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クルス・クライストの四女神とカナル帝国記  作者: 椋鳥
第二章 カナル承継
30/132

  活路-2

***



 カナル大森林から火の手が上がったと聞き付けるや、ノエルは部隊を飛び出すと言って聞かなかった。ルカ率いるネメシス軍とチャーチドベルンとの間には当然のようにマリス侯爵軍が控えており、帝都より北に位置する大森林へ向かうには相応のリスクを伴った。


 ノエル一人が救援に赴いたとて何かが変えられるとも思えなかったが、故郷を攻められている身を慮れば誰にも非難は出来なかった。


「勢いのままにマリス侯の軍を打ち破るが、結局のところ早道だとは思うがな」


 夜の陣中で控え目に自制を促したダイノンであったが、彼とてノエルの気持ちは理解できたのでそれ以上は何も言わなかった。


「風と土の精霊に力を借りれば敵地への潜入くらい何でもないわ。先に行って、ベルゲルミルの騎士団に一泡吹かせてやるんだから」


 ノエルの瞳は怒りで煌めき、触れなば切れそうな程に尖った闘気を全身より発していた。大森林から遠く離れたこの地ではベルゲルミル公国軍の具体的な動きまでは読めず、ジットリスの献策により森の南側に黙示録の四騎士が投入されていることは、一同にとり想定できない事態であった。


 焚き火に当たって夜気を紛らしていたクルスは、改まってルカとフィニスに断りを入れた。それにはダイノンのみならずノエルも目を丸くした。


「……やはりですか。しかし、ここでクルス殿に抜けられては困ります。ノエルさんと御二人で外れられたとあらば、あの四騎士やディロン・ガフロンと闘えません」


「フィニス。無理に闘わなければいいだろう?ネメシス様とアムの戻りを待つんだ。直にベンも合流するだろうから、戦力が出揃うまでは足を止めておけ」


 クルスのその意見にルカが抗った。


「折角ここまで寄せて来たというのにか?あと一戦して勝利すれば、マリス侯と帝都は裸も同然なのだぞ!」


「簡単に勝てると思うなら、やればいいさ。ベルゲルミルの十天君という存在はそこまで軽くないと思うが」


「むむ……」


「何れにせよ、おれとノエルはもう発つ。道中機会があれば倒せる敵は倒すが、しばらくは連絡する手段がない。アムの言うことをよく聞くといい。あれで軍事全般を修めているそうだから」


 クルスは腰を上げ、荷物を肩に掛けてノエルへと声を掛けた。ノエルは返事をすると、慌てて馬を取りに行った。


 ダイノンがのそりと近付いてクルスを激励した。


「嬢ちゃんを頼む。ワシは隠密行動に向かんだろうから、ここでお前さんたちの帰る場所を守っていよう」


「了解だ。ドワーフの戦士にそう言われると心強い」


「ただの戦士ではないぞ。ワシはドワーフの王の直参。十天君とやらが相手でもひけはとらん。……勿論、敵を侮ることもせんがな」


 にやりと気持ちのいい笑みを浮かべ、ダイノンは快く二人を送り出した。


 馬一頭に二人が騎乗する形となったが、ノエルの細身とクルスの軽装という組み合わせは並の重騎士一人前の重量とそれほど変わらなかった。ノエルはクルスの腰に手を回して大人しく密着していた。


 夜間に距離を稼ぎ、昼間は警戒しながら慎重に進む道中であった。馬を一頭としたのは目立たぬようにとの配慮であり、美しい金髪や特徴的な耳を隠すためノエルは外套のフードを深めに被っていた。


 取り分け足場の良くない荒れ地を経路に選択したのはクルスの気転であり、マリス侯の大軍が行き辛いところを狙っていた。その分馬にも騎乗者にも負担はかかるが、二人きりの旅路ゆえクルスは安全を第一と置いた。


 野宿ではノエルの心理的負担を軽減するべくクルスが木々の密集したポイントを探し当てた。三日目の晩に立ち寄った小村で、二人は奇妙な話を耳にした。全身を白の鎧兜で固めた偉丈夫が馬を走らせ、この村を通過したとのことであった。


 農家に納屋を借りて寝所とした二人は、得られた情報の不審人物をウェリントンと断定した。藁の上に毛布を敷いたことで保温がなされ、家人に分けて貰った温かい牛乳を手にしばし心と身体を休めた。


「……やっぱりチャーチドベルンの周辺にいたのね。エヴァキリアの出現位置からして遠くはないと踏んでいたのだけれど、まさか接近していたなんて」


「だがここを通ったというのは解せないな。目撃者の話では東に向かったという。これから戦火が広がるであろう大森林や帝都から遠ざかっている。……奴なりの目的を果たしたということか?」


「それって、四柱の封印のこと?解放に成功したとか……」


「分からん。しかし仮にも神々と互角に闘ったと伝わるような存在だ。封印を解かれてなおそれと知られぬ程に世界が静かだというのも考え難い」


「後を追う?」


「いや。あてがないからな。闇雲に東進しても遭遇出来る確率はゼロに近い。ウェリントンが何を企んでいるにせよ、まずは内戦の終結が先だ。その為の大森林行きだろう?」


「私一人でも大丈夫だったのに。クルスったら、女たらしのくせして変に律儀なんだから」


「アムにもいい顔しいだと散々に嫌みを言われた。女性に優しくして何が悪いのやら……」


 本気で悩むように眉をひそめたクルスに対して、ノエルがくすくすと笑いを溢した。彼女は単純にクルスの紳士的な姿勢に好感を抱いていた。例えそれが女性全般に向けられたものであったとしても、対象となっている自分が嬉しいのだから疑問を覚える余地はなかった。


 不特定多数の女性へのアプローチは顔が見えない為気にはならないのだが、その反面、アムネリアとネメシスに向けられたクルスの好意だけはノエルの内心を微小に騒がせた。自分がウェリントンを追跡していた一年という歳月を、クルスとアムネリアが二人で分かち合っていたことにノエルは焦燥を感じていた。それは嫉妬に他ならないものの、そういった感情とは無縁に育った彼女はもやもやした気分をただもて余していた。


「……ネメシス様は上手くやれたかしら?あれだけ大きな戦を経験した相手だし」


「アムが付いているから、万一の事態でも切り抜けられる。と言ってもその場合、ベルゲルミルの増援をどうするかは別問題となるが……」


 クルスの答えはノエルの心理に少なからぬ波紋を生じさせた。


「アムネリアのこと、信頼してるのね。……誰よりも」


「あの歳で神官位にあって十天君を張っていた女だ。マジックアカデミーへの在籍経験もあるし、知勇に隙が見当たらない」


「頼りたくもなるわよね。あれだけ美人なんだし」


「ノエルがそれを言っても説得力はないな。美貌も実力も、アムと互角だろう?」


 クルスはさらりと言ってのけた。彼はノエルの美しさとマジックマスターとしての才能を最大限に評価しており、その言葉に世辞の成分はいささかも含まれていなかった。


 ノエルの作り出した光源は徐々に明度を下げていき、暗闇の中で淡い光がぼんやりとだけ灯っていた。互いの表情は読み取り辛くなっていて、ただ静かな息遣いだけが空間を支配した。


 身動ぎしたノエルの衣擦れの音を合図としたか、魔法の光は小さくなってそのまま消えた。


「……ねえ、クルス?」


「なんだい?寒いから温めに来いと言われれば、仰せに従おう」


「馬鹿。マリス侯爵との戦いが終わったら、あなたはネメシス様に仕えるの?カナルの正騎士として」


「……真面目な話、何も決めていない。賢者の石や四柱の封印を捨て置くわけにもいかないから、そういった意味でカナルと訣別する選択はあり得ないが」


「そう……。アムネリアはどうすると思う?」


 一拍置いてクルスは答えた。


「そうだな……ソフィアに戻る気は無さそうだし、アムはどんな形であれ悪魔狩りを続けるんじゃないか?」


「……悪魔に魅入られたっていう恋人を捜す為に、悪魔を斬り続けているのかしら?ううん、理由なんてどうでもいい。アムネリアにも生きる目的がある。ネメシス様はカナルの復興や魔境との対決という大義を掲げるでしょうし」


「どうしたんだ、ノエル?」


「私だけ、所在がなくなっちゃうなって。元々長老の指令で人間社会に出てきただけだから。エルフの私は騎士になれないし、乱が収まればカナルに居続ける意味もなくなる。別に、森に帰ってもいいのだけれど……」


 その為にもまずはベルゲルミル公国軍から故郷を守らなければならないと、ノエルは直近の目標を改めて見据えた。表情こそうかがい知れなかったが、クルスは彼女の言わんとするところを汲み取って自身の話を口にした。


「目的なんて、見付かるまで気楽にしていればいいさ。おれはただの怨みから悪魔と戦ってきた。その縁で四柱なんぞと関わったわけだが、それが偶然にも師であり恩人でもある女性のライフワークと繋がった。行き当たりばったりでやることが出来ただけだな。そこに運命だとか意味なんて、ない」


「でも四柱の封印を守らないと、アケナス全土が滅びの危機に晒されるんでしょう?」


「世界の為にそれをどうにかしてやろうなんて大それた野望は持ち合わせていない。おれにあるのは、サラスヴァティ・レイン一個人から受けた恩を返したいという一念のみさ。自分の手が届く範囲でやれることをやる。……不謹慎だろうが、あとはネメシス様やフィニスが何とかしてくれるんじゃないか?」


「……私の魔法、クルスの助けになるかしら?魔神や悪魔が跳梁するような世界なんて、エルフだってごめんだわ。当面は、四柱や魔境を鎮める為に生きるのも良いかもしれない」


「それは大いに助かる。ヴァティにも信頼できる仲間たちがいた。おれの剣とラクシの力にノエルの魔法が加われば、少しは大きなことをしでかせる気がする」


「私たちの寿命は有限とはいえ、人間の数倍にも及ぶわ。……いいわ。当分はあなたに付き合って、このまま賢者の石を追い続ける。それくらいの寄り道、エルフにとって何でもないこと」


 ノエルはそう言うとすっきりしたのか、外套にくるまってそのまま寝息をたて始めた。クルスには、彼女を自身の旅路に巻き込むことが己のエゴなものか判断つきかねたが、ここは流れに任せてもよかろうと黙って瞼を閉じた。



***



 クルスとノエルが南から近付いた時には、森のあちらこちらから黒煙が立ち上っていた。南側にはマリス侯の手勢と思しきカナルの騎士たちが詰めており、クルスらは視界の内に見慣れた漆黒の騎士を捉えた。


「黙示録の四騎士?こっちへ持ち出してきていたのか!」


 敵の作戦に意表を突かれた形であったが、これで自分たちの離れたネメシス軍本隊は危険から遠ざかったとクルスは胸を撫で下ろした。胸元をまさぐり、ペンダントに手を触れて瞬時に<戦乙女>を召喚した。


「ノエル、ラクシ!四騎士をやるぞ!アリス・マリスが目に見える位置に現れたなら、そちらの排除を優先する」


「了解!でも今回は三人で四騎を相手にしなければならないのね……」


「承知した」


 ノエルと<戦乙女>の応答を待たず、クルスは松明を投げ込もうとしていた手近な騎士を斬り倒した。そうして不意の襲撃者にどよめきを見せる騎士たちへと構わずに、赤い馬に跨がった魔性の騎士へと斬り付けた。


 前回手合わせした時に単騎では決め手に掛けると分かっていたので、クルスは剣を撃ち合わせながらも機会を待った。事前相談がなくとも連携は完璧で、クルスと対峙する赤馬の騎士の横面をノエルが風撃でもって強襲した。他の三騎士には、<戦乙女>が神槍グングニルをバラ撒くことで牽制を買って出た。


 鎧兜がひしゃげ、バランスを崩された赤馬の騎士へとクルスの強烈な斬撃が入った。漆黒の全身は破壊された箇所から順に消失していき、赤馬も共に失われた。


 同様に白馬の一騎を集中攻撃で倒すと、クルスは召喚者を捜すようノエルに求めた。一旦戦法を確立した手前、一度きりの対戦であればもはや恐れるほどの相手ではないにせよ、重ねて召喚されては生身の方が体力的に厳しいと思われた。そこで大元を絶つべきとの考えに因った。


(今は右往左往している騎士どもも、時間が立てば組織的におれたちを狙ってくるだろう。今のうちに四騎士の出番を封じておきたい)


 黒馬と青白馬の騎士の相手をクルスと<戦乙女>に任せ、ノエルは森の南端に展開している部隊へと躍りかかった。


「エルフが来たぞ!迎撃しろ!」


 ノエルは騎士やマジックマスターから繰り出される中距離攻撃の何れをも風の魔法で逸らさせ、俊敏に駆けた。百にも満たない小規模な部隊のようで、後方に陣取るアリスを発見することは易しかった。


 攻撃へと転じたノエルは、アリスが充分に対抗出来ない点を訝った。魔法の技量で言えばノエルに優るはずもなかったが、アリスもまた一流のマジックマスターに違いないと聞かされていた。


(黙示録の四騎士の召喚が負担になっているんだわ。周りのマジックマスターたちの動きにもキレがない。やはりあれを制御する魔法技術は、ほとんど確立されていないのね)


 ノエルの起こした竜巻がマジックマスターたちを薙ぎ倒すと、クルスや<戦乙女>と交戦していた二騎は相次ぎ姿を眩ませた。手綱を操りその場からの逃亡を図るアリスを諦め、ノエルはクルスと共に残った騎士の掃討に注力した。


 黙示録の四騎士と隊長たるアリスが去ったことで、大森林南部に展開していたマリス侯の部隊は狼狽した。ノエルの魔法に対抗出来ず、加えて森からは複数のエルフが迎撃に出た。


 クルスに小隊長格の騎士を倒されると、残存の十数騎は蜘蛛の子を散らすようにして四方に逃れた。ノエルは出てきたエルフたちと旧交を温める時間をも惜しみ、森の北辺の状況を質した。そしてクルスを伴ってそのまま森の奥深くへと侵入した。



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