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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第四章 マジックマスター(下)
64/132

  百花繚乱-2

***



「坊やかい!やっぱり来たね」


 フラニルの顔を見付けたベルディナは、喜色を満面に浮かべて声を張り上げた。対照的に、エドメンドやアイゼン、ラーマらは成り行きに任せようと動かなかった。


 フラニル以下の六人は各々が武器を携え、玉座周辺に陣取るルガード一味の下へ慎重な足取りで近付いた。その先頭はノエルとダイノンが固めていた。


「妙な会話が頭の中に聞こえてきたかと思えば、精霊が先導までしてくれてこれか……。俺達ははめられたわけかよ!」


 ワルドの愚痴は部屋中に響き、エドメンドらはそれをもって状況を理解した。


(聖タイタニア。やはり食えない奴だ。我々と奴等を鉢合わせにし、潰し合わせるつもりか?)


 エドメンドは即座の迎撃許可を得ようと、ルガードに直訴した。


「ルガード様。奴等ごと制圧致しましょうぞ」


「待て。今更焦ってもどうにもなるまい。思惑が交錯して面倒というもの。はっきりするなら奴等の話を聞いてみようではないか」


「しかし……」


 フラニルは眼前に広がる光景を一通り認識していた。それは、ルガードらに遅れてアルヴヘイム入りをした時から、ルガードや聖タイタニア、ウェリントンらの会話が空間を越え頭の中で再現されたことに因った。その後はワルドの言った通り、風の精霊が向こうからノエルを訪ね、ここブラーニー城へと誘った。


 ノエルやダイノンはウェリントンが現れたということで目の色を変えていたし、フラニルやミスティンの騎士たちもアケナス全土の危機と聞いては状況を捨て置けなかった。


「来ましたか。その方ら、この闇の一味を追って、わざわざアルヴヘイムまで足を運んだようですね。全ては聞かせてあげた通り。さあどうしたいのです?」


 玉座から投げ掛けられた突然の問いに、フラニルは真っ当な答えでもって対した。


「四柱の封印を解くなどもっての他だ。狂人の野望はここで僕たちが断って見せる!」


「その通りよ。ウェリントン……ここで会えたからには、今度こそ賢者の石を返して貰うわ!」


 ノエルが追随し、ダイノンも戦斧を構え直して戦意の程を示した。ハイネルとレルシェもそれに続いた為、場の空気が一気に血の気を帯びてきた。


 ウェリントンはフラニルらの挑戦に関心を示した風でもなく、ダーインスレイヴを下げたまま佇んでいた。エドメンドは望んだ展開に満足し、緊張だけは解かぬままにフラニルへと語り掛けた。


「ふむ。いたずらにアケナスを騒がす狂人を退治するという点では、我々と利害の一致を見そうだな」


「……そうかも知れない」


「おいおい!フラン、お嬢ちゃん。お前ら、少しは落ち着いてものを考えろ。俺達の目的を忘れたのと違うか?クルスの野郎を一番にビフレストに行かせてやるんじゃなかったか?……その白いのとやるにせよ、敵の敵も味方というわけにゃいかないんだぜ」


 ワルドの苦言はノエルの決意を揺るがすに十分であった。


(……そうだ。何としてもビフレストに行って、ラクシュミの延命を図らないと!ウェリントンだけに気を取られていたら、クルスの助けにはならない。これじゃ私……まるきり馬鹿じゃないの!)


 ダイノンはノエルやフラニルの指示を待つことに徹し、居並ぶ敵を均等に睨み付けていた。


 ここで声を発したのは聖タイタニアであった。


「この黒衣の魔人の狙いは、白き狂人か私の持つ神具です。それを奪わば直ちに古城からビフレストへと達しましょう。アケナスの安定を維持し、そなた達の希望を叶える手段は一つです。この場でどちらの魔人をも倒すこと。……何なら、私がウェリントンの相手をします。それで如何です?」


 エドメンドやアイゼンがすかさず頭目の顔色を窺うも、ルガードの無表情に変化はなく、代わってラーマが妖精王の態度を非難した。


「……貴女は。自分が助かりたいが為に、他者に無用の犠牲を強いることも辞さないと?」


「ディアネの愛娘。<福音>などとおだてられて増長していますね。ディスペンストから祝福を得、妖精を束ねし私と多少神性に秀でただけの人間。本来ならあなたと対等に口をきいてあげる言われもないところ。生意気を言うものではありません」


「時空の神は、貴女にアケナスの支配権を附託されたわけではないのでしょう?ディアネ神からもそのような印象は受けていません。ここで貴賤を問題視することは筋違いです」


「いいでしょう。それで、あなたは黒衣の魔人が神となるに相応しい人物であると見ているのですよね?あなたがしている行為は、それ以外に解釈のしようがない暴挙ですよ」


「……閉塞した世界に一石を投じる価値を有すると見ました」


「笑止!」


 断言し、笑声を上げたのは妖精王ではなくウェリントンであった。


「<福音>のラーマよ。お前はお前個人が関心を抱いたというそれだけの理由から、ただのなり損ないが蛮行に手を貸したにすぎん!魔剣を手にし、肉体をシュラク神に差し出したこの男に、どうして我が身を犠牲としてまで大地を守りしディアネの代わりが出来ようか?お前は聖神カナンや賢神エリシオンらクラナドの主神どもにこの男を何と紹介するつもりだ?まさか、魔境の英雄とでも仕立てるつもりか!ハハハ。笑わせるな!」


 主を小馬鹿にされたことで、ベルディナやアイゼンがウェリントンへと明確な殺意を叩き付けた。


 聖タイタニアは「一理ある」としながらも、ウェリントンへも「なり損ないとは、自分を指して言ったのではないか?あなたたち二人は白と黒、雰囲気こそ対照的に思えるも存在は正しく同一。魔神になり損ねた半人半魔であって、私から見てろくでもない存在でしかない」と貶めた。そして、いま一度フラニルへと勧誘の口上を述べた。


「黒衣の魔人たちを任せたい。後顧の憂いを断つのです。そこな仮面の幽鬼は手出しをしませんから」


 それを聞いたフラニルやノエルが混沌の君へと注意を払った。混沌の君は聖タイタニアの言を肯定するかのように唐突にふわりと宙を舞い、彼女とウェリントンの間へ降り立つと、優雅な動作で腰の長剣を抜いた。


「……<白虎>よ。妖精の王を害することは許さん。私が相手をする」


 ルガードは話の流れを汲み取り、配下の精鋭たちへドスの利いた声で命令した。


「降りかかる火の粉は払わねばならん。食い足りない未熟者たちが相手とは言え、手は抜くな」


「おう!」


 ベルディナが雄叫びにも似た声を発し、大剣を構えた。アイゼン、エドメンドも布陣を崩さずに戦闘態勢をとり、フラニルらに重圧を与えた。ラーマは唇を噛み締めて不本意さに堪え、ルガードの隣で魔法戦闘を準備した。


「……フラン、良いのだな?」


 レルシェが念を押すようにしてフラニルの背中へ訊ねた。彼の周囲に集まる仲間たちは皆、目の前の強敵と対する覚悟を決めていた。


「……千載一遇の機会です。やります!」


 フラニルのそれが号令となり、ダイノンやハイネルが動き出した。ここにルガード一味との戦闘が開始された。



***



「いないか?」


 アムネリアの質問に、クルスは首を縦に振った。セントハイムの首都・シスカバリに着いて早々、フラニルたちからの未読の連絡を発見し、それを改めてからリン・ラビオリが姿を消した。


 すぐにもメルビンを目指そうという矢先であり、ここで余計な時間を費やすわけにはいかないと、クルスらは慌ててリンの捜索に当たった。根城としていた宿には<リーグ>の支部を訪ねていたクルスとリンの生家を回ったアムネリアが舞い戻り、互いに成果のないことを確認し合った。


「後はゼロの魔法感知だが……」


「神剣に<パス>さえ繋げてあればな。ただの人間一人、幾ら精霊を操るに長けたエルフとは言え、これだけ人の多い大都市で見付け出すのは至難の業だ」


 アムネリアの指摘通り、二人に続けて帰参したゼロも手掛かりを得られなかった。そうなると、きっかけと思われるフラニルよりの報告にヒントを求める他なく、四者はいま一度それを議題に話し合った。


 既に多数の鍵を揃えたと推察されるルガード一味が、メルビンの東へ進路をとった。巨人国とは方向こそ異なるものの、捨て置けないので偵察行動をとることに決めた。鍵が七つ揃う危険性を察知出来たならばこれを阻止するつもりだ。かいつまんで、フラニルからの伝達事項は以上であった。


「フラニルらに警鐘を鳴らすつもりであれば、何も一人で行く必要はない。何れ我らもここを発ち向こうの面子と合流することは、ラビオリにも含んであったのだから」


「つまり、おれたちが一緒だと都合の悪い理由があったと?……考えたくはない。良い方向に答えが向くとは思えんからな」


 宿の客室において、クルスは窓から赤く染まりつつある景色を眺めやった。リンを追うこと半日、今や誰もが彼女への不審を抑え難くなっていた。


「馬はありましたが、リンさんの身分や機転であれば如何様にも調達出来ると思います。クラウ・ソラスの線もはっきりしたことは分かりませんが、少なくとも手の届く範囲にそれらしき魔法力を発する存在は見付かりません。擬装の痕跡も掴めず、です」


 ゼロの裏付けにより、リンの失踪が彼女自身の決断によるものという可能性が高まった。彼女が誘拐といった何らかの事件に巻き込まれた線は否定こそ出来ないが、気配すらなしにそれを許す<花剣>ではないとクルスは確信していた。


 水の入れられた銀杯が小机に叩き付けられ、クルスらの視線がそれをした四人目の人物に集中した。


「……仲間内だから言いにくいのでしょうが。私から推論を述べさせていただく。リン・ラビオリはあなたたちを見限って、この際ルガード一味に身を投じるつもりなのでしょう。聞けば、彼女の持つ神剣はビフレストへの鍵に足るとか。ルガード一味が相当数の鍵を持ち合わせているという情報。これが真実であるならば、リンが加わることで数は七に近くなる。こう考えれば自然です」


 リンがビフレスト探究を生涯の目標にしていたことは皆よく知っていたし、彼女の実家を訪問したアムネリアは、話を聞くにつれリンがどれだけの期待を背負ってそれに従事していたかを肌で感じた。ルガード一味が先に王手をかけつつある以上、リンの中の天秤がクルスからルガードへと秤を傾けるのはある意味必然とも受け取れた。


 それを断定したのが他ならぬイシュタル・アヴェンシスであったので、クルスの落ち込みは半端ではなかった。イシュタルがするようにベッドの端に腰を下ろしているアムネリアが、進まぬ表情ながらに頷いて元同僚の意見を支持した。


 ゼロは外套のフードすら取らず扉の前に立ったままの姿勢で、クルスへと対応を質した。


「どうしますか?」


「……無論、メルビン入りだ。リンの意図は置いて、一先ずフラニルらと合流しよう。妖精の守護獣すらも平らげる敵を相手に、分散したままでは分が悪い」


 クルスは振り向き、窓を背にしてベッドに座る美女二人へと提案した。


「アムはまだ本調子ではないだろう?ここに残って身体を休めていてくれ。アルケミア公女殿下は……悪魔教団討伐の御協力に感謝を。そして、どうかここでお引き取りを。後はおれたちの私事ですから」


「そなた、ラクシュミの力も借りられずに、私を置いてルガードにどう立ち向かうつもりだ?先般もたかが似非の暗殺部隊に苦戦を免れず、己の実力を買いかぶらぬ方が良い。……頭を下げられれば、痛む身体を押して助けてやらぬこともないぞ」


「ルガードは元々ベルゲルミル連合王国の上級官吏。聞けば、かの狂人・エドメンドまでもが暗躍しているとか。私は<十天君>の一員として、身内の罪を見て見ぬふりなどしませんから。……黙って一戦力として連れて行きなさい」


 アムネリアとイシュタルの堂々たる反抗を前に、クルスは二の句を継げなかった。正直なところ二人の力はあてになると思っていたし、ビフレストのような未知なる領域に挑むにあたりこれ程頼りになる面子はいないと意識していた。


 しかし、クルスの内心深いところで二人を頼むことに制動が掛けられた。クルスが「私事」と伝えたことに偽りはなく、ラクシュミを助けたい一心からビフレストを目指している以上、負傷中のアムネリアや、仲間でもないイシュタルを危険な目に合わせることは躊躇された。


 クルスはまだ何か言いたげであったが、空気を読んだゼロが後を引き継いで行動を開始した。


「では、フランさんたちとすれ違った時のために、ここと<リーグ>には書き置きを残しておきます。メルビン入りと、そこから先の目的は明記しますので」


「頼むぞ、ゼロ。……殿下、本当に宜しいのですね?ラファエル・ラグナロック殿の承諾は得ておいでなのですか?」


「ファラウェイ卿。それと、そこの二人にも言っておきます。闇の眷属を相手に共闘する身の上で、過度な敬称や敬意は不要です。私のことはイシュタル・アヴェンシスと呼んで頂いて結構。アケナスに破壊を導かんとする者共を敵とする間は、ベルゲルミルもカナルもない。余計な気遣いは一切無用に願います」


 イシュタルの真摯な態度に打たれ、アムネリアもクルスも首を縦に振るしかなかった。ゼロは馬鹿正直に「承知しました」とだけ応じて部屋を出た。


 イシュタルもそれに続いて立ち上がった。


「では私も旅支度を調えるとします。すぐに戻りますから」


 扉が閉められた後、残された二人は謀らずとも同時に溜め息をついた。そして顔を見合わせると、どちらともなしに軽く愚痴を溢した。


「あれで一国の公女とはな。無鉄砲にも程があるだろう?」


「殿下の婚約者はレイバートンの宰相。つまりは<翼将>だ。おまけに今や、<雨弓>の称号と神弓をも所有するのだから、国元にせよ神殿にせよ何も言えまいな」


「……カナルに縁あるおれたちを警戒もせずに受け容れた度量は認める。だが、未来の見通しはどうだ?何れ遠からず起こるであろう戦争において、<十天君>とおれたちは必ず敵対する。そういった観測をもって然るべきだ」


「……殿下は元々<狩人>という異名をとる。戦場で冷酷に敵対者を討ったことで得た名声だ。そのような感情を大局に持ち込まぬ自信があるのであろうな」


「今回おれたちと共に闘っても、次に会った時は殺し合える……と。傭兵と変わらぬ殺伐とした世界の話だな。かような美女には釣り合わない」


「その手の軽口は命取りになる。殿下に洒落や冗談が通じるかどうかは、命を賭けて試してみるのだな」


「了解した。……アム、無理はするなよ。ラクシのことはおれの我が儘だ。例え一人になってもけりはつける」


 言って、寂しそうな笑みを浮かべると、クルスは剣を腰に差して部屋を後にした。このことに関して問答をしたくないであろう点は明白で、それと分かっているが故にアムネリアは何も言わずにクルスを見送った。


 アムネリアの胸中には反論の余地があった。


(私はソフィア時代の私と訣別するにあたり、そなたへと協力を仰いだぞ。そなたも……遠慮などせずに私を使い倒せば良い。ここにきてそのように他人事な物言い、いくら何でもつれなかろうが)



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