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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第四章 マジックマスター(下)
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5 虹の架け橋

5 虹の架け橋


 クルスらが巨人国の古城を眼前に据えたのは、シスカバリを出て六日の後であった。メルビンにおいてルガード一味からの「フラニル・フランは我らが手にあり。返して欲しくば巨人国が古城まで来られたし」という書状を発見し、一路南下して大山に臨んだ。


 山間を行くは難儀なものであったが、予想された巨人や悪魔の襲撃はなく、<リーグ>の雇われを加えた一行はすんなりと城へ至った。クルスは自分の背丈の五倍はあろうという壮大な正面扉を見上げた。


「これを開けたら、まず待ち伏せされているのだろうな」


「メルビンで耳にした通りだ。少なくとも、二十は手下を呼び込んでいよう。ノエルやダイノン程の練達が虜となっている以上、敵の戦力・戦術を侮ることは出来ぬ」


 フラニル以外の仲間たちの生死は判明していなかったが、アムネリアは敢えて生存している前提で話を進めた。彼女の出した作戦は命令系統の明確化に過ぎず、アイザックとマルチナが<リーグ>の傭兵十一人を指揮し、アムネリアやイシュタル・ゼロ・フィニスらはクルスの下に付くというものであった。


 ルガード一味が雑兵とは別に待ち構えていた場合、クルスの主力パーティーと<リーグ>の部隊は別れて行動する計算で、それには誰も異存がなかった。クルスが意外に思ったのは、公女であり十天君でもあるイシュタルが、一傭兵の下風に立つをすんなりと受け入れた点にあった。


「私は状況を弁えているつもりです。かの魔人と対するに、主役はあくまでアムネリアであるべき。そのアムネリアが貴方をリーダーに推すのだから、私に文句などありません」


 こう言って本心を明らかにしたイシュタルは、以後は努めて前に出ぬよう心掛けた。


 クルスは己とアムネリアを前衛とし、率先して切り込み役を担った。ゼロの魔法で巨大な門扉が開けられると、二人は間を空けずに中へと侵入した。


 フラニルを盾にして脅迫されると見越していたクルスらは、城内入口付近に人気のないことで些か拍子抜けした。だが、直ぐにも怒声や剣の撃ち合わされる音が奥から響いてきた。


「先に始まっているようですが……」


 フィニスの呟きがクルスの闘争心に火を着けた。走り、全員を率いて戦場へと滑り込んだ。


 兎に角広い城内の廊下や個室において、身なりの宜しくない荒くれの一味や異形の魔法生物が数十、意気も揚々と暴れていた。その相手は、泰然自若と起立した麗人に金髪の若きエルフという異色の組合せであった。


「ノエル!……エレノア・ヴァンシュテルン?」


 クルスの疑問は尽きなかったが、どちらが敵か認めるや、即座に攻撃を指示した。


「骸骨戦士はマジックマスターが相手を!剣士はごろつき共をやるんだ!」


 二本の足で立ち、剣や盾で武装の施された骨格だけの戦士は人為による魔法生物で、人間の死体と武具の用意があれば、単一のマジックマスターでも生成が出来た。ただし、それは多くの国家や神殿から禁忌に指定されている魔法であり、フィニスなどは相手の内に外道の介在を予感した。


 先頭で剣を振るい始めたクルスの下へ、ノエルが小走りに近寄ってきた。


「クルス!」


「ノエル、無事だったか!フラニルが囚われているそうだが、居場所は分かるか?」


「いいえ。私たちも着いたばかりで……。クルス、ダイノンが死んだわ。ハイネルさんと、レルシェも……」


 戦闘中であり、ノエルは沈んだ様子ながらも魔法を行使し続けて敵の剣を弾いた。クルスは向かってきた骸骨戦士を蹴り飛ばし、縦横の十字斬りで手近な凶状持ちを黙らせた。


「……そうか。フラニルとワルドは?」


 ノエルは首を横に振った。


「わからない。私だけ、ダイノンと妖精王の情けで戦場から脱出させて貰ったから……。ごめんなさい……ダイノンは、私を庇って……」


 クルスはさらに一人の敵を斬り伏せると、左手でノエルの体を抱き寄せて叱咤した。


「ノエル。ダイノンは己の信念に従ったまでだ。気に病むな。……辛いことだが、弔いは後にしよう。先ずはフラニルとワルドの無事を確かめる。ルガード一味の居所を探知してくれ」


「……了解よ」


「よし。アイザック!マルチナ!ここは任せる。アム、皆も付いて来てくれ」


 風の精霊を解き放ったノエルを筆頭にして、クルスらは城の上層階へと駆け上がった。骸骨戦士と敵方の冒険者はアイザック隊と同数程度まで討ち減らされており、クルスは半ば安心して二人に対応を預けた。


「あの傭兵たちを信頼しているのね。骸骨戦士はそうやわな相手ではないのだから」


 階段を軽やかに上りつつ、エレノアがクルスへと耳打ちした。


「どうしてここに?」


「ハイネルとレルシェ、それにクラウ・ソラスには<パス>を繋いであった。ちなみに、この階を奥へ進むとクラウ・ソラスに辿り着くわ」


「……助かる。ノエル!」


 呼びかけに頷き先行するノエルに続いて、クルスは階段から長い廊下へと道を転じた。巨人の居城と言うこともあり、階段の一段一段は跳躍にさえ苦労する程の高さであったのだが、隣を走るエレノアの澄まし顔を見て、クルスは<北将>の恐ろしさを垣間見た気がした。


 アムネリアやイシュタルは実力と名声に恥じぬ速さでクルスらに追い付き、フィニスとゼロがややして合流した。廊下の先で、古城の王の間が厳かに姿を覗かせていた。


 クルスは仲間が揃っていることを認めると、一頻り皆の目を見てから扉の開放を指示した。ゼロが速やかに魔法を行使して、重い扉は轟音を発して内に開かれた。


 クルスらの視界に、灰色の室内に浮かび上がる黒衣の剣士とその取り巻きたちの偉容が飛び込んできた。



***



「お前が、クルス・クライストか」


「ルガードだな。フラニルとワルドはどこだ?」


 両雄はいきり立ち、その応酬は視線の交錯地点で火花を散らさんばかりであった。それぞれ仲間が左右に散り、近い戦闘の襲来を予見させた。


 アムネリアやゼロの視線はリンへと集束し、リンはと言えばエレノアに向けて苛烈な眼光を飛ばしていた。一方エレノアの注意は混沌の君に掛かりきりで、さらにはイシュタルを視認したエドメンドやラーマの目に疑惑の光がありありと浮かんだ。


「おあつらえ向きに、エルフの娘を連れてきたな。これで鍵は出揃った。ビフレストを通じ、神々の住まう地へと足を踏み入れん。我が大望の成就は、もう直ぐそこだ」


 ルガードの愉悦の発言はしかし、クルスに何ら感銘を与えなかった。クルスは向き合う敵を、まるで路傍の石の如くぞんざいに扱った。


「いいから黙れ。貴様の薄ら寒い夢なんぞに興味はない。さっさとおれの仲間の居所を吐いた方が身のためだぞ」


「……傭兵風情が随分と吠えるものだな。威勢をかっただけの大言など、まさしく見苦しいだけだぞ」


 クルスは御託を並べることを嫌い、剣を抜いて下段に構えた。


「もう喋るな。この面子を見てまだ勝った気でいるのなら、貴様はとんだ道化者だ」


 クルスの圧し殺して放たれる気迫に感化されてか、ルガードは敵の陣容を改めた。アムネリア以外にも知った顔が繋がって、特に当代の有名人である<雨弓>と<北将>の二者には注意が向けられた。


 現役のベルゲルミル十天君の登場とミスティンが誇る勇将の出座には些か驚かされたものの、ルガードの自信を根幹から揺るがす程の衝撃ではなかった。ルガードが挑発で返そうとした矢先に、混沌の君が声高らかに宣言した。


「今より空間を跳躍し、ビフレストへの道標たるサザンクロスの丘陵へと汝らを誘うものなり!其処に眠りしは不死の巨人ヘイムダル。これを見事撃退せしめよ。さすれば、クラナドへの扉は汝ら勇者の前に開かれよう」


 王の間の魔方陣が起動し、部屋中が目映い赤光に覆い尽くされた。クルスは耳をつんざく大気の摩擦音と、肺を直接締め付けられたような息苦しさとに責められ、危うく気を失いかけた。


 その体験は無限の時間の如く疑われたが、実は一瞬の事変に過ぎなかった。気付いた時には、クルスの身体は草花の咲き乱れる寒色の丘にあり、視界の殆どが、錆びだらけの武装をした腐りかけの巨人に占拠されていた。


(……不死の巨人?)


 クルスは反射的に前に飛んだ。ついぞ今まで立っていた地面には両刃の大剣が轟音と共に突き刺さり、それを避けて見せたクルスは、走りがけで巨人の左足へと斬撃を見舞った。


 錆の浮いた脛当ては脆くも破損し、クルスの剣が緑色をした体表を浅く斬り裂いた。ほぼ同時に、ルガードの手勢とクルスの仲間たちとが巨人へ襲い掛かった。


 不死の巨人ヘイムダルは、クルスやルガードの五人前以上ある全長から威力のある蹴りや剣撃を落とした。それに止まらず、明暗それぞれに発光した球体を次々と射出し、自身を守護させた。光の精霊<ウィルオーウィスプ>と闇の精霊<ダークソウル>の群であった。


 ラーマとフィニスが合体で防御魔法を講じた。戦士たちの全身は物理抵抗・魔法抵抗の両面において強化された。


 ノエルとゼロ、それにアイゼンの使役する精霊がヘイムダルを護る光と闇の精霊にぶつかっていき、エドメンドとエレノアの掌中からは激しい雷撃や氷撃が飛んだ。


 イシュタルがフェイルノートより放つ矢の雨に呼応して、クルス・ルガード・アムネリア・リン・ベルディナら前衛の面々がヘイムダルへと近接戦を挑んだ。


 死闘には違いなかった。ヘイムダルの拳に払われたベルディナの負傷をラーマが治療し、<ウィルオーウィスプ>に狙撃されたイシュタルもまた一旦後方へと退いた。


 大剣を正面から受け止めたルガードは流石に悪魔の力を開放し、背中から黒翼を露出させた状態で踏みとどまった。その隙にクルスとアムネリアが剣を叩き込み、よろけた巨人の膝上を蹴って跳躍したリンが顔面へと斬りつけた。マジックマスターたちの追撃もあって、遂にヘイムダルの体躯は崩れた。


 緑色をした怪異な肉体は丘陵地帯に寝そべるや、全身が塵と風化してその場からかき消えた。不死の巨人を打倒した戦士たちはしかし、成し遂げた偉業の余韻に浸る間もなく、次なる闘いへと向けて気力を振るい立たせていた。


「見事なり。不死を謳われし超常の回復力でも追いつかぬ猛攻。ヘイムダルは退けられた。後は……七つの鍵の所有者のみ、あの扉を潜る資格を手にしよう」


 混沌の君が指差す先、氷弔花や蒼月草といった寂しい色合いの草花が群生した野原に、景色と不釣り合いな金色の扉が浮き出した。太陽の見当たらぬ不自然な水色をした空の光を反射してか、扉は淡い青光の粒を散らせていた。


 ルガードはそれを見るなり破顔し、珍しく語気を荒くして配下の猛者たちへと告げた。


「エドメンド、ベルディナ、アイゼン、ラーマ、リン!邪魔者を片付けて、ビフレストへと乗り込むぞ!……混沌の君、お前にも手伝って貰う」


 混沌の君は黙って頷き、懐から妖しい光を帯びた短剣を取り出した。それを確認したルガードは満足気な表情を浮かべ、仰々しくも咎人の剣を抜いた。


「巨大な化け物の次は、仲間の復讐に燃える任侠一家かい!こんな楽しい抗争、お頭と闘って以来だねえ。エドメンド、しゃんとしなよ!」


「……ベルディナよ。その能天気さ、どうにかならんのか?向こうにはベルゲルミルの新旧の十天君が並んでいるのだぞ。それに、ミスティンの<北将>……侮れん者達だ」


「うむ。強敵だな」


 普段寡黙なアイゼンまでがその一言を発したことで、エドメンドの気は一層引き締まった。ベルディナも小さく首を回すと、少しばかり神妙な顔つきに転じた。リンは一瞬だけクルスと視線を交わしたが、この段に至っては何も口にしなかった。


 ラーマは同胞が敵対したことで揺れる心を必死に抑え込んでいた。そこをイシュタルが激しく詰った。


「ラーマ・フライマ殿。私はアルケミアのイシュタル・アヴェンシスです。そこな狂人に手を貸すことで、我々連合王国の不利益に繋がるとはお考えになりませんでしたか?ルガードは元ソフィアの上級官吏といえど、今や一介の悪魔に過ぎません。かの者を楽園に導く手助けをするなど、ディアネ神も看過なさいますまい」


「……今更です、イシュタル様。ディアネ神は私を通じて数々の聖言を世に落とされました。それでも暗雲立ち込めるこの世界に光明は差さず、私はルガード卿に希望の一端を見たのです。ただ一人、人も魔もない英傑がこの不憫なるアケナスを導く。かつてサラスヴァティ・レイン様がそうであったように、閉塞した時代においては強力なカリスマに拠って立つを是とするべしと、私は信じます」


「ラーマ殿……」


「イシュタル様。役者が不足しているとは存じますが、不肖の身でお相手させていただきます」


 イシュタルはラーマの瞳に尋常ならざる覚悟を見抜き、それきり説得を断念した。唯一疑念に感じたは<福音>の内にこれほどの激情や志が秘められていた点で、同じディアネを信奉するイシュタルの目からして、かつてのラーマにはそのような気概は似合わないと思った。


 二人の会話が途絶えたところで、真打とばかりにノエルが前に出、啖呵を切った。


「ダイノンの仇、ここでとらせて貰うわよ」


「つい先日、死の淵に追い込まれたことを忘れたか、エルフの娘よ?」


 ルガードは皮肉と自信を湛えて返した。ノエルは怒りに柳眉を逆立て、視線で焼き尽くさんばかりにルガードを睨み付けた。


「協力して不死の巨人と対し、それで我々の底が知れたとでも言うのかしら?いざ勝負に及んで逆目が出たとして、貴方は何とするのでしょうね。プライドだけは高そうだから心配にもなるわ。ねえ、アムネリア・ファラウェイ?」


 ここではじめてエレノア・ヴァンシュテルンが口を挟んだ。<北将>の発するプレッシャーはやはり桁違いで、ルガード以下の誰もが彼女の挑発に激発しなかった。そして、アムネリアが静かにエレノアの言葉を継いだ。


「ルガード。……オルファンは私がこの手にかけた。理想を実現する為とあらば何を用いても良いと言うのでは、決して世の人々から信認を得られぬ。無用の悪意が世を覆い尽くす前に、クーオウルの御名の下、ここで私が裁きを下そう。魔性に魅入られし貴方を、自らの信念に基づき排除させてもらう!」


 この台詞が掛け合いの最後を飾った。ルガードは語るべきことはもうないとばかりに、咎人の剣の鞘を放り捨てた。ベルディナやアイゼンは駆け出し、エドメンドとラーマが魔法の口火を切った。


 そのとき、アムネリアの恩讐は完全に空へと解き放たれた。



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