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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第二章 カナル承継
36/132

  黄竜の旗が立つ-2

***



 アムネリアもジットリスも時間的に自軍を有利へと導く戦略の構築を許されなかった事情により、至極単純な戦術を採用した。即ち、戦陣を組んでの正面衝突であった。


 ジットリスは自分以外の十天君に対する信頼に裏打ちされた二列縦陣を敷いた。一列の先頭には<飛槍>のディロンを、もう一列の先頭に<烈女>レベッカを置いたことこそその証であった。


 他方アムネリアも二列縦陣で相対したが、これはネメシス軍と白騎士団の指揮系統を敢えて未統合とした結果であり、それぞれの先陣を任されたのはダイノンとクルスであった。二人は開戦早々に十天君と斬り結んだ。


「また会ったな!俺の槍と貴様の剣、どちらが上か白黒をつけるとしようぞ!」


「おれはお前との決着などに興味はない。だが戦には勝たせて貰う」


「生意気ィ!」


 ディロンの馬とクルスの馬が交錯し、互いの武器が激しく火花を散らせた。二人が一騎打ちに興じている間にゲオルグとアルテ・ミーメの部隊戦闘も激化した。


 ダイノンとレベッカは初顔合わせであったが、互いを好敵手と認めて直ぐに立ち合った。


「ドワーフに騎馬なんて、たちの悪い冗談だわ。分相応に地べたを這いずり回っているのがお似合いよ」


 レベッカの背に流した長髪は鮮やかな緋色で、赤い肩当てや胸甲には特注と思しき黄金の炎があしらわれていた。吊り気味で険のある目や挑戦的に歪められた薄い唇からは気の強さが透けて見えた。細身ではあったが、ダイノンの目にはしなやかで瞬発力に優れた筋力を保持していると映った。


(得物は長剣か。見たままに前陣速攻でくるか、それとも……)


 盾を構えたダイノンへと、馬を寄せたレベッカの長剣が強襲した。大盾で受けに回ったダイノンは二撃三撃と守る内に異変を感じ取った。レベッカの太刀筋に目を凝らせば、たちまち剣身が焼けついたように真っ赤に染まっていると分かった。


(こいつは……炎の魔法を剣に付与しているのか?だが、鋼の剣と炎とは相性が良くない筈だが)


 しばし防戦に徹して観察を試みたが、灼熱の剣に打たれ続けたダイノンの盾に大きくヒビが入った。更なる剣撃の圧力に負けたダイノンは馬から転げ落ちた。


 闘いを優位に進めるレベッカに連動するように、モンデの指揮する部隊がルカ隊を押し始めた。主力同士の一騎打ちは士気の関係から戦況に弾みをつける効果が認められており、全軍を指揮するアムネリアもジットリスも各々の陣営の勇者に期待を寄せていた。その為両翼の押し合いに動きが見えれば、即座に武将同士の対戦状況を疑った。


(ルカ隊が押されている……ダイノン!)


「フィニス隊とネメシス様の隊を分離させよ!左翼は三つの方円陣に組み替える」


 アムネリアは形勢に不利の見えた一翼を即座に動かした。ネメシス軍は将帥が豊富なため、動揺が全体に波及する前に指揮官たるルカの支配下からフィニスとネメシスの部隊を横にスライドさせて独立部隊とした。そしてそれぞれが全包囲への防御に定評のある正円の陣を敷くことで、左翼全体を守りに徹させることに成功した。


 対するジットリスは自軍右翼の攻め気を後押しし、ルカの方円陣を破らせにかかった。左翼はゲオルグが押し切れておらず、無理に動かせば均衡を崩す恐れがあった。


(白騎士団を止められているのだから、それで良しと考えるべきだ。レベッカとモンデ皇子が敵左翼を噛み砕けば、期せずしてこちらはニ方向から白騎士団を攻め立てることが出来る。悪くない流れと言えよう)


 アムネリアとジットリスは共に全軍の流れを読み、機を見て敏に応手を繰り出した。マジックマスターに遠見の魔法を行使させ、出来るだけ広く戦場を見渡しながら指揮する様は共通していた。


 きっかけを作ったのはノエルであった。彼女の魔法強度はゲオルグ隊の魔法抵抗を端から切り崩し、陣に綻びを現出させた。


 それを逃さず突破口として、アルテ・ミーメは攻勢を強めた。白騎士団の攻撃力は噂通りで、一糸乱れぬ動きを見せてゲオルグ隊の急所へと突入した。


 その時点でジットリスは敗戦を悟った。ディロンが軍中に帰還出来ない今、劣勢のゲオルグ隊には白騎士団を押し返せるだけの武将がいなかった。そしてモンデ隊の優位は戦全体の流れを決する程に大きくはなく、三つの敵方円陣は一つとして破られてもいなかった。


(もう一人十天君がいれば、結果は異なったのであろうがな。……未練というものか)


 ジットリスがベルゲルミル全軍へと下した命令は「全騎撤退・帰国」という踏み込んだものであった。これには各将驚きを隠せなかった。戦はまだ序盤と信じて、明日も明後日も戦う腹を決め込んでいたからだ。


 ジットリスの立場からすれば、一度形勢が悪化してなおだらだらと継戦に及ぶことに利はなく、ただでさえ少ない兵力で臨んでいるのだから、損害が敵を上回った時点で諦めるのが筋という考えを持っていた。


 さらに言えば今回軍の大勢を占めるはベルゲルミル公国騎士団であって、想定以上に戦力を失えば連合王国内での公国の発言力を低下させる危険も考慮に入れねばならなかった。


 乱戦下にありながらジットリスからの合図をしっかりと確認したモンデは、左翼の敗北を直ぐ様連想して部隊の手仕舞を始めた。一騎打ちに興じている<烈女>のレベッカにも伝令を遣わせた。


(元々補給の困難もある。敗戦の責は公国が負うのであろうから、我々からすれば撤退も悪くない。……はじめから戦など仕掛けねばよいというものだが、流石にそれは結果論に過ぎないか)


 勝ちながらも後退を始めたモンデ部隊に対し、ネメシス・フィニスの二隊は追撃を控えた。敵は勢いがあるままに下がったわけで、負けていないのだから深追いは禁物と捉えていた。


 しかしながら、半ば一方的に押し込まれていたルカが逆上して部隊を突出させた。ダイノンの制止の声に耳を貸さなかったが為に、猪突猛進を見せたルカ隊はモンデの反転迎撃戦法をまともに浴びて大打撃を被った。


 ディロンはまたもクルスとの闘いに決着をつけきれぬ己の不明を恥じた。そして此度は殊勝な姿勢を露にして槍を収めた。


「名を聞かせてくれ。俺はベルゲルミル公国騎士団が上級騎士、ディロン・ガフロン。<飛槍>の通り名で呼ばう者もいる」


「逃げるのか、ディロン・ガフロン。……おれはクルス・クライスト。ただの傭兵だ」


 肩で息をしながらも、クルスの瞳は闘志に満ちていた。ディロンとの勝負は依然互角と言え、ここからが本番と気合いを入れ直した矢先の敵の撤退であった。


 これ以上その場に停滞することは自軍への合流に難を来すと、ディロンは速やかに馬を返した。


「クルス・クライスト!貴様がカナルに肩入れを続けるならば、何れ再戦の時は訪れよう!それまで首を洗って待っておれ!」


「あ、こら……」


 捨て台詞を吐いて去った敵の背を一瞥し、クルスはしばらくその場から白騎士団の動きを注視した。


(アルテ・ミーメが上手くやったらしいな。ラクシを出す機会こそ逸したが、このまま敵が帰国してくれれば良しだ。ディロン・ガフロンの口振りからすると、それが濃厚ではある)


「クルス!無事だった?」


 ゲオルグ隊の引いた方向から白馬を飛ばして金髪のエルフが戻ってきた。


「ノエル!また前線に出たな?どうしてそう無鉄砲な真似をするんだ……」


「あら。私が頑張ったから勝てたんじゃない。怒られるいわれがどこにあるのよ?」


 クルスの心配を余所にノエルが愛らしくも口を尖らせて抗議した。ディロンに競り勝てなかったことを負い目に感じていたクルスは、肩を竦めてすごすごと退散した。


 アムネリアからの指示でネメシス軍は全騎整列をし、一旦負傷兵を残してそこから北上した。


 トード伯爵国との国境沿いに陣は張られ、即興で建てられた見張り櫓には昼夜を問わず時間交代で騎士が詰めた。それから二日が経過して後、ベルゲルミル軍の影も形も見当たらないことが確認されて、ようやくアムネリアは勝利宣言と全軍の撤収を布告した。


 ネメシスはこの勝ち戦をカナル帝国全体の勝利と位置付け、将兵たちに労いの言葉をかけて回った。出身・所属を問わず黄竜の旗の下に集いし戦士たちは皆、この勝利をネメシスに捧げると返礼し涙を流さんばかりに喜んだ。



***



「不幸にも帝国人同士が相争い覇を競う羽目に陥りましたが、これ全てベルゲルミル連合王国の奸計によるものでありました。もはや誤解は解け、これからは私と、故人となったマリス侯爵の双方に仕えた者たちが手を取り合ってカナルの帝政を担い守り立てていくのです。恨みつらみもありましょうが、それは私ネメシス・バレンダウンに免じてお収めいただきたい。聖神カナンの加護も豊かなこのカナルの発展は、対悪魔・対外融和を通じてアケナス全土へとあまねく幸福をもたらすものと信じます。どうか、皆様の御力添えを賜りたい!カナル、ひいてはアケナスの安寧を守る為に、私と共に立ち上がっていただきたいのです!父母を守り、子を守り、そして隣人を守ることで理想の実現に近付きます。少しの勇気を私に貸してください。カナルの新しい政治は広く門戸を開放し、皆様と共に治めていくものであります」


 ネメシスの施政方針の幕引きは以上のようなもので、新都バレンダウンに集まった聴衆はこれを聞いて歓喜の渦を作り上げた。報道は直ちにカナル帝国の全域に到達し、内戦の終結と新たな為政者の誕生に沸いた。


 フルカウル城の広間には主だった貴族や神官が集まっており、日中の政治論議に引き続いて夜間の意見交換会が催されていた。面子はネメシスと共に一年余りを戦い抜いた諸侯からマリス侯爵に味方をした地方領主まで幅広く、いっしょくたに招待されているところに国内融和を優先するネメシスの考えが滲み出ていた。


 喧喧諤諤議論は白熱し、半ば喧嘩腰で言い争う一幕もあったものだが、それらに対してはネメシスが穏やかに仲裁を買って出ることで事なきを得た。


 クルスはバルコニーで夜風に当たりながら、議論をリードしているネメシスの姿を硝子越しに眺めていた。その傍らにはアムネリアとノエルがおり、夜空の月や煌めく星星に静かに見入っていた。


 正装とは程遠い平服姿にバンダナを巻いて赤毛を纏めたクルスは、アムネリアの目から見ても会議の席に相応しくなかった。それはノエルも同様で、若草を思わせる緑色の短衣に紫の袖無し外套を引っ掛けただけという軽装は、一見して町娘とも間違えられかねなかった。


 アムネリアはと言うと、ネメシスから正式に会議のオブザーバー役を仰せつかっていた為に純白のドレスで着飾っていた。美しい黒髪に飾られた銀の櫛や星を象ったイヤリングもよく似合っていて、先程から列席者の垂涎の的になっていた。気晴らしにとアムネリアがバルコニーに出てみると、徹頭徹尾参加する気の乏しい二人がこうして夜景の一部と化していた。


「……そなた、どういうつもりだ?政治に興味がないとは知っているつもりだが、その態度はネメシス様のご厚意に甘えているのと違うか」


「違わない。甘えついでに明日出立する」


「なに?」


 アムネリアの柳眉が危険な角度を形作った。


「アムネリア。クルスと私とでもう一度地下水路の封印を調べに行くの。ダイノンやベンが色々と当たってくれたから、彼らにも付き添って貰うわ」


 ノエルの言にアムネリアの顔付きはいっそう険しさを増した。クルスを向いたまま、乾いた声音で凄んで見せた。


「私を差し置いてこそこそと段取りをしていたわけだ。どういう了見か聞かせて貰おうか?」


「特に意味はない。ネメシス様はアムの資質を高く買っているだろう?元ベルゲルミル十天君としての識見と手腕をだ。今は国の復興を向いた大事な時期で、アムの助言は金言となる。行く行くはカナルの統治機構に組み込みたいくらいのことはネメシス様もお考えの筈さ。だから、裏方稼業はこちらで引き受けた」


「そなたまさか、私だけが高く評価されているこの当然の事態に、不遜にも嫉妬心など抱いてはなかろうな?」


「ネメシス様のお側に仕えることの許される特権は心底羨ましい。名実共に女神と相成ったあの方に、朝から晩まで付きっきりで……」


「茶化すでない」


「……おれに承認欲求があったなら、ニナ・ヴィーキナを出た後どこぞに仕官している。元々ヴァティに拾われた命だ。彼女の真似事をやってみるのも悪くないと思ってね」


「カナルにも仕官しないと言うのだな?」


「黙示録の四騎士や四柱の封印を堅持することはカナルのみならずアケナス全土を安堵することに繋がる。何も騎士という立場だけがネメシス様を守護するわけではないさ」


「そなた程度の力量で大それた望みではある。だが、私が口を挟む筋の話ではないようだな」


「それは心配の裏返しと受け取ったが?」


「客観的に見て無謀だと指摘したまでのこと。必要以上に他人に共感を期待しないことを勧めるが」


「共感よりも、親愛の情をより強く感じたがね」


「錯覚だ」


「大丈夫よ、アムネリア。クルスには私がついてるから。それに、元はと言えば私が持ち込んだ話だものね」


 ノエルの援護射撃にアムネリアが微かな反応を示した。自分を見返す黒瞳に微量の迷いが含まれているようノエルには感じられた。


「ふむ。ノエルがいれば心配はなかろう。……このお調子者から目を離すでないぞ。放っておくと何をしでかすやら。どれ、私は会場に戻るとする」


 身を翻したアムネリアの背に、クルスが激励の声を投げ掛けた。


「様になっている。貴族たちの度胆を抜いてやってくれ。アムの器量と能力なら容易い」


「そなたに言われなくとも、私が美しくて聡明なことは周知の事実だ」


「その通りだ」


「急に聞かされたのだ。明朝は会議がある故見送りには出られぬぞ」


「ああ。麗しのアムよ、また会おう」


 振り返ることなく、アムネリアは室内へと戻っていった。それを見届けたクルスとノエルは、風の魔法の助けを借りてバルコニーから城の庭園へと飛び降りた。


 ネメシスへの別れの挨拶も済ませていたので、夜明けと共に同行者の到着を待ち出発する算段であった。


「アムネリア、相当怒っていたわね」


「彼女を政府中枢に留め置きたいというのは、ネメシス様たっての希望だからな。ああするより他になかった」


「ネメシス様が警戒なされたのは、クルスとアムネリアが一緒にお側を離れることでしょう?」


 ノエルの指摘にクルスは頭を掻いた。二人を帝国政府の要職に迎えたいというネメシスからのオーダーは確かにあったのだ。


「それはそうだが。さっきも言ったが、おれは出来る限りヴァティの遺志を引き継いでやりたい。これにはラクシも賛成してくれた。カナルの禄を食んでいて好き勝手するというのは性に合わないのだから、おれが出るより方法がない」


「わかってる。私はあなたの味方よ。別に非難しているわけじゃないわ」


 ノエルは微笑を浮かべると、軽やかなステップで池周りの縁石の上を歩いた。フルカウル城はネメシスの意向で緑化が進められており、木や水を身近に感じられることでノエルの機嫌はすこぶる良かった。


 クルスは高所となったバルコニー近辺に一度だけ視線を送ると、ノエルを伴って城下に下った。



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