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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第三章 マジックマスター(上)
53/132

  獣の王-3

***



「それで。新しき獣の王は何と言ってきている?」


 ビスコンシンの中心部、オズメイ北王国は行政庁舎の一室で、ラムダ・ライヴは右手をゆるりと動かし顎髭をしごいていた。


 相対しているのはアンフィスバエナで、その隣にはダークエルフの長であるエストが鎮座していた。


「魔境とのゲートを大きく開放し、ミスティンの国中に悪魔を呼び込めとの仰せです」


 ラムダのダークブラウンの瞳が冷たく光った。


「妄言よな。やはり劣等種族には理性ある政など望めんか」


「まあ、前王を討たれて気が立っていますから。それだけなら良いのですが、補給物資が底を付くと何かと五月蝿そうではありませんか?」


「……我が国は援助はせんぞ。アグスティを略奪し、いつまでも戒厳令を解かないからそうなる」


「流通のなんたるかを講義しても仕方ありません。ミスティン中に略奪の手を広げられては、貴国も困りましょう?」


 イオニウムの側に立ち参戦した事実がある故、世論の非難や大量の難民受け入れといった問題がラムダの脳裏をよぎった。ラムダは顎から手を離し、難しい顔をしてすっかり冷めた珈琲に口を付けた。


 アンフィスバエナは話の深刻さとは裏腹に微笑を絶やさずラムダと向き合っていた。その瞳は変わらず固く閉じられていた。


「何故第三軍を見逃したのです?中途半端に力が残ったことで、ミスティンの意気は挫けぬ結果となりました。緒戦で十分に叩けていたら、先代イオニウム公の死も回避出来たかもしれません」


「群狼騎士団の手落ちは認める。将の人選を誤った。まさか交戦すらせずに逃げ帰るとは思わなんだ。だがな、かの<北将>と当たるに我が国だけがリスクを負うつもりなど端からない。どちらかが全滅するまで戦えなどと指示できる筈もなかろう?」


「エストさんは相応の犠牲を払われましたがね。盟約を遵守せんとしたが為に」


「我が国が無傷であるとでも?イオニウムの侵攻に乗じたということで、内外からの圧力は相当のものだ。特に防衛ラインの身内に憤懣が溜まっているよ。そんな折に、イオニウムに悪魔など斡旋して見よ。セントハイムの政情次第では、抑えがきかなくなる目もある」


「セントハイム伯はご高齢ですからね。国主の継承に揉めれば対魔防衛ラインのバランスは危ういものとなる。当然承知していますし、元々オズメイだけを責めるつもりはありませんでした。<花剣>のリン・ラビオリや<疫病神>クルス・クライストがここまで周到に動くとは。私の予想を超えており、こうなると分かればベルゲルミルの力を出し惜しみするものではありませんでした」


「……ベルゲルミルの兵に、北域まで出張られては敵わんな」


「全ては盟約の為。ここでイオニウムの施政が暴走してミスティン以外にも敵を作るようなことに繋がれば、種の滅びは避けられません。そうならぬ内に手立てを打つ必要があります。何もオズメイにばかり負担を強いようとは思いません。私とベルゲルミルが不動であるいわれもないのですから」


「連合王国が治安維持に乗り出すと?国王や諸侯は納得尽くのことか?」


「私はベルゲルミル十天君の筆頭にしてマジックアカデミーを統べる身です。国王陛下や連合王国諸国に根回しをするなど造作のないこと」


「……よかろう。イオニウムとの交渉事は私が前面に出る。当面は物資の供与をちらつかせて制御してみせよう。必要とあらば、群狼騎士団をギルヌに籠る<北将>へぶつける」


「宜しく頼みます、ラムダ・ライヴ卿。北域の安定は貴公に腕にかかっていますから。なんとか獣人族を生かすよう<フォルトリウ>の一員としてお願いしたい。ねえ、エストさん?」


 同意を求めらたエストは渋々といった体で頷いた。彼女の部族の部隊はアグスティ陥落前に王宮を襲った際、リンやクルスによって手痛い反撃を受けていた。犠牲は大きく、不甲斐ない戦いを見せたオズメイに敵意すら抱いてこの会見に臨んだものだが、アンフィスバエナの遣り口を見ていてそれが削がれた。


(これが駆け引きなのだな。負担を望まないライヴから最大限と言って良い言質を引き出して見せた。さして威しを用いない手法こそこの男の真骨頂だ。此度の事態にユミル王や聖タイタニアばかりか、カナル大森林のエルフに拒絶されるや即座にリーバーマンを代替の座に引き入れた手腕と言い、<フォルトリウ>の中核を担うは間違いなくこの男なのだ)


 エストの仇を見るかのような視線にも構うことなく、アンフィスバエナは実務的な話を継いだ。ラムダは鐵宰相の異名で通るだけのことはあり、アンフィスバエナの注文に政治経済・軍事の分野を問わず対策を即答して見せた。


 話が一段落したところで、エストが気になっていた人物の動向を口にした。


「混沌の君はどうした?獣人族に門を開く術だけ提供して、後は黙りのようだが」


「ええ。元々あの方が何を考えて我々と歩調を合わせているのか分かりませんし。イオニウムに力を貸してくれただけでも万々歳と考える他ないでしょうね」


「……それと、虎が出てきた件だ。私のところにだけでなく、<北将>とも接触を果たしたらしいな」


 虎という単語にはラムダも興味を示したようで、アンフィスバエナの回答に注目した。アグスティ陥落前に、イオニウムの暗殺者が<北将>を見張っていて偶然目にしたとのことで、ウェリントン登場の報は<フォルトリウ>でも直ちに共有されていた。


 エストはウェリントンを追い払いこそしたが、彼が魔法結界を破った隙を突いて王宮の襲撃を敢行した事実だけが残った。


「はい。ウェリントンもヴァンシュテルンも、共に元は我らと志を等しくした身。類稀なる実力を誇る二人の邂逅は中々に興味深い。何せ、今や虎の目指す先は、万物の滅びのようですからね」


 直接剣を交えたレイバートン軍からもたらされたウェリントンの目的は、速やかにアンフィスバエナへと伝わっていた。


「馬鹿げている。四柱の顕現を望むなどと……」


「エストさん。だから混沌の君は、カナルの内戦時に黙示録の四騎士を持ち出したのですよ。賢者の石を手にし、悪魔に転生したと思しき虎は簡単に止められるものではありません。結果的に、抑止には至らなかったようですが」


「それで。虎は何を企んで<北将>を訪ねた?」


「明瞭な話です。四柱の封印は四ヵ所にある。わざわざ貴女の下に顔を出したことが全てを物語っているとは思いませんか?」


 エストはやはりかとアンフィスバエナの言に同意せざるを得なかった。虎の自分を訪ねた理由が黒の森の封印にあると気付いてはいたものの、彼女は確証を欲していた。


「かつて聖タイタニアのさらに祖にあたる妖精王と妖精族が、総力を挙げて万の悪魔を封じたと伝わる古の万魔殿。天の頂に聳え立つ獄舎。公にはされていませんが、<北将>は妖精族との混血です。ですから彼女は万魔殿へ入城する資格を有します」


「何だと?」


「そういうことか。彼の者は、至極単純に封印と親い者に照準を定めたわけだ。ならば話は早い。誘き寄せて討てば良かろう」


 ラムダは、害虫は駆除すればよいといった調子で返した。武人ではない彼にとって、ウェリントンの反乱などその程度の認識でしかなかった。


 他方、禁断の<デュラハン>まで召喚して仕留め損ねたエストからしてみれば、罠にかけたとて必勝を期するのがここまで難しい相手はいないと眉間に皺を寄せた。


「もう一つ、意図は不明ですが気になる報告がありました」


 アンフィスバエナの物言いに不吉の影を悟り、エストとラムダは身構えた。イオニウムに白虎にと問題山積の中、これ以上の負荷は二人とも敬遠したいというのが本音であった。


 アンフィスバエナは、彼自身が考えのまとまりきらぬ事態に際して、淡々と事実だけを申し伝えた。


「ラーマ・フライマがベルゲルミルより出奔しました。<福音>と称されし聖女に限って、自身に降りかかる危険を察知出来ないとも思えません。意味があっての行動でしょうが、アケナスの騒がしくなりし今事を起こした点に不穏な気配を感じます」



***



 二人の再会の第一声は、何とも間の抜けたものとなった。


「やあ、久し振り」


「まあな」


「……ちょっと待ってくださいよ。二人とも、何だかよそよそし過ぎやしませんか?アムネリアさん、やはりクルスさんたちは息災だったじゃないですか。みんな、なんて悪運の強い人達なんだろう」


 アザートを訪ねたアムネリアとフラニルは、領主の館でクルスとの合流を果たした。クルスらのアグスティ潜入作戦に連動する形でイオス傘下の騎士を動かしたフラニルは、アンナ救出の報に接するまでもなくギルヌにエレノアを訪ね、こうしてアザートへと辿り着いた。


 ノエルを北端の石塔に、ダイノンをカナルへ派遣したと語って聞かせ、クルスは二人の旅路の艱難辛苦を労った。そして、対イオニウムで起きた話とラーマ周辺の事情とを意見交換した。


 フラニルは腕組みをして唸り、サロンの仕立ての良い長椅子に深く腰掛けたままでクルスに問うた。


「それで、クルスさん。次はどう動くんですか?」


「ラクシを優先したいというのが正直なところだ。だがダイノンの持ち帰る返答如何では、ここを離れるわけにはいかなくなる」


「カナルが<北将>の要請に応じた場合ですね。これは実際に見聞きした話ですが、ベルゲルミルは<リーグ>の傭兵を大量に雇用して戦の準備を始めています。対ミスティン用なのか、それとも……」


「間違いなく対カナルさ。あそこの国王の悪評を考えるに、やられたままで済ませたりはしまい。それが分かるネメシス様は、エレノア・ヴァンシュテルンの策を利用することに思い至る可能性がある。即ち、カナルとミスティンによるベルゲルミル挟撃だ」


「それは……イオニウムやオズメイとのごたごたが片付いた後の話ですよね?」


「そうとも限らないぞ。<フォルトリウ>とやらに加盟している中で、軍事力を見ればベルゲルミルが突出して危険だ。オズメイの群狼騎士団も数や武装でひけはとらないだろうが、将帥の質・量共にやはり見劣りする」


「十天君……」


 フラニルは長椅子の端に腰掛けたきり会話に加わろうとせぬアムネリアを横目に見た。暗君に支配され、連合王国の制度的によく統制が取れなかろうと、十天君の威名だけで世間はかの大国を恐れた。さらに言えば、<リーグ>は傘下の傭兵の過半をベルゲルミルに差し出したそうで、その中にはリンと並んで双璧と謳われし最強の傭兵が含まれているとのことであった。


 今のミスティン王国が逆立ちをしても勝てない相手。フラニルには、ベルゲルミル連合王国は登坂者にとっての断崖絶壁にも等しく立ちはだかるのだと思えてならなかった。


「だからこそ、先にベルゲルミルを叩いておけば後の憂いはなくなるというもの。カナルにとっても、ミスティンにとっても利のある話だ」


「確かに……イオニウムを追い返すにせよオズメイに報復するにせよ、背後にベルゲルミルがいるのでは落ち着いて取り組めませんからね。<フォルトリウ>のネットワークが広いのであれば、機先を制するのも一つの手です」


「例え二国で挟撃しても、ベルゲルミルには勝てぬ」


 遂にアムネリアが口を開き、その内容にではなく意見を述べたこと自体にフラニルは驚いた。彼女が精彩を欠いていることは間違いなく、クルスは二人がラーマから邪険にされた流れに何事か端を発しているものと推測した。


「アム、その根拠は?」


「逆に問いたいものだ。ラファエル・ラグナロックをどうするつもりだ?彼の者は、個の武勇・陸戦指揮を問わず<白虎>と並び大陸一の強者だ。<翼将>と銀翼騎士団が健在な限り、連合王国に敗北の目はない。前回のように一部戦力と交戦するのとは訳が違うぞ。<翼将>に構えば他の十天君が牙をむく。他の十天君に対すれば<翼将>が戦場を支配しよう。彼の者をどうにか出来ねば勝機はない」


 アムネリアは断言した。まるでミスティンとカナルに人なしと言わんばかりの強い調子であった。


「確かに、レイバートンの軍団は強力だ。<翼将>の実力も相対したから分かる。だが、個の力でそう簡単に戦全体の潮流を引っくり返せるものではないだろう?」


「彼の者だけは別格なのだ。対外、対内、そして対魔の戦闘において、ラファエル・ラグナロックが勝ち続けてきたからこそ、レイバートンは不戦の約定を呈することが出来た。個の力が一国の方針を規定したわけだ」


「……アムでも止められないか?」


「この身の呪いが解けても、私の力では無理だな」


 この時、ラファエルに勝てる可能性を秘めた唯一の人物として、アムネリアの思い浮かべた者こそかのルガードであった。アムネリアはその名を口にせず、表情を消したままで押し黙った。そんなアムネリアを不安気に見守るフラニルの様子に配慮し、クルスはそれ以上の問答を避けた。


 クルスは次なる行動を半ば心の内で定めており、寧ろダイノンの持ち帰る便りはその決意を後押しするものに過ぎないと自覚していた。ラーマを連れ去った一団の目的はリンから聞いた話と一致を見ており、本来であればラクシュミの為にもビフレストを目指し奔走していておかしくなかった。しかし、そうはなっていない自身の変化を直視する勇気だけは、クルスも未だ持ち得なかった。


 それから四日の後にノエルが戻り、さらにその翌日ダイノンが帰ってきたことで、一行は久方ぶりに集結を果たした。病床のアンナはクルスの仲間が無事に揃ったことをことのほか喜び、人伝に謝意を伝えた。


 クルスらが旅立ったのは、ダイノンの帰還から僅かに二日を経た先の白昼のことであった。



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