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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第三章 マジックマスター(上)
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2 スペクトルの魔手

2 スペクトルの魔手


 神殿を訪ねたその夜、クルスは宿の一室に皆を集めて方針を定めた。潜ませていた<戦乙女>が断片的に拾った会話から、ホッジス大神官と<北将>が懇意にしていることは明白で、クルスらがアンナの閥に属していると見なされた現状では<福音>捜しの手を借りることは困難と考えられた。


 それ故の二正面作戦であった。


「イオニウムのスペクトル城からクラウ・ソラスを持ち帰り、アンナ経由でホッジスを動かすが先か。或いはベルゲルミルを隈無く捜して<福音>を取っ捕まえるのが先か。ゴールは同じなのだから、二手に別れることにする」


 クルスの方針に逆らうことの少ないノエルはさておき、まずはダイノンが確認とばかりに声をあげた。


「それはつまり、この国の政治と関わるを是とするということだな?カナルの意向を伺ってもいないが、我々は第二王女の旗を仰ぐという意味だ」


「カナルは関係ない。いち傭兵いち戦士としてアンナを担ぐ。今のところ<福音>に辿り着く最短経路がそれにあたるからだ。他に案があるのなら、直ぐにでもこの国を出る」


「まあ、ワシに名案があるでもなし。お前さんの<リーグ>の線かアムネリアのつてが通用しないのであれば、致し方あるまい」


「<リーグ>は支部間に溝があるし、何より平の傭兵相手に易々と顧客情報を漏らしたりはしない。リン・ラビオリくらいのレベルになれば話は別だろうが……」


 クルスは会議の席上に見掛けたリンの顔を思い浮かべて言った。行き掛かり上クルスがアンナの勢力に取り込まれた結果、第二王子カサールを支持するリンや<リーグ>とは折り合いが宜しくないとも考えられた。


 同じくダイノンから指名を受けたアムネリアが応答した。


「信仰が異なる以上、神殿のネットワークは意味をなさない。本質的にはカナルのディアネ神殿を頼る方が余程マシであろう」


 カナルを出発する前に、クルスらはバレンダウンやチャーチドベルンのディアネ神殿に<福音>のラーマの所在を照会したものだが、カナルの国情やベルゲルミルとの関係性から有意義な話は聞けなかった。元よりカナルは聖神カナンへの信仰が第一で、カナンの従神たるディアネへのそれは一段劣るものであった。


「それに、ラーマ殿の本籍はベルゲルミル公国にあったと記憶している。私の仕えたソフィアとは言ってみれば水と油。例え元の地位にあっても容易に繋がれたとは思えんな」


「アムネリアさんがそう言うのだから決まりですね。二手に別れましょうか。僕はどっち行きでもいいですが、アムネリアさんを御守りする方がやる気は出ますよ」


 フラニルの裏表ない主張にダイノンが笑った。クルスは論理的帰結として、フラニルの意見を採用した。


 人間種族を恨みに思うイオニウムへと潜入するに、ノエルの高度な魔法技術は不可欠と考えられた。魔法と術者を護る剣はセットにするべきで、ダイノンは潜入工作という任務の特性上不向きだし、アムネリアは戦闘の持続力が問題視された。クルスとノエルの組合せでスペクトル城に挑むは必然であった。


 ベッドの端に腰掛けるアムネリアが難しい顔をして懸念を口にした。


「獣人の気配察知能力は尋常でないと聞く。イオニウムの首城に忍び込んで勝算はあるのか?捕まれば言い訳など聞いてはくれまい」


「そうだな……流石に獣人管理区に便利な知り合いはいない。事前にアンナ王女やグラサール将軍から情報をとる必要がある」


「……獣人の城から剣を持ち出すことに、正当性はあるのかしら?」


 ノエルの疑問に、一同は通説を頼りに回答する他なかった。豊穣と大地の女神ディアネがミスティンの王に授けたとされる神剣。それは代々王太子の継承物となっていたが、魔境戦争で当時の王太子が戦死したことで紛失し、どういう経緯かイオニウムのスペクトル城に飾られていた。


 一連の話を信じる上ではミスティンが神剣の返還を求めるは道理に叶っていた。ただし二国間に国交はなく、ここで強引な手法を用いざるを得ないあたりが第三者たるクルスらの目には強引に映った。


(国を挙げて奪還を働きかけるというのならまだ分かる。王位継承権者たちを無駄に競わせて、一体<北将>は何を狙っている?)


 部屋の扉をノックする音がクルスの思索を中断させた。フラニルがそっと扉を開けると、桃色の髪を総髪にまとめ花柄のワンピースを着込んだ妙齢の美女が姿を見せた。女は室内に視線を這わせ、クルスを見付けるや紺碧の瞳を輝かせてひらひらと手を振った。


「リン・ラビオリ……」


 <リーグ>バレンダウン支部の所属にして幹部に名を連ねる女傭兵の名が呼ばれ、アムネリアやダイノンはそっと身構えた。<花剣>のリンと言えば、アケナスで最高峰に位置する剣士の一人と見られていた。


 見たところ平服で剣も差していないことから、クルスらは警戒心を幾分和らげた。共に<リーグ>の任務にあたったことがあり、クルスにとってはまるきり知らない仲とも言えなかった。


「久し振り、クルス。こんな北の街であなたと会うなんて。それも王宮の重大会議の席上ですものね。驚いちゃった」


「……訳の分からない内に、君とも敵対したようだが」


「お連れの皆様を紹介いただけないかしら?<リーグ>がカサール殿下を推しているとは言っても、あなたたちをどうこうしようとは考えていないわ。今日はオフですしね」


 リンは満面の笑みを形作り、ワンピースの裾を軽く持ち上げてすらりとした長い足を惜し気もなく見せ付けた。たちまちクルスやフラニルの目が釘付けとなった。


 クルスはアムネリアたちのことをリンに紹介した。リンの気安さや溌剌とした様は仲間たちに受け入れられ、ダイノンですら好感を抱いたように見受けられた。


 アイドル傭兵としても高名なリンは、例えばフラニルにとっては高嶺の花といった存在であり、アムネリアと並べて遜色ない大陸屈指の美しさにはダイノンですらほうと息を吐くほどであった。クルスは元より彼女の外見を非常に好ましいものと見ていたので、場の男性諸氏はあっという間に魅了され尽くしたと言えた。


 一通り挨拶が終わると、リンは裏のない真面目くさった態度でクラウ・ソラスの件を切り出した。


「剣を奪還すれば必ずイオニウムと戦争になるわ。イオニウム公は神剣を、獣人たちを守護したもう宝として祀っているらしいから。獣神ギルモアーに対してなんとも失礼な話ではあるけれど。真に大切な点は、イオニウム軍を相手に如何にミスティン騎士団を勝たせるか。ここでミスティンが蹂躙されるとアケナス北部は人間勢力が後退して、魔境の制圧などままならなくなる」


「ちょっと待て。獣人がまたも人間に牙をむくと?神剣の件がなければ聞くにも値しない与太話だ。彼等の現有戦力は、種族間対決を推進するほどに充実していないだろう?」


「イオニウムとミスティンが争えば、魔境周辺も動くのではないかしら。事によっては黒の森からも戦力が派遣されてくるでしょうね。一方でミスティンには小国アウフェランド以外の援護は望めない。これでも戦力に差が?」


「なぜイオニウムと連動すると言い切れるのか分からないが、魔境が動けば対魔防衛ラインも黙ってはいまい。……黒の森とはダークエルフの巣窟だな?それこそ人間社会に干渉してくるとは思えん」


「クルス。裏に全てを繋ぐ糸があるのよ。世界の敵はアケナス中にしっかりと網目を巡らせている。オズメイの鐵宰相は早くから敵の軍門に降った。ビスコンシンの工業化は敵に約束されたからこそ実現したの。対魔防衛ラインが形骸化すれば、おいそれと大軍が魔境を脅かす事態には発展しない。イオニウム・対魔防衛ライン・黒の森の攻勢に晒されたミスティンは憐れ滅亡の鐘を鳴らす……」


 リンの瞳が湛えた光は真剣そのもので、クルスは彼女の途方もない話を頭から否定するわけにはいかなかった。世界の敵とは何なのか。人間諸勢が団結してイオニウムに対することは叶わないのか。クルスはそれらを尋ねたが、リンの口が開かれる前にアンナが部屋へと踏み込んできた。


「兄上の走狗が何の用かしら?さっさと出ていって頂戴。……クルス・クライスト!敵と和気藹々と語るなど、私は許しません。今後、この女と接触しては駄目よ。貴方は私の王太子就任に責任を負っているのだからね。努々忘れないこと!」



***



 王都アグスティを出発して一週間近くを旅程に費やした。クルスとノエルは既にミスティンの支配領域を西に越え、イオニウムとの緩衝地帯に足を踏み入れていた。


 町村はなく、遊牧民の一団を一度見掛けた以外人気のまるでない殺風景な原野が広がっていた。足下の土は乾燥して固く、時折地面から突出して上背を覗かせる針葉樹は細く尖って周囲を威圧していた。


 ミスティンもそうであるが、二人の行く道はアケナスの北部に位置する為、日が落ちれば吐息も白く煙る程に気温が下がった。道中雨に降られては防寒に難を覚えたであろうが、幸いなことに天候には恵まれていた。


 白馬に跨がり先行するノエルから、後方で手綱を握るクルスへと注意が喚起された。


「土の精霊が、この先に何かいると伝えてきたわ。……獣人だったら戦いになるのかしら?」


「獣人は悪魔とは違う。興奮したり敵意を抱くと獣化トランスフォームするが、外見はおれたちと特に変わらない。意思の疎通も出来るのだから、話せば分かる相手かもしれない」


 クルスはイオニウムに入ったことがなかった。サラスヴァティ・レインとアケナスを回っていた頃に遭遇した経験こそあったが、獣人の特性に精通しているというには程遠かった。


 イオスやアンナから聞き出した話では、エレノア・ヴァンシュテルンは半獣人を側近に置いているとのことであった。バイ・ラバイという名のその者は、小型斧の二刀流を使いこなす凄腕の騎士だそうで、実力はミスティン屈指であると噂されていた。


 アンナの指名でクルスとイオスは剣の試合を組んだものだが、そこはクルスが華麗に三本勝負を完封して見せた。イオスは決して弱いわけでなく、正統の騎士剣術をよく修めているものとクルスやアムネリアの目には映った。しかし、クルスの如き歴戦の剣は真面目なイオスの技を翻弄し、真っ向勝負に持ち込ませない巧さがあった。


 アンナは、恋人であり頼れる将軍でもあるイオスをも上回るクルスの剣腕に驚くと共に過度に期待を寄せた。「あの賎しいバイ・ラバイをも超越しているのでは?」というアンナの問いに、二人と剣を交えているイオスは首を捻った。確かにクルスは類い稀なる剣士だが、バイ・ラバイもまた異能の戦士であることは事実で、そこは甲乙の明言を避けた。


 クルスとノエルは馬の足を止めて並ぶと、離れたところにいる何者かと距離を詰めずに状況の変化を待った。アンナの競争相手たる他の王位継承権者が寄越した手勢である可能性も否めず、獣人でなかろうと油断はできなかった。


 やがて接近してきた騎馬の一隊と相対した。周囲に障害となりそうな物体がなく、敵意を示された場合は立ち会う他になさそうだと二人とも覚悟を決めた。


 鎧兜に身を包んだ騎士風のなりをした中年男性が五人と、暗灰色のローブをまとった壮年の男が一人。騎士と思しき連中の内から精悍な顔付きをした一者が進み出た。


「我々はオズメイ北王国が群狼騎士団。そして私は作戦小隊を率いるアストレイだ。そこな二人、このような人外の地で何をしている?」


「<リーグ>バレンダウン支部所属のクルス・クライストだ。彼女は相棒のノエル。内容は明かせないが、任務でここにいる」


「その任務とやらを聞かせて貰いたい」


「その義理はないな。だいたいオズメイの騎士が何の作戦で北まで出張って来ている?この先にはイオニウムしかあるまいが」


 クルスの答えに群狼騎士団作戦小隊の面々が色めき立った。アストレイは静かに手でそれを制し、表情を変えることなく質疑を続けた。


「知っての通りイオニウムは獣人を隔離した禁区だ。妄りにこの地が騒がされぬよう、対魔防寒ラインによって日夜哨戒が行われている。我々はその当番にあたるというわけだ」


「了解した。おれたちも獣人に騒がれることは望まない。貴方の力でイオニウム入りの便宜を図っては貰えないか?」


「禁区だと言った。我らの見知る範囲で何者もイオニウムには近付けさせん。大方神剣目当ての雇われであろう?貴様らのよう塵が彷徨いて獣人を刺激するのが一番手に負えん。塵の命がどうなろうと関係ないが、それがアケナス全土の人間を巻き込む惨事を引き起こすことになるかも知れんと、足りない頭で理解するのだな」


「……全くの正論だ。おれがただの盗人なら泣いて赦しを請うところだ。惜しむらくは、おれたちが盗人に盗まれた宝を取り返しにきたことにある。それを罪に問えるものか、おそらくは神にも判断の難しいところだろう」


「知らなかった。盗人に上下善悪の区別があるとでも?下衆の分際で軽々しく神を語るな」


 加速する口論においてクルスが更なる弾を撃ち出そうとしたその時、ノエルが鋭い声音で警告を発した。


「騎馬隊よ!真っ直ぐこちらに近付いてくる!数は十五!」


 風の精霊が伝えたままを開示し、ノエルは厳しい表情でクルスに対応を迫った。クルスはノエルの様子から待避が間に合わないことを悟り、向かい合う悪意の警察へと交渉の口火を切った。


「場所柄、どうせイオニウムの連中だろう?こういうときは人間同士手を取り合って対処しないか?」


「その娘は人間ではないようだがな。それに我々は貴様らと違い獣人に対して含むところがない。馴れ合う理由などない」


「獣人を警戒して哨戒までしている割には奴らに優しいんだな」


「イオニウムにちょっかいを出す、貴様らのような考えなしの塵を追い払うべく活動しているのだ。勘違いするな」


「なら火種にならぬようこの場は取り計らってくれ。そういう理屈だろう?」


「……貴様らを助ける目的ではないぞ。アケナスの治安を第一に考えて、イオニウムと無闇に揉め事を起こさぬよう努めるだけだ」


「それでいい。そうしてくれ」


 アストレイは苦虫を噛み潰したような顔を見せてクルスから離れた。そして接近する一団への対応を小隊の面々と協議した。全員が馬から下りて、不測の事態にも機敏に動けるよう足場を確認した。ノエルはクルスの背にぴたりと張り付いて新手の到着を待った。



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