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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第四章 マジックマスター(下)
61/132

  妄執の彼方-2

***



 ルガードの一味が始めた取り組みは、相当に奇をてらっていた。ビフレストを目指して集いし者たちを集会所に送り込み、そこで魔法洗脳をかけるや次々とオルトロス湿原へと送り込んだ。


 湿原を守るニーズヘッグを失った今、妖精族の迎撃は身体を張ったものとなった。実力派の妖精は少なくない数をルガード一味と戦いで減らしていたので、ただでさえ稀少な妖精族はエドメンドの運用する消耗戦を前に危機に晒された。


 死霊を操る魔法などと違い、エドメンドの使役は巧妙であった。精霊の力を借りて対象者の感情を興奮状態に固定し、他には多少の行動強制以外何も手をかけてはいなかった。


 その利点として、自己判断力を有するのでこれまでの戦闘経験を活かせたり、駆け引きも行えた。当然に逃亡や反抗のリスクは高まるが、所詮は使い捨ての兵と割り切れば、ルガードにとって損失はなかった。


 ルガードが妖精族を攻撃し始めたことには理由があった。ビフレストを目指すにあたり、必要な鍵は強大な魔法力。それを人材で賄うか神具で賄うかというのは問題にあたり、ルガードは前者を待ちつつ後者も狙うと明言した。それこそが神具・万魔鏡であった。


「で、聖タイタニアとかいう王様はいつ出て来るんだい、エドメンド?ちんたら兵士を送ってないで、一気にやって敵の親玉を誘い出すんだよ」


「……口で言うのは簡単だがな。アイゼンが上手いこと人材を誘い、私が使役魔法を行使してようやく一人の兵士が完成するのだ。今も限界ギリギリまで巻いて進めている」


 サロンの壁に背を預けたアイゼンがエドメンドの言に頷いた。ベルディナは不満に思ったらしく、鼻息も荒く酒を喉へと流し込んだ。


「時空の神に祝福されし妖精王。どこまで挑発したとしても、奴が出て来ることはあるまい」


 ルガードの隣でソファに寛ぐ混沌の君がそう言った。神出鬼没な人物で、混沌の君がルガードらと夜の酒席を共にするのは珍しかった。


「……どういうことだ?妖精族の王が神具を所有していると口にしたのは、そもそも貴様だろう」


 ルガードは手にした杯をテーブルに置き、混沌の君に詰問した。ソファに腰掛けるベルディナとラーマも同様に混沌の君へと視線をやった。混沌の君は料理や酒に手をつけておらず、ただそこに腰掛けて表情も仮面の下に隠していた。


「あの者はディアネと同じカナンの従神・ディスペンストの力を借りて、万魔殿の時間を凍結させている。神具・万魔鏡がその力の源。万魔殿の封印を護る使命が、あの者の行動に著しい制約を課しているのだ」


「……天獄の、万魔殿。邪悪の四柱が一柱と、万をも数える上位悪魔を捕らえているという。あの伝説の城が、本当に存在するというのですか?」」


 エドメンドは驚きのあまり上擦った声を出した。


「黒の森に四柱・アークダインが封じられていることは、そこのダークエルフに聞けば分かる。アークダインが実在して、片や万魔殿がお伽噺であるというのも可笑しかろう」


 混沌の君はさも当然といった口振りで答えた。言葉を失うエドメンドを差し置いて、ベルディナが話をオルトロス湿原へと戻した。


「それじゃ、湿原の奥に進んでも聖タイタニアとかいうやつには会えないっていうのかい?話が違うじゃないのさ」


「出て来ないと言ったまでで、城まで攻め入れば会えよう。ただし、会ったが最後生きては帰れまい。時を凍らされ、燃やされるか切り刻まれるかされるのが落ちだ」


「……それほどか?妖精の王というのは」


 アイゼンが碧眼を剣呑に光らせて訊ねた。ラーマも不安そうな色を瞳にのせて混沌の君を見詰めた。


「万魔鏡は時間を止める。本来の力を発揮したなら、闘いにすらならない。それがなくても数百年を生きる聖タイタニアは、アケナス屈指のマジックマスターだ。既に失われている極大魔法や儀式魔法を幾つも操ることが出来る」


「本来の力、と言ったな。万魔殿の封印に力を割いているということか?」


 ルガードが文脈を読んで指摘した。


「その通りだ」


「貴様が加わっても、妖精王には勝てぬと思うか?」


「私は彼女とは闘わない」


「……<フォルトリウ>とやらへの義理か」


 混沌の君は微動だにしないで、沈黙をもって回答とした。ルガードはそれ以上追及せず、何事か考えるようにソファに深く身を沈めた。


 神具の入手が遠退いたことで室内の雰囲気は沈滞したものに変わりつつあったが、ベルディナだけは気にした様子もなく話を切り替えた。


「そういや、飛んで火に入ってきた虫がいたよ。ラーマの神殿で会った小僧さね。ここまで追ってきてるあたり、ただの傭兵じゃなさそうだ」


「なに?聞いていないぞ、ベルディナ!あの時の……アムネリア・ファラウェイの連れ合いか!何を嗅ぎ回っていたのだ?」


 エドメンドが気色ばんで問い詰めた。彼はソフィアのマジックアカデミーに席があった為に、ルガード周りの人間関係にも精通していた。


「酒屋で酒を吟味してただけさ。だがね、一瞬だけあたしに殺気を放った。初対面を装ってあれはないさね。まあ、素性には気付かない振りを通したけど」


「……その者をどうした?」


 諜報担当としての矜持か、アイゼンが抑揚の無い声で問うた。ベルディナは愉快そうに手を広げて答えた。


「逃がしたよ。なりが貧弱だから、あれはマジックマスターさ。きっと仲間と来ている。集まったところを一網打尽にする方が面白いだろう?」


「何を勝手な……!」


 エドメンドは文句を続けようとして、それがいつもの如くベルディナとの口論になると気付き、自重した。アイゼンはベルディナのことを戦闘以外の分野で全く評価していなかったので、呆れることはあっても期待外れを怒る道理はなかった。


 ラーマが思い付いたように意見を口にした。


「そのマジックマスターがもし実力者であれば、同行させることで鍵とすればよいのではありませんか?」


「……そう。だからこそ、捕らえておけばよかったものを……」


「また来るよ。あたしを狙おうっていうんだ。こっちの狙いを知った上での挑戦だろ?」


 その主張に異義はなく、エドメンドは主の表情を窺った。ルガードはアムネリアやフラニルの登場に関心を示したようでもなく、別の思考を続けているようであったが、ふと我に返ったように混沌の君へと水を向けた。


「聖タイタニアを殺さば、万魔殿の封印が即座に解かれると思うか?」


「万魔鏡の再発動までに時間を要したならば、或いは」


「……貴様は我々をオルトロス攻撃へと導いて、一体何とする?言っておくが、四柱などという得体の知れない旧き魔神を蘇らせる気など、私にはないぞ」


「あれらの復活はまさに地獄の顕現。迎えるは世界の終焉。対等に闘えるだけの準備もなしに、そのような軽挙に走りはしない。そして私は万魔鏡を取れと指図した覚えもない。オルトロスには、神具がもう二つ揃う」


 混沌の君の発言に、サロンに集いし全員が眉をひそめた。瞬時に、ルガードが疑問点をあげつらった。


「揃う、とは?妖精どもの領域に、誰ぞ神具を持ち込むとでも言うのか?」


「我々が妖精族を追い込めば、便乗してくる輩に心当たりがある。その者は、アケナス中の魔法力を一手に司る秘石と、血肉と魂を喰らわんとする狂気の剣を携えし半魔半人。聖タイタニアと雌雄を決し、万魔殿への扉を開かんと欲している」


 その情報の断片を知る立場にあったラーマが、目尻を吊り上げて混沌の君に追随した。


「<白虎>のウェリントン……。ボードレール卿やラグナロック卿が交戦した、カナルの悪魔。賢者の石と、悪魔の王が所有せし魔剣を手にしていると聞きます。……彼が現れると?」


 混沌の君は、微かに仮面を上下させてラーマの推測を肯定した。ルガードやエドメンドらは事情を知る由もなく、ラーマに詳しい説明を求めた。


 ベルディナは新たな勇者の登場に目を輝かせ、アイゼンは自らの故郷をも狙うであろうまだ見ぬ敵に敵愾心を燃やした。


 そんな中、エドメンドだけは胸中に別の感想を抱いていた。


(賢者の石!魔法力の無限機関である、あの伝説の神具が向こうから近付いて来るというのか……。あれがあれば、魔法結晶に頼らずとも永続的な研究が可能となる)


「成る程。妖精どもを追い詰めれば、神具を背負った鴨が罠にかかると。<白虎>などと大層な名のつけられし男、不足がないか試してやるとしようか」


 ルガードがそうまとめ、一味の方針は従来通りと定まった。混沌の君は何を囃し立てることもなく、それぞれ感情を露にした猛者たちをただ眺め回していた。



***



 アムネリアの読みは当たっていた。オルファン率いる悪魔教団戦闘舞部隊のほぼ半数が、クルス班へと襲い掛かってきた。


 タイミング的に二隊同時攻撃を狙っていたと思われ、それが故に前方迎撃に専念したクルス班の攻撃に対して、オルファン隊は思いがけぬ痛手を被った。


「なにッ!奴等、こうも強気に前に出るだと?」


 リンとゼロがクルス班の陣に施した人数偽装は巧みの技であり、魔法力を失調しているオルファンには見抜けぬ道理であった。しかし、少しの交戦で敵が少数であると看破し、自らの策を返されたと悟るあたりがオルファンの非凡さを表していた。


 オルファン隊の剣と魔法の技術は高かった。クルスが剣で三騎を倒す間に、クルス班は彼とアムネリアのみを残す迄に討ち減らされた。


 討伐隊がベースキャンプを敷いたこの地は山裾の深緑地帯であり、クルスとアムネリアはそれぞれ丈の高い草木や地面の起伏を移り渡って敵の攻撃をやり過ごした。


(魔法を迎撃出来ないというのが辛いところだ。リンたちが駆け付けるまでにもう二、三騎討っておきたかったが)


 迂闊に近寄れば魔法攻撃の的になるため、クルスは慎重に間合いを探った。アムネリアに注意が向かぬよう、且つ集中砲火を浴びない程度に前に出ては剣を振るった。


 標的であるオルファンは中々前陣に出張って来ず、百戦錬磨のクルスも流石に焦れて額に汗する状態へと追い込まれた。


 都合七人が馬から下りて、クルスとアムネリアを追った。その時は遂に訪れた。


 クルスが多勢の目を引いたその隙に、アムネリアがオルファンへと接近して見せたのであった。


「久し振りだな、オルファン。……その姿、父君や母君の墓前に何と言って顔を出す?」


「アムネリア……ファラウェイ!やはり貴様が糸を引いていたか。俺に貴様の姑息な策が読めぬと思ったか?」


 元は端整であった面影のある顔面を醜く歪ませ、オルファンはアムネリアへと憤怒の視線を突き刺した。無精にしている髪や髭、額や頬の消えぬ傷痕がアムネリアには痛々しく感じられた。


「オルファンよ。そなたらの別動隊にはこちらの精鋭をぶつけた。リン・ラビオリ。聞いたことがあろう?奇襲に奇襲を仕掛け、間も無くこちらに合流する手筈。そなたらの敗北は時間の問題なのだ」


「貴様如きが兵法を語るなッ!兄者の知識を模倣しただけの生兵法なぞ、雑魚は兎も角俺には通用せん!」


 叫び声のようなオルファンの威勢は、やがて馬蹄を近隣に呼び寄せた。ラッパを吹いて現れた一隊は、どう見ても<リーグ>の他班ではなかった。


 アムネリアがはっとした表情を見せた。


「伏兵?……もう一隊があったか」


「どこぞの公女と同じ負け方を選んだな、アムネリア・ファラウェイ!兄者に付いて行かず、のうのうと生き延びる途に堕ちた貴様に、かくも相応しい愚かな最期だな」


 オルファンは長剣を抜き放ち、血走った目でアムネリアを睨んだ。呪縛で全身を絡めとられ、悪魔教団の戦闘員に囲まれたアムネリアの状況は、彼に心理的優位を示した。


 事実オルファンは元マジックマスターでありつつも、剣でも兄に匹敵するソフィア指折りの実力者であった。


 アムネリアはここではじめて剣を抜き、中段に構えた。その動作の流れるような優美さには、オルファンであっても見惚れる始末であった。


「……フン。貴様のその体で、俺の剣を受けられるとでも思ったか?馬鹿な女だ!」


「私はルガードを愛していた。だからこそ命を懸けて彼を止めるべきであった。若さ故に、ウィルヘルミナ陛下に楯突いたまでは、赦されぬと分かっていても受け止められる。だが、ルガードが悪魔に魅入られた際にそれを阻止出来ず、あまつさえ彼をそのまま逃がしたは……私の罪」


「兄者を逃がしたのが罪だと……!貴様ァ!どの立場から物を言っている、この……」


「ルガードについていき、盲目の愛に生涯を捧げる選択肢もあった。だが、できなかったことで己の過ちと妄執を省みる機会を得た。人の心を弄ぶ悪魔を駆逐するは私の悲願となり、ルガードの復讐の念を払うが私の責務と理解した。……そして、オルファン。そなたも兄や私から離れる時が来たのだ。誰に責任を負わせるでもなく、自らの仕出かした罪を償って欲しい。そなたが破滅を思考するに至りし一端は私にある。故に、ここでそなたを止めるが私に出来る数少ない贖罪であろう」


 アムネリアの黒瞳にかつてない激烈な光が宿り、全身からは研ぎ澄まされし闘気が溢れ出た。


 それとは対照的に、アムネリアの演説を聞いたオルファンの瞳には狂気が顔を出していた。顔を真っ赤に染め、怒りのあまり噛んだ唇の端から血が滴り落ちていた。


「アムネリアアアアアアアアアアッ!」


 剣を手に飛び掛かってくるオルファンにアムネリアは、彼女を「姉上」と呼び慕ってきた在りし日の影を重ねることが出来なかった。剣と剣とが激突した。



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