレス攻撃が来るぞ!耐火用意!」


 クルスの警句にマジックマスターたちが反応し、味方を余すところなく包み込む耐火障壁を構築した。それに遅れること半瞬、業火は橋上で踊った。耐火を固めていたにも関わらず、一部の騎士が火だるまとなって橋から転落した。


 クルスは火傷をいとわずに再び竜へと接近しており、ほぼ密着した状態で氷結の魔法を撃ち出した。魔法抵抗を突破して着弾した氷撃は竜の腹部を部分的に凍結させた。


 空かさずゼロが光の矢で追撃に出た。矢はクルスの凍らせた部位を直撃し、鱗を弾き飛ばして突き刺さった。さしもの竜もダメージは軽くないようで、全身を使って暴れ回った。


 翼のかすめたクルスは衝撃により端まで吹き飛ばされ、マルチナが慌てて彼の側へと駆け寄った。その間にもアイザックやレイは竜の尾や足に斬り掛かり、手痛い反撃を受けながらも着実に削りを達成していた。


「大丈夫……ですね?」


「マルチナ……攻め立てられた奴は必ず、咆哮でこちらを怯ませてくる。ゼロに伝えて振動波に対抗させるんだ」


「……勝負どころですね。了解です」


 マルチナはクルスの言うところを理解し、数の減らされた仲間たちへと伝達に走った。全身の痛みを噛み殺し、クルスもゆっくりと立ち上がった。


 もう一方の闘いはラファエルの奮戦が光った。アイギスの盾で竜を押し止めつつ、ラファエルは集束させた光弾で竜の目を狙った。


 ノエルも驚愕するべき精度でそれは竜の片眼を潰し、視界の半分を封じることに成功した。歴戦のイシュタルやフィニスがここぞとばかりに回り込んで射撃を加え、竜は何も出来ぬままに鱗と体液を散らしていった。


「……いけない!精霊を召喚するつもりよ!」


 竜の周囲で起きた魔法の流れをいち早く掴んだノエルが、血相を変えて注意を呼び掛けた。彼女に恐れを抱かせる程に、その場に動く魔法量は多かった。


 竜の召喚した火の精霊は、全身を炎で構成された空飛ぶ蜥蜴といった外見をしており、数十にも及ぶ数が一挙に出現した。イシュタルは召喚主を打倒すべしと竜に照準を絞り、火の精霊への対処にはノエルとフィニスが当たった。


「行け」


 ラファエルの合図に反応し、彼を支えていた怪鳥が翼を広げて飛翔した。フレスベルグは上空より急降下して竜に襲い掛かった。


 フレスベルグとイシュタルに攻められつつも、竜はアイギスの守りを崩すべく獰猛に暴れた。咆哮一下、強大な火焔が吐き出され、ラファエルはその圧力に押されて大きく後退した。接近を敢行した竜が橋へと上陸し、イシュタルやノエルも近接戦闘への移行を強いられることとなった。


 二頭の竜に橋へと侵入されたことで、ラファエルはアイギスの障壁を遮断して剣を構えた。


(飛行突撃による蹂躙を防げたことで良しとするべきだな。後は実力で制圧するのみ)


 ラファエルの攻撃の起点は竜にも捉えられないようで、彼の剣が振るわれる度に斬られた竜の鱗が中空を舞った。ノエルらが勢いで火の精霊を追い払った時には、ラファエルとイシュタルの連携攻撃が竜の強大な生命力を削り取らんとしているところであった。


 ノエルは隻眼の竜の視界が最早不良であると読み取り、その場の戦力に提案した。


「<翼将>!頭を狙うわ!」


「承知した。フレスベルグ!」


 ラファエルは怪鳥を前に出すことで竜の注意を引き付けさせた。竜に散々に打たれたフレスベルグの体は傷だらけであったが、主の命じた役割をよく果たした。


 フェイルノートから放たれた拡散矢は何れも竜の頭部に突き刺さった。ノエルの作り出した真空の刃も、フィニスの撃ち出した爆裂光球も全弾命中し、頭部から体液を撒き散らせた竜は悲鳴じみた咆哮を上げて仰け反って見せた。


 ラファエルの攻撃は二段構成であった。フレスベルグの背を駆け上ってから跳躍し、竜の頭部に剣を振り下ろした。剣先が上顎を貫くや、そこを導線として雷撃の魔法を叩き込んだ。


 頭部を焼かれた竜は動きを止め、巨体を寝かせるようにしてその場に倒れ込んだ。竜の打倒を確認したノエルがほっと安堵の息を吐いたそのタイミングで、離れた位置から断末魔と思しき獣の叫びが響いてきた。


「クルス?」


「流石は<疫病神>だ。向こうもやったようだな、森の娘よ」


 ノエルの懸念を払拭してやるつもりか、ラファエルが遠視で見ていたもう一戦を評価した。ラファエルの声や表情に特筆すべき点はなかったが、ノエルの目には彼の体から立ち上る魔法力のか細い様子がありありと映っていた。


 ラファエルとは対照的に、身なりからして疲弊したクルスがゆっくりとした足取りで戻ってきた。アイザックやマルチナ、ゼロらは銀翼騎士団への牽制に置いてきたので、ラファエルに対して剣を向けるはクルスただ一人であった。


 クルスは再びラファエルと向き合うや、おもむろに問い質した。


「竜どもの突貫……カナルとベルゲルミルの両軍を区別せず同時殲滅するつもりであったように見えた。あの幻獣は、縄張りさえ侵さなければ人間に危害を加えたりはしないと理解していたが」


「その通りだ。人間は無論のこと、例え悪魔の王であっても竜を操ることなど出来まい」


「……では、今のは何だ?お前の盾が無ければ、間違いなくおれたちは全滅していた。何故竜が人間諸国の戦争に介入してくる?」


「それを知って貴公はどうするのだ、クルス・クライスト?容易く類推出来ようが、竜以上の存在が関与していると疑われるわけだが」


「なるほど。四柱とか、その手の輩が画策したということか」


 ラファエルは少しの時間黙考してから、意を決したように私見を語って聞かせた。


「霧の魔神の仕業であろうな。ラーマ・フライマ殿の身中に巣食った魔神が目覚めたのる」


「何だと?」


 神話に聞こえた霧の魔神であったが、黙示録の四騎士と実際に闘い、クラナドで創世の物語と接しているクルスにとってはその存在を疑うべくもなかった。ノエルはラーマの名に反応を見せ、ラファエルへと食って掛かった。


「ラーマ・フライマ!彼女が魔神ベルゲルミルだと言うの?だとしたら、ダイノンは……」


「その言い方には語弊がある。フライマ殿は魔神に憑依された側。そして、人の身にありながらこれまで魔神の表出を抑え込んでいたのだ」


 ラファエルの指摘に、ノエルは反論の言葉を飲み込んだ。依然十天君とは対峙している状況で、場の主導権はクルスが握るに相応しいと考えての判断であった。


 ノエルとフィニスの視線が集まるのを感じたクルスは、ラファエルとイシュタルを等分に眺めやり、決着を急いだ。


「人外の領分にある者共が暗躍していることは分かった。元々おれたちは、ネメシス様に従って魔境や四柱と対決する気でいた。今更そこに魔神の一匹や二匹加わったところで是非もない。……それで、お前たちはどうするつもりだ?ネメシス様に頭を垂れる気があるなら手を携える道もあるのだろうが」


 イシュタルは瞳に不鮮明な色を浮かべ、フェイルノートを手にしたままでただラファエルの回答を待った。ラファエルの指図がないため、既に混乱の収まりつつあるライカーンの部隊も動けずにいた。


 ラファエルは剣を正中に構え直した。


「私は連合王国の方針を定める立場にない。例え最善でなくとも、ここで貴公らを撃退してベルゲルミルの総力を上げて魔神に対抗するとしよう」


 間も無く、クルスとラファエルの剣がぶつかり合った。



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