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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第五章 ベルゲルミル動乱
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  終末の風-3

***



 <リーグ>の参謀エックスは、二十程の手勢を率いてカナルとベルゲルミルの国境付近に布陣していた。都度傭兵を散開させて戦の情報を収集し、概況は把握していた。


 ベルゲルミル連合王国軍の敗勢と、レイバートンで始まろうとしている決戦。そして、<リーグ>が誇る精鋭部隊の不明な足取り。何れも<リーグ>幹部たちの想像を超えた事態であり、エックスとてカナルのこれ程の躍進は想定の外であった。


 エックスは丘の麓に空いた自然窟で待機しており、忙しなく出入りを続ける傭兵からの報告を書式にまとめていた。銀翼騎士団の支配領域から離れた地点にいるが為に、警戒らしい警戒の態勢はとっていなかった。


「参謀!ベルゲルミルの北域で目撃情報です。アイオーン様と同志たちが、シアジスの樹林地帯へ向かう姿を見掛けたとか……」


「シアジスへ?……確か、カナル軍に敗れたサイ・アデルの騎士団も北へと転進していましたね。あそこには少なくないエルフが居住していると記憶しています。何かあるのか……いや、北に進路をとっただけという可能性もありますか……」


「アイオーン様がご壮健ということは、ベルゲルミル軍の作戦行動の一環なのではありませんか?」


 偵察に出ていた中年傭兵の問い掛けに、エックスは間を置かずして頭を横に振った。


「それはないでしょう。調べた限りソフィアの兵は依然動いていません。である以上、レイバートンとアルケミアの連合部隊が負ければ、もはやグラウス王に逃げ場はない。ここが勝負どころなのですから戦力を分散する意味はあまりありません」


 エックスの脇に控えていた、補佐役の女性の傭兵が口を挟んだ。


「伏兵という考え方は如何です?カナル軍とレイバートン軍がぶつかったそこへ、アイオーン隊が南下して強襲する……」


「うーん。シアジスからでは遠過ぎますね。ベルゲルミルの北端ですから、急転しても間に合うとは思えません。集団擬装しておくとして、それだけの距離を一気に詰めるというのも現実的でない。……正直なところ、状況だけを見たならば逃亡したとしか思えないのですがね」


 そう言うエックス自身がその説を信じていないことは明らかであった。<リーグ>でアイオーンを知る者は皆、彼の桁外れに強力な剣腕に裏打ちされた剛毅さが、たかが戦争一つで損なわれはしないと理解していた。エックスは中年傭兵に新たな指示を発し、女性傭兵には集まった情報を時間軸ごとで精査するよう申し渡した。


(あのアイオーンに限っては敵に臆する筈もない。そうすると、純然たる裏切り行為か、はたまた策謀の線に解があるのかもしれない。旧知たるラファエル・ラグナロックの指示でもあったのか、或いはベルゲルミルや<リーグ>をも袖にする餌が何者かにぶら下げられたか……)


 時間を経る度に、クルス・クライストの活躍と、彼と雌雄を決さんとする<翼将>の動静が判明してきた。こうして少し離れた地で静観の構えを見せるエックスであったが、物見の傭兵が彼の思索と余裕を瞬時に打ち破った。


「エックス参謀、大変です!悪魔と思しき集団が、こちらに向かってきます!」


「正確な数を捉えてください。良いですね?」


「……十一。いえ、十二匹です!何れも<山羊面>のように思われます!」


 エックスは人差し指で眼鏡を押し上げると、レンズ奥の眼光も鋭く迎撃を命じた。


「御苦労様です。ここに詰める戦士はスコア500より上位の者ばかり。慌てず、落ち着いて対処しましょう。まずは遠距離魔法で前衛を薙ぎ払います」


 自身を含めた七人の傭兵が天然洞窟前に横へと並んだ。背に入り口を置いた意図は、退路確保による精神的安定の誘因が第一であった。そうしてエックスの号令で、平野を駆け進んで来る<山羊面>の一団に魔法攻撃が集中した。


 強化されたゴリラとでも形容のされる筋肉質の四肢に、山羊と類似した頭部を持つ悪魔たちは、傭兵の炎撃や氷撃にも怯むことがなかった。


「九匹が抜けて来ました!」


「上々です。隣の者とツーマンセルに組んでください。これで私と併せて戦闘単位が四つ。洞窟の横幅がちょうどこの程度の数まで乱戦を制限します。横陣は崩さず、単位ごとに正面に一匹の<山羊面>を相手取るのです」


 エックスの指揮により、傭兵たちは少し下がって洞窟の中に陣形を構えた。引き込まれた<山羊面>は窮屈そうな体勢でむしゃらに前進し、手数で勝る傭兵らにじわじわと制圧されていった。


 一流の傭兵でなければ悪魔相手にすんなり勝利を収めることは叶わないと思われたが、エックスの作戦には熟練した傭兵の連係を活かす妙が見られた。結局重傷者の一人も出すことなく、<山羊面>は見事に駆逐された。


 エックスが直ぐ様取り掛かったのは総員の撤退で、しかしそれには方々へ派遣している偵察要員の帰還を待たねばならなかった。負傷者の救護とより広範囲に向けた警戒を命じたエックスは、外から傭兵が戻る度に守備の布陣を最適化した。


 一日半が過ぎても新たな襲撃はなく、戦力は十三人まで回復していた。日暮れを間近に控えた頃、サンク・キャストルの<リーグ>本部から幹部傭兵の末席にあたるエレミア・エレジス姉弟が馬を飛ばしてきた。


 洞窟の外で空模様を確かめていたエックスはその場で姉弟を迎えた。


「こんなところまでどうしたというのです?こちらは間も無く陣を引き払います。予定より早いですが、悪魔とイレギュラーな戦闘があったので、念のための処置です」


「参謀、本部が……サンク・キャストルが、巨人族の兵団に急襲され、尽く破壊されました……」


 短衣より伸びるすらりとした長い足を衆目に晒したエレミアが悲壮な声音で語った。勇猛で鳴る弟のエレジスも、泣き出しそうな目でその境遇をエックスへと訴えた。


 エックスは混乱こそが諸悪の根源であるとばかりに、静かな佇まいを崩さなかった。そうして二人に事細かに経緯を取材した。


 カナルとベルゲルミルの決戦に人材や物資の大部分を注ぎ込んだサンク・キャストルは当然に防備が手薄で、アケナスで最大の個体戦力を有する言語種族・巨人の奇襲には為す術がなかった。そもそも巨人族は東部の所領から出ることすら稀であり、<リーグ>は対抗手段を考えたことすらなかった。


 数十にも及ぶ巨人兵が暴れる様は圧巻で、本部の留守を預かる姉弟は抵抗の無謀さを悟ってサンク・キャストルの放棄を決めた。市民は散り散りに逃げて近隣の町村を目指した。


 偵察の話では、城塞都市は再建の見込めない域まで破壊されたそうで、死者・行方不明者は余りに多く計測不能な事態とのことであった。


「……事情は承知しました。戦場に近いベルゲルミルの支部に入るわけには行かないでしょうし、取り敢えずカナルのチャーチドベルン支部に向かいます。そこを基点に情報収集に努めましょう」


 巨人族の意図が奈辺にあるものか読めない以上、エックスは頭を切り替えて次善の手を打った。まずは拠点を再構築して残存の傭兵を集めることがそれで、補給については一旦は支部からの徴収で賄うものと考えた。


(ベルゲルミルが勝てば相応の見返りは得られる。カナルに軍配が上がったとしても、クルス・クライストやネメシス帝は我々を無下にはしまい。両者との帳合に腐心してきた成果はこういった時に表れるもの。後は、どれだけの同胞が無事に帰還出来るかだ……)


 エックスは精悍な顔立ちをした友人に思いを馳せた。クルスとラファエルの決戦の場から遠く離れたと思われる<鉄の傭兵>は、<花剣>亡きいま真に<リーグ>の武の支柱と言え、その帰参は苦難にさらされた傭兵たちの士気を高めるものと推測された。


 だが、戦場を離脱しシアジスに向かった友との再会を、エックスは心の底では半ば諦めていた。正体の分からぬ闇の勢力がアケナス各地で蠢き出していることは明白で、<リーグ>単独ではそれへと対抗しようのないことを彼は寂しくも現実として受け止めていた。



***



 クルスとラファエルの二人は石橋の上で距離を置いて睨み合った。クルスは徒歩で、対するラファエルは愛馬に騎乗していた。


 カナルとベルゲルミルの両軍はそれぞれアルテ・ミーメとジットリスに統率され、川を挟んだ両岸に布陣を済ませていた。石橋は騎馬の五つが並ぶも精一杯な横幅であり、クルスとラファエルの背後には限られた数の騎士が従うのみであった。


 ラファエルは白銀の大鷲・フレスベルグの召喚を済ませていて、翼を畳んでいてなお巨勢を誇るその怪鳥はカナル軍を大いに威圧した。加えてラファエルの背後には天弓を構えたイシュタルも控えていたので、レイバートン勢が前陣速攻の意図でもって寄せてきたことは容易に知れた。


 一方クルスの側にも、ノエルやフィニス、レイ、アイザック、マルチナといった主力が立ち並んでおり、<翼将>・<雨弓>との対決から逃げない姿勢を如実に表していた。


「クルス・クライスト。よくもウィグやビヘイビアをやってくれたな」


「ロクリュウ男爵をやったお前にとやかく言われる筋合いはない。一々墓碑を数えて御苦労なことだよ、<翼将>」


 クルスは剣を構え直し、姿勢を前傾にとった。それに合わせてノエルらも臨戦態勢へと移行した。


「……ネメシス帝と貴公の首級を挙げれば我々の勝ちだ。そうして次はビフレストを目指す。アケナスの後事は心配せずとも良いぞ」


「<翼将>。宣告しておくが、お前たちの敗因は最後まで揃わなかった連合諸国の足並みだ。はじめから十天君揃い踏みで掛かって来られたなら、こちらに勝機はなかった」


「ふむ。それも想定の内であったが」


「強がりは止せ。おれは一騎打ちでお前と雌雄を決するつもりなどない。ネメシス様の大望に従って、騎士道に背いてでもここでお前を討つ!」


 クルスは駆け出した。溜めていた力を解放したかのような健脚は、ラファエルとの間合いを一気に詰めた。ノエルはフレスベルグへと風の魔法を叩き付けた。そしてフィニスがイシュタルへと光の矢を放った。


 クルスの鋭い斬り上げはアイギスの盾に弾かれて斬閃を逸らされ、ラファエルの反撃の剣が唸りを上げて馬上より繰り出された。進路を変えずに敢えて前へと飛び込んだクルスは、背を浅く斬られただけで馬の足下を潜り抜けた。


 即座に馬首を返したラファエルが猛攻を仕掛け、クルスは襲い来る剛の剣をひたすら受け続けた。


「加勢します!」


 レイが黒髪をなびかせて突進してきた。クルスとレイに挟まれる形となったが、ラファエルに慌てた素振りは微塵も見られなかった。レイの渾身の突きを剣で軽々といなすや、クルスの追撃にも吸い付くように盾を合わせた。


 クルスは剣を振るう間に刹那の魔法攻撃を仕込んだものだが、これにはウィグラフ戦と同じく即応で対処された。レイの手数と足し合わせれば相当の応酬であったが、戦況はどちらにも傾かないでいた。


(二対一で、堂々と受け切られると言うのか?……やはりこいつだけは、あのウィグラフでも比較にならない別格の騎士だ)


 クルスはラファエルを敵ながら賞賛に値すると褒めた。だからこそベルゲルミル連合王国がこれだけの敗勢にあっても希望を捨てず、<翼将>のある限りは統率を崩さないのであろうと再認識した。


 ラファエルにとっての誤算は、ただの二人を相手に早期決着をつけられない点にあった。覚醒したクルスの魔法戦士としての高い力量はその要因の一つに思えたが、それ以上に参戦してきたレイの技前が彼を驚かせた。


(この剣速、ただの小姓のそれではない。ボードレールのような天賦の才に、たゆまぬ鍛練が合わさってこその技だ。これだけの人材がまだカナルの騎士団に隠れていたとはな……)


 ラファエルは下馬し、高度の優位を捨てた代わりに足運びで二人を圧倒しに掛かった。彼が左右にステップを踏む度クルスとレイの攻撃の起点は外され、そこを疾風の如き剣撃が強襲した。


 先に切り崩されたのはレイで、ラファエルの横一閃の剣を防ぎ切れずに利き腕の上腕を裂かれて倒れた。


「レイ!」


「貴公に他人を構う余裕があるのか?」


 ラファエルは一人になったクルスへ怒濤の斬撃を見舞った。クルスは必死の形相でそれをさばいて回った。


 橋上は早くも乱戦になっており、暴れるフレスベルグの周辺が最も激しい戦闘状況を呈していた。ノエルやアイザックが懸命に仕留めにかかるも、巨鳥の猛威を制するまでには至らず、カナル・レイバートン両軍の騎士はフレスベルグの攻撃に巻き込まれつつ斬り合いを演じていた。


 十天君のもう一柱は、ここぞとばかりに実力を発揮していた。


「ここをカナル軍終焉の地とします!皆、ディアネ神の加護を信じて掛かりなさい!」


 凛々しくも猛々しいイシュタル・アヴェンシスの号令一下、銀翼騎士団の面々は士気高く突撃を敢行した。それもそのはず、イシュタルはフィニスと撃ち合いを演じつつ、少ない間隙を縫って騎士たちへの援護射撃すら実行していた。


 フェイルノートの矢は魔法で構成されているが為に距離を選ぶこともなければ補給の心配もなく、接近戦を挑もうとしたマルチナは間断のない連射を前にして後退を余儀なくされた。狭い橋上の戦闘は各所で膠着状態が形成されるも、イシュタルの威勢により均衡は崩れつつあった。


 河川の片岸に陣取るライカーンは、橋の上の戦闘を険しい顔付きで睨んでいた。ラファエル率いる味方の特攻隊が石橋の占拠に成功した暁には、銀翼騎士団全騎を突入させる手筈であった。


 ベルゲルミル公国騎士団と雨騎士団の残存部隊は後詰めに置かれたままで、ライカーンはあくまでレイバートン勢のみで決着をつける腹積もりであった。彼はラファエルとイシュタルが橋上の敵を払うことに少しの疑念も抱いていなかったし、いくら<天軍>ジットリスが統率するとは言え、急場の混成部隊では大した戦力評価も出来なかろうと考えていた。


(これほど密集していては、兵の数ではなく個々人の戦闘能力がものを言う。それ故にラファエル様とイシュタル様の揃う我等に死角はない。敵の援軍は確認されず、地形から伏兵の存在もあり得ない。詰みだ)


 ライカーンは気を緩めこそしなかったが、自軍の勝利を堅く信じた。



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