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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第四章 マジックマスター(下)
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2 妄執の彼方

2 妄執の彼方


 <リーグ>シスカバリ支部の悪魔教団討伐任務を指揮したのは、支部で実績十分のサルマン・ジーノという傭兵で、ゼロと同等の高いスコアを保持するベテランであった。白髪混じりの短い髪に傷だらけの顔面が特徴的な壮年男性で、クルスは挨拶を交わした際に彼の手にする円形盾がよく磨かれている点に気を奪われた。


 サルマン以下支部の傭兵十一名と、クルス以下の四名。以上十五名が作戦の総力であった。


 アムネリアの提案で十五人は三班に分けられ、スコア順に面子が割り振られた。リンが趣旨を訊ねたところ、アムネリアは「集団戦で最も危険なのは統制を失うこと。オルファンは兵法に通じており、こちらの布陣を撹乱してくる可能性がある。そこで予め小さい戦闘単位を定めておけば、展開によっては機動に優れた対応が出来るように思う」と答えた。


(本来はスリー・マン・セル位が望ましいのであろうが。この人員で頭を五つ作るのは得策でない……)


 五人集団が三組作られ、それぞれサルマン・リン・クルスが頭とされた。ゼロはリンの下に、アムネリアがクルスの下に入り頭を支える体制となった。


 討伐隊はセントハイムの南方国境付近で馬足を止め、簡易のベースキャンプを設営した。支部が出した偵察からの最終連絡を引き継ぎ、ゼロは魔法感知の方角を西へと絞って距離を稼いだ。


「……見つけました。推定二十一騎。ペースが変わらなければ、半日程でこちらと接触する見込みです」


 ゼロの報告にサルマンは渋い顔をした。


「日が暮れるな……夜の野戦は双方被害が大きくなる傾向にある。ラビオリ殿。広範囲に篝火を焚き、視界を確保した上で戦おうと思うのだが?」


「魔法感知に引っ掛かった以上、敵もこちらの存在に気付いた可能性が高い。今更居場所を知られたところで損もないでしょうから、賛成です」


「よし。丁度三班に分けたところだ。各班散って、近隣に火の準備だ」


「……二十一騎。本当に固まっていたのか?擬装の可能性はないか?」


 アムネリアがゼロへと質した。クルスは口を出さずにそのやりとりを注視していた。


「感知できた生体反応は四十二です。速度から馬の使用はまず間違いなく、半数を敵と推定しました」


「少し技巧を凝らせば、魔法感知に生体を認識させる疑似発光体を作ることは出来る。手数を踏ませてすまぬが、別の方角……とりわけ、こちらの背後に回り込めるルートも洗って欲しい」


 アムネリアの指摘は口で言うほど簡単な仕事でなく、思わずサルマンは制止に掛かろうとした。その動きに待ったをかけたのがクルスで、アムネリアの戦術眼を信ずる彼は彼女のやりたいようにやらせた。


 サルマン総指揮の下戦いの準備は進められ、三班はそれぞれ分担で作業を行った。夕暮れも深まり、空気が冷たくなってきた頃にゼロが集中を解いた。クルスの下へと駆け寄り、アムネリアの言が正しかったのだと伝えた。別動隊が見つかったのであった。


 クルスは直ぐ様サルマンやリンに状況を開示した。そして時間差での各個撃破を提言したが、それにはリンが難色を示した。


「正直、集められた傭兵のレベルは誉められたものではないわ。そして、ベルゲルミルからの回状にあった悪魔教団戦闘部隊の戦闘強度は決して侮れない。個別撃破を成立させるには、一糸乱れぬ全体行動が必須よ。味方に足を引っ張られてもたついたら、反って挟撃を許す羽目になる」


「確かにな。ラビオリ殿の言う通りか。戦力分散にはなるが、敢えて班別に別れて行動するか?」


 ゼロが感知した敵の別動隊はこれまた二十騎程で、戦力がほぼ均等に分けられていることから、アムネリアの推測では両部隊共に半数が擬装工作と疑われた。本来は味方も二班に編制し直すべきところであったが、クルスがそこは個別戦力の集中撃破に拘った。


「おれとアムの班で直進してくる敵の足を止める。二人は別動隊を圧倒して、こちらにとって返して来て欲しい」


「……策を読まれたことで敵も動揺するでしょうし。私やゼロがいて、同数で仕掛ければそう時間は掛からないと思うけれど。五人で止められる?」


「ああ。任せてくれ」


 リンやサルマンに相談する直前、クルスはアムネリアから敵の部隊配置に関して次のように打ち明けられていた。それはオルファンが直進部隊にいるというアムネリアの直感で、彼女は直接対決を直訴してきた。


 クルスはこの件においてアムネリアに全てを委ねる腹積もりであった。それは、彼女が自身の辛い過去と訣別しようと足掻く様が、自分には赦されぬ崇高な行為と映ったからであった。


(決着は……自分の手でつけなければならない。アムはそうすることを決めた。だが、おれの時間はあの時ニナ・ヴィーキナで止まったままだ)


 クルス班の五人はベースキャンプから動かず、視界の範囲で固まって待機した。リン・サルマンの両班は合同で進発していたので、後は正面から近付く悪魔教団の一党を待つのみであった。


 夜は訪れ、空では星の光が瞬いていた。


「我が儘を言った。そなたに感謝を」


 剣を抱えて地面に踞るクルスの側へと、アムネリアがそっと近付いた。クルスは顔を上げることなく、左手は胸元に垂れるペンダントをまさぐっていた。


「麻酔は施さない方がいい。呪いの解除に影響を及ぼすかもしれない」


「わかっておる。素のままで臨む。……あれの気持ちは、理解出来ているつもりだ」


「兄の恋人に、横恋慕か?」


「違う……とも言い切れんな。妄執する兄の付属物として私を認めていたことと、私個人に対して情愛を所有することは結局は同じ次元の話であるのかもしれん。どちらにせよ、依存と崇拝の念が強すぎたのだ。オルファンは早くに独り立ちするべきであった」


 アムネリアの独白を、クルスは自分に当て嵌めて聞いていた。独り立ちという言葉がずしりと重くのし掛かり、彼は鈍く痛む心に無理矢理蓋をして平静を保った。


「オルファンとの対決は手出し無用ぞ」


 クルスは分かったとばかりにひらひらと手を振った。その顔はアムネリアに向けられず、伏せられたままであった。


 班の傭兵の内、中級のマジックマスターが敵の接近を告げた。クルスとアムネリアは弾かれたように動き出し、五人が一斉に配置へと着いた。



***



 フラニル・フランの一行にはワルド・セルッティがいたので、ルガードの行方は比較的容易に知れた。敵がメルビンに逗留し戦力の強化を図っていることを掴んだフラニルらは、敢えて遠回りをしてセントハイムからメルビンを目指していた。


「メルビンの根城に攻め入ったベルゲルミルの騎士小隊が、あっさり全滅させられたんだぜ。あの妖精族を虐殺するわ軍隊を蹴散らすわ。この一味の強さは化け物級だわな」


「伊達にニーズヘッグを倒してはおらんということだ。あの守護獣の凶悪さ加減は、ワシらの国にも伝わっていた」


 目立たぬよう徒歩で行く道中、ワルドの軽口に付き合うのは専らダイノンの役目となっていた。


「……それにしても、あんたも酔狂なドワーフだぜ。地縁も血縁もないクルスの手伝いなんかしてな。おまけに天敵の筈のエルフを護ってるだって?四十年以上生きてきて、そんな話は聞いたこともない」


「別にドワーフの全てがエルフを嫌っておるわけではないぞ。それに好き好きも人間と同じこと。気分のいい奴は、人間だろうとエルフだろうと手を差し伸べたくなる理屈だ」


「……あんた、嬢ちゃんに恋してるとかじゃないだろうな?」


 口にしては特に何も言わず、耳の良いノエルはワルドをきつく睨んだ。フラニルは笑いを堪えて手綱を操っていた。


「……ふむ。嫌いではないのだから、似たようなものか。まあ、あの色男がアムネリアや嬢ちゃんに使うような色目など、ひっくり返されても出るものではないがな」


 そう言って、唖然とするワルドやノエルを差し置いてダイノンはからからと笑った。ミスティンの二人は、はじめて接した石の国の強者がこうも愛嬌ある種族であったのかと圧倒された。


 フラニルらはルガードの潜むメルビンへ猪突猛進する気はなく、その周辺で網を張りルガードらに接触した人間から当たる算段でいた。目的はあくまでルガードらが保持する鍵と戦力の偵察であり、戦闘は極力避けるものと決められた。


 メルビンの北隣の町で宿を定めた六人は、早速聞き込みを開始した。隣町ではあったが、独立国であるメルビンとの関係性は細々したもので、取材の成果は芳しくなかった。


 メルビンを訪れようとする人間が通り掛かることはあっても、メルビンから離れる者にはほとんど遭遇し出来なかった。一人の行商がルガード一味の所在を語りこそしたが、それ以上の収穫はなかった。


 ワルドより、二手に別れて旅人を装い、西と東からメルビンへと進入するという提案がなされた。打てる手は限られており、はじめは慎重であったフラニルも遂には案を受け入れる決断を下した。


 メルビン市内は特に緊張した状況にあるでもなく、フラニルの目には普段通りの日常生活が送られているように映った。


 露天商から果物を買い付けていたダイノンに、レルシェが呆れて注文をつけた。


「そんなにたくさん買ってどうするのです?十二十買うようなものではないでしょう」


「食べる分を買ったつもりだがね。ワシが自分の食べる分を自分の財布で買って、何か問題があるのか?」


「……ありません」


「店主よ。そこの小さい苺も入れてくれ」


 ダイノンの切符のよさに惚れ込んだか、店主は苺をサービスとして袋に突っ込んだ。酒場に顔を出すことは避け、フラニルは酒屋に突撃取材を慣行した。


「女将さん。僕は旅の者なんですが、ここいらで手土産になるようなお酒はないかな?売れ筋の地酒とか」


「そうだねえ……最近は大口のお客さんが、セントハイム産の酒をたくさん買ってくれてるわね。レントン地方の葡萄酒なんだけど」


「へえ……葡萄酒かあ。雨が多くて比較的温暖なレントンの気候だと、甘口かな?」


「あんた、詳しいねえ。土地の人?口当たりの良い逸品だよ」


「なら品切れになる前にいただこうかな。一本ください」


「はいはい。確か、奥にまだ在庫があったはずだけど……」


 フラニルはここからが本番と、酒屋の女将にルガード一味のことを尋ねるつもりでいた。大口の客というのも彼らのことに他ならないと踏んでいた。


 奥へと引っ込んだ女将が出てくるまでの間、フラニルは店内に陳列された酒瓶を眺めていた。そこに別の客が訪れた。


「おかみ!何でもいいから強いやつをケースで出しておくれ!」


 大男、とフラニルが見違えた女性客は、野太い声で注文を投げた。そして佇むフラニルを見下ろすなり、にいと口を開けて笑顔を作った。


「坊やはママのお使いかい?」


「……僕は旅の者です。土産の酒を買いにきました」


「ああそうかい。すまなかったね。あまりに綺麗な金髪をしてるから、どこぞの坊やかと思ったよ」


「女将さんから、レントンの葡萄酒が美味しいと伺いました。一本売って貰うところです」


「ああ、あれならもうないんじゃないか。アハハ。うちらが大量に飲み干しちまったからね。確かに旨い酒だったけど、ちとお子様向けな味だよ。坊やにぴったりかもね」


 フラニルは注意深く大女を観察し、際立った長身や鍛えぬかれた太い手足に、常人ならざる武の匂いを感じ取った。そして、直ぐに記憶の糸を手繰り寄せた。


 女が、ベルゲルミルのディアネ神殿でルガードの伴をしていた戦士であると思い出した。


(ベルディナとかいう女だ!……どうする。一人のようだし、幸い向こうに気付かれた様子もない。外にはダイノンさんやレルシェさんがいる。やるか?)


 その時、女将が店の奥から戻ってきて、フラニルへとすまなそうに葡萄酒の品切れを伝えた。


「言った通りだろ。あんたみたいな坊やは、背伸びして強い酒を飲んだ方がいいんだ。おかみ、強いやつをケースで二つ三つ頼むよ。で、この坊やにそこから一本プレゼントしてやって」


「いや、初見なのに、そんなわけには……」


 フラニルが辞退の意思表示をするも、女は強引に大瓶の一本を握らせた。女の逞しい腕や太い首に気圧され、フラニルは受け取らないわけにはいかなかった。


「おかみ、請求書は館のエドメンド宛で出しておくれよ。あたしはこいつを集会所まで運ばなきゃならないからね。アハハ」


 女は酒の詰められたケースを軽々三つ抱え上げ、陽気な笑声を残して店を後にした。フラニルは不自然にならぬよう気を付けて後を追うが、店を出たところで、女が背を見せたままに言った。


「付いてきたら、殺すしかない。大人しく酒をかっ食らって無視を決め込むんなら、知ったことじゃあないがね」


 女ことベルディナの声音こそ静かであるが、酒のケースを抱えた背からは、直視をしかねる闘気が発散されていた。フラニルは気を抜けば尻餅を着いてしまいそうな重圧に襲われた。


「……何のことですか?」


「しらばっくれるには、気配の殺し方が下手くそさね。仕掛ける気満々だったじゃないか?おかみが戻ってきて、あんた命拾いしたんだよ」


 フラニルは頭を鈍器で殴られかのようなショックを受けた。ベルディナを締め上げようかと、ほんの一瞬だけ戦意を高めたその機微を悟られていたことは、彼にとって完全なる敗北を意味した。


 その上で、ベルディナは彼を見逃すと言っており、これ以上の屈辱はなかった。しかし、ここに至ってもフラニルは手を出そうとはしなかった。正確には、危険を感じて手出しが出来なかった。


 ベルディナの背が遠ざかり、やがて雑踏に紛れた。しばらくの間フラニルはその場を動けなかった。酒瓶を胸に抱いて固まった彼を発見したダイノンとレルシェは、一体何事があったかと訝った。



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