散華-3
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レジミェールの戦いは奇をてらわない攻防で展開した。数に勝るネメシス軍が力押しを敢行し、少数のマリス侯爵軍は密集陣形で堅く守った。フェイニール・マリス自らが戦列に参加をし、指揮をとるではないが兵を鼓舞して士気の向上に努めた。
ポーネリア・ハウを失った結果、フェイニールの旗下にはアリスを除いて戦術に優れた将帥が不在となっていた。それ故に単純な密集陣形以外とりようもないというのが実情であったのだが、その防御力もネメシス軍の強力な魔法攻撃と対しては甚だ分が悪かった。
「どんどん撃てい!」
アムネリアの指示で、マジックマスターたちは敵陣に雨霰と炎の矢を放った。接近戦ではダイノンを先頭に据えたルカ隊が被害を顧みずに突撃を繰り返していた。
「アムネリアさん。どうやらこのまま押し込めそうですね」
「いえ。黙示録の四騎士もエヴァキリアも未だ姿を見せてはおりません。ネメシス様、油断は禁物です」
前線に出ないようアムネリア以下が説得こそ試みたものの、結局ネメシスは馬を駆り中軍に収まっていた。遠距離攻撃に重きを置いた中軍はアムネリアが率いており、後詰めにはフィニスが控えていた。
アムネリアの警告した通りにそれは現れた。魔性の四騎は無から生じるなりルカの率いる前衛部隊へと襲い掛かった。防戦一方であったマリス侯の陣中では、フェイニールが甲高い声を張り上げて反撃を唱えた。
召喚主たるアリスはそれどころでなく、全身からの異常な量の発汗と絶え間ない頭痛に悩まされながら、連携するマジックマスターらと共に密集陣形の中心で魔法の維持に努めていた。周囲の者たちは皆彼女の限界が近いと悟った。
アムネリアは、四騎士への抵抗ではなく敵陣の殲滅を優先した。
「構うでない!フェイニール・マリスとアリス・マリスを捕らえれば終わりぞ!中軍も前に出よ!」
アムネリアは剣を雄々しくも掲げると、旗下の部隊を率いて前進した。それに混じってネメシスの姿が目に留まるも、アムネリアは今更であると黙認した。
フェイニールの本陣は敵軍の気迫に完全に飲まれていた。
(……あれが、アムネリア・ファラウェイ。あれが元十天君。黙示録の四騎士の奇襲にも動じぬとは……)
敵の動きを読み違えたフェイニールは、勇猛な指揮をとる敵将を心中で密かに讃えた。ディロンからアムネリアの存在を聞かされてはいたものの、ネメシスに使いこなせはすまいとたかをくくっていた。それが一軍を任されていると知るや、フェイニールは己がネメシスをも侮っていたのだと知った。
ジットリスなどはアムネリアを<翼将>に次ぐ実力者と評していたが、その通りに彼女の率いる中軍が加勢するなり、黙示録の四騎士の威勢はどこへやらフェイニール軍は脆くも崩壊した。
「マリス侯、お逃げください!」
近衛の騎士が軒並みそう訴える中、ドワーフの神官戦士が一騎、猛烈な勢いで騎士を弾き飛ばし接近を試みた。斧を振るうドワーフは当然、マイルズの神官戦士ダイノンその人であった。
「そこな高貴ななりをした御仁、マリス侯と見たぞ。ワシはマイルズ神に仕えるダイノン!戦神を侮りし罪は重いぞ……そこになおれ!」
「……マイルズの戦士か」
重心を落として駆けるダイノンの前に、赤馬に跨がりし黒衣の騎士が立ちはだかった。黙示録の四騎士の一騎であり、それを呼び込んだアリスもまたフェイニールの側へと駆け付けた。
「フェイ……無事?」
「アリス!顔色が悪いぞ。大丈夫なのか?」
「いまその樽男を排除するから……」
赤馬の騎士は長槍の鋭い突きを連射してダイノンを追い込みに掛かった。盾でそれらの攻撃をいなし、ダイノンは戦斧を繰り出すタイミングを測っていた。
時間を経る程にアリスの体調は目に見えて悪化し、遂には喀血して地に蹲った。
「アリス!」
アリスはフェイニールの呼び掛けに応える余裕を持たず、彼女の変調は赤馬の騎士をはじめとした四騎士の動きにただならぬ影響を与えた。アムネリアとネメシスが突っ込んできたのは、まさにそんな場面であった。
「ダイノン!いま助ける」
馬上で弓が引き絞られ、極限にまで力の込められたアムネリアの必中の矢が赤馬の騎士へと放たれた。首を撃たれ、衝撃に体勢を崩した赤馬の騎士へとダイノンの強撃が重なった。胴を大きく破砕された騎士の全身は煙と化し、赤馬ごと消失した。
「フェイニール・マリス!観念しなさい。勝敗は決したのです。かくなるうえは部下たちに剣を捨てさせ、潔く縄を受けることを勧めます」
金色の剣を手にしたネメシスは、自棄を起こして突っ掛かってきたマリス派の騎士をソロス流の剣術で斬り倒し、厳しさを点した碧眼をフェイニールへ向けた。
フェイニールは観念し、弱々しく頷くと、旗下の騎士たちに抵抗を止めるよう命じた。そして下馬して呼吸の荒くなった妹を抱き抱え、ネメシスへと懇願した。
「私の身はどうなっても良い。アリスの命は助けて欲しい……ネメシス・バレンダウン」
「……いまここであなた方を裁く意思はありません。帝都までの安全だけは約束します」
「それで構わない」
ネメシスは声高に終戦を告げた。諸侯軍の騎士たちから大地を揺るがさんばかりの歓声が上がった。アムネリアはネメシスの側へとゆっくり馬を寄せた。
「フェイニール・マリス。私たちの争いで無用な血が流されたことは否めません。今後どのような統治を行っていくにせよ、私と貴方の犯した罪や失われた生命に対する責任が薄れることはないのです。それは分かりますね?」
「ネメシス・バレンダウン。魔境との対決姿勢を貫くとあらば、以後臣民の犠牲は嵩むばかりだろう。対魔防衛ラインの加盟諸国はカナルやベルゲルミルの過度な干渉を好まぬし、人間種族に嫌悪の感情を抱く種族の反発も予想される。敗れた身の上でいまさら説教をする気もないが、貴女の歩まれる道にはそれこそ罪科や責任が連綿とついて回ることになる」
「承知の上です。陛下とエドワード・カナル殿下が悪魔の手にかかったと分かって以来、私心や幻想とは無縁に生きるものと決めました。例え我が身が地獄の業火に焼かれようとも後世に暗君と罵られようとも、悪の芽を摘むことに邁進するのは止めません」
「……お互いもう少し早く、腹を割って議論を戦わせるべきであったな。政策が水と油であったように、覇道をゆく貴女に対して急いた私は邪道を選んだ。この情けない病身が焦りを誘発し、道を踏み外してしまった。アリスに負担を強いてまで、恥ずかしい話だ」
「マリス侯。やはり貴方の体は……」
「私に貴女やアリス程の健全な肉体があれば、今少しましな精神が宿ったのであろうか……いや、未練だな。黙示録の四騎士などに頼ったは生涯の不覚。未熟な我が身に代えてもこの始末はつけさせてもらう」
マリス侯の私兵は皆武器を捨て、力を失ったように地に腰を落とした。ネメシス軍の騎士たちは表情こそ明るくとも疲労の色が濃く、隊列の関係無しに休息に突入していた。だが一部は未だ剣を交えており、赤馬の騎士以外の黙示録の四騎士もまた戦闘を継続していた。
「おい!四騎士が暴れておるぞ!」
ダイノンの叫びを聞き付けたフェイニールは、腕の中のアリスが変わらず苦しんでいる様に気付き、そっと語り掛けた。
「アリス、もう良いのだ。全てが終わった。召喚を解除せよ」
アリスは上の空で喘ぎ続け、異変を察知したアムネリアが馬から下りて走り寄った。尋常ならざるアリスの容態を診るに、アムネリアは迷わずダイノンを呼びつけた。神官二人がかりで癒しの魔法を展開したがアリスの状態は好転せず、それどころかますます歪む形相は鬼気迫るものを感じさせた。
「アリス……どうしたというのだ?もう良いのだ!魔法を解いて休め!アリス……!」
「これは……魔法が暴走しているのか?」
アムネリアのその呟きに応答したのは、悪意の第三者であった。
「そうよ……召喚器の制御を失わば、人間の血肉など簡単に餌となる。血肉を喰らい、それでも足りなければ新たな獲物を襲って喰らう。何も難しいことはない悪魔の理だ……」
徒歩で近付いてくるその者の外套は不自然な程に汚れていて、注意して見れば血が染みてそうなっていると分かった。フードから覗く顔は痩せこけた男性のものであったが、彼を知るフェイニールなどから見れば眼前の巨躯や発散される冷たい気配はまるでらしくなかった。
「……ジャン・ミリアン、なのか?その風体、如何致したのだ……」
「なあに。ネメシス・バレンダウンを引きちぎるのに、魔獣の力を最大限に引き出したまでのこと。奈落の腕輪がもたらす力は実に素晴らしい!暴力と快楽が溢れんばかりに巡ってくる!この力、お前たちにも味わわせてやらねばな!」
ジャンは外套を脱ぎ捨てた。その下から現れたのは黒い体毛に覆われた筋肉質な四肢であり、同時に吹き付けた寒風がアムネリアらにエヴァキリアの放つ冷気を連想させた。
咄嗟に剣を抜いたアムネリアは、声を張り上げてネメシスを下がらせようとした。
(しまった……このままでは麻酔がもたぬ!)
***
ジャンから発せられた吹雪はフェイニール派の騎士たちを吹き飛ばした。ルカと近衛の騎士たちはネメシスを護り、アムネリアやダイノンといった武闘派が異形へと変貌したジャンに立ち向かった。
ジャンは明らかにエヴァキリアに支配されており、彼の僅かに語った内容からアムネリアはアリスに起きている変事をも類推していた。
(黙示録の四騎士にも召喚器が存在すると仮定して、それ自体が暴走して召喚主に悪影響を及ぼしているとでも言うのか?だが現実にアリス・マリスの状態は異常だ。……この男は奈落の腕輪と言っていた。それに類する装具が他にもあるのか……)
アムネリアは依然アリスに付きっきりなフェイニールへと忠告した。
「フェイニール・マリス!妹の身に魔法力を帯びた装具がないかを探……」
ジャンの突進をアムネリアはすんでのところでかわした。だがそのミスはジャンにとって痛恨とはならず、逆に開けた視界にフェイニールとアリスを認めて二人の下へと突き進んだ。
「しまった!フェイニール・マリス、逃げよ!」
アムネリアとダイノンが獣人と化したジャンの背を追うが、届き得なかった。
「南無三!」
ジャンの前に立ちはだかったのはいつの間にやら前衛まで詰めていたベンで、彼は鉄槌を振るって対抗した。
「邪魔だ……三下ァァァア!」
ジャンの剛腕が一振りで鉄槌をへし折り、続く蹴りでベンを遠くへと吹き飛ばした。放物線を描いて飛んだベンを尻目に、ジャンは背後に駆け寄ってきた二者へと凍えるような息吹きを見舞った。
「くっ……!」
既に麻酔の切れかけたアムネリアに魔法抵抗は展開出来ず、瞬く間に全身が凍結させられた。ダイノンはそれでも盾を掲げて前進を図るが、息吹きの圧力を前に速度は著しく鈍化させられた。
「アリス……マリスゥゥゥウ!」
振り向き、跳躍して高貴な兄妹へと接近したジャンを、今度はネメシスとルカが遠巻きにして囲んだ。だが二人とて冷気攻撃への有効な対策があるわけでなく、単に義侠心から足が動いたに過ぎなかった。
「フェイ……逃げて。どうせ私は助からない。四騎士の毒にやられて死ぬ……」
「馬鹿な!お前には、まだカナルで果たすべき役目があるのだ!毒など儀式魔法でいくらでも快方に向かわせられる。卑しくもマリス家の直系にある者が、易々と死を口にするな!」
妹を励まし、フェイニールは慣れぬ手付きで剣を抜いた。背後にアリスを庇っていたが為、彼に残されていたのはジャンと正面から斬り合うことだけであった。
フェイニールは病身にあるまじき気合い充分な上段斬りを叩き込んだ。しかしジャンの肩口にめり込んだ剣はそれ以上体表を裂くことが叶わず、鋭利な爪による一閃は逆にフェイニールの顔面を深々と抉った。三筋の傷は何れも致命傷で、一瞬で脳髄や眼球を砕かれたフェイニールは血や体液を迸らせながら前のめりに沈んだ。
ジャンは倒れたフェイニールに一切興味を示さず、完全に正気の失われた獣の瞳でアリスを見下ろした。陰惨な笑みの形作られた口からは際限なく涎が垂れ、「アリス……私が食べてやろう……我が妻よ」と、現実と妄想の入り雑じった狂気の発言が飛び出した。
目の前で兄を惨殺されたアリスはあまりの動揺と襲いくる肉体的な痛みから激しく痙攣し、己を虐げんとする獣人の妄執を無視する他になかった。
「この、化け物が!」
ネメシスの突進からの斬り払いはジャンの背を浅からず削った。ルカもそれに倣うが、逆に拳打の反撃を浴びて剣が折れ曲がり、こちらは後退を余儀無くされた。
到達したダイノンの斧による一撃はジャンに回避され、至近からの吹雪によって遠くへ弾き飛ばされた。ネメシスが再び切り込むと、ジャンの瞳がいっそうぎらつきを増した。
「ネメシス……バレンダウン!」
興奮するジャンの拳を避け、ネメシスは小刻みにステップを踏んで相手の目を幻惑しつつ斬りつけた。鋼の如き肉体を手にしたジャンにはそれも大したダメージとはならないようで、脚力を活かした猛進でネメシスを襲った。
身体を捻って回避を試みたネメシスであったが、ジャンにかすっただけでその細身は宙を舞った。
「ネメシス様!」
「ハアーッハッハッハァ!ネメシス・バレンダウン、何するものぞ!これで……これで、アリスは私のものだ!」
アムネリアやルカの悲鳴に重ねてジャンが勝ち誇った。そうして振り返ったジャンの狂乱の瞳に映ったものは、アリス・マリスの前に立ち塞がる四騎の魔性の姿であった。
アリスは凄みのある表情をしてジャンと向き合った。どこに気力を残していたのか、膝立ちで黙示録の四騎士を操り、その刃をジャンへと向けさせていた。
「化け物には……化け物の相手が、相応しかろう」
「アリス……往生際が悪いな……があッ!」
ジャンは前へと飛び掛かり、青白馬に跨がる黒衣の騎士を剛腕で砕いた。前後から二刀を刺し込まれるも、巨大な氷柱で一騎を刺し貫き、もう一騎は両手の爪で裂いて見せた。
黙示録の四騎士は一騎を残して打ち倒された。それを見ていたアムネリアの目に絶望の色が広がりかけた。
(クルスよ……ネメシス様を守り切れぬ弱き私を赦せ……)
フィニスとフラニルの二人が乱入してきたのはその時であった。フィニスの放つ不可視の衝撃波がジャンの側面を撃ち、バランスを崩したそこへフラニルの爆炎の魔法が炸裂した。
「フラニル、手を休めないように!」
「わかってますよ!アムネリアさん、いま助けますから!」
マジックマスター二人の連続魔法は目に見えてジャンの肉体を削っていった。
「うおおおおおおぅ!」
起き上がったダイノンが地響きを上げながらに駆けた。渾身の力で戦斧を投じ、それはジャンの頭部に深々突き刺さった。同じく身を起こしたベンもまた最後の力を振り絞って攻撃魔法を構成した。
「化け物め!」
ネメシスの下へと駆け寄り黄金の剣を拾ったルカが、ジャンの横を走り抜けるようにして斬った。ふらつくジャン胸を穿ったのは、赤馬の騎士の長槍であった。
斧の刺さった頭部を怪異に歪め、ジャンは信じられないといった風に目を見開いた。そうして摺り足でアリスへと近付いた。
「……いけない!ルカ、アリス・マリスを……!」
衝撃から立ち直れず目の眩んだままのネメシスは、ぼやけた視界の中でジャンがアリスを標的としていると看破した。
「アリスは……まだカナルに必要な、人材なのです……!」
ジャンとアリスが接近している故に、マジックマスターたちの魔法攻撃は躊躇われた。アムネリアやダイノンには体力が残されておらず、ただ一人ルカだけが剣を返した。
赤馬の騎士はジャンの殴打を浴びて崩れ去り、彼とアリスとの距離はゼロになった。ルカの突きが背を刺貫いたが、ジャンはそれに意識を向けなかった。
「……私と、一緒に……アリス……」
手を伸ばしてくるジャンに、覚悟を決めたアリスは不敵な笑みで応じて見せた。アリス・マリスの美貌は死の間際にあっても輝いており、正気があるとも思えぬジャンですら神々しいものでも見るかのように目を細めた。
「……その執念。最初から見せてくれていたら、もう少し良い関係を築けたかもしれないわね」
「アリス・マリスよ、逃げろ!……ぐわっ?」
剣を差し込んでいたルカが、ジャンから発せられた冷気を浴びてひっくり返った。
アリスは大きく息を吸い込むと、ネメシスに最期の言葉を投げ掛けた。
「ネメシス・バレンダウン!カナルは貴女のやりたいように統べなさい!ただし、臣民に仇為すようであれば冥界から貴女を呪うわ!ベルゲルミルと黙示録の四騎士の件は、我ら兄妹の不始末。この借りはきっと返す!私は……マリス侯爵と共に守護霊となりて、後々もカナルを護ると誓おう!」
言うなり、アリスは何事か呟いた後に小刀を取り出して己が腹に突き立てた。
「アリス・マリス!」
皆が叫ぶ中、アリスは血と涙を流しながら憤怒の形相で腹をさばき、体内から血だらけの指環を取り出した。語る余力を失ったのか、アリスの虚ろな視線は目の前のジャンに注がれていた。
ジャンは頷くと、爪をアリスの心臓へと突き立てて一撃で絶命させた。そのままアリスに覆い被さると、彼もまた間を置かずして息を引き取った。
衝撃の顛末に呆気に取られていたのも束の間、その場に新たな人物が登場した。瞬間移動よろしく折り重なるジャンとアリスの傍に出現したのは、釣鐘型の銀の仮面と濃緑色の法衣に身を包んだ新参で、場の誰にも面識はなかった。
誰あろう、混沌の君であった。
混沌の君は黙ったままで屈むと、ジャンとアリスの遺体を漁りはじめた。
「そやつを……止めよ!」
アムネリアの声で皆我に返ると、マジックマスターたちは混沌の君目掛けて魔法を撃った。混沌の君が片手を掲げると全ての攻撃魔法は命中寸前で弾け飛び、雨散霧消となった。その手からはペンダントが下がっており、あしらわれた輝石は強い魔法力を発散させていた。
もう一度攻撃を無効化され、魔法による打倒が不可能と判断したフィニスは剣を抜いて走り出した。混沌の君はジャンの身体から奈落の腕輪、アリスの手から指環を一つ拾い上げると、何事もなかったかのように立体の魔方陣を起動させた。フィニスの剣が届く寸前に転移の魔法が発動し、混沌の君は戦場から立ち去った。
後に残りしはマリス兄妹とジャン・ミリアンの亡骸で、名実ともにカナルの内乱はここに終結を見た。




