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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第四章 マジックマスター(下)
68/132

  集う-3

***



 グレイパレスの城塞には、凶暴と狂気を余すところなく発散した上位悪魔が手下を引き連れ陣取っていた。その勢力は侮れないものがあったが、セントハイム騎士団討伐部隊は戦を優位に運んでいった。


 それもその筈、こっそり駆け付けたアムネリアやイシュタルが側面から支援に入り、更にはマジックマスター・フィニスの広範囲魔法攻撃が猛威を振るったのであった。


 クルスはゼロやアイザックら<リーグ>の精鋭を伴って、最前列で悪魔の群と斬り合って見せた。その威勢に感化されてか、セントハイムの騎士たちも怯むことなく全面攻勢に出られた。


「ゼロ、少し下がるんだ!あのデカブツの攻撃をまともに浴びては堪らない。マルチナ!ゼロの横に付いて盾役に徹してくれ」


「了解しました、クルス」


「……こっちも了解!ったく、何匹いるんだか……」


 目視出来る範囲で、<人喰い>や<鳥人>の数は二十を下らなかった。騎士団の部隊長などは現有戦力の不足を嘆いたものだが、クルスのパーティーはその弱気すら払拭する勢いで悪魔を駆逐していった。


 イシュタルがフェイルノートから放った光の矢が、首領たる上位悪魔の巨体を執拗に削った。黒光りのする巨大な熊といった風貌の悪魔は、中距離から自分を狙撃するイシュタルに狙いを定めた。


「人間ーーーーーーーーーーーーッ!」


 城塞の壁上から跳躍した上位悪魔は、着地するなり敏捷なる駆け足でイシュタルへ突撃を敢行した。途中体当たりでセントハイム騎士を二人ほど押し潰したが、その勢いに翳りは見えなかった。


 白馬に騎乗したイシュタルを攻撃範囲に収めたその時、上位悪魔の横合いから銀閃が横入りした。絶好の角度、類い稀な高速度で振るわれた剣は、上位悪魔の太い右腕を切断したばかりか、右脇腹をも深く斬り裂いた。上位悪魔は雄叫びを上げながら地を滑って倒れた。


「……危うく挽き肉にされるところだったわ。アムネリア・ファラウェイ、遅いのではなくて?」


「すみません、イシュタル・アヴェンシス。まだ息があるようですので、止めを刺しましょう」


 下等と思い込んでいた人間に腕を斬り飛ばされ、上位悪魔は怒りに総毛を立たせて吠えた。そこにクルスやアイザックも駆け付け、手負いの敵へと攻撃を集中させた。


 上位悪魔もさるもので、腕利き三人から同時に斬り掛かられても、片腕と背から生やした隠し腕とで互角以上に応戦して見せた。イシュタルの光の矢も、警戒された状況では流石に致命傷を与えるのは難しかった。


 やがて手数の出し合いから殴打を浴びたアイザックが、宙に弧を描いて吹き飛ばされた。クルスは必死に剣速を上げて上位悪魔を翻弄せんとし、ゼロやフィニスが援護の為に遠距離から魔法攻撃を見舞った。


 技巧の粋とも言うべき、アムネリアの剣技は戦場において殊更に美しかった。重さを感じさせぬ軽やかな舞いを踊っているかのように見え、その流れの中から一撃必中の厳しい刃が繰り出された。


 クルスと新たに参戦したマルチナが上位悪魔の拳打に抗い、ゼロは暗黒の魔法をよく遮断した。フィニスが強烈な氷撃で上位悪魔の腹を穿ち、アムネリアの強撃は巨体を悉く削った。


「きゃっ!」


 マルチナの剣が半ばから叩き折られた。上位悪魔の追撃の体当たりはクルスが下段斬りで阻み、アムネリアの剣圧により巨体は体勢を大きく崩した。そこを、フィニスの必殺の炎撃が直撃した。


 ゼロが上位悪魔の魔法抵抗に干渉したこともあり、荒れ狂う炎は渦状に大気を巻き込んで勢力を増した。上位悪魔は断末魔の咆哮を発しながらに消し炭となった。


 イシュタルはフィニスの魔法手腕に驚嘆していた。共闘であるとは言え、上位悪魔をも焼き尽くす火炎というのは生半可な威力ではなかった。


(……アムネリアは、彼女がカナルのマジックマスターだと言っていた。アンフィスバエナやウィルヘルミナ陛下に匹敵するこのような人材が、やはりカナルにも隠れていたか)


 アムネリアは、自分に注がれるクルスの視線にも平然とし、身体の隅々まで己の意識を行き渡らせた。先日の闘いで負った怪我は鈍い痛みを残していたが、全身は驚く程に軽かった。オルファンにかけられた呪術的な制約は全て剥がれたようで、これなら直ぐにも魔法すら行使出来そうだと踏んだ。


「見せて貰った。これがアムの真の実力なんだな」


「クルスよ。私はそなたの本気を見せて貰っていない。この差は不公平と言うものではないか?」


「おれはいつでも本気さ。上位悪魔を相手にしている時も、アムを口説いている時も」


 クルスは軽く応じ、仲間たちの安否を確認した。幸いなことに打撃を食らったアイザックは打ち身程度で済み、パーティーから重傷者は出なかった。


 親玉を倒されたことで悪魔たちは統制を失い、掃討戦へと移ったセントハイム騎士たちに続々と討たれた。クルスらが戦線に戻って直ぐにも城塞の悪魔は一掃され、グレイパレスは半日と経たずに解放された。


 城塞に残って復旧処置を施すと言う騎士団の部隊と別れ、クルスらはシスカバリへととって返した。旧友イーノの推薦たる依頼を無事にこなしたので、フラニル一行を追うべくメルビン行きを決めた。マルチナやゼロは<リーグ>の傭兵を新たに見繕い、戦力の増強された上でクルス一行は厳かに出発した。



***



 ニーズヘッグを通じた妖精族の封印が解除されたことにより、ルガードの一行はすんなりと古城へ進入出来た。メルビンの総勢を伴っての巨人国入りであったが、道中巨人族の多少の抵抗があったせいで総勢は二十名まで打ち減らされていた。


 鍵となる中核メンバーに被害がないため、ルガードは犠牲に露程も感傷を抱かなかった。それよりも、クラウ・ソラスを手に巨人の戦士を軽々とあしらったリン・ラビオリの強勢を目に留めた。


 追ってくるであろうクルス迎撃の指揮と準備をアイゼン・ベルディナに任せ、ルガードはエドメンドやラーマに命じて城内を隈無く魔法で走査させた。そして、自分とリンとで肉眼でもってあちらこちらを見て回った。


 城は巨人の背丈に合わせて造られており、全ての規格が人間からして壮大に感じられた。石造りのテーブルや椅子はリンの背丈以上に高さがあり、鋼鉄製の頑丈な扉はルガードの筋力をもってしても容易に開かなかった。天上は頭上遙か上方に位置し、誰が点したわけでもなかったが、灯火が淡い白光を落としてきた。


 リンは城の建材の大半を、石や金属の種類に至るまで詳細に見抜いた。明かりの細工や扉の開閉に隠されたギミックも想定を持ち得ていたが、敢えてルガードに説明したりはしなかった。


「ここが玉座だな。混沌の君よ、いるか?」


 茫洋と広い空間の奥に、どんな巨体が収まるのかという並外れて大きな座が精巧な彫刻を施されて安置されていた。表面には埃が積もり、リンはそれを手で払って玉座を触診した。石の座は硬く、冷たかった。


 ルガードの呼び声に耳を傾けたのか、混沌の君は薄明かりの下にゆっくりと浮かび上がった。


「何か」


「鍵を揃えたら、不死の巨人ヘイムダルが現れると言ったな?それはここではないのか?こいつや私の勘がそう訴えかけてくる」


 ルガードは腰元の剣を揺すり、混沌の君へと訊いた。


「そうだ。七つの鍵をここ王の間に示せば、ビフレストへの道が開かれる。同時に門番たるヘイムダルも姿を現そう」


 その答えに満足し、ルガードは玉座へと熱を帯びた視線を放った。リンは混沌の君を睨み付けたまま、純粋な疑問をぶつけてみた。


「あなたは鍵となる資格を持たないの?自称、魔境を統べし者なのでしょう?」


「ルガードには伝えてあるが、私は資格を有しない。不審に思わば残りの面子を集合させるのだな。五つであろうと六つであろうと、鍵は七つ揃わねば何も起こらない」


「……そこまで詳しい理由は何?シェンマ家ですら知り得ない、秘境クラナドとビフレストにこれ程精通しているあなたは、一体何者なの?」


「私は混沌の君。魔境とアケナスに暮らすあらゆる種族の繁栄を願う者。それだけだ」


 リンは剣呑さを取り繕わずに畳み掛けた。ルガードはそんな二人の攻防に敢えて注意を差し挟まなかった。


「ビフレストに住まう天使という種族。古文書の一節には、神々を補佐する役目を負った、人間の上位種に当たろうという観測があった。この存在が本当だとして、神霊を降臨させるに器として上々だとは思わない?」


「天使はいる。言う通り、ラーマ・フライマのように人間の身を押してディアネを降すよりかは親和性が高く、負担も軽かろうな」


「そうよね。あと、<白虎>のウェリントンという人物に興味があるの。人間と悪魔が融合して、自我をそのまま保っていられる稀有な事例」


 リンは横目にルガードの反応を窺った。表面的には何ら反応が見られなかった。


「クルスやアムネリアから聞いた限りでは、相当に高度な魔法処理が施されたものと思われる。一口に融合と言っても、ただでさえ種族の異なる生命体が、外見上の欠損無しに一体化するなんて、そんな現象は歴史上一度も確認されていない。あなたの言った、<福音>が全霊を懸けて臨む降神。イメージとしてはこれに近いというのが私の推論よ。つまり、化身の能力を有する悪魔の肉体に人間の魂が入り込む。前提として悪魔の肉体が必要となり、そこに人格を上書きする為には膨大な魔法力の供給が欠かせない。<白虎>はその二つの条件を満たすことが出来た。すなわち、悪魔の王の協力よ。王が手下の体を差し出し、加えて賢者の石から魔法力を融通する。それで、ウェリントンの記憶を継承した悪魔の出来上がり」


 混沌の君の回答を待たずに、ルガードが冷たい声音でリンへと迫った。


「リン・ラビオリ。何が言いたいのだ?悪魔に魂を喰われた人間の例など枚挙に暇がない。あれとて外見上は醜悪なれど、融合には違いあるまい」


「貴方の弟がそれにあたるわね。結局暴走して、自己の同一性認識を怪しくして果てたのよ。これを失敗例と言わずして何と言うべき?……貴方に対して私の言いたいことはただ一つ。転生の儀式を、どのようにして成功させたのかしら?魔法力の供給源。その咎人の剣を、貴方は一体どこから手に入れたの?それが無ければ、或いは貴方は今もソフィア女王国に留まっていられたかもしれない」


「それを知る必要が、お前にはあるのか?」


 ルガードの険のある目付きにたじろいだわけでもあるまいが、リンは己の腰元にあるクラウ・ソラスに視線を転じた。そして、一つ息をついた。


「咎人の剣の在処に興味はないわ。こうして私も神剣を手にしているのだから。……この身は傭兵とて、魔法一家と学者係累の端くれ。転生の秘法には、並以上に関心があるの」


「……別に隠し立てするようなことでもない。お前の仮説の通りだ。生け贄がいる。巨大な魔法力を蓄えし神具・咎人の剣でその精神を破壊し、器を作る。あとは召喚魔法の要領で対象たる己の魂を吸い出す。そして器に移すだけだ。その過程において、どれだけ下賤な者であろうと王侯貴族であろうと魂は等価であり、器次第で強力な力を得ることが叶う。ただの一匹悪魔を虜とすれば事が足るのだから、秘技というには肩透かしなものだな」


 ルガードは平然と言い放ち、それでリンへの干渉を止めた。リンは真面目な様子で考え込み、ルガードの言葉を咀嚼していた。


 混沌の君は何も説明せずに、懐から取り出した魔法結晶を掌中で砕くと、粉末状になったそれを床に撒いて魔方陣を描き始めた。玉座の前に一通りを敷設したところで、誰にともなく独白のような形で解説した。


「古代より、王の間には脈々と魔法力が受け継がれている。それ故この程度の方陣でも大きく転移をかけられる。敵も味方も、ビフレストの入口までは難無く連れて行けよう」


「……敵まで連れていく理由は何?」


 リンが言葉尻を捉えて言った。


「ヘイムダルと対するに、戦士が多いに超したことはない」


 混沌の君が口にした名に、リンのみならずルガードも反応を示した。不死の巨人ヘイムダルは、アケナスでも、最強・無敵の存在として広く名を知らしめていた。


「……サラスヴァティ・レインが討伐したという話は偽りなの?この城に封印が為されていたこと自体、それを補完するようなものだけれど」


 リンは、ルガードらが城の封印を理由に遠回りを強いられた点に言及した。


「ヘイムダルは不死だ。そもそもサラスヴァティが妖精族と結んでこの城を封印したのだから、何も矛盾はない」


「そう。相手が不死なら、私たちはどんな戦法で挑むというの?」


 リンの問い掛けは混沌の君だけでなくルガードにも向けたもので、声色には猜疑の音がありありと滲み出ていた。


 ルガードは咎人の剣を抜き、その剣身をリンにひけらかすようにして掲げた。


「不死のからくりなど、所詮はいち魔法の技に過ぎん。我が剣に溜め込まれし咎を解放すれば、如何なる魂とて奈落の底に引きずり下ろせよう。この剣を手にしたは必然。そして鍵たる勇者が揃いしは、天の利を得たに等しい。もはや私を阻むものなどない」


 リンは事の是非を混沌の君に問おうとして、仮面の奇人が姿を消していることに気付いた。どうせ転移の際には現れるのだと知っているルガードは気にも止めず、城内の偵察を続行した。リンはしばらく玉座のあたりを眺めやり、やがて寂しげに目を伏せると、遠ざかるルガードの背に続いた。



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