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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第四章 マジックマスター(下)
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4 集う

4 集う


 メルビンに向かう算段をつけたクルスへと、セントハイムの騎士団本部から招集がかかった。シスカバリに滞在していて流石に無視も決め込めず、クルスはゼロを伴い本部庁舎を訪ねた。


 待っていたのは騎士団幹部の面々と、役人と思しき身なりの良い男たちで、総勢は十人以上にも上った。実用性が重視され、設計に実直さの窺える角張った庁舎の最奥、広い会議室へと二人は通された。


 騎士団幹部の中でもリーダー格と見える壮年の騎士が端的に述べた内容は、単なる悪魔退治のように聞こえた。理由を訊ねるより先に、「はあ」という気のない返事がクルスの口から出た。


 シスカバリより馬で真西に二日程、魔境との境がそこにはあり、対魔防衛ラインの誇るグレイパレス城塞が存在した。その城塞が悪魔の襲撃を受け、駐留部隊は撤退を余儀なくされたという話であった。


「<リーグ>の支部からは話は聞いている。悪魔教団の一党を討伐した手際、見事というより他にない。ついてはこれから我等の部隊に同行して、グレイパレス奪還に協力して貰いたい」


「これから?こちらにも都合はある。おまけにまだ<リーグ>からの要請もない。即答は出来ないな」


「いや、来て貰う」


 リーダー格の騎士は、落ち着いた様子で腕組みを解いた。ゼロは脅迫の類いを警戒したが、室内外に異変は見られなかった。


 騎士の隣に座した、まだ四十に届かぬであろう役人が言葉を引き取った。


「クルス・クライスト。君の出撃を推薦してきた御方がいましてね。悪魔退治の経験が豊富で、今回の任務にうってつけだと」


「……おれを?それは誰だ?」


「イーノ・ドルチェ殿下。恐れ多くも、ここセントハイムの伯弟にあらせられます」


「なに!」


 クルスはテーブルを掌で叩き、席から立った。隣席のゼロは目を丸くし、クルスの反応を眺めた。


 役人はイーノ・ドルチェがクルスを招聘するようセントハイムの上層部に直訴してきたのだと重ねて説明した。そして、リーダー格の騎士が直ぐの出発予定と作戦の概要を告げた。クルスは前言を翻し、作戦への参加を決めた。


 強行軍の道中でクルスはゼロに理由を説明した。


「イーノ・ドルチェは、おれの師であり恩人でもあるヴァティの仲間だ。彼女とは古くから知り合いのようで、気心が知れていると常々思っていた。表向きは突っ張ってはいながら悪人にも見えなかったな」


 日を横から浴びて、馬上で半身を輝かせたゼロが聞き返した。


「伝聞のような物言いですね」


「ほとんど会話をしたことがないんだ。これは俺だけじゃない。イビナ・シュタイナーだとか、ヴァティの時々の仲間たちともイーノは絡もうとはしなかった。彼が認めていたのはヴァティただ一人で、それ以外には関心がないように見受けられたな」


 クルスは昔を思い返していた。快晴で透き通った空に瞳を向け、眩しさに目を細めた。二人の周囲には騎士団の馬列があり、自由な行動は制限されていた。


 グレイパレスには凶悪な上位悪魔が居座っているそうで、勇猛で鳴るセントハイムの騎士たちと言えど緊張の色は隠せなかった。その中で、クルスとゼロだけは動じる様子もなく会話を続けていた。


「……ヴァティは。サラスヴァティ・レインは魔境の最奥に入って最期を迎えた。独りその供をしたのがイーノだ。彼がおれに城塞の悪魔を伐てと言うのなら、それはヴァティの望みと捉えて大差ない。巻き込んでしまって、すまない」


「問題ありません。私も混血とはいえエルフの端くれ。悪魔を野放しにはしておけません。それよりも………」


 ゼロが心配したのはアムネリアとイシュタルのことで、セントハイムの面々は彼女らに次第を伝えると約束したものの、それが果たされたものか気にかかっていた。クルスなどは伝わるかどうかよりも、悪魔を毛嫌いして止まないアムネリアが事を聞きつけ、宿で大人しくしていようはずもないと心配していた。


 不意に、前方の騎士たちが急停止し、隊列は乱れた。百にも上る戦力であるため、一旦統制が失われると混乱を収めるのに時間が掛かった。


 すわ敵の奇襲かと、クルスとゼロは騎士らに構わず辺りを警戒した。しかし戦闘は起こらず、ややしてクルスらは騎士の隊長から先頭へと呼びつけられた。


 神妙そうに馬を進めたクルスは、苦虫を噛み潰したような顔をした騎士隊長より三人の旅人を紹介された。


「……クルス・クライスト。これだけ危なっかしい土地で、貴様に客だそうだ。それも、あのカナル帝国の要人らしい」


 クルスは隊長と向き合う三騎に目を向けると、記憶より懐かしい面相を引っ張り出すことに成功した。赤毛のマジックマスターと、腕の確かな傭兵の二人組がそこにいた。


「フィニス?それにアイザックとマルチナじゃないか。どうしたんだ、お前たち?」


「お久し振りです、クルス・クライスト殿。貴方が虹の架け橋へと単身で挑むと聞き付けまして。微力ながらお手伝いをと馳せ参じました」


 フィニスは平然とそう答え、呆然とするクルスを前に滅多に見せぬ微笑を湛えた。



***



「これでよかったのか?」


「奴の一派は<フォルトリウ>の思想に理解がない。そう代わりのきく上位悪魔ではないが、捨てるに惜しい程でもない」


「そっちじゃない。……あれで時間差は決定的だ。てっきりルガードと競わせるものかと思ったが」


「ああ。いまルガードのパーティーに挑んだところで勝てはしまい。リン・ラビオリがルガードを選んだ時点で、勝敗は決した」


「奴がグレイパレスを解放して名声を得ることで、ビフレスト入りに代わる満足を得られると?」


「まだ分からない。ルガードとて鍵を揃えたわけではないのだから。……来た。去れ」


「<花剣>か……」


 夜の闇に溶け込み、その人物の姿が気配ごと消えた。そこは館の裏手にあたり、表側からは死角にあたったが、リン・ラビオリは迷いもせず大樹の幹に背を預ける混沌の君を訪ねた。


「あなたは誰?いま誰と話していたのかしら?」


「私は混沌の君。ルガード卿を手伝う有志の一人だ。<花剣>のリン・ラビオリ」


 リンは気概の程を窺わせる視線で混沌の君を刺した。その表情には凛々しさと冷酷さが見事に同居していた。


「誰と話していたか、答えなさい」


「誰もいない。私はここに一人でいた。何なら魔法感知で調べて貰って構わない」


 リンは遠慮なしに魔法で周辺を改めた。彼女の腰に差された神剣からは魔法力が止めどなく還流し、リンの魔法の冴えを鋭化させた。


 それらしき形跡を発見出来ず、リンは舌打ちすると謝るでもなく混沌の君に背を向け、館の正面へ回った。


 メルビンのルガードの居館には主要メンバーが揃っており、魔法で強化済の縄でがんじからめにされたフラニルとワルドも、部屋の片隅に転がされていた。


 居間にあたる広い部屋へ通されたリンは、フラニルやワルドに気付くも直ぐに視線を切った。フラニルらの方は猿轡を噛まされているため、元より声を上げられなかった。


 装甲を脱ぎ黒衣の平服姿で寛いでいたルガードが、リンを認めるなり口を開いた。


「首尾よくクラウ・ソラスを手に入れたようだな。有言実行、大したものだ」


「へえ。その腰のもんが神剣かい。ちょいと見せておくれよ」


 ソファから立ち上がったベルディナが無造作に手を差し出すも、リンはそれを無視してルガードに質した。


「……ビフレスト到達に近いと聞いてこちらに付いた。私と貴方は仲間ではないわ。それは理解しているわね?」


 空かさずエドメンドとアイゼンが立ち上がり、ラーマは展開についていけずに忙しなく二人を見回した。ルガードは手だけでベルディナを下がらせ、エドメンドとアイゼンにも座るよう命じた。


「この面子で、下手な挑発など身のためにならんぞ?」


「忠告しましょう。神剣クラウ・ソラスが自動生成する結界は、魔法攻撃の全てを無効化する。そして、私の剣はあなたたちには見切れない」


「威勢がいいな。だがお前の実力は知っている。仲間ごっこをしたいわけではないのだから、それでいい。鍵さえ提供してくれるのなら」


 一瞬だけ、ルガードとリンの視線が熱を帯びて激突した。だが火花こそ散らせども爆発は起こらず、リンは手近な丸椅子に腰を下ろした。


 ベルディナは期待が外れたようで悔しがり、すごすごとソファに戻った。


「表に奇怪な仮面を被った魔性がいたわ。あいつ、誰かと連絡を取っているわよ」


 ルガードはリンの指摘にも興味を示さず、さも当然のようにそれを肯定した。


「混沌の君のことであろう?奴は魔境の支配層にありながら、私のビフレスト制覇に力を貸す輩。無償でそれをする意味などなかろうし、何か裏があるは疑い無い。だが、それに余る知識と実力を持っている」


「使える内は、水面下の行動に目をつぶると?」


「いざとなったら排除すれば良いだけの事だ。それが出来ない私たちではない」


 ルガードの台詞に、ベルディナやアイゼンが誇らしげに胸を張った。リンはフラニルやワルドに目を向けると、溜め息をついてルガードの意見を受け入れた。


「……そのようね。私の仲間を捻ってくれたみたいで」


「仲間?ビフレスト探究以外で、貴様に心を寄せるものがあるというのか?そこに転がした二人、クルス・クライストとやらの報復に備えてカードにするつもりであったが、不服か?」


 フラニルやワルドが瞳であれこれと訴えるのを尻目に、リンは首を横に振ってルガードへと応じた。


「好きになさい。でも、クルスと戦う必要なんてないわ。これで鍵は揃うのではなくて?」


 リンはクラウ・ソラスの鞘を掴み、神具の存在をアピールした。


「エドメンド」


「はっ。……リン・ラビオリ殿、現在我々が所有する鍵は六本となります。混沌の君が判定した範囲では、マジックマスターとしてはルガード様と私、それにアイゼンにラーマ殿で四本。神具はルガード様の咎人の剣と貴女のクラウ・ソラスで二本の、総計六本。本来はルガード様の弟御であらせられるオルファン殿の合流も見込まれておりましたが……」


「私たちが殺した」


「ええ。聞いています。皮肉なことに、オルファン殿が来られず鍵を手にした貴女が現れました。ですので、もう一本の入手が急がれます」


「それ故の、餌なのだ。こやつらは」


 ルガードが継いで、顎でフラニルらを指した。先のブラーニー城での闘いを見た混沌の君は、フラニルを鍵の資格なしと断じ、代わりに妖精王に逃がされたエルフ・ノエルを鍵たる有資格者と判断した。それを聞かされたリンの表情が少しだけ動いた。


「仲間が気になるか?」


「ノエルは生きているのね……なら、この二人は誘い出す為の生き餌になり得るわ。あれでクルスは甘ちゃんだから。ところで、ドワーフの戦士やミスティン騎士はどうしたの?」


「殺した」


「……そう。それでは、クルスは死ぬ気で挑んで来るわね。肝心の鍵が折られなければいいのだけれど」


 リンはベルディナやエドメンドにちらりと視線を転じた。ベルディナは迫力のある表情ににやりといやらしい笑みを浮かべた。


「面白いねぇ。そこに転がってる奴らの仲間なんだろ?ドワーフの爺以外は骨のない奴ばかりだったからね。ぬか喜びさせないでおくれよ」


「ベルディナの言う通り。あれならオルトロス湿原で戦った妖精族の戦士たちの方が、まだ上手でした。クルス・クライストなる傭兵、海のものとも山のものとも知れませんが、ラビオリ殿は我等の力を侮っておいでのようだ」


 珍しくもエドメンドがベルディナを擁護した。アイゼンも同感とばかりに小さく頷きを見せた。


 リンはそんな猛者たちを一笑に付した。


「フフ。ビフレストへの鍵が揃ったかと期待して来てみれば、これだわ。ラーマ・フライマ」


「はい?」


 突然に水を向けられ、ラーマは思わず背筋を正して応答した。


「クルスと共にあるのはアムネリア・ファラウェイとイシュタル・アヴェンシス・アルケミアよ。かの将星たちを、貴女に退けられて?」


「ファラウェイ卿に、イシュタル殿下……。何故殿下がアルケミアから出られたのかは存じませんが、あの方々を相手にすれば、ただでは済みますまい」


「なんと!……たかが傭兵が、ベルゲルミルの新旧十天君を率いている、ですと?」


 エドメンドは一転、深刻さを露にし疑問を呈した。リンはそれに答えず、更なる爆弾を持ち出した。


「あなたたちの殺したミスティン騎士。彼らはエレノア・ヴァンシュテルンの紐付きよ。あの抜け目ない女のこと。<パス>くらい繋げているでしょうから、遠からず東部に出張ってくるのでは?ドワーフに至っては王の近似と聞いている。事が知れたら、あの王国を丸々敵に回す未来が待っているというわけ」


「<北将>とは……いや、ミスティンは対イオニウムで手一杯の筈。騎士の一人や二人、行方不明になったからといって、わざわざ東部に遠征など出来ようものか」


「国宝がここにあるというのに?」


 リンはクラウ・ソラスを揺すって見せた。エドメンドは口ごもり、アイゼンは「ドワーフなど……何人来ようと殺し尽くしてやる」と、瞳に憎悪を燃やした。


 ルガードだけが落ち着きを失わず、挑発の意図を確かめるかのようにじっとリンの瞳を見詰めていた。そして、ただ一つ関心を抱いた点のみ言の葉にのせた。


「傭兵クルス・クライスト。そこの賊より聞いた話とは、実物に差違がありそうだな。リン・ラビオリよ。私と共にビフレストへ先行するつもりがあるのなら、知っていることを全て話せ。その気がないのであれば仕方ない。先程言った通りだ。鍵さえ手に入れば、さして不足はない」


 ドワーフにエルフ。<リーグ>の幹部であるリンや、ベルゲルミル・ミスティン両国の精鋭をも従えるクルスという人物に、ここで初めてルガードが心を傾けた。同時に、彼はリンをクラウ・ソラスの入手経路としか捉えておらず、彼女と同様に仲間意識を欠片も持ち合わせていなかったので、ここで訣別するもまた良しとの立場をとった。


 リンは己の技量を弁えており、クラウ・ソラスの特性もごく短時間の内に解明していた。そうして得た結論は、ルガードの能力がただ悪魔との融合からくるものであれば、一対多でも勝機有というものであった。


(この剣の対魔法特性は想像以上だった。無効化どころか、敵対魔法を丸ごと吸収して、自律性の高い疑似精霊<ホムンクルス>を造り出す。つまり、この場で速攻を仕掛けて剣に物を言わせれば、大半は片が付く)


 それでもリンが決着を急ごうとしない理由は、ルガードの底力が読めない点あった。彼はリンと同等の神剣を所有するばかりか、正体不明の悪魔と一体化している身であり、個の戦闘力において唯一リンをも上回る可能性を秘めていた。


 おまけにルガード一味はクラウ・ソラスを含めれば鍵を六本所有する計算で、例えルガードの咎人の剣を強奪したとして、クルス一行はそれでもビフレストへ辿り着けないのだとリンを悩ませた。


(ノエルの性格からして、無事なのであれば猪突猛進ここを襲撃してくる筈。そうすれば当然囚われの身となる。呪いの状況が不明なアムネリアには期待出来ないし、イシュタル・アヴェンシスの神弓と、あわよくばゼロが鍵に認められたとして二本。私が剣二本を持ち込んでも、ビフレストへはまだ遠い……。彼と共に探究出来たなら、それこそ悔いはなかったのだけれど)


 リンは頭を振って想念を払うと、敵意を収めて対クルスに必要な情報提供を始めた。ルガードは満足げにそれを聞き、エドメンドをはじめとした一味もそれに聞き入った。


 戒められているフラニルは表情を強張らせ、リンを睨みつける碧眼がだんだんと冷めて哀しみを湛えていった。それでも、リンは最後まで視線を逃がしはしなかった。


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