表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第一章 賢者の石
9/132

  盟約-3

***



 サンク・キャストルへ留まる四人が次の行動にと定めたのは、アムネリアの身体を蝕む呪いの解除であった。彼女の剣技はクルスやネメシスの目から見ても超一流のそれと分かり、悪魔たちを相手に活動制限があるままというのは戦力的に心許なかった。


 ネメシスは、アムネリアがベルゲルミル連合王国の出で、元十天君であるという事実をすんなりと受け入れた。寧ろ、彼女にとっては傭兵やエルフとパーティーを組んで旅をしていること自体既に驚天動地な出来事であり、多少のことには動じる暇もないというのが偽らざる本音であった。


 ボードレールの一派と取り敢えず和解を見たことで、サンク・キャストルで警戒すべきはチャーチドベルンからの追手と悪魔の来襲に絞られた。クルスはゲヘナとの早期の再戦をこそ求めており、それは<リーグ>本部のエックスから「ここサンク・キャストルに悪魔が寄せてきたのなら、遠慮なしに迎撃に加わらせていただく」との言質を得ている為であった。


「魔法による症状なら、治癒に長けた神官を頼るべきではありませんか?」


 ネメシスの真っ当な意見を聞き、アムネリアは静かに首を横に振った。四人はサンク・キャストルで一番の高級宿に滞在しており、今はクルスも含め女性部屋に集まっていた。


 予め断りを入れた上でノエルが魔法探知を掛けた限りでは、アムネリアの全身からは僅かな魔法反応が出た他に、原因と断定出来るような結果は得られていなかった。それと言うのも、アムネリアは自身に起きている不幸の経緯を語りたがらず、進んで事態の解明に尽力する素振りを露見せていなかった。


(何に対してかは知らないが、贖罪というつもりなのかもしれない。ああまで頑なに解呪へ非協力的な姿勢を貫かれては、な……)


 クルスは自らもニナ・ヴィーキナ時代の過去に関して積極的には語っていなかったし、他人の、それも女性の過去をほじくりかえす気にはなれなかった。


「……発想を変えてみようか」


 そう言うクルスに女性陣の視線が集中した。先般まではこの部屋の観察に注意と情熱を傾けていた彼であったが、アムネリアの自分を見る目が険しくなってきていると自覚し、建設的な案を提示することにした。


 それはアムネリアを縛る根本原因を除くというものではなく、症状を緩和するという対症療法的な考え方であった。これであれば、少しばかり難易度が下がるのではないかとクルスには思われた。


「クルス、何か目星がおありですか?」


「具体にはありません、姫様。ですが、この手の話は神官にするものと相場が決まっています」


「治療を目的とするということは、愛と生命を司るクーオウルの神官ですか。ここから有力な神殿を探すとなると……」


 アケナス大陸では聖神カナンを筆頭に、軍神マイルズや愛と生命の女神クーオウル、商売と海洋の神リヴァイプ、賢神エリシオンといった正しき神々への信仰が根付いていた。カナル帝国がカナン教を国教と定めていることや、ドワーフの集落においてマイルズ信仰が盛んであることは広く知られた。


 港湾都市や商業の繁栄した地域ではリヴァイプが、ソフィア女王国のように魔法に秀でた国家ではエリシオンといった具合に、信奉される神はエリアによって異なる分布を見せていた。


「南東の方角に馬で二日程行くと、渓谷の間に村がある。レザンセクトという特長のない村だが、ここに建つクーオウルの神殿は恐らくアケナス一の規模であろう」


 淡々と述べ、アムネリアは皆からの視線を切った。ノエルが空気を読まずに「詳しいのね」と訊ねると、アムネリアは「これでもクーオウルの神官の端くれだからな」と呟いた。クルスらは一様に驚いた。


(あんなつれない態度をとっていて、クーオウルの神官だと?あそこの信徒は押し並べて情熱的で、博愛主義を基本理念としている筈だがな……)


「じゃあそもそも、クーオウル神の力でも駄目なんじゃ……。アムネリアはその村にも治療をしに行ったんでしょ?」


「行ってはおらん」


「なんで?」


「言いたくない」


「実は故郷だとか」


「質問は受け付けない」


 ネメシスがたしなめるまで二人の問答は続き、アムネリアが落ち着くのを待ってからクルスは念を押した。


「レザンセクトまでは案内して貰えるのかい?目的はアムのダメージ緩和にあるわけだが」


「断ったらどうするというのだ?」


「別に。マジックマスターや神官を訪ねて歩くくらいのものだろう。それか、別の戦力を集めることを検討するかだ」


 どちらも成功の見込みは薄かろうとネメシスは考えた。解呪は掛けられた魔法を深く理解していなければ不可能で、技術としては相当高度な部類に入ると言えた。新戦力に至っては、カナル帝国を敵に回す可能性の高いこの事案に、わざわざ首を突っ込もうなどという奇特な人材をどう捜すかが難題と言えた。


 ネメシスはアムネリアを気遣ってか、人材登用に関してクルスへと具申してみた。


「私のポケットマネーで集めてみるのは如何でしょう?この際出費を惜しんでもいられません」


「……金で腕は買えるでしょうが。問題は信用です。ノエルが賢者の石を所有していると知って二心を抱かないか。チャーチドベルンやベルゲルミルからより高い報酬を提示されたとして、それでも裏切らないか。この辺りは見極めが難しい。……まあ、そもそもおれが信用出来ると決まったわけでもないですから。偉そうに言えた義理ではありませんがね」


「私は貴方を信用していますよ、クルス・クライスト。悪魔相手に一歩も引かず、貴方は勇敢で人情味に溢れた勇者です」


 ネメシスの言に、ノエルが半信半疑の眼差しをクルスへと向けた。


「流石は姫様。おれのことをよく御存知でいらっしゃる。賊や悪魔に付け狙われる憐れなエルフを放っては置けず、全霊をもってその孤独を払拭してやるは男冥利に尽きるというものなのです」


「何が。やたらと触ってくるくせに。孤独と引き換えに野獣を呼び寄せた感じだわ」


 ノエルがそう切って捨てた。


「まあ。ノエルさんもそうお感じでしたか?たしかに、クルスは少し身体接触が多いのではと私も考えていたのです。クルス、どうでしょう?」


「普通だと思います」


 クルスはネメシスの指摘に努めて抑揚のない声で答え、ノエルから罵声に近い嫌みを浴びせられた。


 叩き割らんばかりに硝子製のテーブルへと拳を打ち付けたのはアムネリアで、鋭い目付きでクルスを睨んだ。クルスは力関係をよくわきまえており、アムネリアには狼藉を働いていない筈だがとその態度を訝った。


「レザンセクトには連れて行ってやる。……ただし、道中卑猥な行為に及んだなら、即刻手打ちにして谷底へと放り捨ててやる。覚えておくがいい」



***



「奴等は五体満足で、サンク・キャストルに入ったというのだな?」


「……はい」


「賢者の石を狙ってベルゲルミルの戦力が介入してきた。そして、貴様は手傷を負わされておめおめと逃げ帰ったと」


「……はい」


「焔槍ケルベロスの回収すらままならぬとは。……もうよい。どこへなりとも去るが良い。貴様のような無能者には頼まぬ。二度と余の前に姿を見せるな」


「……」


「一騎当千、破滅の黒翼をも与えたというに。所詮は弱輩であったな」


「……」


「ウェリントンを呼べ!」


 玉座に身を沈めたままで、カナルの支配者は声を張り上げた。目の前で頭を下げている仮面の悪魔は肩を小さく震わせていた。


 広間の隅に控えていた侍従たちが一斉に、慌てて扉から走り出た。後に残された主と悪魔は一言も会話を交わさなかった。


 しばらくして、白い重甲冑を着込んだ体格の良い大男が早足で入室してきた。カナル帝国は白騎士団の団長、ウェリントンその人であった。


 ウェリントンは一礼し、玉座へと近付いて膝を折った。その間脇の仮面の悪魔を一顧だにしなかった。


 壮年の支配者は玉座で微動だにせず、その様子を面白おかしそうに眺めやっていた。


「ウェリントンよ。そちはなぜそのように物々しい格好をしている?」


「そろそろ出陣のお声が掛かるものと存じまして。準備しておった次第です」


「何のための出陣か?」


「そこな悪魔の討ち損じを始末し、国宝賢者の石を奪還するためでしょう」


 仮面の悪魔、ゲヘナの肩がピクリと動いた。


「ふむ。そち自ら動いてくれるか。天下蛮勇、帝国の最強騎士たるウェリントン卿が出てくれるのであれば安心だ。盗人猛々しくもベルゲルミルの騎士まで侵入していると聞く」


「成る程。陛下を悩ませておられるのはそれですか。お任せください。例え十天君が出てきたとて、我が武にて制圧してみせまする」


 ウェリントンは精悍な顔に凄みを感じさせる笑みを浮かべた。彼は、目の前の主君が自分に黙って白騎士団の工作部隊を動かしていた事実を掴んでいた。悪魔を使役していることや、盗み出される以前に賢者の石を使って怪しげな魔法実験を繰り返していたことも把握していた。


 そして、ウェリントンはそういった諸々をおくびにも出さないで皇帝の要請に応じた。


「白騎士団本隊を出してくれるか?」


「勿論です。賊はエルフと聞いております。騎士団のマジックマスターも伴う所存」


「うむ。そちを呼んで正解であったな。必要な命令は宰相から出させる故、そちに全てを委せる」


「ははっ!」


 ウェリントンは敬礼し、颯爽と身を翻した。カナル帝国最強と目される彼が、大陸有数と名高い白騎士団を率いての出撃をここに決めた。


 カナル帝国皇帝と白騎士団団長が問答している間、ゲヘナはそのまま玉座の傍らに侍っていた。ウェリントンが去り、皇帝が退席した後も、ゲヘナは仮面で表情を消したままにその場にじっと佇んでいた。



***



 レザンセクトの村は谷間にあることから日の差す時間が短く、時折吹き付ける強風も相まって、ここが大陸中南部にあたるとはとても思えぬとクルスの身心を寒からしめた。ネメシスも外套の前をしっかり留めており、普段薄着の目立つノエルですらクルスから奪った革の上衣を羽織っていた。


 高さのある建物などは一軒もなく、一行は舗装のされていない路地を奇異の目を集めながらに歩いていた。行き先は先頭に立つアムネリアが定めていたのだが、村に入って以来彼女が口を開くことはなく、誰にも道順などは分からなかった。


 クルスが通りがかりの村娘に訊ねた限りでは、レザンセクトに暮らすのは五百人足らずで、そのほとんどがクーオウル神を崇拝しているとのこと。旅亭の類いはないそうで、それを伝え聞いたネメシスは不安そうにクルスの顔を見返した。


 二階建てで横広な建造物は村外れに見付かり、アムネリアは三人に入口で待っているよう言い残して一人中に入っていった。


「広そうではあるけど、神殿っぽくはないのね。もっと高くて頑丈な建物かと思ってた」


「聖神カナンや軍神マイルズ、賢神エリシオンらに対するものと比べれば、クーオウル信仰はそれほど栄えているわけではありませんから。このような神殿があること自体に私は驚いていますよ」


 ノエルの疑問にネメシスが答えた。神殿は木造で、外壁が白く塗られている点に静謐さこそ感じられど、ノエルの言うように神殿らしい荘厳さや剛健さには欠けていた。


「それにしても、まさかアムがクーオウルの神官だったとはね」


「クルス、貴方はどの神を信仰しているのです?」


「私は何も。傭兵ですから、マイルズやリヴァイプに祈ること位はありますが」


「では聖神カナンに帰依してはどうです?私がよい司祭を紹介しますよ。帝国騎士に仕官するにも、カナンの洗礼は必須条件ですから」


「別に仕官なんてしませんよ」


 カナル帝国の貴族は例外なく聖神カナンを奉じており、ネメシスもそれに漏れず敬虔な信徒であった。ノエルはエルフ故に森の木々と風とを母と崇めている為、二人の会話に一切興味を持たなかった。


 愛と生命を司るというクーオウルなる神に対してノエルが抱くのは、自分のようなエルフにも母性は宿るものなのか、といった素朴な疑問であった。長い寿命を持ち刺激とは無縁な時の流れに身を置くエルフ族は、恋愛や出産といった男女協業のイベントへの関心が酷く薄かった。森の中で一番若く、例外的に森を出てこうして人間社会を旅するノエルならではの感覚が母性やそれに連なる異性への探求心であり、彼女自身は自覚していないが、他のエルフには見られない稀有な見地であった。


「アムネリアは……愛情豊かな女性なのかな。ああ見えて、好きな人にだけはつんけんしないとか」


「おれにつんけんしないと思ったら、そういうことか」


「どうみても、クルスのことなんか眼中にないって感じじゃない?きっと、誰かいるんだわ。クーオウルの神官なんだから、さぞや情熱的な恋愛をしてるのよ」


「ノエルもしてみるかい?アムの眼中にないらしいから、どうやらおれはフリーみたいでね」


「節操のない男って、最低」


 ノエルにそう断じられ、肩を落とすクルスを見たネメシスが小さく吹き出した。この時ばかりは賢者の石にまつわる凶事を忘れ、皆がそれぞれ旅路を楽しんでいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ