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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第四章 マジックマスター(下)
70/132

  虹の架け橋-2

***



 対戦相手は自ずと定まった。アムネリアは迷わずリン・ラビオリへと斬り掛かった。これはクルスに旧知たるリンは斬れなかろうというアムネリアの配慮からなり、ここにリーグを代表する<花剣>と元十天君が激突した。


「ふうん。てっきり私にはクルスがぶつかって来ると思っていたのに。……貴女も人が良いんだから」


「リン・ラビオリ。個人的な恨みはないが、道が違えた今勝敗を決する他にない。覚悟!」


 ノエルはダイノンの仇であるエドメンドを狙って動いた。エドメンドもこれを予期しており、挑戦を真っ向から受け入れた。


 軽装甲に絹の白衣を着こなしたエレノアは、ゆったりとした動作で光球を現出させたかと思えば、その数はあっという間に五つを数えた。一つ一つの光球には恐るべき魔法力が凝縮されており、例え一撃を食らっただけでも並の人間はひとたまりもないであろうと、手近で見るゼロなどは予感させられた。そして、光球の矛先は仮面の怪人へと向けられていた。


「混沌の君よ。馴染みであることですし、これで少しだけ対話でもしましょうか」


 混沌の君は黙ったままで、胸の前にペンダントを掲げた。


 アイゼンとゼロには個人的な因縁がなく、ダークエルフとハーフエルフは互いに言葉を発しないまま魔法を衝突させた。


 面食らったのはラーマ・フライマで、彼女は自身の実力を過信こそせずとも客観的に大陸で上位のマジックマスターと規定していた。それ故、イシュタル・アヴェンシスがベルディナへと矢を射たことで、見知らぬ赤髪の女が自分のカウンターパートに確定し、些か困惑した。


(この者たちは学習していないのかしら……。あのフラニル・フランという若く未熟なリーダーが真っ先に私に敗れて、旗色の悪くなった先例を)


 クルスはアムネリアへの感謝を心中に宿し、ルガードへと剣を運んだ。突進からの強撃はルガードの剣に阻まれ、互いに応手を交換した。クルスが下段から鋭い切り上げを撃てばルガードはそれを力で切り落として見せ、ルガードの豪快な横一閃にはクルスは咄嗟のステップで回避を試みた。


 斬り合うこと二十合に達せんとしたところで、ルガードの胸中に明らかな余裕が生まれた。それは剣技に明確な差を感じ取ったというわけでなく、現時点で二人の実力は伯仲していた。


 ルガードには悪魔の肉体があり、真の力を引き出せば翼だけでなくあらゆる身体能力や魔法力の向上が見込まれた。制御不能に陥ることを恐れ、敢えて人間ベースの戦闘力に抑制しているルガードからすれば、現状で互角のクルスを圧倒するのは時間の問題と考えられた。


 更に言えば、ルガードの剣は神剣であり、クルスのそれとは格が違った。この差は長期戦になるほど刃こぼれなどで顕著に現れる筈で、ルガードの優位は揺るがないように思われた。


「なかなかやる。剣でここまで私と渡り合えるとはな。凡俗とは異なるようだ」


 言葉以上に余力を残したルガードは、クルスの必殺を狙った剣を弾いて距離をとった。クルスも一息をつき、乱れた呼吸を整えに掛かった。尋常でない殺気を放つ咎人の剣を警戒し、クルスは必要以上の消耗を強いられていた。


 実際のところ、邪剣に属する咎人の剣で傷を負わされれば並の人間は精神に失調を来す羽目になるのだが、ルガードはわざわざそれを明かさなかった。勘でそれと察したクルスの功績と言えたが、それで何が有利になったわけでもなし、クルスは肩で息をしつつも突破口を探っていた。


(剣の力量に差はない。それは奴も感じているだろう。……アムの話では、奴はあのオルファンと同様に悪魔の化身だという。神剣と奥の手を持つ分今なら隙を作りやすい。……必要なのは、覚悟だけだな)


 クルスはアムネリアと剣を交えるリン・ラビオリを横目に見た。彼女がルガード陣営にいる手前、クルスらは手の内をある程度知られていると考えざるを得なかった。


 クルスもその線引きをどこでするか、ルガードにぶつける己が秘策を決定する必要に迫られた。


「アムが熱を上げただけのことはある。人間のままでいても、いい線まで行けただろうに。惜しいな」


 クルスは時間稼ぎとかまかけに、まずは挑発の手を選択した。しかしルガードもさるもので、クルスの苦し紛れの雑言に耳を貸すことはなかった。


「異数の剣士にはあれど、魔法力を持たない以上我が野望には不要。お前は、ここで死ね!」


 そこからのルガードの猛攻はクルスをして防御一辺倒に追い込まれた。咎人の剣が唸って風を切り、必死の圧力を伴って守るクルスの剣を押し込んでいった。


 剣と剣とが撃ち合わされる度にクルスの全身に衝撃が走り、骨が軋んだ。これはルガードが徐々に悪魔の力を出し始めた証左であり、ダメージに顔を歪ませるクルスを見て、彼は必勝を疑わなかった。ペースを掴んだルガードの剣がクルスを捉えるのも目前と思われた。


(まずい……先手を取られた)


 自分の見立てより早く勝負を仕掛けてきたルガードに対し、クルスは苦し紛れの反撃を実行するかどうか迷っていた。そこを好機と捉えたルガードの剣が一気に鋭さを増した。


「ルガード!クルスの左手に気を付けなさい!」


 リンの鳴らした警鐘は、ルガード程の巧者であれば何ら動揺することなく対処の出来る内容であった。


 クルスとルガードが同時に動いた。



***



 ベルディナは巨躯に似合わぬ敏捷なステップで矢の連射をかわしながら、イシュタルへと徐々に接近した。既に距離は近く、弓の間合いを殺すことに半ば成功していた。


(こいつといいエルフの娘といい!お人形さんみたいに可愛くて華奢で、これで殺し合いの場に出てくるってんだから!)


 大剣を腰だめに構えていたベルディナは、イシュタルの最後の矢をやり過ごすや両手に持ち替えて強襲した。イシュタルの対抗手段は意外にも剣であった。


 ベルディナの力強い一振りを屈んで避けたイシュタルは、腰から剣を抜くやそのまま下段に払った。勢い突進していたベルディナは慌てて足を止め、鋼鉄製の脛当てで斬撃を受け止めた。


 そこからがイシュタルの本領で、剣を返すや目にも止まらぬ刺突がベルディナの左上腕を貫いた。続けて素早い切り返しからの一閃で胸甲を斜めに抉った。


 速度に付いていけないベルディナは負傷に驚き飛び退いたが、それこそがイシュタルの術中であった。天弓フェイルノートの矢は魔法力で形成された光の矢であり、近距離でもその威力は折り紙付とされていた。


「……なんだと!」


 芸術的な動きでもって弓が構えられ、速射で放たれた矢は一直線にベルディナの胸へと吸い込まれた。そこはつい今しがた剣で傷をつけられた箇所にあたり、頑丈な装甲も重ねて撃たれれば脆かった。


 光の矢が自分の胸を貫通したとベルディナが気付いた時には、喉元から血と空気が溢れだしていた。ベルディナの視界に凛と立つイシュタルの姿がぼやけ始めた。


(……これで終わり?こんな、ひ弱そうな女に……この、あたし、が……)


 草原に沈んだベルディナを見下ろして動かぬ様を確認した後、イシュタルは本命であるクルスとルガードの戦闘に目を向けた。


 ノエルとエドメンドの対決は、予想に反して一方的な展開となった。元々ノエルの才は抜きん出ており、エドメンドの秘技である使い魔にさえ気を付けておけば、彼女が苦戦をするいわれはなかった。


 エドメンドはマジックマスターとして一流で、先に骸骨戦士を生み出したように魔法生物を造作する手腕にも長けていた。だが相手は魔法の素養に恵まれたエルフな上に、エルフ族を束ねる長老の愛娘ときていたのだから、比較対象としては最悪を極めていた。


 単純な魔法の撃ち合いで形勢不利を悟ったエドメンドは、半ば自棄を起こしたかのように早々と袖内から使い魔を解き放った。対策を立てていたノエルは、風の精霊に頼んで気流による壁を作り、使い魔の突攻をしっかりと防いだ。


「ダイノンの仇!」


 不用意に近付くことはせず、ノエルは距離を保ったままで魔法による決着を図った。エドメンドの表情からは不敵さが消え、ノエルの攻撃に対処しながらも逃走方法を探して目はあちこちに泳いでいた。


「ぐわっ?」


 一本の雷撃に撃たれ、痩身が宙を舞った。地面に叩きつけられたエドメンドの焼かれた全身からは煙が立ち上り、細目だけがぎょろりと不気味に光っていた。彼の吹き飛ばされた辺りには、偶然にも混沌の君が控えていた。


 混沌の君は、ゆっくりと飛来する高出力の光球の進路を慎重に見極め、己を狙って急加速した時点でペンダントを振るってそれを無効化していた。エレノアが軽々と光球を量産するもので、混沌の君はその処理に追われてルガード一味の援護をしようもなかった。


 地を這いずるようにして混沌の君の足下に落ち着けたエドメンドは、重傷で声を出せずとも眼光だけで慈悲を乞うた。


 アイゼンは魔法の応酬で決着がつかぬと見るや、<ダークソウル>を召喚して自身は小剣を抜いた。彼も黒の森の一頭目であり、暗殺術の一環として十分な剣技・体術を身に付けていた。


 ゼロも<ウィルオーウィスプ>を使役することで闇の精霊に対抗し、アイゼンの仕掛けた近接戦闘には細剣でもって応戦した。ゼロはハーフエルフな為に純粋なマジックマスターであると誤解を受けることも多かったが、<リーグ>の傭兵として800超のスコアを積む間に剣腕を磨き上げていた。


 互いの呼び出した精霊が衝突する直下で、アイゼンとゼロは剣を戦わせた。両者共に力よりも速さ重視の戦法を得意としていることもあり、勝敗を決したのは単純な剣速の差であった。


 四肢のあちこちに斬り傷を負いながらも、ゼロの放った斬撃はアイゼン喉を深く裂いた。血の迸る喉元を押さえて膝を折るアイゼンへと、ゼロは同族の誼から哀し気な目線を送った。


 火柱と氷壁が激突し、魔法力の奔流がそこいらの花弁をありったけ舞い上がらせた。火花と結晶の降り止まぬ中、次の攻防は既に始まっていた。ラーマは先手を打って水の精霊を召喚し、膨大な量の水が竜を象って威容を誇示した。長大で中空に蠢く胴に、敵を丸飲みせんと縦に開かれた咢。


(ここは魔法力に溢れた異空間。見た目に惑わされず、あらゆる精霊に干渉が出来ると分かればこの通りです)


 ラーマの作り上げた水竜は狙いを定めて一直線に突進するが、フィニスの防御も完璧であった。土の精霊に働き掛け、地面より堅固な土塁を出現させた。


 水竜が土塁へと直撃し、両者が果てた頃にはラーマとフィニスはまた新たな魔法で競っていた。風や光が途絶えることなく舞い踊り、周辺には大きな魔法力の余波が及んだ。魔法戦闘では昨今類を見ない激闘であり、ラーマは初見の慢心を大いに反省していた。彼女は目の前の赤い髪の女を自分と同等の実力を有する難敵と認め、この場は簡単には切り抜けられぬと覚悟を決めた。


 クルスの仲間たちが優勢に闘いを進める中、アムネリアは全身全霊で剣闘に専念していた。彼女はかつてない緊張の極地に身を置いていた。アムネリアは全盛期の己の技巧をアケナスで最高位にあると信じ、それにはかつて、かの<翼将>や、そこにいるルガードからも御墨付きを与えられていた。


 オルファンの呪いが消えたことで体力面の不安は最早なく、往時の輝きを取り戻したアムネリアにとって、自分と渡り合えるような強敵との邂逅は稀少な代物となった。その筈であった。


 リン・ラビオリの剣は、そんなアムネリアの目から見ても美しかった。洗練された技の接続と型の精密さ。速度と軌道。タイミングや攻撃の起点の読み辛さ。どれをとっても隙がなく、リンはあらゆる技の精緻を熟知し、それを最適化してアムネリアへとぶつけてきた。


 剣才に並ぶ者なしと称えられしアムネリアが、初めて味わう類いの恐怖がそこにはあった。アムネリアの剣とリンのクラウ・ソラスとが数十度目かの激突を演じ、二人の足は一度として止められることなく有利な立ち位置を奪い合った。


 鍔迫り合いの形に持ち込まれ、アムネリアは両の腕に力を込めた。だが向き合うリンの態度に、直ぐにそれが力勝負の企図されたものではないと悟った。


「まさか、敗勢とはね。……人を見る目には、自信があったのだけれど」


「ならば降伏すると良い。今ならまだやり直しはきく。私からもクルスにとりなしてやろう」


「ドワーフやミスティンの騎士たちが死んだのに?……いいえ。負けそうになったからと言って、簡単に宗旨を変えるような女ではありたくない」


「……それが傭兵というものではないのか?なんにせよ、命を安く考えないことだ」


「傭兵である前に、私は一人の女よ。目的の為とは言え、一度捨てた男の下にほいほい戻るわけにはいかないの」


「では、クルスのことは諦めるのだな?競争相手は日に日に増える傾向にあるが」


 リンの瞳に一瞬だけ揺らぎが生じたのを、アムネリアは見逃さなかった。剣が弾かれ、再び斬り合いへと突入した。


 己が顔面を狙ってきた突きを腰を低くして避けたアムネリアは、そこから強く踏み込んで渾身の下段斬りを放った。リンはそれを靴底でいなして剣先を逸らせ、そのまま蹴りで反撃を試みた。


 横に跳んで逃れたアムネリアへと、リンの剣が執拗に追跡した。右に左に差し込まれる剣をどうにか凌ぎ切り、アムネリアは傷をもいとわぬ決死の覚悟で逆襲へと踏み切った。


 アムネリアの後先を考えぬ乾坤一擲の一振りはリンをしても怯ませた。防御こそしたものの強く撃たれたことで、受けた剣を通して腕に衝撃が伝わった。


(……効いたわ。今の一撃、確かに彼女は命を懸けていた。私が気圧されさえしなければ、大振りに合わせた返し技で仕止めることも出来ていた筈……)


 続く撃ち合いにおいて、リンの剣から迫力が薄れたことをアムネリアは承知した。そこで敢えて、アムネリアは一息を入れるかのように間合いを取り直した。


 リンはクラウ・ソラスをだらりと下げ、剣を引いたアムネリアをじっと睨んだ。


「……何故攻めて来ないの?事ここに至って、同情など一切無用よ」


「冷静になって周りを見よ。ルガードの一味は壊滅した」


 リンもそれには気付いており、混沌の君がエドメンドを伴って姿を消したことで、両の足で立ち戦闘を継続しているのは、今やルガードとラーマの二人のみと化していた。


「そなた、ビフレストに並々ならぬ執着を有しているのであろう?余計な矜持は捨て、目の前の実を取る方が本懐であると思うぞ」


「私は……」


「クルスは。……あの者は、罪を償う道を閉ざしたりはせぬ。現に私はそれで救われている。今日ここでルガードと決着をつけ、かつて無知蒙昧から迷惑を掛けた分アケナスのために尽くそうと決めた。そなたも、易々と全てを諦めるべきではない」


 リンは口を閉ざした。


 その時、ルガードがクルスを追い詰める光景が視界に飛び込んで来た。リンは咄嗟に声を上げた。


「ルガード!クルスの左手に気を付けなさい!」



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